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14話 顔が売れたのはいいが


 街でトラブルに巻き込まれて、牢屋に放り込まれてしまった。

 ヤミの機転で、私のお客様だった騎士に助けてもらい牢屋から脱出したのだが、外に出るとすでに真っ暗。

 もう家には帰れない。

 深夜の森を歩くなど自殺行為だ。

 こっちの目は見えなくても、敵には見える。

 街に宿を探さないと。


 困っていると、助けてくれた騎士が家に泊めてくれるという。

 男の人の家に泊まるなんて――と躊躇していると、母親もいるので大丈夫らしい。

 騎士の母親は、私が薬を作ってあげた方だ。

 彼の家に案内されて親御さんを紹介してもらうと、とても好意的な方で一安心。

 私は食事をいただき、泊めてもらうことにした。


 テーブルについて待っていると、料理ができて並べられる。

 皆で食べ始めた。

 最初にお祈りなどはしないらしい。

 料理は芋と人参のスープで、ちょっと肉が入っている。

 味付けは塩だ。

 ちょっと胡椒が欲しいところだが、贅沢を言ってはバチが当たる。

 固いパンは、スープに浸して食べるらしい。


 テーブルの下にいるヤミは、肉をもらって食べている。

 食事をしながら、騎士が今日のできごとを説明してくれた。


「まぁ! なんということ!? 衛兵が街の女を食い物にしているなんて!」

 話を聞いたお母さんが、憤慨している。


「私も頭にきて暴れちゃいましたが、あれって大丈夫でしょうか?」

「大丈夫ですよ。報告などしたら、女にボコボコにされたとか言われて、笑われるだけですから」

「え? なになに、ノバラがなにをしたの?」

 お母さんが興味津々だ。

 あの、お母さん――勘弁してください。

 彼から話を聞いた彼女が、喜んでいる。


「にゃー」

「君は黙ってて」

 ヤミに冷たくしたら、彼はお母さんの所にいった。


「ノバラは、そんなにすごい魔法が使えるのですか?」

「いやぁ、それほどでも……」

「あの魔法の展開の速さと威力なら、魔導師になれると思いますよ」

「そうなのですか?」

「ええ、多分最高位にも匹敵すると思います」

 魔女から魔導師になれば、身分も上がるそうなのだが……。


「いえ、あまり興味がありません。難しい試験があると聞きましたし、受かるとも思えませんし……」

 話していると、ヤミがお母さんの膝の上にポンと飛び乗った。


「あら~いい子ねぇ」

「な~ん」

 自慢の毛皮をナデナデされて、ご満悦そうである。


「なにそれ? 私のときに、そんなことされたことなかったんだけど?」

「にゃー」

 まったく、スケベ猫め。


「猫なら、私の裸とか脚とか覗く必要はないんじゃない?」

「あら~? 私の裸も覗かれちゃうのかしら? うふふ」

 お母さんは、まったく動じることもなく、彼をナデナデしている。


「にゃー」

「う……そりゃ、そうだけど……」

「ノバラは、この子の言うことが解るの?」

「ええ……そういう魔法があるので……」

「彼はなんと言ったのですか?」

 なんだか、騎士も猫がなんて言っているのか興味があるようだ。

 ロクな会話をしていないのだが、翻訳してしまっていいのだろうか?


「猫が人間の裸に興味を持つのが駄目というなら、人間も猫をなでるのを止めるべきだ……と」

「そうよねぇ~」

「な~ん」

 お母さんは、彼に籠絡されてしまっている。

 どうやらヤミのほうが一枚上手だ。


 食事のあとは雑談をして、この世界の街の情報を収集していく。


「それにしても女を食い物にするなど、まったく酷い話です。騎士団の奥様情報網を使って、広めなくては!」

 どうやら、そういうものがあるらしい。


「あの~、騎士の家族の中には、身分の低いものに対してよく思っていない方もいらっしゃるのでは?」

「ふふ、騎士なんて、平民とさほど変わりませんから」

「にゃー」

 お母さんはそう言うのだが、ヤミの話では明確な区別があるらしい。

 そりゃそうだ。

 そうは言うものの、本物の貴族よりはこっち側に近い人たちのようだ。


「今日のノバラの武勇談を、みんなにも教えてあげなくては!」

「あ、あの、勘弁してください……」

「男たちの傲慢や身勝手さに、憤懣やるかたない思いをしている夫人たちも多いから、飛びつくと思うわ」

 この世界は男尊女卑が基本で、女性たちの地位はちょっと低い感じか。


「あまり騒ぎにされると……」

「そんなことをしでかして、騒ぎにならないほうがおかしいから」

「ですよね……ああ~っ」

 めちゃ野次馬も集まっていたし……。

 私は頭を抱えた。


「でも、魔女で商売をするなら、いい宣伝になったのではないかしら?」

「私も、その通りだと思います」

 騎士も同意見のようだ。

 確かに、悪名は無名に勝るとは言うが……とほほ。

 ちょっと軽率だったような気がするが、あそこで怒らないと、どこで怒るんだって話だし。


 食事のあとは後片付けだが、私から提案をさせてもらった。


「お礼といってはなんですが、魔法で洗浄しましょうか?」

「まぁ、本当? 毛布や洗濯物も一緒にしていいかしら?」

「もちろんです」

 お母さんが張り切って家中の洗い物を集めてきた。

 やはり魔法で洗濯をするときには、たくさん集めて一気に綺麗にするらしい。


 台所のテーブルの上に山積みになった洗い物に魔法を使う。

 当然、周りに立っている人間も、一緒に洗う。


「む~! 洗浄!」

 青い光が、部屋中を覆う。

 しばらくするとそれが消えたので、綺麗になったのだろう――多分。

 以前のように、汚れが対象物から剥がれ落ちて、床やテーブルに溜まっているものと思われる。


 お母さんが手馴れた手つきで、床やテーブルを掃除していく。


「助かったわ。ちょっと調子が悪くてため込んでしまって……」

 騎士が言っていた、咳が酷い病気のためだろう。

 レシピを見て作った薬が効いてよかった。


「私のお渡しした薬が効いてよかったです」

「助かったわ。ノバラがいてくれるなら、これからも大丈夫ね」

「ありがとうございます」


 洗濯と掃除のあとは、少し雑談して寝る。


「ノバラは、私のベッドを使ってください」

「え?! それは……」

「私はヴェスタのベッドを使いますから」

「それじゃ、騎士様は?」

「私もヴェスタと呼んでください」

「あの~、やっぱり呼び捨てはマズいので、ヴェスタ様で……」

 それよりも、ベッドは2つしかないようだ。

 どうするのだろう。


「私は、床に寝袋で寝ますので、はは」

「それはちょっと申し訳ないのですが……」

「大丈夫ですよ。遠征で地面に寝袋とか普通ですので」

 まったくたくましい。

 それにしても、ここのご主人はどうしたのだろう。


「あの~、ヴェスタ様のお父様は?」

「魔物討伐で戦死しました」

 彼の言葉に凍りつく。


「申し訳ございません」

 私は慌てて頭を下げた。


「いいのですよ。騎士とはそういうものです」

「ヴェスタの言うとおりです。死ぬべきときに死ねなかった騎士は、それは地獄のような日々を送るのですから……」

 さらりと、そんなことを言う。

 元世界の人間とは覚悟が最初から違う。

 なんと、ご両親ともやはり立派な方だった。

 そりゃ彼を見れば、想像はできたのだが……。

 そんな騎士の家に泊まることになった私は、お母さんの寝室に通された。


 シンプルなチェストとタンスが置いてある飾り気のない部屋。

 息子は騎士という身分だが、生活にはあまり余裕がないのだろう。

 江戸時代――身分が高いはずなのに、商人やら町民より貧乏な暮らしをしていた武士が沢山いたらしいし。


「枕元に小さな魔法のランプがあるので、それを使ってください」

「解りました」

 彼の言葉のとおり、ランプがある。

 底のふたを閉めると、小さな明かりが灯った。


 もともとは夫婦用なのか、ベッドはダブルサイズで余裕がある。

 お言葉に甘えて泊まりにやってきてしまったが、なんだか悪いことをしてしまったような。

 黒いワンピースを脱ぐと裸になり、寝間着にしているミニスカワンピースに着替えた。


 大きなベッドの上に大の字になる。


「はぁ~、やっぱりこのぐらい大きなベッドがほしいなぁ」

 次の目標は、お金を稼いだら大きなベッドを買う。

 これだな。


「にゃー」

 一緒に部屋に入ってきたヤミが。外を気にしている。


「どうしたの? 外に出たいの?」

「にゃ」

「それはいいけど、夜中に帰ってきても入れてあげないわよ?」

「にゃ」

 どうやら、街には多くのセーフハウスがあるらしく、まったく気にはしていない様子。

 まぁ、彼は私よりこの街についてベテランだからね。

 元世界にも、数軒の家で飼われていた猫がいたりしたし。

 うちの実家の猫も、数年行方不明になったら、隣町の民家で飼われていたらしい。

 そのあとも、なにくわぬ顔で実家に戻ってきて、ご飯を食べていたし。

 猫とはそういう生き物である。

 ヤミは猫なのかちょっと怪しいところがあるのだが……。


「解った――彼女の家にでも、しけこむつもりなんでしょう?」

「にゃ」

「まったく、スケベなんだから」


 私は、ヤミを外に出すと、ランプの明かりを消した。

 あ、そうだ。

 肉屋に肉を預けたままだ。

 すぐに取りにいくって話だったのに、心配しているに違いない。

 あそこの主人は魔法の袋を持っていたので、保存は大丈夫だと思うが。

 それにしても、あのクソBBAぁ……。


 私は、お世話になったお母さんの病気が少しでもよくなればと、祈りながら眠りについた。


 ------◇◇◇------


 ――街でトラブルに巻き込まれた次の日の朝。

 朝起きると、ボサボサの髪の毛のまま、ベッドの上でぼ~っとする。


 しばらくそのままでいると、ドアが開いた。


「ノバラ食事ができました……も、申し訳ない!」

 ヴェスタが顔を出したのだが、ドアがバタンと閉じられた。


「あ~」

 ミニスカ寝間着なので、脚が丸出しなのだ。

 ネットはもちろん、写真すらない世界では、女の脚は刺激が強すぎるのかもしれない。

 魔法の袋から、黒いロングワンピースに着替えて台所にいった。


「おはようございます……」

 一番の最後に起きたので、少々バツが悪い。


「ごめんなさいね。女性の部屋をノックもなしに開けるから」

「いえいえ、見られて困るようなものでもないですし」

「そんなことはないと思うわ。ノバラは素敵よ。息子に責任を取ってほしいというなら、いつでも取らせるから」

「え? いえいえいえ――身分も違いますし……」

「昨日も言ったけど、騎士なんて平民とさほど変わらないから……」

 基本は騎士の家同士だが、商人の娘や街の娘、娼婦と結婚する者もいるという。


「はぁ……」

「そんなだから、遠慮なく言ってね」

 なにを?


「母上、ノバラが困っておりますから」

「そんなことを言ってもねぇ。あなたも適齢期だというのに、浮いた噂一つ聞かないから、私も心配で……」

 私が想像したとおり、この世界の婚期はかなり早いらしい。

 それじゃ、私なんて完全な行き遅れじゃん。

 困っていると、寝室から猫の鳴き声がする。

 どうやら、ヤミが戻ってきたらしい。


 寝室に戻ると、彼が窓を叩いていた。

 窓を開けてやる。


「おはよう。昨日はお楽しみでしたねぇ」

「にゃ」

 彼は悪びれるようすもない。


「あら~、猫ちゃんもおはよう」

「な~ん」

 早速、ヤミがお母さんの脚にスリスリして、媚びを売っている。

 こうやって、あちこちで食事にもありついているのだろう。

 まったくたくましい。

 いや、私がひ弱なだけか。


 とにかく、この世界では下手に出たらだめだ。

 舐められたらおしまい。

 すべてを剥ぎ取られて、下手をしたら殺されてしまう。

 法律も裁判もなく、暴力がすべてを解決する世界。

 殺らねば、殺られる!


 ――なんて、決意を新たにしていたのだが、ヤミが女の脚にスリスリをしているのを見ると、真剣に悩んでいる自分がアホみたいに思えてくる。

 お母さんが嫌がっていないので、いいのだが――今朝の彼女は、随分と調子がよさそうだ。


「母上、今日は調子がよさそうですね」

「そうなの! ノバラと猫ちゃんが、泊まりにきてくれたおかげかしら?」

「そいつは、ここから抜け出して、数多くいるらしい女の家を渡り歩いていたみたいですよ……」

「あらまぁ、そうなのねぇ。うちのヴェスタも見習ってほしいわ」

 ちょっと嫌味を言ったつもりなのだが、そうは捉えていないようだ。

 彼女がしゃがむと、肉の入った小皿を床に置いた。

 その肉にかぶりついたヤミの背中を、お母さんがなでて満足そうにしている。


 テーブルにつくと、皆で食事。

 朝食は、芋と玉ねぎっぽい野菜のスープ。

 あ、そういえば、猫に玉ねぎって駄目じゃなかったか。


「あの、この野菜は猫には……」

「大丈夫、猫ちゃんの肉は別に煮たから」

「ありがとうございます」


 食事が終わったら、家に帰らねばならない。

 楽しみにしていた街にやって来たのだが、怒涛の1日だった。

 騎士親子に別れを告げる。


「お世話になりました」

「いいえ、いつでも遊びにきてくださいね。ヴェスタも楽しみにしていると思いますので」

「母上!」

 そう言われて、彼が赤くなっている。


「にゃー」

「うるさい――あの……お礼といってはなんですが、ネフェル様のお薬と回復薬ポーションを差し上げます」

 私は魔法の袋から薬とポーションを出すと、彼女に手渡した。


「こんな高価なものを」

「遠慮なく使ってください」

「綺麗……」

 お母さんが、赤い薬を窓から入ってくる光にかざしている。


「私が初めて作ったものですが、効き目は大丈夫だと思います」

「それでは、ヴェスタの遠征の際に持たせることにします。ありがとう」

 彼の父親は、戦いで殉職してしまったらしいし、回復薬があれば生存率が上がるのではないだろうか。


「大切に使わせてもらいます。どのみち遠征の際には、ノバラに回復薬を頼むつもりでした」

 ヴェスタが、赤い薬を受け取った。


「そのときは、遠慮なくご注文ください」

「解りました」

 2人に頭を下げると、騎士の家をあとにした。

 今日は、ローブを被っていない。

 魔女のトレードマークである、黒いワンピースを見せて歩く。

 これが宣伝にもなるのだ。

 商売をしていくためには、顔を売る必要もある。


「にゃー」

「そ、それは言わないでよ……」

 ヤミの言うとおり、昨日の騒ぎで盛大に顔を知られてしまった可能性はあるが……。

 通りを歩くと、街の人々の視線が突き刺さる。

 やっぱり、黒い髪に黒い服ってのは目立つ。

 逆に言えば、目立つから商売になるとも言える。


「よぉよぉ、魔女のねーちゃん! 回春薬くれねぇ?」

 早速、お客だ。

 あまりガラのよくない、オッサン3人組が話しかけてきた。

 皆、麻のシャツに麻のズボンを穿いている。

 背は大中小の凸凹コンビだ。


「はい、銅貨3枚」

 私は、袋から薬を3つ出した。

 やっぱり、回春薬は売れるのね。

 もっと、たくさん作ったほうがいいかもしれない。


「よぉ~、この前あんたから買った薬が、効かなかったから、これはまけろや」

 もちろん、こいつらの言っていることは嘘である。

 昨日、初めて街にやって来たのに、こんなやつらに薬を売るはずがない。

 相手が女だからと舐めているから、こういう嫌がらせをしてくるわけだ。

 昨日までの私なら右往左往していただろうが、今は違う。


「あんたらなんかに、薬を売った覚えはないから! 文句があるなら買うな!」

 私の強い言葉に、男たちの態度が豹変する。


「なんだと、このアマ!」

 1番背の大きい男が掴みかかろうとしたので、私は魔法を使った。


「む~! 光よ!(ライト)

「ああああ! なんじゃこりゃ!」

 目を押さえている、男の股間に長い脚を使ってケリをおみまいした。

 女の非力じゃ、殴るのは不可能だし、こいつが1番威力がある。

 ちなみに、男の股間の痛みは女には解らないが、女も股間を蹴られると痛い。

 男の痛みと同じなのかは、知る由もないが。


「^*^#$#!」

 男が股間を押さえて、地面で悶絶している。


「お前らも、キ○タマを潰されたいか?!」

「い、いいえ……」「め、滅相も……」

 残った2人は、両手を上げて降参している。


「はい! 薬は買うの?! 買わないの?!」

「「か、買います」」

 男2人に、薬を売ってやった。

 銅貨6枚――6000円の稼ぎである。


 この街で商売をしていくのは、このぐらいしていかないと駄目ってことだ。

 それは理解したので、思いっきりイキってみたが、心臓はバクバクである。

 あとで仕返しされるんじゃないかと、色々と考えが巡るが――やらなければ搾取されるだけだ。


 私は、動揺しているのがバレないうちに、颯爽とその場を離れた。


「はぁ――ビビったぁ」

「にゃー」

「みんなあんな感じなの?」

「にゃ」

 まぁ、やっぱり女ってだけで舐められるようだ。

 当然いい人もいるのだが……。


 私は肉屋に、昨日処理を頼んだ肉を取りに向かった。

 すぐに取りにいくって話だったのに、すっぽかしてしまったが、大丈夫だろうか。

 少々心配しながら肉屋を訪れた。


「おはようございます」

「お?! 昨日のねーちゃん! どうしたんだい? 待っていたのに?」

「それが、少々ゴタゴタに巻き込まれて」

「なにがあったんだい?」

 肉屋の主が、興味津々なので経緯を話してやる。

 別に隠すようなことでもないし。


「そいつはひでぇ話だな」

「本当なのかい?!」

 奥から、赤い髪の奥さんらしき女性が出てきた。

 緑色のワンピースと白い前掛けをしている、小太りの美人だ。


「ええ」

「なにかされなかったかい?」

「えへへ、身体を好きにさせろとか言われたので、ぶっ飛ばしちゃいました」

「ははは! 本当かい!? あいつら、衛兵のくせに女を食い物にしやがって。泣いている街の女も多いんだよ」

「もう、本当に許せませんよね!」

「ああ、いい気味だ――ああ!」

 奥さんがなにかを思い出したようだ。


「なにか?」

「昨日、衛兵の詰め所で大暴れした魔女がいたって街で噂になっていたけど、あんたのことだったのかい」

 うわぁ、もう街中に噂が広まってるぅ。

 この話題はやぶ蛇だ。話を逸らさないと……そういえば、私が渡した薬は効いたのだろうか?


「あ、あの、娘さんの熱は下がりましたか?」

「ああ、下がったよ! あんたの回復薬のおかげさ!」

「それはよかった」

「旦那から話を聞いたら、薬の効き目があったら金を払うって約束にしたんだって?」

「ええ、なんか見たことがない色の薬だって、他の魔女にイチャモンをつけられたので……」

「ばっちり効いたから文句なしさ! はい! 薬の代金だよ」

 彼女が5万円相当の銀貨1枚をくれた。

 おお~っ! 今日だけで5万円の稼ぎ。

 このままいけば、ベッドも買えるかもしれない。


 肉屋から肉を受け取る。

 黒狼1頭分で、もう1頭の肉は売った。

 値段は小四角銀貨2枚――1万円。

 黒狼の毛皮は1枚で小四角銀貨4枚――2万円。

 2頭分なので4万円だ。

 今日1日で10万円ほど稼いだことになる。


 自分で稼いだお金なら使ってもいいだろう。

 私は市場に行くと、ワイン、ワインビネガー、小麦粉、調味料などを買い込んだ。

 たくさん買い込んでも、魔法の袋の中に入る。

 なんて便利!

 数十枚の紙の束も見つけたが、日本円で1万円ほどして結構高い。

 これなら本が高いのも納得だ。

 紙をメモ用紙にして使い捨てなんてできない。

 大切に使わなければ……。

 私だけのカルテや、症状から薬草を検索できる索引などを作る予定だ。


 まぁ、経験を積むうちに、それも必要なくなるのかもしれないが、それがあれば人に教えることもできるし。

 機嫌よく家に帰ろうとすると――。


「にゃ」

 ヤミの視線の先に、黒い服が見える。


「あの、BBA!」

 私を陥れた、あの女だ。

 私は女の所まで行くと肩を掴んだ。


「まて! このBBA!」

「ひゃ!」

 突然掴まれて、向こうも驚いたようだ。


「随分とふざけたことをしてくれたじゃない!」

「なんだい――詰め所で暴れたとか聞いたけど、ピンピンしてるじゃないか。つまらないねぇ……」

 こいつは、私が大怪我でもしたとたかをくくっていたようだ。


「なぜ、あんなことをしたの?!」

「あんたみたいな小娘が魔法の袋を持っているなんて悔しいじゃないか!」

 私は、その言葉を聞いてブチ切れた。

 そんなくだらないことのために、私を罪人にしようとしたのか。

 なにが小娘だ。歳だってそんなに変わらないように思えるのだが。


「光弾よ! 我が敵を撃て!(マジックミサイル)

 私が放った魔法が、女の足下で弾けて、周囲に破片を撒き散らした。


「ぎゃぁ!」

 向こうも、私が攻撃魔法を使ってくるとは思っていなかったようだ。

 びっくりして腰を抜かすと地面にへたり込んだ。


「お?! なんだなんだ?!」「魔女同士の喧嘩か?!」「やれやれ~」

 野次馬が集まってきた。


「今度ふざけたことをしたら、お前の黒い腹にそいつをぶち込むからな! 覚えておけ!」

「ひゃぁぁぁぁ!」

 女は飛び起きると、一目散に逃げ始めた。

 これで、ちょっかいは出してこないだろう。


 それはいいのだが、市場で暴れてしまったために、また有名になってしまったようだ……。

 やっぱり元世界と同じ考えかたじゃ、やっていくのは難しいのかもしれない。



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