12話 街にてトラブル
魔法が使えるようになり、回復薬の製造も上手くいった私は、楽しみにしていた街にやってきた。
ずっと1人で人恋しい状態だったのだが、それが一気に満たされた感じだ。
それぐらいの多くの人で街は溢れている。
これで言葉が解らない状態だと、孤独に拍車がかかるかもしれないが、幸い言葉は理解できる。
聞き耳を立てれば、街行く人たちや道端で商売の話をしている会話も理解できるのだ。
まったくもってありがたい。
私の肩に乗っているヤミのアドバイスで、市場に向かうことにした。
彼は、先輩と一緒にこの街になん度も訪れているので、地理にも詳しい。
「うわぁ~」
市場には、通りより多くの人がいてごった返している。
木製の柱に、色とりどりの屋根がついた露店が並ぶ。
元世界の景色に当てはめると、中東っぽい感じだろうか。
物珍しさに、私は店の1つ1つを見て回った。
金銀細工のアクセサリーや、家にあるコンロと似たような魔道具も売っている。
青い布の上に置かれたネックレスやイヤリングなどは、可愛いデザインも多く、ちょっと欲しくなってしまう。
この世界に金メッキなどないだろうから、本物の金銀だ。
「可愛い……まてまて、先輩が残してくれたお金は、そんなことのために使うんじゃない」
せめて自分で稼いだお金で買うようにしないと。
後ろ髪を引かれながら次の店に向かう。
隣の店にはザルに入った果物が山積みになっているのだが、森で取ったりんごもこんな形で売っているらしい。
りんごの隣にイボイボの赤い実が売っている。
店番をしているのは、麻のほっかむりをしてエプロン姿の太った中年女性。
「あの~、この実はなんていうんですか?」
「これは、リーチの実だよ。知らないのかい?」
「はい、どんな味なんですか?」
「甘酸っぱいよ」
少々、女性は呆れている風だが、この木の実にはちょっと興味がある。
「これっていくらなんでしょう?」
「一山、銅貨2枚」
50個ほど入っているのだが、約2000円か。
周りの店でも計算が面倒なのか、一山いくらで売っている店が多い。
「これください」
「はいよ~って言いたいところだけど、あんたカゴは?」
「はい?」
「にゃー」
「その猫は彼氏なのかい?」
「まぁ、そんなところです」
冗談はいいとして、そうだ入れ物がない。
ここにはコンビニ袋も紙袋もないのだ。
魔法の袋をここで見せるわけにはいかないし……。
「そのザルごともらえませんか?」
「これは商売道具だから困るねぇ」
「それじゃ入れ物を買ってきてから、また来ます」
「そうしておくれ」
いやはや、初めての買い物は、元世界と勝手が違うので右往左往してしまう。
他の店も見て回り、カゴを見つけたので、それを購入。
小四角銀貨1枚――5000円と結構高い。
みんな手作りで一品もの。大量生産品なんて存在しない世界なので当たり前だ。
これは、あっても困らない生活必需品のはず。
先輩の残してくれたお金で買っても無問題。
買ったばかりのカゴを持って、さっきの店に戻り。
無事に木の実をゲットできた。
路地に逸れると、木の実を2つだけ取って辺りを見回す。
人気がないことを確認してから、魔法の袋に入れた。
早速、木の実を食べてみる。
トゲトゲの厚い皮を剥くと、白い実が出てきた。
おそるおそる口に入れてみれば、舌の上に広がる甘酸っぱい味覚。
「美味しい! ライチっぽいかな?」
これはりんごより美味いと思うのだが、りんごと同じ値段でいいのだろうか?
こっちのほうがお得だと思うんだが……。
「にゃー」
「ああ、あまり日持ちしないのね」
それなら大丈夫。魔法の袋に入れておけばいいのだ。
「君も食べる?」
「……」
差し出した木の実をクンカクンカしているが、どうやら彼の好みではないらしい。
猫は食べないだろうが、私はこの実が気に入った。
庭に植えれば同じ木が生えてくるはず。
実が採れるまで時間がかかると思うが、やってみよう。
美味しい木の実を2つ食べて満足したところで、他の店も見て回る。
砂糖も香辛料もこういう露店では売ってないらしい。
つまり高級品だ。
食用油も高くて、専門の店じゃないと売ってないという。
やれやれ……美味しい食生活には程遠いって感じかぁ……。
ついでに家具も見た。
ベッドも中古品で売っているのだが、かなり高い。
すべて手作りなので、リサイクルが基本。
使いまわすのが当たり前のようだ。
一生モノと考えると、高くても需要があるということなのだろう。
先輩が作ってくれたベッドもいいのだが、私には小さすぎる。
欲しいのは山々だが、お金を稼げるようになってからだな。
市場を歩いていると、子ども連れの親子が前からやってきた。
「にゃーにゃー!」
青いワンピースを着た小さな女の子が、私の肩の上にいるヤミを指差している。
「だめよ、そのお姉さんの猫なんだから」
「にゃーにゃー! 触るぅ!」
お母さんが、女の子をなだめているのだが、女の子はヤミに触りたくて駄々をこねているようだ。
「ねぇヤミ、触らせてあげて?」
「にゃ」
しょうがない――という感じで、渋々彼が了承してくれた。
私がしゃがむと、女の子が寄ってきて黒い毛皮をなで回してニコニコしている。
ヤミも嫌々、なすがままだが、女の子には甘いようだ。
「にゃー! うぇ~ん!」
女の子はまだなで足りないようだが、泣きながらお母さんに引っ張られて人混みの中に消えていった。
「君は、ニャルラトの村でも追っかけ回されてたね」
「にゃー」
「人気ものじゃない」
「……」
彼が尻尾を振っているので、どうも子どもが嫌いのようだ。
ヤミのご機嫌を取るために、途中の露店でドネルケバブのような焼き肉を買う。
薄い肉が沢山串に刺さっている。
香辛料はなくて味付けは塩だけ、なんの肉か解らないが美味しい。
食べたことがない風味だ。
まぁ、これだけ店があるのに、不味かったら売れないだろうと思う。
ヤミにも少しやると美味しそうに食べている。
「これってなんの肉か解る?」
「にゃ」
「え? これって黒狼なの?!」
あの焼かれていた肉の塊は、私たちを襲ってきた黒い魔物と同じものらしい。
そりゃ、あんなに大きな塊なら、それなりに肉が必要だしウサギなんかじゃ集めるのが大変だ。
それじゃ、魔法の袋に入っている獲物も肉にしてもらわないと!
立ち食いをするのはお行儀が悪い。
どこか落ち着いた場所で食べようということになった。
ヤミの話では、少々歩いた場所に泉があるという。
両手に肉の串を持ったまま、そこに向かうことにした。
泉に向かう途中、黒いワンピースを着た痩せた女性に出会う。
歳は40を過ぎていると思う。
多分、あれが魔女なのだろう。
黒い服を着ているのは、彼女だけなのですごく目立つ。
彼女には悪いが、その歳でその恰好はどうなのだろう。
胸元も背中も見えている。
正直、少々キツイ――と思ったのだが……。
私とて、あと10年もすれば、あの人と似たような歳になる。
生活と商売のために、魔女の恰好をしている彼女を低く見ることが私に許されるはずがない。
彼女の姿は、未来の私の姿かもしれないのだ。
私が心の中で謝罪していると、別の方角から白い法衣のような服を着た2人組がやってきた。
彼らは黒いワンピースの女性を見つけると、なにやら絡み始める。
「あ!」
白い服の連中が女性を突き飛ばした。
余計なお世話かと思ったが、同業として見ていられない。
私は走り出すと、女性と白いやつらの間に入った。
「なにをするんです!」
「なんだ、お前は?!」
目の前の2人組を見れば、1人は若い女だった。
長いウエーブをした金髪で青い目をした、美女である。
「女性を突き飛ばすなんて、酷いじゃありませんか!」
「魔女などという下賤な者が、目の前にいたのだからしょうがない」
私はローブを被っているので、魔女だと解らないらしい。
「ひ、酷い! あなたは早く逃げて――いないし!」
振り向くと、突き飛ばされていた女はもういなかった。
「ははは! とんだ道化だな」
「ぐぬぬ……はぁ……ご無礼をいたしました」
頭を下げて、その場から立ち去ろうとしたのだが、向こうはそうはさせてくれないようだ。
「女! 次はお前が、我々の遊び相手になってくれるのだろう?」
女の身体の周りに青い光が舞い始めた。
なにか魔法を使うつもりだ。
私は、とっさに魔法を唱えた。
「むむ~っ! 光よ!」
目の前に閃光が浮かぶ。
「「な、なにぃ!?」」
目潰しを喰らった魔導師たちが右往左往している。
私は、その場からスタコラサッサと逃げ出した。
「あの白い人たちは?」
走りながらヤミに質問する。
「にゃー」
彼女たちが魔導師か。
やはり魔女よりは、かなり身分が高い人たちらしい。
「ああいう恰好の人たちを見かけたら、避けたほうがいいってことね」
「にゃ」
私もローブを着ていなかったら、見つけられて絡まれていたかもしれない。
やはり身分の差というものが存在しているのね。
ちょっと悲しい気持ちになりつつ、ヤミから聞いた泉にやってきた。
そこは円形の広場になっており、中心に石でできた泉がある。
噴水のように噴き上がっているわけではなく、滾々と湧き出ている感じ。
その水は泉の縁から溢れて、石畳に設けられた側溝を流れていく。
私は、泉の縁に腰掛けてヤミを降ろした。
手に持っていた串から肉を外してやり、石の上に置いてあげると、彼がガツガツと食べ始める。
肉を2本買ったのだが、1本は味付けされておらず、ヤミのために買ったものだ。
残ったら魔法の袋に入れればいいし。
そうそう、袋に入っている肉を処理してくれる所を探さないとね。
どうやら肉屋さんでやってくれるらしいが……。
彼と一緒に肉の旨味を楽しんでいると、3人組の女の子たちが近づいてきた。
街の住民たちとは、ひと目で違いが解る上等な服を着ている。
フリルがついているシルクっぽい白いブラウスと、ロングスカート。
真ん中の子がリーダーだろうか、青いスカートを穿いている。
長い金髪をツインテールにして、青い吊り目が気の強さを思わせる――歳は高校生ぐらいだろうか?
大人っぽく見えるのだが、もっと若いのかもしれない。
お供の子たちは金持ちの子どもなのは確かだろうが、金髪の彼女に比べたら平凡そうに見える。
その3人が私の前に立ち止まると、こちらをじ~っとみている。
なんだろうと思っていると、相手が口を開いた。
「その猫は、私に飼われたほうがいいと思うの」
「はい?」
突然、相手が発した信じられないような言葉に、思わず間抜けな声が出てしまった。
元世界でこんなことを言われたりすることは、まずありえないだろう。
人様が連れている犬猫に向かって、「私に飼わせろ」とか、なんじゃそりゃ――って感じ。
「聞こえなかったの? その黒い猫は、私に飼われたほうが幸せになれると思うの」
どうやら私の肩に乗っている猫が気に入ったので、譲れと言っているらしい。
相手は身分が高そうだ、下手に出たほうがいいだろう。
「あの……彼が御主人様、私は下僕なので、私に決定権はないのですが」
「はい?」
今度は、女の子が変な声を出した。
「御主人様、その子のほうがお金持ちっぽいですよ? 乗り換えてみては?」
「にゃー」
「美味しいものも沢山食べられるかもしれませんよ? 可愛いですし、年増よりピチピチのほうがよろしいのでは?」
「にゃ」
どうやら興味はないらしい。
森の中の暮らしのほうが好きなのだろうか?
まぁ、ここでどこかに行ってしまうような彼だったら、先輩がいなくなった家をずっと守っているはずがないのだが。
その気になれば、ヤミはどこにでも行けたはずなのに。
「どうやら、そのつもりはないみたいですが」
「ね、猫がしゃべるはずないでしょ! 馬鹿にして!」
私の言葉を無視して、女の子がヤミに手を伸ばそうとしたのだが……。
「にゃ!」
出した手を、ベシッと彼に叩かれてしまった。
爪は出していなかったようだが、驚いた彼女が慌てて手を引っ込めた。
「ほら、嫌ですって」
「はううう……私は、領主の娘なのよ!」
叩かれた手に傷がないのを確かめて、彼女が叫ぶ。
ありゃ、ここら辺を治めている貴族の娘なのね。
随分と雲の上の人が来たって感じで、これは荒立てるのはマズいかもしれない。
「これは、知らぬこととはいえ、ご無礼をいたしました」
「ふん! 私は魔法だって使えるのよ! もうすぐ王都の王立学園に入学するんだから!」
彼女が腕を組んでふんぞりかえる。
正式に魔法を学ぶ魔導師候補ってことか。
「魔法が使えるなら、『猫の下僕になる魔法』というのをご存知ないですか?」
「……し、知らないわ。ど、どうせ、外法でしょ?!」
「私と彼は、その魔法で主従関係にあるので、そちら様のご希望には添えそうにはありません」
「あなた!」
彼女が近寄ってくると、私のローブを引っ張った。
「きゃ!」
「あなた魔女ね!」
「そうですが、なにか?」
「魔女の分際で、魔導師の私に逆らうというの?!」
「にゃー」
「学校に行く前なら、正式な魔導師ではないのでは? って彼が言ってますが……」
「うぐ……」
ヤミの一言で彼女が黙ってしまった。
「にゃー」
「面倒って――可愛いし付き合って上げてもいいじゃない?」
「にゃ」
「はいはい」
どうやら、彼も面倒になってきたらしい。
さて、逃げるとなるとまたこれか――私は、目を瞑って魔法を唱えた。
「ん~、光よ!」
「あ~!」「なに!?」「ひぃぃ!」
女の子3人組が、閃光の目潰しを食らって右往左往している間に、私はその場から逃げ出した。
魔法の使いかたは、これで合っているのだろうか?
お偉いさんの娘みたいだけど、別に攻撃をしたわけじゃないから問題ない――と思う。
路地に駆け込むと、陰から泉のほうを覗く。
「ちょっと! あの女は?! 逃げられた!」
金髪の女の子が他の子に当たり散らしているが、私には関係ない。
ここから、おさらばさせていただきましょう。
私は揉め事を離れて、ヤミのナビに従い肉屋に行くことにした。
魔法の袋に入ったままの獲物を処理してもらうためだ。
さっき食べた焼き肉の美味さからすると、ぜひとも肉がほしい。
彼の話では、黒い毛皮も結構高く売れるそうだが。
その店は、先輩も利用していた所だと言う。
「それじゃボッタクリもなくて、安心だね」
「にゃ」
いやぁ――魔法を使って、ヤミと話せるようになってよかった。
これがなかったら四苦八苦していたに違いない。
ヤミのおすすめの肉屋に行くと、なにやら騒がしい。
店は石造りの3階建てで、1階が肉屋の店舗になっているみたい。
肉屋の店主と揉めているらしいが、さっき見た魔女の女性だ。
せっかく助けてやったのに……。
どうしようか迷ったのだが、肉を処理してもらいたいので話かけた。
「こんにちは~、あの~獲物の買取ってやってます?」
店主は、前掛けをしたごつい男性。
顔も四角いけど、身体も四角い。
太い眉毛が男らしさを、さらにパワーアップさせている。
「ああ……やってるよ。獲物はなんだい?」
「黒狼なんですが」
「おお、黒狼ならいつでも大歓迎だぜ」
店主と話している私に、魔女の女性がつっかかってきた。
「ちょいと! こっちが話しているんだよ! 横から割り込むんじゃないよ!」
「ごめんなさい――でも、なにか揉めていたようですけど」
「あん? あんた、さっき魔導師との間に割って入ってきた女かい」
「大変でしたね」
「別に助けてくれなんて言ってないだろ!」
「ひっ?」
女性に睨まれて、後ろに下がってしまった。
中年女性のパワーに押されまくっている。
一応、この人も先輩ってことになるが……やっぱり助けるんじゃなかったか。
「いやぁ、娘が熱を出しちまってな。回復薬が欲しいんだよ」
「熱冷ましの薬は効かないんですか?」
「買ったけど効かなくてねぇ。最近見なくなった婆さんの魔女の薬はよく効いたんだが……」
「なんだい! あたしの薬が効かないってのかい!?」
「そうは言ってねぇけどなぁ」
口を出そうか少々迷ったが、娘さんが病気だというなら治療を優先させるべきだろう。
「あの、回復薬なら持ってますけど、お譲りしましょうか?」
「持ってるのかい? 持ってるなら頼むよ!」
「はい」
回復薬を作っておいてよかった。
私は、ローブの中に手を入れると、赤い瓶を取り出した。
「なんだい、その回復薬は?!」
私の取り出した瓶を見て、女性が声を上げた。
「え?! おかしいですか?」
「そんな色の回復薬なんて、見たことがないよ?!」
「まぁ、ちょっと違うらしいですが、ちゃんと効き目はあるので大丈夫です」
「それをどこで手に入れたんだい?!」
「どこでって――私が作ったものですが……きゃ!」
また、ローブを引っ張られた。
「あんた魔女かい?! 人のシマを荒らしてるんじゃないよ!」
「ええ? そういうのがあるんですか?」
「あるに決まっているだろ?!」
「にゃー」
ヤミも、この女性の言い分に不満があるようだ。
「でも、この店にもお婆さんの魔女が来ていたってさっき聞きましたけど」
「あのババアがいなくなって、あたしが手に入れたんだよ!」
「お婆さんの跡は、私が継いだんですが……」
「あんたが?」
私の言葉に女性も驚いている。
まさか、お婆さんに弟子がいたとは思わなかったに違いない。
「はい――ほら、彼も一緒でしょ?」
私は、ヤミの顎をなでた。
「ぐぬぬ……」
「婆さんの弟子ってことは、婆さんが売っていた薬も持ってるのかい?」
店主は薬と回復薬が欲しいのだろう。
女性より、私の言い分に興味があるようだ。
「はい、作り方は一緒のはずですから、効き目も一緒だと思いますよ」
「ちょいとお待ちよ!」
魔女がつっかかってくるのを制止する。
「縄張りがどうのとかの前に、患者の治療を優先すべきじゃないでしょうか?」
「利いた風な口を! それに、そんな変な回復薬を飲ませたら、どうなるか解ったもんじゃないよ?」
「さっきも言いましたが、自分で試してみてますから問題はありませんが」
「……」
ツッコミを入れるところがなくなったのか、女性が黙ってしまった。
確かに初めての薬なら躊躇するのも解る気がするので、提案をした。
「それでは、回復薬はお試しで無料でいいですよ。効き目があったらお代をいただくということで」
「いやぁ助かるよ。薬もあるなら分けてくれないか?」
「はい、一包銅貨3枚です。」
私は袋から解熱鎮痛薬を出した。
「うちの娘は、よく熱を出すんだ。3つほどくれないか?」
「承知いたしました」
小四角銀貨2枚をもらって、銅貨1枚をお釣りで渡す。
即座にお釣りを出したので、店主が驚いているようだ。
「若い魔女さんは、暗算ができるんだね?」
まぁ、そんなに若くもないんだけどね。
「ええ、まぁ……」
店主がわざわざ、そんなことを言うってことは、暗算できる人は珍しいのだろうか?
「さっき肉の話をしていたけど、肉はどうする?」
「お願いしたいんですけど」
「おし! 任せな! そっちは俺の専門だからよ。それで、いつ持ってくるんだい?」
「今ですけど、ちょっとここじゃ出せないので……」
「おお、そうか。それじゃ裏に回ってくんな!」
まさか、店先であれを出すわけにもいくまい。
血だらけだしな。
店主も私の言いたいことを理解してくれたようだ。
彼に案内されて、店の裏に回った。
すっかりおとなしくなった魔女の女性も、なぜか後ろについてきている。
私が持っているものが気になるのだろうか?
店の裏は仕事場になっているらしく、部屋の中に大きな木のテーブルが設置されている。
「ここに頼むわ」
「はい」
私は、魔法の袋から2体の黒狼の屍を出した。
「おお、やっぱり魔法の袋か」
「はい」
「俺も持っているんだぜ?」
「肉は、なまものですからね」
「ああ、頑張って金を貯めて買ったぜ」
魔法の袋の値段は金貨25枚――1000万円ほどらしい。
ひょぇ! めちゃ高いじゃん。
そんな高価なものをもらってもいいのだろうか。
先輩のお婆さんは、大変な思いをしてこの袋を手に入れたのだろう。
「まだ温けえな。仕留めたばかりって感じか。これなら大丈夫だ。すぐ血抜きすれば肉になる」
「お願いします」
「頭が潰れているが、あんたが仕留めたのかい?」
「ええ、魔法で」
そのとき、後ろから罵声が聞こえてきた。
裏口の所から、こちらを窺っていたさっきの魔女だ。
「嘘を言うな! 魔女にそんな獲物が獲れるはずがないだろ?!」
「そんなことを言われても」
「こんな獲物を魔法で仕留められるなら、魔女じゃなくて魔導師になれるぜ? 読み書きもできるんだろ?」
「ええ」
店主と話していると、いつの間にか文句を垂れていたあの女性は消えていた。
まぁ、気にしてもしょうがない。
あまり揉めるつもりはないが、こちらも生活がかかってるわけだし。
世の中は弱肉強食だからね。
それに、元々は私の先輩が営業していた場所みたいだし。
肉はすぐできるそうなので、私たちは市場をうろつくことにした。
あとは肉を受け取って、家に帰るだけだったのだが……。
「おい! お前! お前だよ!」
突然、後ろから呼び止められた。
振り返ると、銀色の甲冑を着た兵士。槍を持って腰には剣を差している。
「私ですか? 私がなにか?」
「「ぼそぼそ……猫を連れている。間違いない」」
突然のできごとに、人混みが私たちを囲んでいた。
「あの……」
「お前が、他人の魔法の袋を盗んだというタレコミがあった。詰め所まで来てもらおうか?」
「えええ!?」
いったいなにが?!
そう思ったのだが、さっきの女性の顔が頭に浮かぶ。
「にゃー」
ヤミも同意見のようだ。
「あの、くそBBA~!」
やっぱり助けるんじゃなかった!