13話 ブチ切れる
私は楽しみにしていた街にやって来た。
買い物をして、魔法の袋に入っていた黒狼を肉にしてくれる所も見つけたのだが――トラブル発生だ。
同業者からチクられてしまったらしい。
私が持っている魔法の袋が、盗品だと言うのだ。
魔法の袋というのは、日本円で1000万円以上する高価なものらしい。
新参者がそんな高価なものを持っているのはおかしい――ということだろうか。
私は、街を警備している役人の詰め所につれていかれた。
待っていたのは、石造りで3階建ての建物。
ヤミは関係ないので肩から降ろした。
「遅くなったら、君は家で待ってて!」
「フシャァァ!」
彼も怒っているのだが、どうしようもできない。
詰め所の中には、鎧を着たなん人もの男たちが詰めていたのだが、ロクに取り調べをされることもなく地下につれて行かれる。
ローブを剥がれて、腰のベルトごと短剣と魔法の袋を取られると、かび臭く、ろくに光も入ってこない牢屋にいきなり放り込まれた。
「いたぁ! ちょっと! なにかの間違いです!」
石の床に倒れたので、膝を打ってしまった。
「うるせぇ! しばらくそこにいろ! だが、俺たちの言うことを聞けば、すぐに出してやらんこともないがなぁ、フヒヒ……」
男たちのなめるような視線が、私の身体を這っている――おぞましい。
多分、ロクに調べもしないで、こういうことを常習的にやっているのだろう。
「こんな、デカくて胸もない女じゃ、つまらないでしょ?!」
自分で言ってて悲しくなる。
「んなことはねぇ。楽しみかたはいくらでもある」
「長い脚じゃねぇか。俺は好きだぜ?」
黒いワンピースから出ていた脚を引っ込めた。
畜生!
「お断りします!」
「ちっ!」「まぁ、しばらく放り込んでおけば、言うことを聞くだろ?」「そうだな、フヒヒ……」
錆びついた鋼鉄製の扉が、大きな音を立てて閉じられた。
扉には小さな窓がついており、男がこちらを見てニヤニヤしている。
私が牢屋の隅で膝を抱えて丸くなると、その視線は消えた。
見上げると、上のほうに小さな窓があり、そこから光が少しだけ入り込んできている。
「どうしよう……あの、クソBBA!」
あんなBBAにちょっと同情したり、助けてしまった私がアホみたいである。
いい面の皮だ。
こんな世界じゃ、法律とか裁判とかないんだろうなぁ。
役人の好き勝手、どうでもできるってことだ。
あんな奴らにやられるぐらいなら、ここから脱出する手もある。
袋と武器を取り上げられてしまい普通なら絶望的な状況ではあるが、私には魔法がある。
パワーを上げれば、大木を木っ端微塵にするぐらいの威力があるんだ。
こんなドアなんて吹っ飛ばせるだろう。
そう思ってみたが、やはり心細すぎる。
ヤミがいてくれて、彼が心の支えになってくれていたと改めて実感した。
なにしろ彼は、私の命の恩人なのだ。
なにもできず、ただぼんやりと小さな窓から入ってくる光を見つめる。
床を小さく照らす光が徐々に細くなり、薄暗くなってきた。
日が暮れてきたのだろう。
こりゃ、今日中には家には帰れそうにない。
「光よ」
私は、魔法を使って部屋の中を照らした。
「お腹空いた……」
食事も出さないつもりなのだろうか?
畜生――こうやって暗い中に食事も出さずに放り込んで置けば、泣いて助けを求めるとか思ってるんだろう。
ブラックで鍛えられた女をなめるなよ?
こんなことで泣き言を漏らすはずもないが、このままここにいては、下手をしたら先輩からもらったあの袋も売られてしまうかもしれない。
突然のできごとに放心していたのだが、ここにきて腹が立ってきた。
身体を好きにさせろ? ざけんな!
このまま嬲りものにされるぐらいなら、命がけで抵抗してやる。
窮鼠猫を噛むって言葉は、この世界にもあるのだろうか?
――そう思って、いよいよ行動に移そうかと思っていると、上が騒がしくなってきた。
「なに?」
「フギャァ!」
上から猫の声が聞こえる。
「え? もしかしてヤミ?」
鋼鉄製のドアにへばりついたが、そこにある小さな窓からはなにも見えない。
廊下は真っ暗で、魔法を使っている牢屋の中のほうが明るい。
どうしたのかとあたふたしていると、オレンジ色の光が降りてきた。
誰かがやって来たようだ。
「にゃー!」
「わ!」
突然現れたオッドアイに後ずさりした。
「ノバラさん! いるのですか?!」
「え?! その声は騎士様!?」
私の初めてのお客様だった、金髪美少年の騎士様が来てくれたようだ。
彼の肩にヤミが乗っている。
「はい! ヴェスタです!」
彼が顔を出すと、魔法の光に金髪が輝く。
「ええ? どうやってここが?」
「この猫が騎士団までやって来てくれたのです」
「ほ、本当ですか?」
「にゃー」
「ありがとう、ヤミ」
強がっていた私だが、思わず泣きそうになった。
「それで、ノバラさん。なぜこんな所に?」
「私が持っている魔法の袋を、盗難品だと難癖つけられたんです」
「なんですって? おい! 本当か?!」
「は、はい、あの――魔女が盗難品を持っているという、タレコミがあったものですから……」
すぐ近くに、私を閉じ込めた兵士がいるらしい。
「そんなの嘘です! その証拠がどこにあるんですか?! 魔法の袋を持っている人は、全部盗難品を持っているってことになるんですか?!」
私は、ここぞとばかりに畳み込んだ。
味方がいてくれれば心強い。
それに騎士なら、ここにいる兵士たちより、位は上なのだから好き勝手はできないだろう。
「ロクな証拠もないのに、罪人扱いしたのか?!」
「あの……その……」
「すぐに牢を開けろ!」
「は、はい……」
さすがに、一般兵士が騎士に逆らうことはできないようだ。
まぁ、まともな警察組織がないとこうなるよねぇ。
海外に行った友人が、「1番信用できないのは警察」とか言ってたし……。
「ヤミ!」
牢屋から出ると、彼を抱きしめてお腹をクンカクンカする。
「にゃぁぁ!」
「いいじゃない。感動の再会よ?」
「無事でなによりです」
「ありがとうございました」
騎士に頭を下げた。
感動の再会はいいが、こんな場所はすぐに出たいので階段を使って上に行く。
「にゃ」
「大丈夫だから。でも、君はよく騎士団の場所が解ったね」
「にゃ」
彼は先輩と一緒にこの都市に数え切れないぐらい訪れて、隅から隅まで知っているベテランなのだ。
猫なら怪しまれずに、どんな所にも侵入できそうだし。
「にゃー」
「本当?」
どうやら、領主の屋敷まで入ったことがあるという。
猫なら柵も素通りってわけだ。
「じゃあ、あの子も知っていたの?」
「にゃ」
あの子というのは、領主の娘と言っていた女の子だ。
それじゃ、ヤミのことを彼女も見ていた可能性があるかも……。
それで譲ってほしいとか言い出したのかな?
そんなことは後回しで、上に戻ってきた。
部屋の中には魔法のランプの明かりが灯り、10人ほどの兵士たちが詰めていた。
私の前には、今回のできごとの発端となった2人がいる。
私をここまで引っ張ってきた兵士たちだ。
1人は、おでこが広い無精髭を生やした男で、もう1人は若い。
「騎士様! こいつらは冤罪をでっち上げた挙げ句、私の身体を好き放題させれば牢屋から出してやるとかぬかしたんですよ!」
「なんだと!? お前たちは、街の治安を守る身でありながら!」
「し、しかし……」
「彼女は私の知り合いだ。その魔法の袋の出所も私が保証できるぞ? それとも、騎士である私の言うことが信用できないのか?」
「はは……いやぁ、まぁ」
騎士の問い詰めにも、兵士たちはニヤつくばかり。
「こいつら、絶対に常習犯ですよ!」
「お前たちのことは、上役に報告するからな」
どうも騎士の言うことに、兵士たちも不満があるようだ。
ふてくされてブツブツ言っている。
「ち……お坊ちゃん騎士が……」
そのつぶやきを聞いた私はブチ切れた。
「もう! あったまにきた! 上役に報告とかしても、絶対に無視とかされると思いますので、今ここで! こいつらをぶっ飛ばしてもいいですか?!」
私の啖呵にも、兵士たちのニヤニヤは止まらない。
まるで反省を見せない兵士たちの態度に、騎士もこれは駄目だと思ったのだろう。
私の提案を受け入れてくれた。
「承知した。あなたの気が、それで済むのであれば」
「言質取りましたよ。それじゃ、ちょっと横を向いててください」
「横?」
彼が横を向いたので、ニヤついている兵士たちに向けて魔法を唱えた。
「光よ!」
フルパワーの魔法である。
薄暗かった部屋の中は、閃光で満たされた。
「この~っ!」
私は自慢の長い脚を思いっきり伸ばして、右側の兵士の股間を蹴り上げた。
「&*#$$^~っ!」
蹴られた男が股間を押さえて床に転がり、声にならない声を上げて悶絶する。
「くそ! このアマ!」
残った兵士が、見えない目を押さえながら自分の剣に手をかけた。
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
魔力を込めて打たなかったので威力はないだろうが、私も完全に頭に血が昇っていた。
瞬時に発射された光の矢が、左側にいた男の股間に命中する。
「%*&@$$%^!」
もう1人の男も、股間を押さえて床に転がった。
手加減した威力も命中精度も、今回のことで実験できた。
まさに棚からぼた餅。
魔法の人体実験とかどうしたもんかと考えていたのだが、いい機会に恵まれたものだ。
私は残っている兵士たちを睨みつけた。
全員が股間を押さえている。
閃光の影響はそろそろ切れているようだ。
「私のローブとベルト! 短剣と魔法の袋を返して!」
「も、もう……売っちまって、ここにはねぇ」
1人の男がつぶやいた言葉に、私は激昂した。
先輩から受け継いだ、彼女の魂とも言える袋を売った?
そんなことが許されると思うのか?
「光弾よ! 我が敵を撃て!」
私の唱えた光の矢の魔法が、詰め所の壁に大穴を開けた。
ガラガラと壁が崩れて床に破片が散らばると、私は大声を上げて叫んだ。
「さっさと取り戻してこい! こいつをお前らの頭にブチ込まれたいか!?」
「「「うわぁぁぁっ!」」」「ひぃぃぃ!」
残っていた兵士が一斉に外に飛び出した。
あちこちにぶつかり、脚を引っ掛けて転がるやつもいる。
魔法で壁を吹き飛ばしたので、大きな音が響いたのだろう。
外に野次馬が集まってきたのか、騒がしくなってきた。
そんなことはどうでもいい。
「ふ~っ! ふ~っ!」
詰め所には誰もいなくなり、床には金玉グッバイした男たちが、口から泡を吹いて転がっている。
肩で息をしながら転がっていた椅子を立てると、それに座った。
顔を上げると、騎士が驚愕の表情で固まっている。
これは、嫌われてしまったかもしれないが、そんなことより……。
「はぁ……」
袋が戻ってこなかったら、先輩になんと詫びればいいのだろう。
私は、大きなため息をついてうなだれた。
「にゃー」
「ヤミ――魔法の袋が戻ってこなかったらどうしよう」
彼の頭をなでなでする。
「にゃ」
「申し訳ありません」
騎士が私の前にきて謝罪をした。
「別に、騎士様が悪いわけではありませんし。悪いのは全部こいつらです!」
私は床に転がっている男たちを指した。
大騒ぎを起こしてしまい、外では野次馬が騒がしいが、心配をよそに30分ほどで私の持ち物は全部帰ってきた。
「よかったぁ……」
魔法の袋を抱きしめる。
それはいいのだが、袋だけ戻ってきてもどうしようもない。
中身を確認した。
―― 一応、全部あるっぽい。
魔道具や、金貨が入った袋もちゃんとある。
すぐに取り戻したから、転売される前に取り返せたらしい。
私は、ベルトをして腰に短剣を差すと、男たちに叫んだ。
「今度、女たちを食い物にしているのを私が見たら、お前らの股間の粗末なものを引きちぎって黒狼に食わせるからな!」
「「「は、はい……」」」
「私の名前はノバラ! 魔女のノバラだ、覚えておけ!」
「「「……」」」
兵士たちは、壁を背中にして縮み上がっている。
私のものを取り返したら、こんな場所にいる必要はない。
とっとと、おさらばする。
ヤミを肩に乗せて、騎士と一緒に颯爽と詰め所を出た。
これだけ大見得切ってしまったのだから、もう魔女だということを隠す必要もない。
私は魔女の証である黒いワンピースを翻して、外に出た。
もうローブを着る必要はないのだ。
「どいて! 見せ物じゃないよ!」
私の声に野次馬の囲みが割れる。
モーセの海割りのように割れた人の波の間を歩いていくと、外はもう暗くなっており、このまま家に帰るのは無理。
どこか泊まる所を探さないと……。
通りをしばらく歩き、騒ぎがあった場所が見えなくなると、道端にへたりこんだ。
「はうぅぅ……」
怒り心頭で、アドレナリンがドバドバ出ていてイキリ散らしていたのだが、それが切れたのだ。
「ノバラさん、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……あ、ノバラでいいですから……」
彼の手を貸してもらう。
「にゃー」
「そんなこと、できるはずないでしょ!」
ヤミは、お姫様抱っこをしてもらえとか言っているのだが、いくらなんでもそりゃマズい。
「ノバラ、どうしました?」
「いえ、あの――暗くなってしまったので、もう帰れません。どこか宿屋を教えていただけませんか?」
「う~ん……それなら、私の実家に泊まるのはどうでしょうか?」
彼の突然の提案に、私は驚いた。
どうやら、嫌われていたわけではなかったらしい。
「え?! 男性の家に泊まるだなんて……」
「あ! いや、家には私の母もいますので、大丈夫ですよ」
そういえば、彼は母親の薬を私の所に買いにきたのだった。
「いや~――でも、ご迷惑だと思いますし……」
「そんなことはありません! ノバラから頂いた薬で、母の咳もおさまり感謝しています」
「にゃー」
「君もそう言うなら、騎士様のお言葉に甘えてしまおうかなぁ……」
「本当ですか? 母も喜びます」
私の言葉に、騎士の顔がパッと明るくなった。
「はい、お世話になります」
「それでは!」
金髪の美少年が私の背後に回る。
なにをするのかと思ったら――ひょいと私の身体を持ち上げた。
「きゃぁ!」
人生初、お姫様抱っこである。
しかも、こんな美少年に。
思わず首に抱きついてしまった。
「いいですか?」
「いやいや、よくないです! 抱きかかえてもらわなくても大丈夫ですから」
いきなりのイベントに、さっきまでのガクブルは一気に吹っ飛んでしまった。
それどころか、顔から火が出そうだ。
「でも……」
「大丈夫ですから、降ろしてください」
「にゃー」
「もう! 君は楽しんでいるでしょ!?」
猫の表情は解らないが、私の醜態にニヤニヤしているに違いない。
頼み込んで、やっと降ろしてもらった。
年下だし私より背が小さいので華奢に見えたのだが、長身の身体を軽々と持ち上げた。
騎士で普段から鎧を装備して、武器も持っている。
相当鍛えているに違いない。
「それでは案内しますよ」
騎士に案内されてやって来たのは、街のちょっと外れにある細長い3階建ての建物。
3階までオレンジや、青白い光が灯っている。
石造りの集合住宅らしく、その1階が騎士の家みたい。
3階建てでも、上には水道もないだろうし……トイレとかはどうなっているんだろう。
ちょっとヤミに聞いてみた。
「こういう建物って、上の階の人はトイレとかどうしてるの?」
「にゃ」
1階に共同の水場とトイレがあるらしい。
まぁ、元世界でも古いアパートなどは、共同トイレの所もあるが……。
上京して初めて入ったアパートがそんな感じだったなぁ。
家賃も安かったけど、すぐに取り壊されてしまい追い出された。
茶色のニスで塗られた扉を開けると、いきなり台所とテーブルがある。
他の部屋はおそらく寝室だろう。
私の家と似たような造りで、この世界の標準仕様みたいなものか。
台所には、白いブラウスと青いロングスカートに、麻のエプロンをした女性が立っていた。
事前の情報のとおり、既婚者は金髪を結って上でまとめているようだ。
この家は、天井が高くていい。
「ヴェスタ、今日は帰りの日ではなかったのでは?」
彼女の言葉から察すると、実家には毎日帰っているのではないらしい。
「母上、お客様をつれてきましたよ」
彼が私を紹介してくれたので、慌てて礼をする。
「は、初めまして、魔女のノバラです。突然にお邪魔してしまい申し訳ございません」
「まぁ! あなたが新しい魔女さんなの?」
「は、はい」
お母さんが、やって来て私の手を握った。
咳が出るという病気のせいだろうか、ちょっとやつれているが、金髪の美人だ。
それに若い! 30歳半ばではないだろうか。
あんなに小さなニャルラトも、もうすぐ大人だと言ってたから、この世界はすごく早婚なのではないだろうか?
「ヴェスタが帰ってくると、あなたのことばかり話していたので、どんな方なのだろうと思っていたのよ」
「き、恐縮です」
「それに、あなたの薬はすごく効いたわ。以前に買っていたお婆さんの薬と一緒ね」
「あの、レシピは同じはずなので……」
「それでは、あの方の弟子なの?」
「まぁ、一応そういうことで……」
「ネコちゃんも一緒ね!」
「にゃー」
大人しくなでられている。
「母上、とりあえず座っていただいては?」
騎士が私に着席を促してくれた。
「いけない、私ったら。ちょっとはしゃぎすぎね。すぐに食事の用意をするわね。今日は、気合を入れて沢山作らないと!」
お母さんが、すごくニコニコしている。
まるで息子が彼女を連れてきたような――いやいや、お母さん――私は彼女じゃありませんから。
それに、身分が違いすぎると思うが、そこら辺はどうなっているのだろう。
「あの、私もお手伝いを……」
「お客様は、座って待っててください?」
ニコニコ顔で、睨まれてしまった。
「は、はい……」
ここは私の戦場なので、手出し無用――そんな感じが伝わってくる。
病気だと聞いていたが、料理の準備をしている姿は元気そうだ。
私の作った薬が効いたようでよかった。
一応、先輩が作ったものと同じ成分のはずなのだが、それが本当に効くかどうかは解らなかったし。
成り行きとはいえ、騎士の家で夕食をごちそうになり、泊まることになった。
騎士もお母さんも、とてもいい人のようで安心したが、本当にいいのだろうか?