23話 森のめぐみ
騎士団から、まとまった数の回復薬を納品する依頼を受けた。
医者などがいない世界では、魔物退治などで怪我をしたときに、どうしても必要らしい。
まとまった数を作るとなると足りない材料がある。
庭で少量栽培されていた赤い実だ。
栽培が難しいようなのだが、他の魔導師や魔女たちはどうやって回復薬を作っているのだろうか。
そこで森に詳しい獣人たちの村に行き、情報を収集することに。
私の目論見どおりに、ニャルラトが生えている場所を知っているらしいのだが、魔物が多い場所のようだ。
危険を承知で彼を道案内役にして、騎士たち2人と私、そしてネコ一匹で件の場所へ向かったのだが――。
私たちは黒くて大きな魔物に遭遇した。
「ひぃ! き、牙熊だぁ!」
黒い魔物を見たニャルラトが飛び上がった。
「ニャルラト、逃げていいよ!」
「だ、大丈夫だよ!」
「それじゃ騎馬を盾にして!」
「うん……」
2人の騎士が剣を抜いた。
「私は馬から降りましょうか?」
「大丈夫だ! 私がやる」
団長が剣を構えた。
確かに、こんな大きな魔物と戦うなら怪我もあり得るだろうし……そのための回復薬か。
「それでは、私は魔法で援護を!」
私の言葉に、後ろから抱きかかえているヴェスタが反応した。
「ノバラ、牙熊に魔法はあまり効きません」
黒い毛皮が魔法を阻むようだが、黒狼にも魔法は通用したし、なんとかなるのでは?
「でも、牽制にはなるでしょう?」
「そのとおりだ――ノバラ、魔法で牽制を頼む」
「承知いたしました」
「行くぞ!」
団長が馬を向けると、熊が立ち上がった。
大きい! 立ち上がると5mほどあるのではないだろうか?
家の2階に届きそうなぐらい大きい。
あんな魔物に勝つことができるのだろうか?
心配ではあるが、魔物と戦うことを即断したということは、そういう経験があるということなのだろう。
熊が相手となれば馬も恐れると思うのだが、そんな節は微塵もなく敵に向かって真っ直ぐに突進していく。
団長と馬を援護しなくては。
私は魔法を唱えた。
効かないというのなら、思い切りチャージをしたやつをおみまいしてやる。
そう思い魔力をチャージし始めたのだが、ヴェスタが私を抱きしめてくるので気が散る。
「むぅぅぅぅ! 光弾よ! 我が敵を撃て!」
輝く閃光を放った光の矢が、魔物に向かって打ち出された。
光の尾を引いて、立ち上がった熊の首元辺りに命中したのだが――。
そのまま敵を貫通すると、後ろの腐葉土を吹き飛ばした。
大きな土の柱ができ、巻き添えを食った大木がメキメキという音を立てて倒れ始める。
「なに?!」
後ろからヴェスタの声が聞こえる。
「にゃー」
「あ、やっちゃった……」
大木が倒れる地響きが伝わってくると、敵もその場に崩れ落ちた。
その様子を見た団長の馬が速度を落とすと、ゆっくりと倒れた熊に近づく。
熊の状態を見ていた団長が剣を掲げた。
木漏れ日に反射した刃がキラリと光る。
「大丈夫だ! すでに息絶えている」
「了解」
ヴェスタが馬を、屍に接近させた。
近づくと黒い魔獣の大きさが解るが、においが酷い。
黒狼のときと似たような、なん年も洗っていない犬みたいなにおいがする。
臭いのだが、それよりも目の前の巨大な魔物の死骸だ。
馬の後ろからヤミが飛び降りると、黒い毛皮をクンカクンカしている。
「うわぁぁ、す、すごく大きいですね!」
私が殺してしまったわけなのだが、すでに元世界で培ってきたモラルなどが崩壊しつつある。
可哀想――などという感情より、テンションが上がるほうが先になってしまっているのだ。
「ふう……」
団長が、私のはしゃいでる様子を見てため息をついた。
「ど、どうしましたか?」
「いや――この牙熊を、光弾一発で仕留めるとは……」
「魔法が効かないと聞きましたけど……」
「普通は効かないのだ」
「そうなんですか?」
私の言葉に、ヴェスタも呆れているようにつぶやいた。
「魔物をこんな風に倒せるなんて、王都の大魔導師級ですよ」
「す、すげー! ノバラすげー!」
ニャルラトは、すげー! すげー! しか言ってない。
かなり興奮しているようだ。
「ニャルラトの村で熊を倒したりは?」
「黒狼は狩ることはあるけど、熊はどうしても避けられないときしか戦わないよ。しかも村総出で戦わなきゃならない」
「それを私1人で倒しちゃったわけか」
「そうだよ、すげーよ!」
倒してしまったものは仕方ないが、これをどうしようか。
「これってどうします? 騎士団でいりますか?」
「いや、必要ない」
「これって魔法の袋に入るかなぁ」
「にゃー」
「やっぱり無理よねぇ……それじゃ、ニャルラトの村ではどう?」
「ええ? 多分、みんな大喜びすると思うけど……」
「それじゃ村にあげるよ」
私の言葉を聞いて、彼が飛び上がった。
「ほ、本当か? 本当に、もらっていいのか?」
「ええ、いいですよね?」
一応、団長にも確認したのだが、まったく興味がないらしい。
「ああ、我々には必要ない」
「それじゃ、みんなを呼んで来ていいか?」
「みんなで運ぶのね」
「この場所で解体すればいいし。最悪、肉は駄目でも毛皮だけで、かなりの収入になる」
「よかったわね」
「ノバラ、いいのですか?」
私の決断にヴェスタが心配そうだ。
肉はあるしね。
毛皮をもらっても、私は興味ないし。
暖かそうではあるけど……。
「はい、私には必要ありませんし」
「それじゃ、みんなを呼んできていいか?」
「ジュン様、ちょっと時間がかかってしまいますけど、いいでしょうか?」
「ああ、構わん。せっかく仕留めた獲物を無駄にすることもないだろう」
「ありがとうございます」
「それじゃ、すぐに戻ってくるよ!」
ニャルラトが、村に向かってダッシュした。
あっという間に、彼の姿が森の中に消える。
彼の脚は自動車並というのはさっき見たから、村から30分ほどで戻ってくるのではないだろうか。
魔物に出会っても逃げ切れるから、心配いらないだろうし。
村の人が沢山やってきたら、黒狼だって敵わないと思う。
「ふう――ヴェスタ様、降ろしていただいてもよろしいですか?」
「ああ」
彼の手が私の腰から離れたので、落ち葉の上に飛び降りた。
地面に這いつくばっている熊の所に行ってみるが――やはりくさい!
熊って、確か寄生虫がいるから、毛皮を触るのは止めたほうがいいわねぇ。
くさい臭いは、魔法を使ってどうにかできないか?
毛布に染み付いたにおいにも魔法が効いたから、熊の毛皮にも効くかもしれない。
試してみることにした。
「洗浄!」
青い光が舞うと、黒い毛皮の中に染み込んでいく。
顔を近づけてにおいを嗅いでみるが、だいぶマシになったようだ。
「今のはにおいを消したのか?」
団長が訝しげな顔をしている。
「はい、だいぶマシになりましたでしょ?」
「無駄な魔力を使うことはないぞ?」
「このくらいなら平気です」
「……」
彼が腕を組んだまま難しい顔だ。
「どうしましたか?」
「貴殿のような女性が、なぜ魔女に?」
「そう言われましても――魔法が使えても、国家試験に合格できなければ魔女になるしかないのでしょう?」
「それはそうだが……」
普通は、魔法が使えたから魔女になろうとするのだが――私の場合は、魔女になろうとしたら魔法が使えたわけで、動機と結果が逆なのだが。
「ニャルラトが戻ってくるまでやることがありませんから、お茶でも飲みましょうか?」
「いただこう」
ヴェスタも飲みたいということなので、お茶の道具を出す。
最近は、食器なども戸棚にしまわないで、全部魔法の袋の中に入れてしまっている。
そっちのほうが片付けないで済むし。
腐らないからといって食材も袋の中だし、読んだあとの本も片付けるのが面倒だから袋にポイ。
だって便利すぎるんだもの。
それに、あの家も訪れる人が多くなったから、大事なものは懐に入れておいたほうがいいだろう。
私が考えているような人たちは、いないと思うのだが。
騎士たちに薪を拾ってもらっている間に、落ち葉を除けて湿った地面を出す。
ここをかまどにするわけだ。
石を拾ってきて簡易の五徳を作ると、その上に鍋を置いて水を入れる。
この水も煮沸したものを魔法の袋の中で保存しているものだ。
こうすれば、いつでも水が飲める。
騎士たちが薪を拾ってきてくれたので、乾燥している落ち葉に魔法で火を点けた。
「火よ!」
白い煙がもうもうと上がって、オレンジ色の火が燃え上がった。
外で焚き火をするとキャンプみたいで楽しい。
欠点があるとすれば、鍋が煤で真っ黒になるところか。
お湯が沸き始めたので、魔法の袋からティーセットを出す。
ティーセットもお茶っ葉も、ククナからもらったものだ。
お湯が沸騰する前に茶葉を入れたティーポットに注ぐと、香ばしいいい香りが辺りに漂う。
「どうぞ~」
白いカップに茶色の紅茶を注いだ。
「これはいい香りだ」
「ククナ様からいただいたものですから、高級品だと思いますよ」
「私は、ノバラの家で飲んだお茶も好きですが……」
「ヴェスタ様、ありがとうございます。あれは胃腸に効く薬草ですよ」
「私もそれを飲んでみたいものだな」
「え~? ジュン様も物好きですねぇ」
「そんなことはない」
しばらくお茶を楽しむが、隣にはデカイ熊の死骸。
「この死骸に、他の魔物が集まってきたりして……」
ヤミが私のところにやって来た。
「にゃー」
「そうなんだ」
「そのネコはなんと?」
「熊の縄張りには、他の魔物は入らないと」
「そうだな。そのネコは随分と博識だな」
「そうみたいですねぇ、先代の魔女から数えたら、かなり長生きしているみたいですし」
「にゃー」
どうやら歳は秘密らしい。
「私の故郷では、長生きしたネコは知能を持った魔物になる――なんて言い伝えがあるんですよ」
「それは、この地方でもありますよ。ネコが長生きすると飼い主を殺すなんて言われて、不吉を呼ぶものと言われてます」
ヴェスタが、ここら辺の伝承を説明してくれる。
「にゃー」
「別に君の悪口を言ってるわけじゃないから」
「本当に言っていることが解るのか?」
どうやら、団長は私の言っていることを冗談だと思っていたようだ。
「そういう魔法なんです」
「ほう――初めて聞いたな……」
「まぁ、魔導師様が使う、正式な魔法ではないですからねぇ」
3人でしばらくお茶を楽しんでいると、獣人たちが大勢でやってきた。
皆が手に刃物を持って突進してきているので、事情を知らなかったら逃げ出してしまうだろう。
「ノバラー! 戻って来たぜ~!」
「はい、お帰り~」
「はぁ~! こりゃすげー大物だ!」「本当に魔女のねぇちゃんが倒したのかい?」
「ノバラが魔法で倒したんだぜ! 白い光の矢がバヒューン! ってな感じだよ!」
ニャルラトが自慢げに大人たちに説明している。
一緒についてきた子どもたちは、熊の上に乗ってはしゃいでいる。
「ああ、駄目よ! 熊は病気を持っていることがあるから!」
「そうだぞ、ダニとかに食いつかれるぞ!」
「「「わぁぁぁ!」」」
子どもたちが一斉に飛び降りた。
ダニばかりではなくて、旋毛虫などの寄生虫もいるし細菌もいる。
この世界の人たちは生食をすることはないだろうが、元世界では熊肉で食中毒も起きている。
「それで、こいつは本当にもらっていいのかい?」
獣人たちは、まだ半信半疑のようだ。
「ええ、私だけじゃ処理しきれないし……」
「角とか、薬の元になるんだぜ?」
「それじゃ、角と肉を少しだけちょうだい」
「よしきた! それじゃ、やるぞぉ!」
「「「おおお~っ!」」」
獣人たちが一斉に熊に群がった。
手際よく腹を裂き、内臓を取り出してから毛皮を剥がしていく。
うえ~、あまり見ないようにする。
「本当は水際だったらよかったんだが、贅沢はいってらんねぇ」
「とりあえず、バラして運べるようにしちまおうぜ?」
「「「おう!」」」
チームプレイが素晴らしく、ずっと見ていたいのだが、私たちの目的は違う。
「ニャルラト、私たちは赤い実を探したいから、案内をお願いできる?」
「そうだった! そっちの仕事があった! 解ったよ!」
彼も解体に加わりたいような顔をしていたが、こっちの仕事も重要なのだ。
銀貨1枚の仕事だし。
黒い魔獣の死骸に集まる獣人たちをあとにして、私たちは赤い実があるという池に向かった。
「ニャルラト、その池ってここから遠いの?」
「そんなに遠くないよ。村から街に行くぐらいの距離かな?」
私の感覚では結構遠いと思うのだが、獣人たちの感覚では街に行く距離は近所ってことになるのかもしれない。
私1人で歩いたら大変だが、今は馬に乗っている。
そんなに時間はかからないだろう。
辺りが心配なので、ニャルラトに声をかける。
「ねぇ、魔物の気配はしそう?」
「嫌な感じはしないから、今のところは大丈夫」
獣人たちは、動物的な野生の勘らしきものを持っているらしい。
敵意を持っている者などが解るようだ。
「それじゃ、ジュン様とヴェスタ様が悪い人じゃないって解るでしょう?」
「騎士は信用できない。いいヤツでも、主君の命令があれば罪もない人を殺すからな」
「そのとおりだ、それについては否定できない」
団長が、ニャルラトの言葉を肯定してしまった。
元世界の軍隊と同じで、上からの命令は絶対なのだろう。
「ふん!」
彼自身の考えや経験ではなく、大人たちからそう言われて教育されているのかもしれない。
実際にそういうこともあったのかも……。
やはり身分の高い人たちと一般市民の間には大きな溝があるようだ。
しばらく暗い森の中を進むと、木々の間から明るい光が見えてくる。
「ノバラ、あそこだよ!」
明かりに近づくにつれて、草が茂ってくる。
少々背の高い草が生えていても馬の上にいれば余裕で越えられる。
草むらの先には、水草に覆われて淀んだ池があった。
大きさは50m四方ぐらいか。
「なんか、虫が沢山いるんだけど」
「水辺に卵を産みにきたりするんだよ」
大きなトンボか、ウスバカゲロウのような白い昆虫だ。
「ノバラ、ここでいいのか?」
団長が私のほうを見た。
ニャルラトが池の近くで見たと言ったが、私には生えている場所に思い当たる節がある。
「あの、木の所まで戻っていただけますか?」
「承知した」
庭にある赤い実も樹の下に生えていて、他の場所には生えていなかった。
木や、他の植物と共存関係にあるのかもしれない。
草むらを戻り、木が生えている場所にやってくると馬を降りる。
私と一緒に、ヤミも馬から降りた。
池をぐるりと囲んでいる木の根元をチェックすればいいってことだ。
ニャルラトにも手伝ってもらう。
「多分、木の根元に生えていると思うから、探してくれる?」
「解った!」
彼と分かれて、赤い実を探す。
木の下を歩きながら、1本1本確認していく。
騎士たちは馬上から辺りを見渡し、近づくものに目を光らせている。
木の根元を探していくと、小さくて白い花が咲いていた。
私と一緒についてきたヤミが、それをクンカクンカ。
「にゃー」
葉っぱを見れば――あの赤い実がなっている植物だ。
やはり求めるものはここにあるに違いない。
そのとき、私を呼ぶ声が聞こえた。
「あった! ノバラ、あったよ!」
「本当!?」
声のしたほうに走っていくと、ニャルラトが地面を指差していた。
近寄って指し示す所を見ると――赤い実が5個ほどなっている。
「ほら、俺の言ったとおりだろ?」
彼は得意満面だ。
そこから赤い実を3つ摘んだ。
全部採ってしまうと、ここの植物が全滅してしまうかもしれない。
田舎の山菜採りでも、全部採らないというのがルールだ。
そう言われてきたのだが、根こそぎ採る人があとを絶たず、近場から山菜がなくなってしまった所が多い。
近場にはないので、山奥に入ったりすると熊とエンカウントしたりする。
自分さえよければ――そういう考えが身を滅ぼすのだ。
「ありがとう! ニャルラトはこのまま探して。私は反対側から回るから」
彼に、魔法の袋から出した白いカップを渡した。
これに実を入れてもらう。
「解った」
「全部採っちゃだめよ」
「解ってる」
獣人たちは、森のめぐみを全部採らないというルールを守っているようだ。
そうでなければ、結局は自分で自分の首を絞めることになるのだから。
ニャルラトと分かれて私も実を探す。
馬に乗った騎士たちは、私の周りで警戒を続けてくれている。
こちらはずっと下を見ているので、周りを見ている暇がない。
獣人であれば、においや音で敵の接近を探知できるだろうが、私にそんな芸当は無理だ。
魔法で敵を知る方法があるのかもしれないが。
「あった!」
ちょっと大きめの株に、10個ほどの赤い実がなっている。
「それが赤い実ですか?」
馬上のヴェスタがこちらを見ている。
初めて見るのかもしれない。
「はい」
これなら半分ゲットしても5個手に入る。
私も白いカップを取り出して、それに入れた。
回復薬は40本必要らしいから、赤い実も40個。
あと、32個か……そんなにあるかな。
薬を作っている他の魔導師や魔女たちも、同じ苦労をしているのだろうか。
そのまま下を向きながら実を探し続けて、反対回りをしていたニャルラトと合流した。
ヤミは途中で飽きたのか、どこかに行ってしまったらしい。
パトロールでもしているのだろう。
「ニャルラト、見つかった?」
「結構あったぞ!」
彼からカップを受けると、掌に乗せて数える。
「ひーふーみー ――25個ね」
私のカップの中も数えると、22個あった。
全部で47個だ。
「ノバラ、これで足りるか?」
「ええ、これでなんとかなりそうよ」
「よかったな!」
馬上の騎士に告げる。
「ジュン様、数が揃いました。これで回復薬が作れます」
「ここまで来た甲斐があったな」
「これで騎士団にも強力な回復薬が常備できます」
「うむ」
ヴェスタの言葉に、団長も満足そうだ。
あとは家で薬を作るだけだし。
数が多いので、それなりに時間はかかるかもしれないが、なんとかなる。
「ヤミ-! 帰るよ!」
私の言葉にも出てこないが、彼ならあとを追ってこられるはずだ。
再び、ヴェスタの馬に乗せてもらうと、森の中の池をあとにした。
この場所に位置を知らせる魔導具を置いておけば、迷わずにここまで来ることができると思うが――魔物がいるしねぇ。
さすがに危ないと思う。
途中でヤミが追いついてきて、馬の尻に飛び乗った。
「なにか面白いものがあったの?」
「にゃー」
馬に揺られて森を進むと、熊の解体現場に出くわした。
もうほとんどが解体されており、肉も運ばれてしまっている。
残っているのは巨大な黒い毛皮と、放り出されている内臓。
「もう、皮しか残っていないのね」
「よう! 魔女のねーちゃんは、お目当てのものは見つかったのかい?」
虎柄の男性が私の相手をしてくれた。
「はい、おかげさまで」
「ほら、これはねーちゃんの取り分だ」
彼が差し出したのは、ピンポン玉よりちょっと小さめな黒い石。
「これは?」
「魔石だよ」
「え? 魔石って魔物の中にあるんだ」
「え?」
「え?」
2人で顔を見合わす。
この世界では誰もが知っているようなことを聞いてしまったので、そんな顔をされたのだろう。
「にゃー」
ヤミの話では、鉱石として産出することもあるらしい。
黒い石は、大気中の魔素というのが固まってできるもののようだ。
黒狼でも、歳をとった個体には魔石があるという。
ボスとか長老とかそういう類だろう。
「魔石をもらったから、熊の胆嚢はあげるわ」
「いいのかい? 一応、取ってはあったんだが……」
「ええ」
解体現場にいた皆に挨拶をすると、そこをあとにして獣人たちの村に到着した。
大量の肉をゲットした獣人たちは、お祭り騒ぎをしている。
ここまで来たら案内がなくても家に帰れる。
「獣人の子供よ。これが案内代だ」
団長が、馬上からニャルラトに銀貨を渡した。
「すげー! 銀貨! 初めて見た!」
「よかったわね。街で買い物をするときには、お釣りを誤魔化されないようにしてね」
「買い物のときは、只人のねーちゃんたちと行くから大丈夫」
獣人たちは計算が苦手なようだし。
用は済んだので、彼らに別れを告げて家に戻ろうとすると、ニャルラトが私のところにやってきた。
「ノバラ!」
「どうしたの?」
「ほら! 角と肉!」
彼が、葉っぱに包まれた大きなものを差し出した。
「ああ! ありがとう!」
それを受け取ると魔法の袋に入れた。
「にゃー」
「ふふ、そうね」
「彼はなんと?」
ヴェスタが、ヤミがなんと言ったか気になるようだ。
「肉が沢山食えると喜んでいるんです」
「なるほど」
順調にことが運び、ルンルン気分で道から森の中に入り、家の近くまで戻ってきたのだが――。
「ふぎゃー!」
ヤミが慌てている。
「なに?」
なにかが焼けるにおいがするという。
彼の言葉に心配になり、家の方向を見ると黒い煙が立ち上っている。
「え?! なに?! 煙?!」
「ヴェスタ! 急いだほうがよさそうだぞ!」
「承知いたしました! はぁっ!」
彼が馬に気合を入れると、猛スピードで走り出した。
まるで戦車のようだ。
「きゃぁぁぁ!」
ヴェスタにがっちりと抱いてもらい、私も彼の腕にしがみつく。
馬が猛スピードで木々の間を駆け抜けて森を飛び出すと――信じられない光景が飛び込んできた。
立ち上る真っ黒な煙の元は、赤い炎に包まれた私の家だったのだ。
「はぁぁぁぁぁ?!」
「ふぎゃぁぁぁぁ!」
私とヤミの叫び声が草むらに響く。
呆然としていた私たちだが、轟々と燃える家の周りに多数の人影があるのに気がついた。





