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命あるかぎり、希望がある。

AIだのグローバル化だの。


そういった言葉が古めかしく感じられるようになった令和XX年。


新型コロナウイルスのまん延により、世界経済は破たんし、世の中は乱れた。


世界各国で国と自治体がその機能を縮小し、企業や銀行は地元での取引にしか応じられなくなり、世界は暴力が支配するようになっていった。



低く暗い雑居ビル群に囲まれた、東京都立土鈴(つちすず)高校。建物は第三次世界大戦の戦前からあるコスパ優先の作りで、校庭はその半分ほどがじゃがいも畑に転換され、学業も部活動もあまり活躍が見られない。

良いところといえば、委託運営が民間であるにも関わらず、設立が東京都であるため、学費がとにかく安い点だ。



自転車置き場はプラスチックの波板の屋根が壊れたままになっており、ある自転車はサドルが盗まれ、代わりにブロッコリーにすげ替えられていた。


一人の女子生徒が白手袋をして自転車に近づき、紺色のブレザーの内ポケットからスマホを取り出し、自転車の全体像をパシャリ、逆側に巡ってパシャリ、そして、ブロッコリーに接するようにパシャリ。


そして、その様子を校舎の影から困惑しながらのぞき込んでいた三人に走って近づく。男女三人の生徒グループは影に隠れ、女子生徒を無視すべくおしゃべりを始めた。


女子生徒は切り出す。


「私は用心棒で、登録番号は東京都江戸川区し百三十六号の末法マツヨです。この度、岡入マンジュさんの正式な依頼を受け契約を交わし、いじめといたずらの調査を行ってきました」


三人グループは顔を見合わせ、マツヨをにらみ、男子生徒が、

「だから何なんだよ。ヤクザ崩れがよ」

と怒鳴ると、二人の女子生徒も、そうだそうだと、猛り叫ぶ。

「私のママは理事なのよ、あんたなんか学校をやめさせてやる」


マツヨは負けずと言い返す。

「私は東京都および警視庁の代理人の用心棒として活動しています。ここにあなた達三人が自転車にいたずらをしている証拠の動画と、あなた方がコンビニでブロッコリーを買ったレシートのコピーと、コンビニでわるだくらみをしている会話の内容のビデオもあります」

リュックを背負ったままタブレットを取り出し、手袋を脱いでタブレットを操作し、再生されたビデオに三人がコンビニでブロッコリーを買う姿、続いて自転車のサドルを取り外し、ブロッコリーを差し込むす様子がバッチリと映っていた。


三人は苛立ちながら再び顔を見合わせ、マツヨはたたみ込む。

「岡入マンジュさんに対して、謝罪し、今後このようなことを行わないという誓約書に三人のサインを頂き、私に対してビデオ管理費として十万円をお支払いいただけますか。同意いただけないならば、私は二十四時間以内に警察及び学校へ連絡し、一ヶ月以内には裁判所から三人様に招集状が届くでしょう」

マツヨに突き出されたタブレット端末とスタイラスペンを、三人は渋々受け取り、サインしていった。


男子生徒が渋い顔で言う。

「十万円、ないんだけど」

マツヨは男子生徒のスマホを指差し、スマホを奪い取り、アプリを立ち上げる。

「資産一覧はっと。あ、このコメ五十キロ引き換えクーポンがあるじゃない」

男子生徒が「返せ」と伸ばした腕をかわし、画面をタッチし、落胆する。

「なにこれ、このクーポン引き換え済みじゃん。なんで資産一覧に残ってるんだろう」

男子生徒がスマホをもぎ取り、いじる。

「引き換え済みって、マジで。あれ、大枚払ったのに。やられた。詐欺られた」

マツヨは振り込み口座チケットを三人のスマホに転送し、「お金が溜まったら三人で十万振り込んでね。期限は二ヶ月です。余計なお世話かもしれないですけど、新東京タワーの近くの闇市ではチケットは買わないほうが良いですよ」と言い残し、依頼人の岡入マンジュに報告のメールを入れ始める。


少子高齢化と長引く第三次世界大戦により、税収が落ち込んだ日本政府は、治安対策のために金のかからない方法を選ぶ。ドローンやマイナンバーカードなどを駆使して、犯罪者たちを厳しく取り締まるようになり、今や、ならず者たちは裏稼業から追い出された。


警察や消防の予算が減らされ、それを補うために駐車監視員を皮切りに、民間の用心棒が制度化され、一部のヤクザものは用心棒へと吸収されたのだ。



マツヨはタブレットの資産一覧、続けて取引一覧を見ながら悩む。

成功報酬にしたら仕事はすごく受けやすいけど、学生相手だと報酬を取りそこねるなあ。

コメが二キロ。来月の配給までまだ二十日もある。組には食わせていかなければならない人が大勢いるのに。

いつものように空を見上げ、頭上を通過するドローンハイウェイの貨物ドローンを撃ち落としてコメを奪う妄想をする。いかんいかん、用心棒は合法であることが第一だ。


視線を戻すと、五人ほどの不審な男子生徒がマツヨの目に止まった。

「あいつら、あの制服は葛西東の中学生じゃないか。あっ」

男子生徒たちは校門の外へと牛を引っ張っている。先程のいじめっ子の女子生徒が金切り声を上げる。

「牛泥棒!牛が連れて行かれてる!」

馬鹿な奴ら。非合法に盗んでも、そこら中にカメラがあるからすぐ捕まるのに。

女子生徒がマツヨに持ちかける。

「牛が盗まれたぐらいじゃ、警察が動いてくれないの。あれは、生物生産学科で育てている牛で、取り返してよ、あなた、用心棒なんでしょ」

マツヨは首を振る。

「契約書を交わして、前もって都と警察に届け出をしないと、仕事ができないのよ。私達用心棒はヤクザじゃないの」


悲鳴を上げながら引っ張られていく牛を、女子生徒がスマホで撮影し、アイブックに投稿、「警察・用心棒に緊急連絡」にチェックを入れる。

マツヨのスマホが鳴る。メッセージだ。「出動指令。東京都江戸川区治安対策課より、東京都江戸川区し百三十六号の末法マツヨに調査を命ず。ハイパーリンク先の動画を参考にせよ」

これは、半民半官の用心棒のわずらわしいところである。警察官の下っ端のような仕事をさせられ、けがをしても保証はわずかだ。

マツヨは牛と五人組を追いかける。中学生にすぐに気づかれ、「ブスなババアがきたぞ」と大声で警戒される。

二十メートルまで近づいたとき、中学生の一人が拳銃を取り出した。

「え」

驚き、パンと拳銃が火を吹き、胸を撃たれたマツヨはツツジの植え込みに倒れ込んだ。

「ババアが死んだ」「死んだか確認しないと」「牛が優先だろ」

男子生徒たちの足並みが乱れた。


防弾ブレザーからつぶれた鉛玉がぽろり。マツヨは激痛に耐えながらリュックからニュー大塚コンパクトピストルを取り出す。

まさか中学生がピストルをためらいもなく撃つとは。

用心棒は銃撃戦での正当防衛時には届け出なく拳銃を使用して良いことになっている。子供相手じゃないかと、マツヨも考えあぐねたが、一人が近づいてくる気配を感じ、植え込みに隠れ姿勢を直しながらピストルを構えた。

またしてもスマホが鳴る。メッセージが画面上部に表示される。「警視庁より、東京都江戸川区し百三十六号の末法マツヨへ制圧司令。犯人を逮捕せよ」

ピストルを左手で構えながら、リュックから黄色の電針銃を取り出し、ピストルをブレザーの内ポケットにしまい、電針銃を構える。

木葉の陰から男子生徒の顔、手にはピストル。電針銃がぷしゅっ、男子生徒がけいれんしてバタン。その様子を見ていた他の男子生徒は一目散に逃げ去り、牛だけが残った。



学校に次々とパトカーが入り、二十人もの警察官が現場検証をしていた。今は自動車は少なくなった。コロナ禍でリモートやオンラインでの生活が徹底され、戦争の影響でガソリンが入手しづらく、電気自動車は高く、それ以上にタイヤのメンテが問題になっていた。だから、四台のパトカーが並んでいる光景は、なかなか壮観だ。

マツヨは犯人を引き渡す。

またこいつだ。

五十代の警察官、煙馬(えんま)は「女子高生アイドル用心棒くん、またお手柄だね」と皮肉る。

マツヨは「あんな人達と一緒にしないでください。それよりも、報償金は月末までに振り込んでください」と精一杯言い返す。煙馬は「報告書の書式が整っていたら、何事も早いのだよ」とちくりという。

スマホが鳴る。耳に当てる。

「もしもし、マツヨ、トラブルなのか」

恋人の越上(おがみ)翔太だ。声がやや緊張している。

「用心棒サロンからマツヨが仕事をしたってアプリの通知が来て、何事かと思って」

騒々しい現場を離れ、電話を続ける。

「今ね、行政出動で一仕事したの。犯人確保だから、五万円は鉄板なの。助かるわ。電気代の支払いどうしようかと思っていたから」

翔太の声が緩んだ。

「安心した。ねえ、米軍が豚肉の缶詰を放出してて、七缶手に入れたから、バーベキューしようよ」

「オッケー、事務所にいるね」

「ドローンタクシーで帰るね」



廃墟化しつつある住宅街にあり、どこにでもある下に三戸、上に三戸の二階建て築五十年の木造ワンルームアパート。残念ながら、このアパートがわが江戸川興業の事務所だ。まだ暴力団だった時代に何度も抗争で破れ、縄張りも家も失い、このアパートだけ残った。最終的には父と番頭のじじの二人だけになってしまった後に、私の恋人の越上翔太の父と組んで合法的な用心棒組織へと改組し、四名でしぶとく生き延びている。

抗争で負けたのは良かったかもしれない。非合法のままであった強力なヤクザ組織は、むしろ真っ先に司直の手によって壊滅してしまったのだから。

アパートの外階段に腰掛けているのは猫を膝の上に抱いているじじだ。病気で右半身の自由が効かず、電話番が主な仕事だが、会長である父にとっては戦友だ。


「じじ、オヤジとテラ兄はどこにいるの」

「二人は町内会から呼ばれて篠崎に行ったようじゃよ」

「翔太が豚肉持ってくるって」

二階の真ん中の部屋に上がり、トレーナーに着替え、カセット式コンロのガスが入っているか確認し、鉄板を載せる。下に降りて、道端に防虫ネットをかけて植えてあるキャベツを一つ収穫し、水洗いする。

ドローンタクシーが駐車場にすっと降りてきて、翔太が麻袋を抱えて降りてきた。イケメンでもない、背も高くない。でも、私にとって大事な人。用心棒の仕事にも理解がある人。環境が環境なので翔太も用心棒免許を取得したものの、営業許可登録を出していないので、つまりは用心棒ではない。昼は職業訓練校で小学校の教員のコースを取っており、夜は六本木の米軍基地でアルバイトしていて、たまに食料を持ってきてくれる。今日も、豚肉だけじゃなくて、コメと玉ねぎ、ビスケットにライターガスを分けてもらったとのこと。本当に助かった。


夕日が落ち、軒先のコンクリートブロックをうまくテーブルとイスに仕立て、焼ける豚肉、玉ねぎ、キャベツ。焼肉のタレはないので、醤油をつけて、五人で舌鼓をうつ。

会長である父、テラ兄、じい、マツヨ、翔太。組はマツヨにとって家族同然だ。

マツヨは胸を指差す。

「ここを撃たれたの。薄い夏服だったら、入院になったかも」

翔太は苦笑いしながら、「仕立て屋さん様様だったね」と相槌して、箸でキャベツを鉄板に押し付けて醤油に漬けた。「なんだか食欲ないね」とマツヨの皿をのぞき込む。

「撃たれてから、お腹の調子が悪くて。防弾といっても衝撃はそのまんま来るから」


談笑していると、懐中電灯がさっと横切る。

何人かの警察官だ。またあいつだ。煙馬だ。

父が立ち上がり、じいが立ち上がるのを支える。翔太と三人で「お勤めご苦労さまです」と深々と頭を下げる。マツヨは無視。

「うまそうだな。盗品じゃないだろうな」缶詰に手を出そうとする煙馬に、翔太がレシートを見せる。「米軍の払下げの領収書です」

煙馬は書類を一瞥したが、暗くてよく見えなかった。

「お前たち、ちょっと聞きたいのだが。西の、江東区のヤクザものたちを見かけてないか」

煙馬の質問にマツヨも翔太も会長を見る。

「えー、私達は合法的な活動を行っている用心棒組織ですから、そういった連中とは関わりを持ちません」


煙馬はじれったいと眉をひそめ、数枚の写真を見せる。

「城東牙獣組が復活して、密造タバコを販売し、クーポン詐欺を大々的にやっている。それだけならチンケなヤクザだが、女子供を誘拐して身代金を取ること、今年に入ってもう五回目だ。で、この四人はその舎弟ってわけだ。見たことないか」

五人とも首を振る。煙馬は警察の端末をいじり写真のデータを五人に送った。「江東区の所轄は、江戸川区を馬鹿にして情報を送ってこない。江戸川区で誘拐して、江東区に連れ去られているんだよ。事件のたびにヒットマンを送るんだが、空振りだ。っとに、ムカつくねえ」

煙馬はポケットから飴玉を取り出し、マツヨにポンと投げて言う。

「この飴はね。葛西にあるセレブ駄菓子に売ってたんだよ。そこに、かわいい小さなお嬢ちゃんがいて。そして、おかしな連中が店の前をウロウロしているって通報があったんだ。我々は忙しくてね、パトロールに行くつもりはないけど」

警官たちが去ったあとも重苦しい雰囲気は晴れない。マツヨは父に問う。

「城東牙獣組って、あそこだよね。つぶれたんじゃなかったの」

父は話は終わりだとばかりに短く「昔の話だ。今は関係ない」と言い切って話を切り上げた。



翌日の学校は散々だった。

マツヨは校長室に呼ばれ、説教が続いた。校長は今年で五十歳、かつてスポーツ名門校のラグビー部の顧問をしていた体育会系で、髪は短く、顔はやや童顔で、胸板は厚く、スーツを着ていなければ体育教師そのものだ。

「末法さん、校則によれば、校内での発砲は禁止だ、というところまでは認めるんだね」

マツヨはひたいに汗をにじませながら反論する。

「校内での発砲は禁止ですけど、私が使ったのは電針銃です。法律上は電針銃は射出、という表現をします。したがって、私は電針銃を射出したに過ぎないので、発砲とは無関係であり、校則を破ってません」


校長はもう疲れたと足を組み直し、またすぐ戻す。

「それを屁理屈だと言ってるんだ」

「屁理屈と感じるかどうかは、誰でもない校長先生の問題です。繰り返しますが、法律上は、私は電針銃を射出し、犯人の身柄を確保した、それだけです。学校から感謝状、いや、金一封がほしいくらいです」

「わかったわかった。負けた。理事会でなにか言われたときのために、君の理屈をちゃんとまとめて私に送っておけよ。私にはわからん」


校長がさっさと折れてくれてよかった。こちらは体調が悪い。授業は午後からだし、保健室で横になって、デスクワークをしよう。

友達の(ふじ)カミラのからメッセージ、写真付きで、校長室にいるマツヨの顔にモザイクがかけられていた。

「アイブックに投稿済み。見てみて」

思わずベッドから飛び起きて、「マジで?」と速攻返信すると、「うっそぴょーん」と返事。カミラはアイブックのフォロワーが百万人いるからとんでもないことになる。「今、保健室」と入れると、「こっちはこれから豚舎実習。人工授精させたマチコちゃんの世話だよ」

受精。その言葉にドキッとする。保健室の片隅に妊娠検査薬が「ご自由に」と置かれている。保健室に誰もいないのを見計らって、一つとって、トイレに忍び込み、尿をかける。

「どうしよう」

検査スティックはわかりやすくて間違いようがない。

「赤ちゃんできてる」



タブレットにセレブ駄菓子店を中心とした地図が映し出され、たくさんの青い丸と、2つの赤い丸が地図に重ねられ、テラ兄がそれぞれの持場で待機するマツヨや父にビデオ会議アプリで説明する。

「青い丸が江戸川区から情報を得られた人々、つまり、江戸川区民っす。三十分前から、人の動きはないようでっせ。そして、この赤丸が区からの情報がない二人で」

タブレットに二人の顔写真と、監視ドローンの拡大ビデオが映る。

「用心棒サロンから購入したデータによれば男は泰駄(やすだ)光希(きらり)、三十歳、江東牙獣組の構成員。用心棒試験を過去三度受け、不合格。前科七犯。銃の密造や販売でパクられてます。女はサロンにはページがありやせんが、その素振りから泰田の妻、泰駄(アイ)、三十歳。江東牙獣組の外部構成員。高校時代に売春で補導され、以来、スナックで働き、三年前、光希と結婚。一年前にカードの使いすぎで自己破産。前科五犯。サロンによれば二人は捜査もされない小さなトラブル多数、典型的なバカップルですぜ」

マツヨは仕事に集中できないでいた。

ターゲットの二人はバカップルとはいえちゃんと結婚している。もし、翔太が結婚してくれると言っても、私が十八歳にならないと民法上結婚ができない。だから、このままだと未婚の母か、それとも、赤ちゃんをおろすか。どうしよう。それに、そもそも、翔太が結婚してくれなかったらどうしよう。


「お嬢、聞いてやすか」

テラ兄が声のトーンを上げた。

「大丈夫、移動する」マツヨは短く返答した。

泰駄夫婦を遠くから尾行し、集音マイクで会話を拾う。

「…誘拐は今度までにしてよ」「…返さないと…。…殺される…」「やめれ…」「いいだろ…。いた…」「…我慢…」

夫婦が道端で遊んでいる五歳くらいの女の子に話しかけ、光希が担ぎ上げてあっという間に走り去る。女の子は声もあげない。

マツヨは「しまった」と声を上げ、目立たないように先回りすべく、小走りで路地を駆け抜ける。監視ドローンが泰田夫婦をマークして追いかける。誘拐が想定よりも早く、反対方向にいた父はまだ遠くにいる。自転車でこっちに向かっているはずだ。

子供を抱えた二人は江東区に走り去ると見せかけ、南下して雑居ビルを縫うようにして海沿いへと向かう。監視ドローンをまくための常とう手段だ。ということは、泰駄夫婦はセキュリティや追手を意識している。

マツヨは一人追いかけて走り、監視ドローンに自分を追従させる。


夫婦が川沿いのセメント工場の倉庫に消えた。マツヨは身を隠しながら夫婦が倉庫から出てこないか監視していると、テラ兄が「何だこれ。お嬢、確認してくれや」と動画を転送してきた。

スマホでリンクをクリックすると、その映像には、マツヨ、倉庫の見取り図、中の人影が動く様子が映っている。

「この映像は、どこから送ってきてるの」

マツヨの問に、テラ兄は「いやあ、わからんて。緊急メッセージでリンクだけ送られてきたっす」と首をかしげる。

緊急メッセージということは警察か。警察は建物の中にいる人間を透視できる装備を持っているのか。

投資映像を視点を変えながら見ると、倉庫の一角に人影の塊がある。背の高さから見て、たくさんの子供のようだ。影をタップすると、二名はその人物像が判明し、江戸川区在住の子供だ。そして、七人の敵性ターゲットがその子供たちをボートに載せようとしている。

マツヨはメッセージを打ちかけて、やめて、煙馬に電話する。「こちら、東京都江戸川区し百三十六号の末法マツヨです。四月二十日付事案七号を追いかけていたところ、新船堀橋の近くの倉庫に無数の子供の影を発見しました。指示願います」

メッセージで映像のスクリーンショットを複数送る。

メッセージが返ってくる。「緊急制圧司令。人質の命を優先。バックアップ要員は既に待機させている。応援を待たず、直ちに行動せよ」


マツヨは諸留消音器付きピストルを取り出し、大容量マガジンを装填する。警察がくれた映像とデータが正しいとするならば、中の脅威は城東牙獣会の七名。武装もしているはずだ。倉庫の裏口に回る。果たして、映像のとおり、勝手口がある。

メッセージが着信、煙馬からだ。「古いパソコンが一台あり、データをこっちに転送せよ」と。続けて着信。「ボーナスあり」マツヨは「契約書を送れ」とメッセージ。そして、勝手口から侵入した。

まるでテレビゲームだ。敵がどこにいるか、救出すべき子供たちはどこにいるか、パソコンの場所まで丸見えだ。

どこにいるかわからないが、警察のバックアップもいる。父がここにつくのにまだ二十分はかかるだろう。今までにないワクワク感だ。

反社の所有物件の割にはよく片付いている。オフィスデスクもカラーボックスも古いけど、傷は少ない。

ノートパソコンを見つけた。ケーブルでスマホを繋ぎ、パソコンを立ち上げると、用意にハードディスクの中身を閲覧できる状態になった。それをデータ転送でスマホに取り込みながら、煙馬にも転送する。古いパソコンのため、データの吸い上げに時間がかかる。


パタ、パタ、足音。泰駄光希が人質の女の子の腕をつかみ、目の前を通り過ぎる。女の子は足取り重く引きずられる。

「光希、遅せーぞ。使えねー」

「すんません」

別室に移される。倉庫の大部屋の鉄柱に手錠で四人の子供が繋がれていた。

「ガキが増えすぎた。口減らしせな」

リーダー格の男が男児を指差した。

「こいつの親は貧乏だから、身代金なんて、どうせ払えん。おい、光希、このガキを始末して、ドラム缶に入れて東京湾に沈めろ。朝食わしたパン代が無駄になったな」

泰駄光希は泣きじゃくる男児の前にリーダーに押し出された。

「え、ちょっ、俺がやるんですか」

リボルバーが光希に手渡され、リーダーは光希にケリを入れる。

「作るばっかじゃなくて、撃ってみろよ。やる気あんのか、こらあ」

光希はリボルバーを構えるものの、「う、撃てないべ、俺、殺しは無理や」とリーダーの顔色をうかがう。

別な男が光希のリボルバーを奪い、「よく見とけ。鶏を絞め殺すような騒ぎなんざすぐに終わる」と泣いてバタつく男児に向ける。

マツヨはピストルを男に向ける、頭、パン、腹、パンパン、倒れる。

男たちは一斉に物陰に隠れる。マツヨもロッカーの影に隠れ、「こちら、用心棒登録番号、東京都江戸川区し百三十六号の末法マツヨ。お前らを制圧しにきた」と宣言する。

「死ね」

ビンビンと銃弾がロッカーを打ち抜き、マツヨは身をかがめ、応戦する。胸に添えるようにピストルを構え、近づいてきた男の腹にパンパンパン。

肩を撃たれる。防弾ブレザーの表布がハゲる。激痛だが、気にしている場合ではない。ロッカーの隙間から、こちらを撃ってきた男の腹をパン、胸をパン、パン、ドスン。それにしても、警察のバックアップはまだか。

泰駄夫婦は大慌てで倉庫の外に飛び出す。

リーダーともうひとりは女の子の手を引っ張って、夫婦の後を追う。

マツヨも物陰に隠れながらロッカーの隙間をはい出る。いつの間にか背中も撃たれたようだ。


リーダーはセメント工場の鉄塔の階段を登り、女の子の頭にピストルを向ける。

「用心棒さんよ、銃を捨てて、手を上げろ。じゃないとこの女の子が脳みそを地面にぶちまけることになるぞ」

優先順位は人質の命。銃を失っても警察のバックアップがあるはず。そのはずだが、その気配がない。

もうひとりの男がマツヨのピストルを奪い去る。

「バカが。死ね」

リーダーはピストルでマツヨを狙う。

パシュッ。

銃撃でリーダーの頭がつぶれ、階段から転げ落ち、地面にドサッ。

広がる血の海を見て、もうひとりの男はドラム缶の影に隠れ、泰駄夫婦はフォークリフトの影に隠れる。

パシュン。

男がドラム缶の影から倒れ出る。

「ひいい、ヌエだ。助けてくださいまし。俺、二度と悪さしねえから」

ヌエ、ヒットマンのヌエだ。用心棒サロンのデータによれば、凄腕の狙撃手で、警察か自衛隊からの仕事のみ請け負うと書いてあったような。

泰駄光希の額に赤い十字のレーザーポインターがきらめく。

「俺、何でも言うこと聞く、あんたのことも、この用心棒の言うことも、何でも言うとおりにしますで」

命乞いする光希の額から十字が消える。

女の子を抱きしめるマツヨであったが、下腹部に違和感を感じ、スカートの中を触ると、薄っすらと茶色の血液が付着した。

父親たちが「マツヨが一人でやったのか」と大喜びしてバンザイしてマツヨに手を振った。

マツヨは、「お父さんごめん、私を市立病院に連れて行って」と渋い顔で答えた。


市立病院五階の東の産婦人科病棟。

談話室のテレビでは戦争のニュースが流れている。

「米軍と作戦行動をともにする自衛隊は、開戦以来、今日でのべ十万回の北朝鮮政権および中国人民解放軍への空爆を行ったことになります。東ヨーロッパ戦線では、モスクワを占領したフィンランド軍はロシアによる自国民虐待の証拠として収容施設を公開し、ロシア政府は強く反発しています」

その横の狭い個室で、産婦人科の女医とマツヨ、父、そして、翔太が話をしていた。

胎盤剥離(たいばんはくり)で、軽症ですが、五日間の絶対安静になります。八週目なので、胎盤がしっかりしていたのと、お若いので赤ちゃんには別状ありません」

マツヨは父がどう考えているかはわからなかった。産むのに賛成も反対も言わなかった。

翔太は「結婚しよう」と言った。もっともっと話したかったが、変異新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、マツヨはベッドに寝かせられ、父と翔太は病院から出された。

マツヨと翔太は長い時間メッセージを送りあった。

「愛してる」

「愛してる。マツヨも、赤ちゃんも」

昼間の疲労もあり、早めに寝た。絶対安静なのだ。


翌早朝、翔太から電話のコールがあった。病室だし絶対安静だから、すぐに電話は出られない。

布団に潜って、小声で電話に出た。

「こんな時間にどうしたの」

「黙ってても、すぐにばれるから言うね。さっき、警察から電話があって、アパートが城東牙獣会の襲撃を受けて、会長とじじ、テラ兄が亡くなったらしい。警察だけじゃなくて、商店会長からも連絡が来てる。ごめん、僕まだ六本木にいて確認できていないんだ。バイトの米軍基地からは簡単に出られないんだ。もしもし、マツヨ、聞いてるの」

マツヨは目の前が真っ暗になった。

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