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25話 寄宿舎と騎士の面々


 家を燃やされてしまった。

 領主の娘であるククナを誘拐したやつらの逆恨みだ。

 こんな森の中までわざわざやって来て、こんなことをするなんて――まったく意味不明。

 おおかた8○3は舐められたら終了とか、けじめをつけないと先に進めない――とか、そういうくだらない理由に違いない。

 一緒にやって来た魔導師もそんなことを言っていたし。


 死体も山積みになってしまったし、生き残っている連中を街に運ばなければならない。

 そのためヴェスタが街に戻って応援を呼んでくるようだ。


 せっかく手に入れた異世界での生活拠点だったのだが、わけのわからないことに巻き込まれて、早々に放り出されてしまった。

 騎士団の団長さんから、寄宿舎に身を寄せたら――と誘われたので、お言葉に甘えようかと思っている。

 すべてなくしてしまったので、必要なものを買い揃えるとしても街のほうがいいだろう。

 しばらく魔女の仕事はお休みということになってしまうが……。


 団長と2人、殺戮現場でお茶を飲んでいると、ヴェスタが応援を連れて戻ってきた。

 森の木々の間を抜けてやって来たのは、2頭立ての馬が牽く、巨大なリアカーみたいな馬車。

 普通の馬車と違うのは、車輪が二重になっており、鉄板が巻いてあるところか。

 街道や街で使われているようなものでは、森の柔らかい土に車輪が埋まってしまうため、特別な馬車なのだろう。

 地味な服装をした下働き風の男が4人。

 2人が御者席に、もう2人は荷台に乗っている。


「ジュン様、只今戻りました」

「ご苦労」

 ヴェスタが団長に報告をしていると、男たちが馬車から降りて散り始めた。


「草むらの中に転がっている死体を、馬車に積んでくれ」

 団長が男たちに指示を出している。

 2人1組で、脚と手を持ち、かばねを馬車に積んでいく。

 無残な死体にも驚くこともなく、淡々と自分の務めを果たしている。

 いかにも手慣れているので、こういう仕事を専門にやっている人たちなのかもしれない。


「ふひひ、ジュン様。今回は随分と派手にやりましたね」

 50歳ぐらいの頭の禿げた卑屈そうな男が、死体を運びながら笑っている。


「やむを得ん。領主様からの許しは得ているしな」

「生き残っているこいつは、どうするんで?」

「本来なら死罪だが、奴隷落ちを条件にして情報を引き出す」

「喋りますかね?」

「吐かなかったら処刑するまで」

「そちらの魔導師は?」

 男が、白い服を着てひっくり返っている魔導師を指した。


「騎士団で事情聴取をしたあと、領主様の書状とともに協会に引き渡す」

「まぁ、領主様から直接言われたんじゃ、無視をするわけにもいかんでしょうなぁ」

「そんなことをすれば、ティアーズ領での仕事ができなくなる」

 商売だけならいいが、入領を制限されると、他の領に行くことも難しくなる。

 2人の魔導師の不始末のために、協会が無茶をすることもないだろう――との判断だ。


「よく魔導師が2人もいて無事で済みましたねぇ」

「そこにいる魔女のおかげだ」

 2人の視線が私に向く。


「ほう、これが噂の魔女ですかい?」

「ああ、王宮魔導師にも匹敵する実力の持ち主だぞ?」

「へぇ~! そいつは豪気だぁ、へへへ」

 噂ってどういう噂なんだろうか?

 どうせロクなことではないと思うが。


「ジュン様、どんな噂なんですか?」

「そ、それは……」

 彼が口ごもる。

 まぁ、本人の目の前だし。


「ふひひ、グレルの旦那をぶっ飛ばして、団長にご高説を垂れたんだから、そりゃ噂にはなるだろうよ」

「その節は本当に申し訳ございません。偉そうなことを申しまして」

「まぁ事実だし、致し方ない」

「それで――ヴェスタ様から話は聞きましたが、ひでぇことしやがる」

 男が、真っ黒になってくすぶっている家を見た。

 木造建てだったので、あっという間に燃え尽きてしまったのだ。

 ヤミは柵の杭の上に座って、黒い燃えカスをじっと見ている。

 私の所にヴェスタがやってきた。


「ノバラ、気を落とさずに……」

「大丈夫ですよ」

「魔導師たちも死体と一緒に積んじゃっていいんですかい?」

「ああ、犯罪者には情けなど無用」

 団長も中々に厳しい。

 放火ってのは、どこでも重罪だしね。

 死体も捕縛した者も馬車に積み終わった。


「ヤミ、行くよ」

 私は、焼け跡をじっと見ている彼に声をかけた。


「……」

「ここに残るの?」

 そう尋ねると、彼が私の肩にポンと乗ってきた。

 一緒に街に行くことに決めたらしい。

 いつも飄々としている彼だが、今回のことはやはりショックだったのだろう――と思う。


 ヴェスタの馬に乗せてもらう事にした。

 また前で抱きかかえられると、ヤミは馬のお尻に飛び乗った。


「よし! 出発!」

 団長が号令をかけると、馬車が動き出した。

 荷台には沢山のかばねと、作業をした人たちが乗っている。

 やはり、そういうのが平気な人たちらしい。


 後ろを振り向くと、人の悪意が形になってしまったような黒い残骸。

 地下室は無事かもしれないが、この状態では入ることはできないだろう。

 幸いだったのは、私がものぐさのために、大切な本や図鑑などを魔法の袋に入れていたことだ。

 カルテなども無事なのだが、魔法のコンロとランプが燃えてしまった。

 金属製だったが、火に炙られてしまったら壊れたに違いない。

 確かめようにも、まだくすぶっている状態なので確かめる術もない。

 あんなことをした奴らから剥ぎ取った袋に入っている金で、装備を揃えたいところだ。


 家の横に生えていた木も半分燃えてしまったが、根っこは生きているだろうから、また芽を延ばすに違いない。

 私がいなくなったら、ここは草むらに埋もれて、いずれはまた森に還るのかもしれない。

 その前に戻って来られればいいのだが。


 私は家に別れを告げると正面を向いた。

 馬の列は森の中を抜けて、道に出ると街へと進み始める。

 森の中では静かだった馬車だが、道に出ると途端にガタガタと騒音を垂れ流す。

 車輪がダブルになっていて、鉄板まで巻いてあるから余計に地面の凹凸を拾うのかもしれない。

 これがゴムタイヤだったら問題ないのだが。


 その振動で、失神していた奴らが目を覚ましたのだが、自分の置かれている状況を理解しているのか静かだ。

 1人を除いては――。


「私を死体と一緒に載せるなんて! こんなことをしたらどうなるか解っているんでしょうね!」

「へへへ、お姉ちゃんいい身体してるじゃねぇか」

「や、やめろ! 下賤の分際で私に手を触れるな!」

 いくら犯罪者とはいえ、女の私からするとこれは我慢できない。


「ヴェスタ様――あれって止めさせることはできますか?」

 私の言葉に彼が、馬を馬車の横につけた。


「おい! 捕虜を犯すなと、お達しが出ていただろう」

「ヴェスタ様、そんなことしませんよ。俺はただ手が滑っただけで、おっと手が滑った!」「オイラも、胸に手が滑ったぁ!」

 男の手が女の胸をわしづかみにする。


「ははは、俺もすべったぁ!」

 どうやら服を脱がしたりはしないので、ただのセクハラらしい。

 ヴェスタにも、これは止めることができないという。

 こういう世界なのだ。

 それに私の家を燃やされた恨みもある。

 このぐらいの罰は受けて然るべきなのかもしれない。


「おい! 私の装備をどこにやった!」

「戦っている最中に落としたんだろ?」「今頃は魔物に食われているかもしれねぇなぁ、ふへへ」

「やめろぉぉ!」

 せめてその声を私に聞かせまいとしたのか、ヴェスタの馬が馬車から離れた。


「ノバラ、申し訳ない」

 あまりキツく注意できない彼の声を聞いて察した。


「ああいう楽しみがないと、できない仕事なのでしょう?」

「そうなのだ。彼らを上手く使わないことには仕事も進まなくなる」

 魔物を退治したあとを片付けてくれるのも、ああいった人たちだという。

 人間と違い、魔物は魔法の袋に入れることができるが、大きな獲物は入らない。

 死骸をそのままにしておくと、他の魔物が集まってきたり病気の原因にもなる。

 それに使える部分も多いと言うし。

 男たちは、解体作業なども受け持つようだ。


 あれが駄目、これが駄目と口で言うのは簡単だが、綺麗ごとだけで世の中は回らないのは、異世界でも同じようだ。


 諦めて周りの景色を眺める。

 一面に畑が広がっているのだが、以前に見た芋の白い花が咲いていたところが枯れ始めている。

 芋は枯れたら収穫の時期なのだが、花が咲いたばかりでまだ早いような……。


 馬の列は街の中に入った。

 こういう目立つものが通りを走れば、野次馬が集まってくる。

 騎士の馬には魔女も乗っているし。


「おいおい! なにがあったんだこりゃ?!」

「斬り合いか?」「魔導師が捕まってるぜ?!」「あいつは街で威張り散らしていた女じゃね?」

 野次馬の話を聞く限り、女の魔導師の評判はよろしくなかったみたい。


「よぉ! 魔女のねーちゃん!」

 走りながら馬上の私に話しかけてきた若い男は、見知った顔。

 なん回か魔女の薬を買ってくれたお客様だ。


「こんにちは」

「こりゃ、なにがあったんだい?!」

「それがねぇ――王都からやってきたチンピラたちに、森の中にあった私の家を燃やされちゃったのよ」

「へぇ~! 放火かい!」

「そうなの」

「放火?」「放火だって?!」「あいつら、王都から来た悪党どもだろう?」「街の衛兵ともつながっていたとか聞いたぜ?」

 私の話に野次馬がざわつく。

 こうやって噂が伝わっていくうちに、尾ひれがついたりするんだろうなぁ……。


「家を燃やされて、これからどうするんだい?」

「街で住む所を探すわ。魔女の仕事はできなくなるかもしれないから、ごめんなさい」

「あんたの薬は、よく効くんで重宝してたんだがなぁ」

「でも、薬を作るための道具も全部燃やされちゃったから」

「そうだよなぁ……」

 本当は道具よりも材料なんだけどね。

 家に備蓄してあった薬の材料も全部燃えちゃったし……。

 森でまた採取して揃えて――となると、それなりの時間が必要だ。

 せっかく魔女という商売が上手くいきそうだったのに、これからどうやって生計を立てたらいいのだろうか。

 まぁ、今回悪党どもからゲットした魔法の袋にいくら入っているかで、今後の行動が決まるな。

 それ次第では、しばらくは暮らせると思うけど……。


 野次馬たちも、なんでそんなことに巻き込まれたのかと思っているのかもしれないが――それは話せない。

 領主の娘の件もあるしね。

 私だけの話だったら簡単なのだが、なんでこんなことに。


「あ~あ……」

 愚痴を漏らしても始まらない。

 そのまま馬と馬車は、騎士団の寄宿舎に入った。

 空を見ると、日はまだ高く夕方には遠い。

 時間は多分3時頃ではないだろうか?


 一緒にやって来た馬車は裏に回ったので、私が関わることはなさそうだ。

 この世界にはこの世界のルールがあるので、元世界の常識からみれば非人道的なことをされても、私には口を挟むことはできない。

 その牙が、私のほうに向かないようにするのが精一杯なのである。


 私たちが馬から降りると厩務員がやって来て、騎士の相棒たちの口を取り、裏の厩舎に連れていく。

 馬の尻に乗っていたヤミは、私の肩に移った。


「ジュン様、生き残った親玉と魔導師たちは、どこに行くんですか?」

「ここの地下に牢屋がある。そこで取り調べを行う」

「そうですか……」

「なにも心配することはありませんよ」

 ヴェスタの心遣いは嬉しい。


「ありがとうございます」

 寄宿舎に入ると、ばったりと鎧を着たあの男と会う。

 あの男とは、私を襲ったグレルという男だ。

 私は彼を睨みつけた。


「フシャァ!」

 ヤミも牙を剥き出す。

 こいつに放り投げられたのを恨んでいるに違いない。


「おっと、なにもしやしねぇよ。ヴェスタの坊主と斬り合いはしたくねぇからな、ははは」

「ヴェスタ様と斬り合う前に、私の魔法がもうちょっと強かったら、あなたの身体に風穴が開いていたところです」

「お~、こわ~。しかしなぁ――坊主もあんだけあんたのことを好いているんだから、一発ヤラせてやりゃいいじゃねぇか」

「グレル! ノバラに無礼な態度は許さんぞ?!」

 ヴェスタがやって来てもお構いなく、私の言葉にもおちゃらけているので、まったく反省はしていないようだ。

 そりゃ反省をするような人間が、あんなことをするはずがない。


「ヴェスタ様、そんな男は相手にするだけ無駄です」

 私は、男を無視すると、ヴェスタが案内してくれる部屋に向かった。

 2人で木の廊下を歩く。

 足音とともに木と木が擦れる音が、微妙にエコーがかって聞こえる。

 建物の外れにあった部屋は、通常は客用に用意されている場所らしいのだが、使われたことがないと言う。

 部屋の中も板張りだが、部屋の上半分と天井は白い漆喰で覆われている。

 天井からは小さなランプがぶら下がっていた。

 これは魔石ランプだろう。

 これなら自分で充填できる。

 大きなベッドと小さな机、寄り添うように置かれた赤い革が張られた椅子。


 ヤミは私の肩から降りると、あちこちをクンカクンカし始めた。


「騎士団に泊まりに来る人なんていませんからね」

 彼が苦笑いをしている。


「それじゃ、私が初めての泊り客ということに?」

「そういうことになります。でも、安心してください。あなたには指一本触れさせませんから!」

 すごい真剣な眼差しで私を見る。

 胸の中が熱くなり――守っていただけるのは大変ありがたいのだが、私にそんな価値があるのだろうか――とも思う。

 その視線から目を逸らすように、部屋の中を見渡す。


「いい部屋ですね」

「そうですか? なにもないですが……」

 森の中の家よりは、かなり上等に見える。

 あの家はあれで、いかにも森の中の家――という感じでよかったのだが……。

 思い出すとまた悲しくなる。


「それより――本当に、ここに泊まっていいんでしょうか?」

「構いませんよ。ノバラはククナ様の恩人なのですから、領主様もお許しになるでしょうし」

 まぁ、そう言われればそうだ。

 この封建社会では、上に覚えがよければそれで上手くいくのだ。

 色々とついてないことが襲ってきてしまったが、人間万事塞翁が馬――ということわざもあることだし。

 案内も終わったので、彼は仕事に戻るようだ。


「食事のときには迎えに来ますから」

「ありがとうございます」

 扉が閉じられたので、靴を脱いでベッドに飛び込んだ。


「はぁ~疲れた……もう、色々とありすぎ! 波乱万丈すぎ!」

 もう、いきなり家なき子になってしまって、この先どうしたらいいのだろうか?

 私は脚を90度立てると、その反動で上半身を起こした。


「ええい、悩んでいても仕方ない。お茶でも飲もう」

 魔法の袋から道具を出して、お茶を淹れる。

 私1人なら、急須にお茶葉と水を入れて、魔法で加熱すれば簡単に淹れられる。

 カップにお茶を注ぐと、食べかけのりんごを取り出して皮を剥く。

 これも魔法で加熱すれば、すぐに甘いお菓子のできあがりだ。


 私は、りんごを口に放り込むと、袋から魔法の袋を取り出した。

 この袋は女の魔導師から奪ったものだが、本当に人のものを開けてもいいのだろうか?

 誰も止める人がおらず、むしろ推奨される行為のように扱われることに、一抹の不安を持つ。

 ここでも元世界の常識ってやつが、私を縛っているのだ。

 小さいころからの教育ってのは本当に大事だね。


「袋の中に袋って入れられるのね」

 まるでパソコンのフォルダのように、フォルダの中にフォルダを入れられるのだ。

 これでどんどん容量を増やすことができるが、デメリットがある。

 ルートの袋を喪失すると、全部なくなるわけだ。

 別の袋はどこか見えない場所に装備するとかしたほうがいいかも。

 普段使うものと、使わないものに分けるとか。

 多分、袋の中に袋を入れて階層が深くなったら、わけが解らない状態になると思う。

 基本、私ってばガサツだし。


「……」

「にゃー?」

 固まっている私に、ヤミが変な顔をしている。

 やはり人のものをいじるのに見えない結界のようなものを感じるが、思い切って出してみた。


「おりゃ!」

 荷物を次々と床に並べる。

 人に鞄の中を見られるとか、パソコンの中を好き勝手されるとか、あの女はそういう気分だろうか?

 気をつけねば、私がその立場になることも十分に考えられる。


「ぴゃ!」

 いきなり見てはいけないものを見てしまった。

 こんなの人に見られるとかヤベーじゃん。

 そりゃ、あの魔導師の男とはそういう関係なんだろうが――これは早く捨てたい……。

 男ものも沢山入っている。

 これは必要だろうか――売れるとは思うが……。


 女の私服などもあるのだが、この世界の基本がワンピースなので丈がどうしても合わない。

 長いのを詰めるのはできるだろうが、短いものを足すのは難しいだろう。

 スカートを二重にする手もあるかな?

 服はひとまず保留。


 金もあった。

 袋の中に金貨が10枚ほど――日本円で200万円だ。

 損害賠償でこの金をもらったとしても、燃やされた家の分には程遠い。

 あとは、ワインと食料、アクセサリーもあったが、人のアクセサリーをつけるのは少々抵抗がある。

 やはり私は、そこまで図太くなれないのだ。

 まぁ、市場で売っているものも、ほとんどが中古品なのだろうが……。

 一旦人の手に渡ってワンアクションあるのと、直接奪ったものじゃやはり違う。


 剥ぎ取った荷物の整理をしていると、辺りが暗くなっている。

 天井にぶら下がっている魔法のランプを点けようとしたのだが、魔力切れだ。

 底蓋を開けて黒い魔石を取り出すと、魔力を充填した。


「む~!」

 魔石の中が青く光ると、ランプも青白い光を放って点灯した。

 ランプの灯を見つめているとドアがノックされる。


「ノバラ、食事ですよ」

「は~い」

 ヴェスタが迎えにきてくれた。

 扉を開けると、彼も鎧を脱いで私服に着替えている。

 麻のシャツだが、ズボンは鎧のときと同じものか。

 当然、武器なども携帯していない。


 ヤミを肩に乗せて、ヴェスタと一緒に食堂に行く。

 廊下はすでに真っ暗なので、部屋にあったランプを持って行くことにした。


「ヴェスタ様は、実家に住んでいるものと思ってました」

「休暇とか用事があるときにしか帰りませんよ。あとは、母が心配なときには夜に様子を見に行ったりとか」

「そうなんですね」

 ここにいないと、非常呼集のときに困るかららしい。

 そりゃそうか。

 いわば警察と軍隊を混ぜたようなものだし。

 元世界のように携帯やらスマホがあればいいのだが。


 食堂に到着すると、20人ほどが座れる長いテーブルと、広い空間。

 天井に明かりはないので、各自が持ったランプで明かりを取っている。

 全体的に薄暗く、その中に10人ほどが座っていたのだが、私が聞いていた20人より少ない。

 皆が鎧を脱いでおり、麻のシャツなどを着てラフな恰好だ。

 鎧を脱いだ男たちは無駄な脂肪など一切なく、ムキムキなのが解る。

 まさに男臭さ全開の筋肉の城。

 こういうのが好きな人なら垂涎ものなのかもしれないが、あいにく私の好みではない。

 その中で浮いているのが金髪の美少年なのだが、あと10年もたてば男の城に溶け込んでしまうのだろうか。

 男たちは、テーブルの上に料理の載った木の板を置いて、大きなカップでなにかを飲んでいる。

 中身は多分ワインだろう。


 見回すと、あのグレルとかいう男はいない。

 家なき子で贅沢は言えないけど、あの男と毎回顔を合わすのかと思うと少々気が重い。

 脇に小さなテーブルがあるので、そこを使わせてもらうことにした。


「皆さん揃ってないんですね……」

「飯は一緒に食べなくてもいいんだ。外食も許されている。朝は皆揃っていることが多いよ」

「へぇ~」

 騎士の言葉に感心しつつ、テーブルにランプを置いて配膳の窓口の所に行く。

 調理室の中には明かりが灯っているので結構明るいようだ。

 包丁とか使うから暗いと大変だろうし、そのための配慮ね。

 中にいるのは、エプロンをした太った中年の女性。

 頭に白い布を巻いている。

 1人しかいないのだが、大変じゃないのだろうか?


「こんばんは」

「ああ、あんたがノバラね。どうでもいいけど、好き嫌いとかないだろうね?」

 じろりと睨まれる。


「多分、大丈夫だと思いますけど」

「それならいいや」

「全部1人でやってるんですか?」

「夕方はそうだね。朝は2人でやっている」

 話しながら料理が乗ったトレイをもらう。

 芋と野菜のスープと、肉を焼いたもの――それとパン。

 これで好き嫌いするほうが難しい。


「あの~この子のために、味のついてない肉が欲しいんですけど」

「にゃー」

「端肉とかでもいいのかい?」

「はい――いいよね?」

「にゃー」

 まぁ、しょうがないらしい。


 料理と、ヤミのご飯を持ってテーブルに向かうと、男たちの視線が一斉にこちらを向く。


「いやぁ、女の子がいるだけで明るくなっていいやねぇ」「まったくだな」「普段は、むさい男しかいねぇし」

 騎士たちがワイワイと盛り上がっている。


「女の子って――私も皆さんと似たような歳だと思いますけど」

「「「え?!」」」

 私の言葉に皆が固まる。


「なんですか?」

「「「……」」」

 皆が黙っていたのだが、1人がつぶやいた。


「おりゃまた――20歳ぐらいかと……」

「歳はいいたくありませんが、30にはなってません」

「「「えええ~っ!?」」」

「え~ってなんですか!」

「おい、マジか。俺たちより年上かよ……」「え~?」

「え?」

 どうやら結構オッサンたちの集団だと思っていたのだが、私より年下が多いみたい。

 ちょっとショック。

 1人の騎士がニヤついて、ヴェスタに絡んでいる。


「おい、坊主どうするんだ? えらい姉さん女房だぞ?」

「べべ、べつに歳なんて関係ありませんし! だいたい、彼女とはそういう関係でもありません!」

「ほう」「なるほどなぁ」「うひひ、そういうことにしておいてやるよ」

 どうやら、ヴェスタも私を20歳ぐらいだと思っていたらしい。

 酔っ払った男たちのいい玩具にされている。


 日本人って若く見られるって聞いてたけど……。

 この世界でもそうなのだろうか。

 そういえば――私を密告した魔女のBBAも、小娘とか言ってたなぁ。

 もしかしたら、彼女とはそんなに歳が違わなかったのかも……。


 チラリとこちらを見たヴェスタと目が合うと、彼が顔を真っ赤にしている。

 私も高校生ぐらいだったら、ここでキックオフごっこ(死語)してはにかんでいたりしただろうが――あいにくと、こっちはすでにアラサー。

 もう、少女の欠片も残っておらず、ときめくこともない。

 少女らしい甘酸っぱいイベントもなくこんな歳になってしまった、そんな自分を思って少々落ち込む。


 そりゃ少々枯れてても、直接触られたりしたらドキドキもしますけどね。

 あれこれ自分に言い訳をしていると、お姫様抱っこされたことを思い出してしまった。

 そんなに慕ってくれているのなら、騎士の奥さんという手もあるのかな~と思う。

 なにより生活が安定するしね。

 世間一般的な女の幸せなのだろうが、そういうのは私の生き方と違うというか~なんちゅ~か。

 そういうこと言ってるから、トキメキの出会いがなかったんだけどね。

 私は心の中でため息をついた。


 騎士たちにからかわれて顔が赤くなったりすると恥ずかしいので、無関心を装い席について料理を食べ始める。


 食堂の料理は普通の味だった。


 

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