26話 新しい生活拠点へ
森で住んでいた家を燃やされてしまった私は、騎士団の寄宿舎に泊まった。
これからどうするのかは未定だ。
騎士団から回復薬の依頼も受けていたのに、それも作れそうにない。
道具も材料も燃えてしまったし、再度集めるのにも時間がかかる。
住む場所も探さないといけないしね。
男ばかりの寄宿舎で少々心配でもあるのだが、団長が釘を刺してくれているから大丈夫だろう。
問題があるのは、あのグレルって男だけみたいだし。
寄宿舎の一室で一晩過ごしたのだが、ヤミは私が寝る前に外にでかけた。
街にいる彼女の所にでも行ったのだろう。
彼も家が燃えてショックを受けていたようだし、気分転換は必要だと思う。
――朝起きると、寄宿舎の一室。
「にゃー」
ベッドの上でゴロゴロしていると、ヤミが窓の外で待っていた。
ベッドから降りると窓を開けてやる。
「しばらく遊んできてもいいのよ?」
「にゃ」
「ちょっと、どこに行ってたの?! 身体中が蜘蛛の巣だらけじゃない!」
「にゃー」
彼は悪びれる様子もないが、魔法を使う。
「洗浄!」
部屋ごと、きれいきれいだ。
床にいるヤミの身体も綺麗になる。
あとで床を掃こう。
掃除道具とか大工道具とかも、全部私が集めなくちゃいけないのだ。
魔法の袋に入っているのは、食器や鍋などだけ。
毛布もない。
さて、ミニスカの寝間着なので、早く着替えないと。
食堂の場所は覚えているし、とりあえず朝食を食べよう。
もたもたしていると、ヴェスタが迎えに来てしまうかもしれない。
いつまでも彼の厚意に甘えるわけにもいかないでしょう。
部屋を出ると、肩にヤミを乗せて板の床を歩いて食堂に行く。
そこにはすでに沢山の騎士たちが集まっていた。
夕飯は10人ほどだったのだが、朝食は全員揃って食べるらしい。
20人もいれば独特の男臭さがあって、ちょっと鼻を摘みたくなる。
働いている彼らには悪いと思うけど。
部屋ごと魔法を使いたくなるが、押し付けになると思いとどまった。
ここは彼らの城で、私は部外者。
善意で泊まらせてもらっているだけなのだから。
「おはようございます。皆さん」
とりあえず愛想笑いをしてみる。
男たちの中に団長やヴェスタもいた。
「彼女が噂に聞く魔女か」「でけぇ女!」「胸はまったくねぇけど、男とかエルフじゃないよな?」
「違います!」
冗談のつもりなのだろうが、全然おもしろくない。
配膳の窓口に朝食をもらいにいく。
「おはようございます」
「はい、おはよーさん!」
昨日聞いたとおり、朝は人数が多いためか2人で料理をしているようだ。
もう1人は、細身の女性。
中年の女性と一緒にエプロンをして、調理器具の後片付けをしている。
「あ! あなたが魔女の人?」
「そうですよ」
「ごろつきどもに家を燃やされちゃったんだって?」
「ええ、まぁ」
「大変だねぇ。街の噂でもちきりよ」
あちゃー、マジで?
ウチの田舎もそうだったが、こういう所は基本娯楽がない。
そういう所では人の噂ってのが恰好の餌なのだ。
どんなことでも、あっという間に街中に広まる。
「はい、ネコちゃんにも」
「ありがとうございます」
心の中で頭を抱えながら、プレートに乗った料理を受け取った。
それを持って横のテーブルに座る。
長テーブルには騎士の面々が座っているので、ここはお偉方や客人が使ったりするのだろう。
魔法の袋から皿を出すと、ヤミの肉を移した。
腹が減っているのか、彼がガッついている。
食事もしないで遊びまわっていたのだろうか?
まぁいい――朝食は、芋のスープに硬いパン。
男たちはこれで足りるのだろうか?
贅沢は言えないと食べていると、なにやら騒がしい。
バタバタと走ってくる音が聞こえて、見覚えのある顔が駆け込んできた。
「ノバラ!」
「これはククナ様。おはようございます」
「話は聞いたわ! あの家を燃やされちゃったんですって?!」
「ええ、そのとおりです」
彼女が団長のほうを向いた。
「ジュン! 犯人は捕まえたと聞いたけど?!」
「ただいま地下牢で尋問中です」
「今すぐに首を刎ねて!」
なんて物騒なことを言い出すんだ、このお姫様は。
「領主様からも取り調べを行うように通達されておりますので、それはできかねます」
「うう……」
話を聞いていた他の騎士たちも続いた。
「それにククナ様。そのうち2人は魔導師ですぜ? 下手に処分はできません」
「協会ね……」
「そのとおりです」
団長がうなずいた。
「それじゃ、そっちはジュンに任せたわ」
「お任せください」
彼女が私の所にやって来ると、手を取った。
「ノバラ、こんな場所じゃなくて、私の屋敷に参りましょう」
「こんな所というのはマズいのでは?」
「こんな所よ! こんな所! もう、見て! むさい男しかいないじゃない! それに臭いし!」
私が口に出せなかったことを、言いたい放題である。
「そ、それはそうですが……」
「こんな所に、ノバラをおいといてなにかあったら大変よ! 特に、あそこにいる女の敵とか!」
彼女がグレルを指した。
どうやら、ククナも彼をそういう男だと知っているらしい。
「あ、あはは……」
私は苦笑いするしかなかった。
すでにひと悶着あって、ボコボコにしてしまったとか言えない。
「まさか! ノバラ?!」
「ええ、まぁ……」
私の返事を聞いたククナが、つかつかと歩いていくと、椅子に座っているグレルの前に立った。
なにをするのかと思ったのだが……。
「このケダモノ!」
彼女がグレルの頬を引っ叩いた。
思いっきり叩いたのだろう。
甲高いいい音が、食堂の中にエコーする。
「ありがとうございます」
彼が立ち上がると、お姫様に礼をした。
「ジュン!」
「はい」
「騎士団が人材不足なのは理解しているつもりだけど、こんな男が君主の盾として役に立つの?!」
「は……」
団長がなにか言おうとしたのだが、グレルが割って入った。
「お言葉を返させていただきますが――グレル・フォン・スターオブブラッドも騎士の端くれ。そのときがくれば、責を果たします」
いつもニヒルにニヤついている彼だが、今の眼差しは真剣だ。
「ジュン、聞いた?」
「はい」
「そのときは見届けてあげてね?」
「承知いたしました」
「逃げたら背中から斬っていいから」
ククナの言葉に、グレルが肩をすくめている。
彼女が走ってくると、呆気にとられていた私の手を握った。
「ノバラ! あのケダモノになにをされたの?!」
「え~と、なにもされてないです。上に乗られたので、蹴りを入れて魔法でぶっ飛ばしました」
「あはは! その様子を是非見たかったわ! あ! そうだ! 今ここで、同じことをやって?!」
「じょ、冗談じゃねぇ!」
彼女の冗談とも本気ともつかない言葉に、グレルが逃げ出そうとしている。
ケラケラと喜ぶククナであったが、今の話で私は忘れていたことを思い出した。
「あの! ジュン様! ドアを壊してしまって申し訳ございませんでした」
「大丈夫だ。ドアの修理代は、グレルの給金から差っ引いてるからな」
「まったくとんだ災難だぜ。変な女にちょっかい出して――金は引かれるは、玉は蹴られるは、坊主から斬られそうになるわ」
「それは自業自得ですよ。それに、ノバラは変な女じゃありません!」
立ち上がったヴェスタだが、グレルがそれに反論する。
「変な女だろ? お前と大して違わないと思ったら、俺より年上って聞いたぜ?」
「え?!」
私は思わず声を出してしまった。
あのグレルは私より年下なのか。
もっとオッサンだと思ってた。
「だいたいだな――そんな歳なら、もっと気軽にヤラせてくれたっていいだろ?」
男の口から出たデリカシーのない言葉に私は短く反論した。
「私は処女です!」
「「「……」」」
口から出た言葉に食堂が静まり返る。
なんで、こんなカミングアウトしないといけないのよ!
「え~?」「俺らより年上とかで、処女はマジぃんじゃねぇの?」「なんか問題があるとか」
「うるせぇー! 人の勝手だろぉ!」
私の大声が食堂に響く。
思わず声を荒げてしまった。
どいつもこいつもデリカシーの欠片もない。
ククナがこんな所なんて言ってたのを諌めたりしたが、前言撤回。
こんな所だ!
「そうよ! 女の純潔を守ってなにが悪いの!」
「そうですよ!」
ククナとヴェスタが私に同意してくれた。
そんなことより、なんでこんな話になっているのか。
まったく意味不明。
どうしてこうなった。
なにかの罰ゲームなのか。
「ククナ様――本当に、私がお屋敷でお世話になってもよろしいのですか?」
「もちろんよ!」
「よろしくお願いいたします」
「もう! 私の言ったとおり、こんな所でしょ?」
「……はい」
「にゃー」
次の行動の結論が出たということで、静観していたヤミが机からジャンプして私の肩に飛び乗った。
領主の屋敷に行くのはいいが、団長に言っておくことがある。
「ジュン様、回復薬の件、少々遅れるかもしれません」
「まぁ、あんなことになってしまっては、致し方ない」
「薬もウチで作ればいいわ。騎士団からの要請なら、ウチからの要請も等しいし。お金だって出してくれる」
一番面倒な赤い実は手に入れてあるし、市場に薬草も売っているかもしれない。
「承知いたしました」
「さぁ、行こう!」
その前に、配膳室に顔を出す。
「ごちそうさまでした」
「悪いねぇ――ククナ様のお知り合いに、私の料理を食わしちまって」
「そんなことありません。美味しかったですよ」
私の言葉に、後ろの男たちからボソボソと話し声が聞こえる。
「美味いか?」「さぁ?」「まぁ、豚の餌よりはマシか」
私は男どもの態度にカチンときた。
「お前ら! 毎日毎日、食事を作ってくれる人たちに感謝しろぉ!」
私の怒号に、騎士たちは椅子から立ち上がって、きをつけをした。
「「「いつも食事を作っていただき、ありがとうございます!」」」
「これでいい?」
配膳口から顔を出している女性に確認をとるが、あっけにとられた様子でこちらを見ている。
「はい……ありがとうございます……」
「さぁノバラ! 行こう!」
ククナが私の手を引っ張る。
「かしこまりました。ジュン様、一晩だけでしたが、ありがとうございました」
「ああ、回復薬の件は頼む」
「お任せください」
お姫様に引っ張られて、寄宿舎を飛び出た。
玄関の前には4頭立ての黒塗りの馬車が停車している。
彼女は、この馬車でやって来たのだろう。
御者席には、黒い服を着た白髪が多い初老の男性が乗っていた。
他に誰もいないということは、彼が護衛も兼ねているのだろうか?
ククナが男に告げた。
「屋敷まで」
「かしこまりました」
「さぁノバラ、乗って!」
「はい」
彼女に手を取られて、馬車の中に乗り込む。
中は赤い革で覆われており、座席も赤。
座席はお尻が埋まるぐらいに柔らかいのだが、理由はすぐに解った。
乗り心地がひどいのだ。
元世界の軽トラでも、こんなにひどくなかったが、劣悪な乗り心地をふかふかの座席で和らげているのだろう。
尻は痛くないが、腰は痛くなりそう……。
これで遠出するとなると、かなりの苦行になるものと思われる。
私の肩に乗っていたヤミも、座席の上に降りた。
「クロ!」
ククナが彼を触りにいったのだが、ひょいと躱されてしまった。
「彼って基本、触られるのが嫌みたいです」
「あん!」
拒否られた彼女は残念そうだ。
彼の好みは、ヴェスタのお母さんのような落ち着いた女性だろう。
バタバタしている子供や、ちょっとお転婆なククナは苦手だと見た。
こっちから触りに行くと逃げられるので、向こうから気まぐれで来てもらうしかない。
「じっとしてたら、来てくれるかも」
「……」
私がそう言ったせいか、彼女は背筋を伸ばして座席に座るとじっとしている。
ククナの姿を見ても、ヤミは自分の顔を洗っているだけ。
そのままガタガタと馬車の振動に揺られていると、彼が座席から飛び降りた。
そのままお姫様の足下に行くと、スリスリをしている。
彼女がそっと黒い毛皮に手を伸ばす。
ヤミもゴロゴロと喉を鳴らして、それに応えているようだ。
「お姉さま! 彼とお話ができる魔法があるとおっしゃってましたよね?!」
「ありますけど――正式な魔導師になるのに、それはマズいのでは?」
「人に言わなければ大丈夫!」
「そうかな~」
「そうです!」
ククナは目をキラキラさせて、引き下がるつもりはないようだ。
「彼は完全に人の言葉を理解してますが、これは彼が特別だから――かもしれません」
「解ります! 他のネコに魔法を使おうとしても上手くいかないかも――ということですよね?」
「ええ」
彼女の決意は固そうとはいえ、馬車の中で慌てて魔法を使うこともないだろう。
もうすぐ屋敷に到着するようだし。
馬車は街の中を進み、鉄製の門をくぐると屋敷に到着した。
玄関の前で馬車が停止する。
窓から庭を覗くと、そこはまるで森の中とは別世界。
いや、森の中も綺麗だったんだけどね。
赤い実がなっていた池も、妖精がいそうな感じだったし。
お姫様と一緒に馬車から降りると、紺と白のメイド服を着た女性が出迎えてくれる。
メガネをかけて、白いカチューシャの下の艷やかな黒い髪を上でまとめている。
歳は――私と同じぐらいか。
おそらく既婚者なのだろう。
他にも若いメイドがいるのだが、私の姿を見てヒソヒソ話をしている。
まぁ、真っ黒い恰好のデカイ女が肩にネコを乗せているのだから、変と言えば変。
「ダイアナ! お父様はいる?」
「執務室でございます」
「解った! ノバラを応接室に案内して! すぐに行くから!」
「かしこまりました――こちらへ」
メイドさんのあとをついて、赤い絨毯の上を静々と歩いていく。
すごく静かなのだが、話すことがないし無理をして話しかけるのも……。
少々の気まずさを感じていると、部屋に到着した。
黒塗りのドアを開けると、向き合った立派な革張りのソファーが出迎えてくれる。
応接室の床にも赤い絨毯。
「ここでお待ち下さい」
「ありがとうございます」
座っていいものなのだろうか――まぁ、多分大丈夫だろうと座ってみる。
ふかふかだ。
クッションの様子を確かめていると、ふいに話しかけられた。
「あの――お嬢様のこと、ありがとうございました」
「え~、私も捕まりそうだったので、悪人どもをぶっ飛ばしただけなんですけどね」
「お嬢様と一緒にいた護衛の話は……?」
「1人は内通者で、1人は亡くなったと――」
「亡くなった護衛は私の夫でした」
「え?!」
私はそこで固まってしまった。
なんて言ったらいいか解らなくなってしまったのだ。
必死に言葉を探す。
ご愁傷様です――いや、違う気がする。
「お嬢様にもしものことがあれば、私もこの屋敷にいられなくなるところでした……」
お姫様を守るためなら、名誉の戦死ってことで二階級特進ってことになるのだろうか。
それでも主の娘になにかあれば、居づらくなるのは……う~ん。
「いやぁ、たまたまってだけで……」
話が続かず困っていると、パタパタという足音がやって来てドアが開いた。
「ノバラ! お父様の許可を頂いたわ!」
ククナが飛び込んでくると私に抱きついた。
その光景を見たメイドさんも驚いたようである。
どうでもいいけど、事後承諾だったのね。
「領主様は困った顔をしておられませんでしたか?」
「大丈夫よ! むしろ、すごい魔法が使える人がいるのは心強いとおっしゃっていたわ」
「ありがとうございます。魔法でお手伝いできることがあれば、なんなりと申し付けください」
私を案内してくれたメイドさんにも頭を下げる。
「お客様にそんなことを頼むなんて……」
私の言葉にメイドさんが困っている。
「洗濯とか魔法でやればあっという間! とても便利ですよ」
なんかインチキくさいグッズのような話だが、事実だ。
「はぁ……それは解っておりますが……」
本当に便利だと思うのだが、あまり押し付けるのもよくないか。
お手伝いの話はひとまず置いた。
「それじゃ客室に案内するわ!」
「あの~、できれば客室とかじゃないほうが……、薬を作ったりしなければなりませんし」
あまりきらびやかな部屋など落ち着けない。
根っからの底辺なのだ。
「それもそうね……そう! いい場所があるわ!」
彼女はしばらく考えていたのだが、私の部屋にふさわしい場所を思いついたようだ。
彼女につれられて、その場所へと向かう。
私の後ろには、ダイアナというメイドさんも一緒だ。
広い庭の片隅に、小さな家が見えてきた。
白く塗られた板張りの木造建築で三角形の屋根は赤く、家の周りをぐるりと張り出したベランダが囲っている。
大きさは小屋っぽいが、小屋というのには少々立派すぎる。
「ここは?」
「離として作ったみたいだけど、ぜんぜん使われていないのよね」
先輩には悪いが、私が住んでいた森の中の家よりはるかに上等だ。
ククナに案内されて中に入る。
中は板張りで8畳ぐらいの広さだが、がらんどうでなにもない。
私の肩からヤミが降りると、早速部屋の中をパトロールしている。
ネコなら、もっと荷物があってごちゃごちゃしたスペースのほうが好みなのではないだろうか。
「家具が必要よね」
「ベッドと机があれば――あとは、大きなテーブルがあればいいのですが」
「もっと家具は必要ないの?」
「はい、それで十分です。あ、あと魔法のランプですかね」
「解ったわ! ダイアナ、至急用意してちょうだい」
「かしこまりました」
「それから――あのちょっと高価なものになってしまうのですが、よろしいですか?」
「もちろんよ」
「薬を作るときに魔法のコンロが必要なのですが、火事で燃えてしまったので……」
「なんだ、コンロね! ダイアナ、お願い」
買ってもらうのはありがたいのだが、あまり高価なものは気が引ける。
「あ、あの! 上等なものは必要ありませんよ。使い古しで十分ですから」
「遠慮する必要はないのに! ティアーズ家はノバラに多大な恩があるのよ。それに報いねば、貴族の沽券に関わるわ!」
「それについては、お礼もいただきましたし……あ」
その話が出て、忘れていたことを思いだした。
「どうしたの?」
「ククナ様からいただいたベッドを燃やされてしまいました。申し訳ございません」
彼女に頭を下げた。
「それはノバラが悪いわけじゃないから! 悪いのは悪党どもだし! むしろ、ティアーズ家のもめ事にあなたを巻き込んでしまって、申し訳ないと思っている」
「私が巻き込まれたのは自分のせいですし、ククナ様が気に病むことではありません」
「もう! ノバラは貴族に貸しを作ったのよ? もっと、いろいろと要求すべきでしょ?」
「ベッドもいただきましたし、焼け出された私をこうやって屋敷にまで招いていただいたことで、十分です」
「……」
私としても、これ以上は望むつもりもない。
あとは薬を作るための道具と材料の薬草だけだ。
そのことも話す。
「ダイアナ、ノバラの望むものを全部そろえてあげて。それから、薬草問屋の手配を」
そういう職業の人もいるのか。
それじゃ、街の人たちで魔女に抵抗がある人たちは、専門業者から薬を仕入れているのね。
元世界のドラッグストアみたいな感じなのだろうか。
話が終わったあとは、あっという間に家具や道具が揃っていく。
やっぱりコネクションと財力があるって素晴らしい。
部屋で荷物の整理をしていると領主が訪れた。
この屋敷の主が訪れるのは当然なのだが、私は血の気が引いた。
ここでお世話になるというのに、主に挨拶もしていなかったのだ。
「領主様にご挨拶もせずに、まことに申し訳ございません!」
私は床に膝をついた。
「ああ、構わん構わん。そなたのことは娘に任せていたからな」
「この度は滞在を認めていただき、ありがとうございます」
「魔導師に匹敵するほどの実力の持ち主なら、こちらから雇いたいところなのだから、あまり気にしなくてよい」
「ありがとうございます」
「それにな、そなたが捕らえてくれた悪党の親玉から有用な情報が引き出せた。感謝している」
私の家を襲った悪党の親玉は、奴隷に落ちたらしい。
普通なら死罪間違いなしなのだが、情報と引き換えに命だけは助かったということだ。
一旦奴隷に落ちても、自分で自分を買い戻せば自由になれるみたい。
「私の家を燃やされてしまったので、個人的な恨みでもありましたし……」
「それも報告を受けたぞ。我が家の揉め事に、そなたを巻き込んでしまい大変心苦しく思う」
「恐れ多いことでございます」
「そなたが望むだけ、ここに滞在してくれて構わん。娘とも仲良くしてやってほしい」
「身に余るお言葉、ありがとうございます」
それから数日で、住む環境が整った。
ここが新たなる私の生活拠点となるわけだ。





