22話 森の中へ
私の家に領主の娘であるククナが遊びにやって来た。
護衛として、美少年騎士であるヴェスタも一緒である。
遊びにきただけではなく、私への褒美であるベッドも持ってきてくれたようだ。
大きなベッドでのびのびと寝られると喜んだのだが、ククナが泊まっていくと言う。
護衛でついてきたヴェスタも困っていたようだったが、命令だと言われれば受け入れるしかないようだ。
彼は一旦領主邸に戻って報告をしたあと戻ってきて、外で野営をしている。
領主の娘の護衛をするためだ。
家に誘ってみたのだが、断られてしまった。
私はもらったばかりのベッドで、ククナと一緒に寝ることになった。
女同士だから、いいんだけどさぁ。
――領主の娘が遊びにやって来た次の日の朝。
朝起きると、隣にククナが幸せそうな顔をして寝ている。
一緒に寝ていたヤミはいない。
朝のパトロールにでかけたのだろう。
私に合わせていると朝飯が遅くなるので、狩りをしているのだ。
彼女をそのままにしてベッドから降りると――外の井戸で顔を洗い、私は食事の準備を始めた。
お客様に昨日の残りじゃマズいだろうし。
そのお客様は領主の娘というお嬢様。
少々悩んだあと、芋と肉でスープを作り、ドングリ餅を作ることにした。
前に作ったナンもどきは小麦粉にドングリだったが、今度はドングリがメインだ。
つなぎに少々小麦粉を使うだけ。
ドングリをそのまま魔法で加熱すると爆発してしまうので、包丁でぐるりと切れ込みを入れる。
それを水に浸してから魔法で温めると、皮がカポッと取れるのだ。
ドングリの皮が剥けたら、少々の水と小麦粉を混ぜてこねたあと、火で焼く。
砂糖をもらったので、今回は砂糖も使ってみた。
もったいないので自分のときは使わないが、お客様には使ってもいいだろう。
ちょっと味見してみたが、もちもちで甘くて、とても美味しい。
これはニャルラトも好きな味だろう。
彼用に、取っておいてあげようかな。
台所に香ばしいにおいが漂っていると、ククナが起きてきた。
私が着せた黒いミニスカワンピースのままだ。
ここだからできる恰好だろうし、屋敷でこんな姿では怒られるに違いない。
「おはようございます、ククナ」
「おはよう……う~ん……」
彼女が椅子に座ると、テーブルに突っ伏している。
あまり寝起きはよろしくないようだ。
「井戸の所に水がありますよ」
「……うん……」
彼女は立ち上がると、フラフラと外に出ていった。
「さて、料理を並べるかなぁ」
皿を出して、スープなどを盛っていると、外から大声が聞こえてきた。
「うわぁぁぁ! も、申し訳ございません」
「きゃぁぁぁ!」
この声は、ヴェスタとククナだ。
「え?! どうしたの?!」
外に出ようとすると、脚を隠して顔を真っ赤にした彼女が飛び込んできた。
「こ、この恰好なの、忘れてたぁ!」
「ああ!」
黒いミニスカワンピースを着ていたのを忘れ、そのまま外に出たので、護衛の仕事をしていたヴェスタに見られてしまったのだろう。
彼は、ここに入るための石を持っているし。
「申し訳ございません。すぐに着替えたほうがいいと思います」
私もうっかりしていた。
普段は、このまま朝食を食べたりすることが多いから……。
「そ、そうする……」
「私も着替えたほうがいいだろうなぁ」
2人で寝室にいくと、ククナは自分の服に――私はいつもの黒いロングスカート姿になった。
台所に戻ると食事にする。
「……ううう……」
まだ、ククナの顔が真っ赤だ。
そのぐらい恥ずかしいということだが、脚を出すのが平気だった世界の私にはイマイチピンとこない。
「私も不注意でした。いつもあの恰好なので……」
「よく平気ね」
「まぁ、慣れですよ。私もヴェスタ様に見られてしまいましたし」
「うう……料理は、すごく美味しい……。この歯ごたえがいいのは、なに?」
「それは、木の実を潰して作ったものです」
彼女に魔法の袋から出したドングリを見せてやる。
「すごく硬い! これが木の実なの?」
「皮を剥くのが大変ですが、結構美味しいですよ」
「森には色々な食べものがあるのねぇ」
「これは保存も利くと思うけど、市場にも売ってなかったなぁ……」
食べるための準備が面倒だからだろうか。
魔法を使えば簡単なのだが、一般家庭だとお湯を沸かしたりと大変だ。
2人で食事をしていると、ヤミが帰ってきた。
「なー」
「肉食べる?」
彼用に味をつけないで煮た肉があるので、それを出してやると、テーブルの下で食べ始めた。
狩りが不調だったのだろうか。
2人と1匹で食事をしていると、ドアがノックされた。
「は~い」
「あの、先程は申し訳ございませんでした!」
ドアの向こうからヴェスタの声がする。
「構わないわ、私が不注意だっただけだし。それに、ヴェスタなら――まぁいいかなって感じ」
彼女も、あまり気にはしていない様子。
やはり、ただしイケメンに限るの法則であろうか。
「ありがとうございます!」
「あと少しで食事も終わりますから。ヴェスタ様の朝食は?」
「私は、すでに食べました」
真面目な彼は、朝早く起きて周囲をパトロールしたあと、食事も摂ったのだろう。
「すぐに食事は終わるわ。外で待っててちょうだい」
「かしこまりました!」
ククナの声のあと、彼の足音が遠くなる。
お仕事は大変だ。
食事が終わって、ククナは帰ることになった。
彼女がヴェスタの馬に乗る。
私のときと同じように、前に横座りになりヴェスタに抱きかかえられている。
恥ずかしがっているようでもないので、貴族ならこういうことは普通なのか。
かえって、ヴェスタのほうが緊張しているように見える。
さっき脚を見てしまったせいもあるのだろうが。
「それではノバラ。屋敷に遊びに来てね」
「ちょっと難しそうですが……まぁ、機会がありましたら」
「そんなことはないわ! 屋敷に魔女が来たら私の所に通すように、ちゃんと言っておくから」
「ありがとうございます」
私は彼女に頭を下げた。
馬上の領主と娘と騎士が森の中に消えていった。
「ふぅ……なにもなくてよかった」
彼女の実家は、お得意様になるかもしれないし。
まぁ、個人的にも妹がほしかったから、家族ができたようで嬉しかったけどねぇ。
でもお姉さまか……。
学生時代のことを思い出して、苦笑いをする。
――突然のお客様をおもてなししてから、数日が過ぎた。
私が薬を作ったり魔法の勉強をしていると、ドアがノックされる。
いつもはお客様が来るとヤミが教えてくれるのだが、彼は遊びに出ていていない。
「ノバラ殿はご在宅か?」
この声は騎士団の団長さんだ。
「は~い、ちょっと待っててください」
一応、偉い方なので、鏡を見て髪をなでてみたりする。
大丈夫だと確認してからドアを開けた。
声がした通り、団長さんと後ろにヴェスタがいる。
「突然の訪問、申し訳ない」
「なにか問題でもありましたか?」
「いや、そうではない」
「立ち話では申し訳ございませんので、どうぞお入りください」
「それでは失礼する」
騎士の2人を招き入れて、テーブルにつかせるとお茶を出した。
あらかじめお茶を淹れて魔法の袋に入れておいてもよさそうだが、せっかく来たお客様にそれはちょっとマズい気がする。
相手をもてなす心があるのなら、目の前で淹れるべきだろう。
「それで、ご用件とは?」
「実は騎士団用に回復薬が欲しいのだ」
団長さんが話を切り出した。
「私の作った回復薬ですか?」
「ああ、ヴェスタから聞くところによれば、効き目が素晴らしいと聞いた」
「そのとおりです、ジュン様。ノバラの回復薬を飲んでからというもの、母の体もすっかりとよくなりました」
「ネフェル様のお体の調子がよくなって、よかったですね」
「はい」
「ヴェスタは、自分の母親の件があるから近衛への推薦を断っていたが、これで大手を振って王都に行けるな」
「まだ、考え中ですが……」
彼には、まだ迷いがあるようだ。
母親の病気がまた悪化するかもしれないと、考えているのかもしれない。
「すごい栄転じゃないですか」
「それは、そうなのですが……大変名誉なことだと思っております」
「でも近衛騎士団となると、高位貴族のご子息とかが多そう。苦労するのでは……」
「ははは、ノバラの言うとおりで、そういう話も聞く」
団長さんが笑っている。
「近衛は、2つに分かれているんです」
「ヴェスタの言うとおりだ。王侯貴族の子息で構成されている紅玉隊と、それ以外が配属される紺碧隊だ」
彼が配属されるのは紺碧という部隊で、地方から集めた騎士で構成されているらしい。
――ということは、紅玉ってほうは王侯貴族のお坊ちゃん部隊か。
近衛騎士たちは、その色を基本とした装備をしているという。
「すごいですねぇ。国の騎士団の頂点ということは、一堂に会したらさぞかし壮観な眺めになるんでしょうねぇ」
「ははは、実は――2つの部隊は仲が悪くてな。ノバラが寄宿舎で言ったように――騎士とは主君の最後の盾になる。そのような心構えでは務まるものも務まらぬ」
「その節は、生意気なことを申し上げました」
「構わん、そのとおりだからな」
団長が苦笑いをしている。
近衛の話はそのぐらいにして、回復薬の話に戻った。
「騎士団で使う薬はどのぐらいの数が必要になるのですか?」
「そうだな。騎士団20人で2瓶ずつ――合計で40本というところか」
「40本ですか……」
袋の中には10本以上の在庫があるのだが、まったく足りない。
在庫には手をつけず、注文分を新規に作ったほうがいいだろう。
「すぐに欲しいとは言わん」
「まぁ、時間は大丈夫だと思うのですが、その分の原料がなくて……」
「そうなのか。なにか特殊なものを使っているとか?」
ほぼ全ての原料は庭に生えているし、近くでも採取できると思うのだが――問題は、庭の木の下に生えている赤い実だ。
この前、薬を作るときにほとんど使ってしまってあまり残っていない。
私は庭に出て木の下に向かい、赤い実を採ってくると騎士の2人にそれを見せた。
「これです」
「この実が足りないのか?」
「はい、あと数個しか……。森の中でこれが見つかれば、すぐにも作れると思うのですが」
「う~む」
団長が腕を組んで考え込んでいる。
「誰か森に詳しい者は?」
ヴェスタにそう言われて、ひらめいた。
「あ、そうだ。獣人の村の人なら森の中に詳しいかもしれません」
りんごの木とかも、ある場所を知っているぐらいだし。
「そうか――それでは、そこに行ってみるか」
「え? 獣人たちの村にですか?」
「回復薬を作るためには、その赤い実が必要なのだろう?」
「そうです」
どうしようか迷っていると、強引に家から連れ出される。
そのまま庭の外に繋いであった、馬に乗せられてしまう。
また美少年に抱きかかえられて横乗りをするハメになった。
これはかなり心臓に悪い。
「獣人たちの村というのは?」
「森から出た道の先です」
団長の質問にヴェスタが答えたのだが――どうやら彼は、村の場所を知っているらしい。
「ヴェスタ様は、村をご存知なのですか?」
「ここの前の主に会いに来たときに、獣人たちと鉢合わせしたことがある」
「ああ、彼らもここに住んでいたお婆さんから薬を買っていたようです」
そのときに村の場所を聞いたのだろう。
彼は獣人たちに偏見を持っていないようだし。
馬が歩きだすと、横の草むらがガサついた。
「む?」
騎士たちが反応したのだが、それよりも早く黒いものが出てきて馬に飛び乗った。
「にゃー」
後ろからネコの鳴き声が聞こえてくる。
馬の後ろに飛び乗ったのは、ヤミだった。
「君は留守番しててもいいのよ?」
「にゃ」
暇だからついてくるらしい。
ずっと家の周りをパトロールしているので、たまには他の場所に行きたいらしいが、面倒だという。
「それで、いつも私を乗り物代わりにしているのね」
「にゃー」
まぁ、魔女はネコの下僕なので致し方ないが。
3人と1匹を乗せた馬は森を抜けて道に出ると、街とは反対の方向に進み始めた。
歩いたら1時間以上かかる道のりだが、馬なら速い。
すぐに獣人たちの村が見えてきた。
いつもは友好的な村だが、突然の騎士の来訪に緊張しているようである。
「き、騎士だ!」「なにをしに来たんだ?」
馬を取り囲んでいる不安げな表情をしている獣人たちを、馬上から目で追う。
私が捜しているのは、ニャルラトだ。
「お~い、ニャルラト~!」
とりあえず呼んでみる。
彼がいれば、自慢の耳で私の声が聞こえるはずだ。
私の狙いどおりに彼の声が聞こえてきた。
「ノバラ?!」
「ニャルラト~いるの?」
馬を囲んでいる大人をかき分けて、黒い毛皮の男の子がやって来た。
「どうしたんだ……う! お前らは、前にノバラのところに来ていた騎士だな!」
彼が、馬上の騎士たちを睨みつけた。
「ニャルラト、この人たちは大丈夫よ。それより――」
私は馬を降りて、魔法の袋から赤い実を出した。
彼に袋を見せるのは初めてだが、ちょっと驚いている。
「この実は?」
ニャルラトが、私の指をクンカクンカしている。
「騎士団の方から頼まれた薬に必要なの。この赤い実がなっている場所を知らないかな?」
「……知ってるけど……」
「え?! 知っているの? そこに案内して欲しいんだけど……だめかな?」
「あっちのほうにある、小さな池の近くなんだけど」
彼が、森の奥のほうを指した。
「ああ、あの池かぁ! あそこらへんは魔物が多いぞ?」
大人たちの中でも場所を知っている者がいるようだ。
「そうなんだよ、危ないぞ? ノバラ……」
彼は私のことを心配してくれているようだ。
ニャルラトの頭をなでながら、団長に判断を仰ぐ。
「ジュン様、どうします?」
「とりあえず、そこに案内してくれ。案内代なら銀貨1枚(5万円)出す」
「え?! 銀貨?!」
銀貨と聞いたニャルラトの目が輝いた。
この村では大金に違いない。
「うむ、どの程度の魔物がいるのか確かめねばならん。数が多いようであれば、戦力の増強が必要になるだろうし」
「ええ~、なんかすごいおおごとになっているんですけど……」
私の言葉に、ヴェスタが反応した。
「魔物の討伐などがあれば、どうしてもまとまった数の回復薬は必要になりますから」
医者などがいなくて、頼るものが回復薬しかないとなれば、それも当然だろう。
「本当に案内するだけでいいのか?」
「ああ、魔物が現れても我々が対応するから、お前は逃げていい。獣人の脚ならば、魔物から逃げ切ることが可能だろう」
「ニャルラト、本当に大丈夫なの?」
「俺たちは、黒狼や牙熊より速いからな」
「熊? 熊もいるの?」
「ああ、いる。デカいやつが」
北海道のヒグマみたいな感じだろうか?
そりゃ怖いが――離れた場所から私の魔法で狙撃すればいいのではないか?
大木が吹き飛ぶぐらいの威力があるなら、熊にも効き目があるはず。
「危ないなら、大人の人に代わってもらってもいいんだよ?」
「ええ?! 銀貨がもらえるってのに、そんなもったいないことはしないよ」
「でも――」
「大丈夫だよ」
大人たちを見回してみるのだが、さほど心配していない様子。
「ニャルラトも、そろそろ大人だからな。仕事をして稼がないとな」
「はは、そのとおりだな」
どうやら、このぐらいは仕事としてこなせないと、大人にはなれないようだ。
随分と厳しい感じがするのは、私が平和な世界からやって来たからだろうか?
話はまとまった。ニャルラトの案内で赤い実があるという池に向かうことになった。
私と騎士たちは馬で――彼は小走りで先導してくれている。
普通の人間――ここでいう只人だと、馬についていくだけでバテてしまうだろう。
すごいスタミナだし、脚も速い。
私は、前を行く彼に話しかけた。
「ねぇ、ニャルラト! 全力疾走だとどのくらい速いの?」
「よし! それじゃ見ててくれよ!」
そう言うと、彼がダッシュしたのだが――なんと、車の速度ぐらいは出ているのではないか?
そのぐらい速い。
ニャルラトがUターンして戻ってきた。
「すごーい! 本当に速いんだね!」
「そうだろ?」
彼は馬に歩調を合わせながら得意満面だ。
「その脚が活かせる仕事があればいいのに」
「獣人たちは、街で手紙を運ぶ仕事をしてるよ」
「へぇ~そういう仕事もあるんだ」
江戸時代でいうところの、飛脚だろうか。
そりゃ、あんなに速くてスタミナもあるのなら適任だろう。
そのまま順調に森の奥深くに進んでいったのだが――ニャルラトの脚がピタリと止まった。
「どうしたの?」
「熊のにおいだ……」
馬上から見ても、恐怖に震えているように見える。
「近くにいそう?」
「解らないけど――縄張りの中に入っているのは確かだと思う」
このまま進むべきか、それとも引き返すべきか?
私は団長に尋ねた。
「ジュン様、どうしましょう?」
「……このまま進む。敵を確認してからでも、引き返すのは遅くはないだろう」
「承知いたしました」
馬でそのまま進むと、なにやら動くものが見える。
馬の背中は高いので、周りがよく見えるのだ。
「あそこになにか……」
「ツノウサギだ!」
ニャルラトの言葉に、騎士たちが剣を抜いた。
ヴェスタは私を抱えているので、戦えないと思うが……。
「ヴェスタ様、私は降りましょうか?」
「大丈夫、ウサギぐらいどうってことはない」
頼もしい言葉だが、私も魔法で援護することにした。
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
馬の周りに現れた光の矢が、ウサギの周りに着弾して落ち葉を舞い上げる。
カビ臭いにおいと、ドブのような腐臭が辺りに漂う。
「魔法?! ノバラ、すげー!」
舞い上がった落ち葉が落ち着くと、ウサギがひっくり返っているのが見える。
直撃はしなかった気がしたが、衝撃波で気絶でもしたのだろうか?
「死んでないと思うけど……」
「俺が止めを刺していいか?」
ニャルラトが、自分の短剣を抜いた。
「いいわよ、気をつけてね」
「解っている」
彼がソロリと近づくと、ウサギの首根っこを押さえて首に剣を突き刺した。
やはりまだ生きていたようで、バタバタと暴れている。
それもすぐに静かになると、ニャルラトがウサギの両後ろ脚を持って逆さ吊りにした。
切られた首から、真っ赤な鮮血がダラダラと流れている。
多分、血抜きをしているのだろう。
中々ショッキングな光景であるが、私もすっかりと慣れてしまった。
慣れとは恐ろしいものである。
「そのウサギは、ニャルラトにあげるよ」
「え?! いいのか? 角とか薬の原料になるって話だけど……」
「ああ――それじゃ、角だけちょうだい? あとは、ニャルラトにあげるから」
「わかった! あとで返せとか言うなよ?」
「言わないよ」
団長が馬を止めて、ニャルラトの手際を見ている。
「相変わらず、見事な魔法の展開速度と命中精度だな」
「他の人の魔法って見たことがないので、自分がどのぐらいなのか解らないんですよねぇ」
私の疑問にヴェスタが答えてくれた。
「皆が口を揃えて、『王都からやって来た魔導師じゃないのか?』って言うのは、そのぐらいの水準なのですよ」
「そうなんですね」
「ノバラ、スゲーよ! 大魔導師になれるんじゃね?」
ニャルラトが、ウサギを手に持ったまま、目をキラキラさせてやって来た。
魔導師とかそういうものに憧れがあるのかもしれない。
そういうのも理解できるが、男の子なら騎士に憧れたりするんじゃないのかなぁ。
彼は、騎士は嫌いみたいだし……。
「いやぁ、魔導師の試験は難しいって聞くし無理なのでは……」
ウサギを持って歩くのは大変だろう。
私の魔法の袋の中に入れてやることにした。
「いいのか?」
「もちろんいいわよ。ニャルラトにはお世話になっているし……」
「ノバラって、魔法の袋も持ってたんだな」
「これはね、私の師匠から譲り受けたものなのよ」
「へぇ」
私とニャルラトが話していると、団長が剣を構えた。
「ノバラ、のんびり話している場合ではないぞ? 魔物だ」
「えっ?!」
団長の指し示すほうを見ると、確かに黒くて小山のようなものがこちらに近づいてきていた。
私と話していたので、ニャルラトも気づけなかったようだ。





