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18話 ちょっと後悔


 街でのトラブルの際に知り合った、女の子――クラーラの家に行く。

 お母さんが病気らしい。

 家を訪ねて症状を診ると、薬草でどうこうできるレベルではない。

 そこで、私が作った回復薬ポーションを渡してみた。


 これで病状が改善すればよいのだが……。

 病気の治療をしていると、借金取りがやってきた。

 どうやら、この親子はよからぬ所から借金をしているらしい。

 私が払ってやろうとしたのだが、法外な利息を取ろうとしているし、借用書もないという。

 そんなふざけた話をする野郎どもを相手にする必要はないので、家から叩き出した。


 なんだか、どんどんこの世界に染まっていく自分が怖い。

 朱に交われば赤くなるっていうけど本当だ。

 少々恐ろしい気もするが、そうしなければ生きて行けない弱肉強食の世界。

 郷に入れば郷に従えってやつだ。

 この世界の人たちに、元世界並のモラルを求めるのは不可能。

 やるしかない。


 クラーラちゃん親子に金を渡して家に帰ると――次の日、また街に行き親子の家を訪ねた。

 話を聞いても借金取りは来ていないらしい。

 母親の顔色もすごくよくなった。


「なんだかすごく楽になりました。咳も全然出てません」

「回復薬が効いたみたい。よかったね、クラーラちゃん」

「うん!」

 回復薬って結核に効くのか~。

 すごいなぁ。

 もしかして癌とかにも効くのだろうか。

 元世界にこんな薬があったら、ノーベノレ賞ものだろう。


「にゃー」

 ヤミが、クラーラにスリスリをしている。

 随分とサービスがいいじゃない。


「ねぇ、猫ちゃんなでていい?」

「いいわよ、そっとね」

「うん!」

 彼女になでられて、ヤミも気持ちよさそうである。

 この家の家賃などが気になったのだが、話を聞くと持ち家ということだ。

 もしかして――やつらは借金の形に、この家を狙っているのかもしれない。

 金貨1枚――20万円借りただけで、家を取られたら大損だ。

 お金がなくなり家をなくした親子が、どういう行く末になるのか――想像に難しくない。


 クラーラのお母さんが元気になったので、ホッとしてクラーラの家を出た。

 私の商売の場所に戻る前に、建物の1階に行くとドアをノックした。


「だれだい?!」

「ちょっと、お話をしたいんだけど」

「あん?」

 ドアが少し開くと、私の笑顔を見せる。


「なんだ、昨日の魔女か」

「クラーラちゃんの面倒を見てくれてありがとう」

「はぁ? あんた、あの娘のなんなのさ」

「え~と、友達かな?」

「それで? なんの用だい?」

「薬の入用はない? クラーラちゃんのお礼にタダであげるよ」

 老婆が訝しがっている。


「……魔女が、なにをたくらんでいるんだい?」

「別に、クラーラちゃんのお礼って言ったでしょ?」

「……最近、腰が痛くてね……」

「それじゃ、痛み止めね――はい!」

 私は、魔法の袋から鎮痛剤を取り出した。


「本当にタダなんだろうね?」

「ええ、もちろん」

「ふん!」

 私の手から薬をひったくると、ドアが大きな音を立てて閉じられた。


「にゃー」

「また、そういうことを言う」

 まぁいい。

 クラーラ親子になにかあったら、彼女が頼りになるのだ。

 人は見かけによらぬもの――悪い人じゃないみたいだし。


 ヤミを肩に乗せて街の中を歩くと、雑踏の中の会話に聞き耳を立てる。


「無頼どもの巣が、騎士団の手入れを食らったって話だぜ!」

「どうやら、領主の娘をかどわかそうとしたらしい」

「そいつは随分と大それたことをしでかしたもんだ」

「最近暴れ回っていたのは、王都から来たデカい組織らしい」

「衛兵の中にもつるんでいた連中がいたって話だ」

 そうか、お姫様を誘拐しようとした連中は、捜索を受けたのか。

 この世界の家宅捜索といえば、問答無用で斬り合いとかだろうなぁ。


「随分と街の噂になっているみたいだけど、騎士団の人たちは大丈夫なのかな?」

「にゃー」

「そうね!」

 彼の提案で、騎士団に確かめに行くことにした。

 もう道順は覚えているので、迷うこともない。

 目当ての建物が見えてきたのだが、特に慌ただしい感じもしないし、以前来たときと同じ感じだ。


 門に立っている衛兵に聞いてみることにした。


「あの~こんにちは」

「お? 前に来た魔女か? なんの用だ?」

「大きな捕物があったって聞きましたが、騎士団の方々は大丈夫でしたか? 怪我をしたりとかは」

「ははは、チンピラ相手に騎士団が怪我などするはずがない。相手に魔導師でもいれば別だが……」

「よかった……」

 私は、ホッと胸をなでおろした。

 気になることがあったので、私の肩にいるヤミに聞いてみる。


「悪者の手先になっている魔導師っているの?」

「にゃー」

 どうやらいるらしい。

 まぁ、難しい国家試験に合格した魔導師だって人間だ。

 魔が差すこともあるだろう。

 元世界の公務員やら政治家だって、警察に捕まったりする人がいたぐらいだし。


 騎士団の皆さんが無事だということで安心した。

 市場の辺りに戻って商売を続けようとしたら、後ろから呼び止められた。


「おい、そこの魔女」

「はい? 私ですか?」

「はは、お前以外にいないだろう」

「……」

 私を呼び止めたのは、少々長めの黒髪をしたヤセ型の男。

 私より背が高く、ニヒルそうな感じで目つきが悪い。

 銀色の鎧を着て腰には長い剣を差している。

 顎に手をやり、ニヤニヤと私の身体を見ている。

 無頼者の捕縛に向かった際、この男はいなかった。

 騎士団にいるぐらいなのだから、悪人ってことはないのだろうが、あまりいい印象はない。


「こりゃまた随分とデカい女だなぁ」

「別に、好きでデカくなったわけじゃありませんから」

「お前だろ? ヴェスタの坊主が話していたのは」

 この男の年は30ぐらいか。

 彼から見れば、高校生ぐらいの年齢のヴェスタがそう見えるのも致し方ない。


「多分、そうだと思いますよ」

「なにやら魔法がすごいんだってな?」

「他の人の魔法をあまり見たことがありませんので、どのぐらいなのかは見当つきかねますが」

「ははは、そうなのか」

「それでは失礼いたします」

 礼をして背中を向けたのだが、騎士が回り込んできた。


「まちねぇ! 少し寄っていかないか? 騎士団の連中にも紹介するぜ?」

「……」

「グレル様!」

「ああ? なんだ?!」

 門番が止めようとしたのだが、一瞥いちべつして黙らせてしまった。

 それなりに実力がある騎士なのだろう。

 私としても騎士団の他の人たちや、彼らの仕事などにも興味がないといえば嘘になる。

 彼の提案を飲むことにした。


 ニヒルな騎士のあとをついて、騎士団の建物の中に入る。

 中に入るのは、これで2回めだ。


「あの~、厩舎とか見せてもらいたいんですけど」

「おお、いいぜ。あとでな」

 彼がある部屋の前で立ち止まると、黒塗りのドアを開けた。


「ここは、なんですか?」

 私が足を踏み入れると、中にはベッドが置いてある。


「ふぎゃ!」

 突然、男が私の肩にいたヤミを捕まえると、部屋の外に投げ飛ばした。


「ヤミ! ああっ!」

 振り向いた途端に、突き飛ばされてベッドに手をついた。

 男がドアを閉じると、脇をすり抜けようとした私の胴体を掴んで、ベッドの上に放り投げた。


「なにをするんです?!」

「おとなしくしてろ」

 男が、私の手を掴むと、上に覆いかぶさってくる。

 すごい力で、女の細腕ではびくともしない。


「いやっ! やめてっ!」

「おとなしくしてりゃ、騎士団に卸す薬や回復薬ポーションなんかの口利きしてやってもいいぜ?」

 男の顔が迫ってくるので、思わず横を向く。


「そんな必要はありません! 離して! 帰してください!」

「いいねぇ! 気の強い女は好きだぜ?」

「くそぉっ!」

「ははは」

 これは冗談などではなく、男は本気だ。

 当然、こんな男なんかには、やられるつもりは毛頭ない。

 早くどけて、そのニヤけた顔を引っ叩いてやりたい。

 私は目を瞑り魔法を唱えた。


光よ!(ライト)

「ぐあぁぁ!」

 凄まじい閃光が、部屋を真っ白に染める。


「どけぇ!」

 私は男の顔面に頭突きを入れた。


「があっ! このクソアマぁ!」

 目を潰された男が鼻血を流しながらウロウロしているところに、私の必殺の蹴りが炸裂する。


「おりゃぁ! キンタマグッバイ!」

「*%$$##!」

 股間を押さえて悶絶する男に止めを刺す。


「光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 光の矢を胸のアーマーで喰らった男が、ドアごと廊下まで吹き飛んだ。

 これだけの攻撃を喰らえば、さすがに騎士も廊下で大の字になっている。


「にゃー」

「ヤミ、大丈夫?!」

 彼を見つけて廊下にしゃがみこんだ。


「にゃ」

 さすが猫。受け身を取ったのだろう。

 彼がポンと私の肩に飛び乗る。


「どうしたどうした!?」「なんだ?!」「デカい音がしたぞ?!」

 他の騎士たちも集まってきた。

 無頼者を捕縛した際に見た顔もいるが、知らない人もいる。


「いったい、なにごとだ?!」

 騎士団の団長がやってきた。


「あの男に連れ込まれて、襲われそうになったんです!」

 私はひっくり返っている男を指差した。

「……」

「言うことを聞けば、騎士団に卸す回復薬などに口利きをしてやると言われました!」


「ノバラ?!」

 ヴェスタもやってきた。


「私は、騎士団というのは、正義を司る人たちだと思ってました!」

 涙が止まらず溢れてくる。


「申し訳ない……私の監督不行き届きだ……」

 団長が頭を下げてくれたが、私の言葉は止まらない。


「騎士団というのは君主や民を守り、いざというときには、その盾となる大切なお仕事ではないのですか?! あんな腐った男に、そのお役目が務まるのですか?!」

「「「……」」」

 私の言葉に、騎士団の皆が黙ってしまった。


「ノバラ……」

 私の手を取ったヴェスタを振りほどく。

 私は集まってきていた騎士を押しのけ廊下を走って、外に飛び出した。


 街の中を走りながら泣き、そのまま街道に出ると歩きながら泣いた。


「にゃー」

「いいの、私が馬鹿だったんだ」

 馬に乗った精悍な騎士団への勝手な思い込みもあったし、彼らを正義の使者と勘違いしてしまっていたのだ。

 そんなものがいるはずがなかったわけで、知らない男にホイホイとついていった私も悪い。

 子どもじゃないんだから、もっと注意すべきだった。


 トボトボと街道を歩き、森の中をくぐり抜けて家に帰ってきた。

 そのままベッドに倒れ込み、またメソメソする。

 しばらくすると起き上がり、なにもしないでボ~ッと過ごす。


 一通り己の行動に反省をしてみたが、魔法がなかったらヤバい場面ばっかりだったじゃない。

 先輩から受け継いだものがなかったら、なん回も人生終了していたよ、私ってば。


「先輩ありがとうございます。先輩も苦労したんですね」

 今になって、日記に書かれていたことを反芻する。

 やっぱり知らない世界にやって来て魔法が使えるようになり、獣人とか美少年騎士とか見て舞い上がっていたんだろうなぁ……。


 ------◇◇◇------


 それから食欲もあまりなく、魔法の袋の中にあった果物やらを適当に食べて、ベッドの上でゴロゴロしていたある日――。

 一緒に寝ていたヤミが起き上がって、耳をくるくるしている。


「どうしたの?」

「にゃ」

 誰か来たらしい。

 ドアをノックする音が聞こえる。


「お~い、ノバラぁ」

 この声は、ニャルラトだ。

 私はベッドから飛び起きると、台所に行ってドアを開けた。


「ニャルラト~!」

 思わず目の前にいた黒い毛皮を抱きしめてしまう。


「ぎゃぁぁ!」

「はぁ~、クンカクンカ!」

 柔らかい毛皮に顔を埋める。


「やめろぉぉ!」

 私は、彼の言葉に我に返った。

 嫌がる子どもにこんなことをしたら、私を手篭めにしようとしたあの男と一緒じゃないか。

 彼から離れると、私は小さくつぶやいた。


「ごめん……着替えてくる……」

 寝間着にしていた、短いワンピースのままだったのだ。

 寝室で着替えてから、ニャルラトが待つ台所に戻った。


「おまたせ、今日も薬?」

「いや、今日は森に来たから遊びに寄っただけ」

「そう……」

 そういえば――彼に食べてもらおうと、ポトフを魔法の袋に入れたままだったのを思い出す。

 袋からそれを取り出した。


「お腹は空いている? 新しいスープを作ってみたんだけど、食べてみる?」

「やった! 腹減ってたんだよ!」

 私が焼いた柔らかいパンも出してあげたのだが、これに関して1つ失敗をしたのだ。


 作ったパン種を魔法の袋の中に入れておけばいつでも使える――そう思っていたのだが、そうは問屋が卸してくれなかった。

 パン種を袋の中にいれると、まったく使えなくなってしまう。

 もしかしたら酵母が死んでしまうのかもしれない。

 小分けにして、なん回か実験してみたのだが、全部使えなくなってしまった。


 これは生き物を入れると死んでしまうってことだから、逆をいえば殺菌もできるってことになると思う。

 たとえば、卵を入れても殺菌されるから生卵を食べられるかも。

 多分、卵じたいも死んでしまうので、日持ちはしなくなると思うが……。


 今ニャルラトが食べているパンの種は、作り直したものだ。


「私のパンを、お母さんにも食べさせてあげた?」

「もちろん! すごく喜んでたよ!」

「よかった」

「なんだこれ! こんなうめぇスープ初めて食べた」

 彼が口の周りをスープで濡らしている。


「私が倒した黒狼の肉も入っているわよ」

「黒狼?! ノバラが黒狼を倒したのか?」

「ええ――危なく、こっちが食われそうになったけどね」

「あぶねぇなぁ。獣人でも仲間を組んで狩りをするんだぜ?」

「あっちも群れだしね。でも、突然襲われちゃったから」

 美味しいそうにスープを飲み、パンを頬張るニャルラトを見ると、元世界の故郷を思い出す。

 早くに結婚した同級生には、このぐらいの子どもがいたりするんだよねぇ……。


「どうしたんだノバラ? 元気ないな?」

「まぁ、色々とあってね」

「街でなにかあったのか?」

「まぁね……」

 子どもに話すような内容ではない。

 彼に余計な心配をかけるわけにもいかないしね。


「……なにがあったんだ? どうしても話したくないならいいけど」

 どうやら、ニャルラトは興味があるらしいが……。


「たいしたことじゃないの。衛兵や騎士団の人から嫌がらせをね……」

 本当のことは言えないので、そう言うしかない。


「あいつら、いつもそうだ! 俺たちが街に行っても嫌がらせしてくるんだぜ? なにもしてないのに、牢屋に閉じ込めたりして金を取ったりするんだ!」

 どうやら、身分の低い彼らも嫌がらせに遭っているらしい。


「まぁ、そんな感じだったけど」

「そりゃ、ノバラだって怒るよな!」

「怒ってみたけど、どうにかなるのかな?」

「なにもしないよりましさ! なにもしなけりゃ、やつらは際限なくやってくるし」

 そうなのだ。

 それは理解しているし、私が落ち込んでいるのは、そのことじゃないんだけどね……。


 ニャルラトと話していると、ヤミがやってきた。


「にゃー」

「え? 誰かやって来た?」

 ここを知っているとなると、ヴェスタしかいないのだが……。

 あんなことがあったあとじゃ、顔を合わせにくい。


「どうしよう……」

「心配するな、俺が守ってやる!」

「ありがとう、ニャルラト」

 子どもの言葉だが、素直に嬉しい。

 彼と話していると、ドアがノックされた。


「ノバラ! いますか?!」

 この声は、やはりヴェスタだ。


「いますけど、騎士団の方にはお会いしたくありませんので、お引取りを願います」

「ノバラが怒っているのは理解している。あの男と騎士団が全面的に悪いのも承知だ。しかし、帰れと言われて帰れない理由があるのです」

「騎士団の都合は私には関係ありませんので、お引取りください」

「お前ら騎士団か?! ノバラを捕まえにきたんだろ?! 帰れ! 帰れ!」

「子ども?!」

 ニャルラトの声に、ヴェスタが明らかに戸惑っている。


「そうはいかぬ! 私からも謝罪をさせてくれ! 頼む!」

「ええっ?!」

 私は驚いた。

 騎士団の団長も一緒だったからだ。

 偉い方までやって来て謝罪したいというのに、追い返しては礼儀に反するだろうか。


「解りましたけど、少し待ってください」

「承知した」

 慌てて寝室に戻ると、魔法の袋から出した手鏡を持って髪の毛にブラシをかける。

 ずっとベッドでゴロゴロしていたので、頭がボサボサなのだ。

 相手が、子どもならいいけどね。

 やっぱり女としては……ブラッシングが終わり、台所に戻る。

 ドアを開けると、ヴェスタと団長が立っていた。


「ウウウ!」

 ニャルラトが牙を剥き出しにして、怖い顔をしている。


「獣人の子ども……」

 ヴェスタが、なぜかホッとしたような顔を見せた。


「近くの村の子です。ニャルラト、この人たちは立派な方々だから大丈夫だよ」

「ほ、本当か?!」

「ええ。これから、この方々と大切なお話があるから……お願い」

「俺がいなくて、大丈夫か?!」

「大丈夫よ」

 彼が、騎士の面々を睨みつけた。


「ノバラに酷いことをしてみろ! 絶対にお前らを許さないからな!」

 ニャルラトが自分の鞄を肩にかけると、外に飛び出した。

 彼に少し悪いことをしてしまったか。

 でもなぁ――子どもに聞かせるような話じゃないし……。


 2人を椅子に座らせると、薬草茶を作り始めた。

 以前、ヴェスタに出したものと同じでいいだろう。


「なにもおもてなしできませんが……」

 2人にお茶を出した。

 お茶菓子もなにもない。

 りんごパイぐらい作って、魔法の袋に入れておくべきか?

 そんなことを考えながら、寝室から椅子を持ってきて私も座ったのだが――いきなり団長とヴェスタが立ち上がった。


「このたびのことは、まことに申し訳ない!」

「いいんです。被害もありませんでしたし。それよりも、宿舎のドアを壊してしまって申し訳ございません」

「ドアの修理代は、やつに出させた」

「グレルは、まさか反撃されるとは思ってなかったみたいですよ」

 ヴェスタが、私が飛び出したあとのことを説明してくれた。


「あの人は大丈夫でしたか? 鎧を着ていたし手加減はしたつもりでしたが」

「問題ない。あれで死ぬようなら、魔物退治などできぬし」

 この団長さんも中々スパルタだ。


「解りました」

「それで、やつの処遇についてなのだが……申し訳ない!」

 団長が深々と頭を下げた。


「……」

「やつを解雇したりすると騎士団の戦力的に……その、やつの女癖は最悪なのだが、腕は立つのだ」

「クビにすると、代わりがいないということですね」

「そのとおりなのだ! 申し訳ない!」

「そこら辺は、お察しいたします。まぁ、私はあいつをぶっ飛ばしたことで、多少気は晴れましたから……」

「騎士団の騎士を代表して、私からも謝罪をする」

 ヴェスタも一緒に頭を下げてくれた。

 それはいいのだが、さっき聞いた言葉が気になる。


「謝罪を受け入れますが――さきほど聞いた、騎士団の都合とはなんなのでしょう」

「う……そ、それは」

 私の言葉にホッとした表情を見せた団長であったが、口ごもってしまう。

 彼の代わりにヴェスタが答えてくれた。


「ノバラ――じつは、領主様から『礼をしたいから』と、あなたを連れてくるように言われまして」

「ああ、なるほど。領主様から魔女を連れてこいと言われたのに、騎士団の不祥事のせいで魔女とは疎遠になりましたなんてことになったら大変ですからね」

 ちょっと嫌味っぽく言ってみた。


「ううう……」

 歴戦の勇士だと思われる男が、青くなっている。

 領主の礼というのは、娘さんを助けたことに関してだろう。

 本来なら、身分の違いから無理やり連れていくことも可能だろうが、領主が恩人と言っている女にそんなことをしたら――。

 騎士団の面目が丸つぶれだし、領主の顔にも泥を塗ることになる。


「申し訳ない! 本当に全部がこちらの都合なのだ! 私のことなら、いくら罵ってもいい」

「悪いのは全部あの男ですから、団長さんに非難の言葉を浴びせても仕方ありません」

「本当にすまない!」

「ジュン様――中間管理職というのは、大変ですね」

 私は管理職ではなかったが、チームリーダーを務めたこともあった。

 一応、そういう経験もしたと言っていいだろう。

 元世界のことを考えると腹立たしくなるので止めよう。

 もっとも、この世界も大概だが……。


「ノバラ……」

「ヴェスタ様、領主様の所へってのはいつ行くのですか?」

「今です」

「今ですか?!」


 いやいやいや、偉い人の前に行くのに、こんな恰好でいいのだろうか。

 服と言えば、この黒いワンピースしかないしなぁ……。

 せめてもうちょっと化粧品があれば化けられるのに……。


 

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