19話 領主に謁見
騎士団の中で襲われかけた。
勝手な思い込みをしていた私が悪かったのだが、理想と現実との違いに少々落ち込んでしまう。
家に引きこもってゴロゴロしていると、騎士団の団長とヴェスタが謝罪に訪れた。
わざわざこんな場所に――と思ったのだが、彼らなりの事情があったようだ。
どうやら領主が私を呼んでいるらしい。
騎士団の不祥事で魔女が激怒してしまい、連れてくるのに失敗しました――とは、言えなかったわけだ。
まぁ私とて、意地を張るつもりもない。
かなりショックだったが身体は無事だったし。
今回のことで、団長さんとヴェスタの人柄も改めて確認できたし、彼らの顔を立てて領主の招聘に応じることにした。
話を聞くと、すぐに領主の屋敷に向かうという。
「あの……領主様の前に、この恰好で出て大丈夫なんですかね?」
「問題ないだろう。ワイプ様も、ノバラが魔女だと知っているわけだし」
領主はワイプという名前らしい。
団長さんの言葉に、もう一度魔法の袋から鏡を出して、頭をブラシでなでた。
もう、しょうがない。
これしか服はないんだし。
「にゃー」
ヤミが私の肩に乗ってきた。
ネコはどうなのかな?
屋敷の中に入れなかったら、庭とかで遊んでいてもらうしかないな。
家の中を確認して外に出た。
中からは閂ができるが、外からは鍵はかけられない。
ここは魔法で見えなくなっているので、問題はないと思う。
このまま歩いて行くのかと思ったら、庭の外に馬が繋がれていた。
2人は馬で来たようだが、初めてヴェスタに会ったときには馬はいなかったはず。
「ヴェスタ様、初めて出会ったときには、馬はどこにいたのですか?」
「ああ、あのときは歩いてきました」
「どうしてですか?」
「私用だったので、馬を使うわけにはいきません」
この白ブチの馬は、騎士団で管理されている馬で、彼の私物ではないらしい。
元世界でいうと公用車みたいなものだろうか。
それなら私用で使うのは確かにマズい。
「公私混同はしないということですか?」
「そのとおりです。私用で使って馬になにかあれば、任務の遂行に支障をきたしますから」
「森には魔物もいますしね」
「そのとおりですよ」
ああ、やっぱりヴェスタは立派な騎士だ。
最初にこの美少年に出会ってしまったから、騎士というのはこういう人たちなんだ――と私が勘違いしてしまったわけなんだよねぇ。
さて、目の前に馬が2頭ということは、私は2人乗りするということになる。
そうなると、また金髪美少年に抱きしめられて街まで行くのか。
ならず者のアジトから騎士団の宿舎までの短い距離ならよかったが、ここから街までだとそれなりに距離がある。
その間ずっと抱きしめられるのも……ちょっと……。
私はいいことを思いついた。
「ちょっと、待っててください」
「ノバラ?」
魔法の袋から、この世界に来たときに穿いていたジーンズを取り出すと、ワンピースの下に穿いた。
これなら、普通に馬に跨っても大丈夫なはずだ。
騎士の2人が、私のやることを呆気にとられて見ている。
「これで馬に跨っても問題ないでしょ。後ろに乗ります。どちらの馬に乗ればいいんですか?」
「私の馬に……」
ヴェスタがちょっと残念そうなのだが、気のせいだろうか?
「はは、女の騎士でそういうのを穿くやつがいるが……」
団長も呆れているのだが、ずっと抱きしめられて耳元で囁かれるこっちの身にもなれ。
別に嫌いなわけじゃないんだけど――その、なんというか……恥ずかしいじゃない。
アラサーだって恥ずかしいものは恥ずかしい。
馬の後ろに乗る場合は、私が最初に乗らないとだめらしい。
最初にヤミを乗せると、鐙に足をかけてジャンプする。
馬の背中はかなり広く、本当に大股を広げないと乗れない。
乗ったあと、スカートを直す。
まぁ、下はジーンズだから股間が見えても大丈夫だし。
「これでいいでしょ?」
「はい」
すぐに私の前にヴェスタが乗ってきた。
これなら左右を見ることもできる。
ヤミは、私の肩の上に乗った。
「にゃー」
「高いよね~」
「ノバラ大丈夫か?」
私たちの所に、馬に乗った団長がやって来た。
「はい、前に乗るよりは怖くないと思います」
「よしヴェスタ! それでは行くぞ? ワイプ様をおまたせするわけにはいかぬ」
「承知いたしました」
普通に歩いても人よりかなり早いのだが、今日は軽い駆け足みたいな感じだ。
すごい上下に揺れる。
慣れていない人だと酔うかもしれない。
そのまま森を突っ切ると道に出て、さらに広い街道に出た。
街道でも、後ろに黒い服の魔女を乗せている馬は注目の的である。
やっぱり恥ずかしいのではあるが、以前のように前で抱かれているよりはいい。
「騎士団の宿舎で聞きそびれてしまったのですが、悪いやつらのアジトを摘発したと街の話で聞きましたが……」
私の前で馬の手綱を握っているヴェスタに質問をしてみた。
「領主様のご令嬢が、かどわかされそうになった件もそうだが、衛兵までが裏社会とつながっている点を重くみて摘発に踏み切ったんです」
「騎士団に怪我人が出なくてよかったですね」
「ありがとう。門番から聞きました。ノバラはそれを確かめるために騎士団までやって来てくれたんですね」
「そうなんですけど……あんなことになってしまって……」
「本当に申し訳ないです。あのあと、グレルと剣で私闘をしようとして、ジュン様に止められましたし」
「え?! 私闘って騎士同士で戦うってことですか?」
「ああ」
団長の馬が横に来た。
私たちの話を聞いていたのだろう。
「お前は、これからの国を背負っていく男なんだぞ。あのような男と関わって経歴を汚すことはない」
「そうですよ。あんな男についていった私が悪いのですから」
「にゃー」
ヤミにそう言われると、少々腹が立つが。
「あなたは、私の母の恩人なのですよ!」
彼が、身体を捻って私のほうを向こうとした。
無意識に手綱を引いてしまったのか、馬が歩みを止めてしまった。
「ネフェル様のお加減はいかがなのですか?」
「ノバラがやって来てくれたあの日から、すっかりよくなって……」
「本当によかったですねぇ」
「さっきも言ったとおり、お前は国の未来を背負う人材だ。つまらぬ私闘など止めておけ」
「……」
団長の言葉に、彼が前を向いて黙ってしまった。
「ジュン様、ヴェスタ様は騎士としてお強いのですか?」
「ああ」
「それでは、次期の団長になったりとか……」
「俺はまだ引退するつもりはないから、近衛に推薦しようかと思っている」
「え?! 近衛ってお城とか、ものすごく身分の高い方々の護衛をしたりとか、そういう騎士ですか?」
「そのとおり、主に王族の警護を司る騎士だ。ご母堂の心配もなくなったのなら、大手を振って王都に行けるのではないか?」
「すごいですねぇ。大出世ですよ! 元気になったネフェル様もお喜びになるのでは?」
「わ、私は……ノバラの傍に……ゴニョゴニョ」
「はい?」
「にゃー」
ヤミがなにやら、オッサンくさいことを言っている。
彼は、いったいなん歳なのだろうか?
話はそれてしまったが、領主も今回の件で裏社会の撲滅を目指しているという。
やはり自分の身内に危害が加えられそうになったので、堪忍袋の緒が切れたのだろう。
敵のアジトに騎士団が突入したのだが、黒幕らしき人物には逃げられたみたい。
私の魔法の袋を奪おうとした黒服の男も捕まっていないし、街の衛兵たちにも綱紀粛正の嵐が吹き荒れる模様。
せっかく美味しい職業についていたのに、自業自得ってやつでしょ。
欲をかくからこういうことになるんだ。
話をしている間に、馬はそのまま街の中に入り、住民からの好奇の視線に晒される。
これは、どんな罰ゲームなのだろうか。
まぁ、前で抱かれているよりはマシなのだが……。
こんな恥ずかしいことも、そのうち慣れるのだろうか。
いや、私が街の住民たちと同じ恰好をしていれば、ここまで注目されることもないはずだ。
やっぱり、魔女ってのは目立つということだろう。
羞恥プレイもどきに悶えていると、馬はドンドンと知らない地区に入っていく。
「にゃー」
ヤミの話では、普通の住民たちでは入れない場所もあるらしい。
彼と話していると行く手に、白い壁が見えてきた。
どうやら、中には貴族たちや金持ちが住んでいるらしい。
規模は大きくないが、元世界でいうところの高級住宅街って感じだろうか。
壁には大きな門があり、鎧を着て槍を持っている衛兵がいるのだが、騎士は顔パスだ。
中に入ると明らかに世界が違う。
上に伸びている集合住宅などは消えて、庭付きの一戸建てが多い。
豪華絢爛という感じではないが、建物の建材にもよいものが使われて、手入れなども行き届いている。
ボロボロの家などは一軒もない。
「はわ~、まるで別世界」
「ここは、貴族様とその家族などが住んでいる場所です」
通りを進むと、大きな白い屋敷が見えてきた。
2階建てで大きな庭を備えており、敷地をぐるりと黒い鉄柵が囲っている。
馬が門の所で止まった。
派出所みたいな場所があり、警備をしている衛兵がこちらを見ている。
「領主様のご命令により、街の魔女をお連れした」
「少々お待ち下さい」
衛兵が戻ってくると、黒い服を着たいかにも執事らしきお爺さんが現れた。
「領主様がお待ちです。こちらへ」
あとに続いてやってきた男たちに馬を渡すと、大きな屋根を太い柱で支えている正面の玄関が私たちを出迎えてくれる。
庭には、たくさんの人たちが働いているのが見える。
これだけ大きな屋敷なのだから、管理なども大変だろう。
分厚く立派な扉の玄関をくぐると、領主邸の中に入った。
騎士たちは執事に剣を預けているのだが、団長は一緒に袋も預けた。
「ジュン様、それは?」
「魔法の袋だ。この中に武器とかが入れられるからな」
「それじゃ、私も……」
今日は短剣は持ってこなかったが、魔法の袋は持っている。
それを黒服の執事に手渡した。
「ジュン様も、魔法の袋を持っていらっしゃるのですね」
「これは公費で買ったものだ。騎士団の物資は私が一括して管理している」
「大変そうですね」
「まぁな」
団長さんが苦笑いしているが、私の家で話したように中間管理職ってのはさぞかし大変だろう。
袋を預けて建物の中を見回す。
外は石造りだが、中は木造でシックな感じ。
下半分は板で、上半分は白いなにかが塗られている。
なんだろう? 漆喰であろうか?
イメージとしては古い木造小学校に近いが、赤い絨毯が敷かれた廊下の天井が高いので、すごく広く感じる。
「ほえ~」
間抜けな声を出して、玄関ホールをぐるぐると見回していると、白いワンピースがやって来た。
「ノバラ!」
私を呼んだのは、領主の娘であるククナだ。
「これは、ククナ様。魔女のノバラ、招聘に応じ馳せ参じました」
馳せ参じとか騎士みたいな。
少々言葉の選択を誤ったかとスカートを持って礼をする。
それはいいのだが、スカートを持ち上げてジーンズを穿いたままなのを思い出した。
いまさら脱ぐわけにもいかないし。
顔を上げると、ククナがちょっと不機嫌そう。
これはやってしまったのだろうか。
「ノバラって、本当に王都から来た魔導師じゃないの?」
「いいえ、違いますが……」
どうやら、スカートの下になにか穿いていることを咎められたのではないらしい。
「まぁ、いいわ! クロも来てくれたのね? こっちよ!」
お姫様に手を引っ張られる。
「あの、領主様に呼ばれているのですが?」
「私が連れていってあげる!」
ククナに引っ張られる私のあとを、騎士の2人がついてくる。
そのまま欄干に彫刻が施された木製の階段を上ると、2階にやってきた。
ククナと一緒に、ある一室の前に止まりドアをノックすると、中から声が聞こえる。
「お父様、お客様をお連れいたしました」
「入ってもらえ」
「はい」
ドアが開かれると同時に、私の肩からヤミが降りた。
中は金糸の刺繍が施された赤い絨毯が敷かれた部屋。
廊下と同じように部屋の下半分が板張りで、上半分が白い。
小さなテーブルと向かい合った革張りの大きなソファー。
その奥には、立派な木製の机に座っている領主がいた。
「よくぞ来てくれた」
領主が椅子から立って、私の前までやって来てくれる。
「領主様の招聘に応じ、まかりこしました魔女のノバラでございます」
私はスカートの裾を掴んで礼をした。
別にこの世界の礼節を知っているわけではない。
なにかのシーンでこんな礼の仕方を見た記憶があるだけだ。
まぁ、頭を下げるのはこの世界でも通用するようなので、無礼にはならないだろう。
スカートの下のジーンズを見ても、不快な顔をしている節はない。
「スカートの下に穿いているものに関しては申し訳ございません」
「ふむ、それは問題ないが――そなたは、もしかして貴族の出身なのかね?」
「いいえ、違いますが……」
「そうか……」
「お父様! 私が言ったでしょ? ノバラは王都の魔導師じゃないかって」
「そうなのかね?」
「いいえ! 騎士団の皆さんにも、笛吹き隊の魔導師じゃないかと疑われてしまって……」
「本当なのかね?!」
領主も、笛吹き隊という単語に驚いたようだ。
「いいえ! 違います。私は森の中に住んでいる、タダの魔女です」
「う~ん……そなたは平民としては、あまりに教養がありすぎるのだが?」
「あの、恐れ多くも――申し訳ございませんが、あまり過去を詮索しないでいただけるよう、よろしくお願いいたします」
「ああ、すまぬ」
「それで――私に御用の節というのは?」
「まぁ、かけてくれたまえ」
私は、ソファーに座った。
ふかふかの革のソファーだ。
私の隣に、ヤミがちょこんと座っているのだが、そこにククナがやってきた。
「クロ~!」
彼女が私の隣に座り黒い毛皮をなでている。
それはいいのだが、ヤミがククナの肩に飛び乗った。
下僕認定である。
「ちょっと、ヤミ」
「いいのよ――ねぇ」
彼女が彼の顎をなでると、ゴロゴロと音をたてている。
いいのだろうか。
「ワイプ様、我々はこれにて……」
帰ろうとした騎士たちを、領主が引き止めた。
「いや、まてまて――用件はすぐに終わる」
「は」
騎士の2人は、ここで待機するようだ。
「用件というのは――そなたに娘を助けてもらった礼をしたいのだ」
「私も事件に巻き込まれた当事者なので、成り行きだったのですが」
「それでも娘を助けてくれたことには違いない。なにか望みはないか? なんなりと申すがよい」
「望み……う~ん」
欲しいものが色々とあった気がするのだが……私は1つ思い出した。
「あの――それでは、ベッドをください!」
「はぁ?」
領主が私の言葉に固まった。
私の望みがそんなにおかしかったのだろうか?
「ご覧のとおり、私って背が大きいのですよ。今使っているベッドが小さくて足が出てしまうので大きいベッドが欲しいのです」
「ははは、承知したベッドだな」
領主が笑っている。
「おかしいでしょうか?」
「いや、すまぬ。くくく――他には?」
「え~と、あ! そうだ! 香辛料と砂糖をいただけると嬉しいのですが! あと、食用油があれば!」
「香辛料と砂糖、油だな、あいわかった! すぐに用意をさせよう。ベッドは後日運ばせるゆえ、楽しみにしているがよい」
「ありがとうございます!」
「ククナ、食堂に行って、今言ったものを準備してきておくれ」
「解りました、お父様!」
彼女は肩にヤミを乗せたまま、外に行ってしまった。
まぁ、置いていっても、彼なら森の家まで帰ってこられるだろうし。
「それでジュン! 騎士団のほうの捜索は?」
ククナをかどわかそうとした連中のことだろう。
「逃げ跡が途絶えており、尻尾が掴めませぬ」
「恐れ多くも領主さま――きゃつら王都に逃げ帰ったのでは?」
「むう……それならいいが……いや、よくはないな」
ヴェスタの言葉に領主がうなる。
「あの――あいつらは、どういう連中なのですか?」
「王都に根城がある無頼どもの集団だ」
団長が説明してくれた。
元世界で8○3とかマフィアとかいわれる類のものだろう。
領主の口からも直接話を聞く。
マフィアがこの地域に進出する際に、商人たちを通じて領主に接触を図ってきたらしい。
一緒に私腹を肥やして儲けようぜ? ――という、ことなのだろう。
政治家と裏社会がつながっているのは、よくある話だが、ここの領主はそれを断ったようだ。
マフィア側が交渉の鍵として、ククナを誘拐しようとしたのだろう。
「この地は別に裕福でもない。変なダニに吸い付かれたら、しわ寄せが下々に向かう」
「最初は甘い汁だけでも、あとになると抜け出せない泥沼のようになりますし」
私の言葉に領主が相槌を打った。
「そのとおりだ。私の領地でそんなことは絶対にさせん!」
領主様も立派な方のようだが、公僕が全員清廉潔白というわけにはいかない。
実際に裏切り者が出て、ククナが拉致されてしまっている。
街の衛兵たちにも浸透してきているようだし。
重い話をしていると、ククナが戻ってきた。
手には拳大の小さな壺を持っており、後ろにいるメイドが、大きな壺を抱えている。
「はい、ノバラ! 砂糖と香辛料、それと油よ!」
多分、これだけでも目が飛び出るぐらいに高いもののはず。
「さきほども言ったが、ベッドはあとで運ばせる」
領主が約束をしてくれた。
「承知いたしました。あの――上等なものじゃなくて普通のベッドでお願いいたします」
「ははは、承知した」
また領主が笑っている。
私の頼みが、よほど変わっているのだろうか。
「ノバラ、金品を褒美に要求してもいいのよ?」
ククナも、他のものにしたほうがよいと、ほのめかしているようだが。
「これらは、金貨並に価値があるものですし」
「それはそうだけど……」
「領主様、ありがとうございました」
「ははは、礼を言うのはこちらだ。娘を救ってくれて感謝している」
「過分なお褒めの言葉をいただき、恐悦至極にぞんじます」
「ほら! 街の住民はそんな言葉遣いはしないんだから!」
まぁねぇ、敬語やら礼儀なんて習う所もないのだろうし。
「でも、ご無礼があっては、マズいですし……」
「解った! お父様! ノバラのことは私に任せて!」
「ああ頼む。仕事が溜まっていてな」
領主はすぐに机に戻り仕事をするようだ。
どうやら、すごく忙しいらしい。
私たちは領主がいた部屋を出ると、玄関に向かった。
出口で、預けていた剣や魔法の袋を執事から返してもらう。
ククナとメイドからもらった、ご褒美品を袋の中に入れた。
「ヤミ、そろそろこっちに移ったら? それとも、ここの子になるの?」
彼は彼女の肩に乗ったまま、完全に乗り物扱いだ。
「それでもいいわよ!」
ククナが嬉しそうだ。
「にゃ」
私が彼女の近くに行くと、肩に飛び移ってきた。
「あん」
お姫様は、ちょっと残念そう。
「ククナ様、なぜ彼を欲しいとおっしゃったのですか?」
「私が小さい頃、寂しい思いをしているとき、黒い猫が遊びにきてくれたの」
「もしかして――それが、あなただったの?」
「にゃ」
本当にそうらしい。
「この先、王都に行くことになっているから、黒い猫がいれば寂しくないと思って……」
「そうだったのですか――でも、彼をつれて行かれると困りますねぇ」
「にゃー」
彼も、王都に行くつもりはないらしい。
「ううん、いいの。今回のことで、私ももっと勉強をしなくちゃいけないと思ったから」
「知らない街で最初は寂しいと思いますけど、すぐにお友だちもできて慣れますよ」
「うん……」
まぁ、不安はあるのだろう。
誰だってそうだ。
私だって、単身上京して就職したときは寂しかったし、今の森の中でなんとか暮らしていけるのは、ヤミがいたからに違いないし……。
「ククナ様は優秀でおられる。王都の学園でも問題ないと思います」
後ろを歩いていた団長が、彼女の能力を保証してくれた。
それに、平民と違い貴族の娘なら、お供の人間やらメイドが同行するはずで、寂しいということはないのではないだろうか。
私は彼女に別れを言うと、お土産を持って家に戻ることにした。
「あの!」
「はい?」
ククナが、私の前でなにやらモジモジしている。
「ノバラの家に遊びに行っていい?」
彼女の突然の言葉に、私は困惑した。
「ええ? 森の中でなにもない一軒家ですよ? お姫様が来られるような場所ではないと思いますが……それに森の中は危険ですし」
「来ちゃだめってことじゃないのよね?」
「そりゃ、問題はありませんが……」
「よかった!」
彼女が笑っているが、あの家にやって来てどうするつもりなのだろう。
辺鄙な所すぎて驚くのではないだろうか?
ククナと話していると、屋敷に預けていた馬が騎士たちの所に戻ってきた。
「あの、ヴェスタ様。私は歩いて帰れますから」
今から歩いて帰っても、夕方までには帰宅できるだろう。
「そうはいきません。領主様の屋敷からの帰りにノバラがなにかあれば、私たちの責任になりますから」
「は、はい……」
ヴェスタが迫ってきたので、思わず返事をしてしまった。
家に帰るまでが彼らの任務ってことか。
まぁ、馬なら1時間もかからないで往復できるだろうし。
「ノバラ、これも任務なので、おとなしくヴェスタの馬に乗ってくれ」
団長さんからもそう言われてしまっては、仕方ない。
「承知いたしました」
私とヤミは馬に乗って帰ることにした。
それにしても、棚ぼたでベッドが手に入ったぞ~。
砂糖と香辛料、それから油も!
やったぁ!
これで料理がはかどるってわけだ!





