始まりはいつも急展開 (狂子の場合)(狂子)
吉報や朗報、それに凶報に悲報……。
それら『真実』はいつも予告無しに、突然やって来るものであり……それは主人公であろう、あたしにだって例外じゃないらしい……。
じけんは午後六時ごろ、家族揃う食卓中……あたしの
「ねえ、中学生になったんだし入学祝いや、何かプレゼントとかないの?」
と言う、いかにも子供らしい、少し図々しくもある一言に端を発する。
「この不景気、我が家にそんな余裕無い事くらい分かるでしょ……だから、プレゼント代わりに、今晩は狂子の好きなステーキにしてあげたのよ……外国産だけど」
そう強い口調で反論するママに呼応して……肉を口に運んでいたパパも手を止め、口を動かしはじめた。
「そうだぞ、しかも母さん『賞味期限見切り』の値下げシールが貼られるまで一時間以上も生肉コーナーの冷蔵棚の前でねばってたんだぞ!」
確かに……門下生の少ない『鬼道道場』を心配するお爺ちゃん。兼業主婦であるママや、パパの苦労と想いは理解出来る……。
けど『入学祝』だなんて、勝手に期待していたプレゼントへの未練に『しゅん』とうつむいてもまだ、反論をさがすあたしに、パパがたたみかけてきた。
「しかも、根負けした店員さんが『八十パーセントオフ』って特別に書いてくれたんだぞ!」
(安くなるのは良いけど、そこまでしなくても)
少々呆れ顔でため息と苦笑いを漏らしたあたしは……ママ同様、ねばってみようと、最後のあがき反論する気力を得て、すぐさま行動に出る。
「……じゃあさ、見聞を広める意味でインターネット始めさせてくれないかな? ……今の時代、パソコン有るのに、ネットが出来ないなんて町内でうちくらいよ! 『他の世界』を見て視野を広めたいの、いいでしょ~」
駄目でもともとの願いだ……あたしは、ここぞとばかり、甘えるような声を出し、手を合わせ、子首をかしげた……。
……反論が来ない。
(観念した? それとも、これ以上言い争っても無駄って呆れた?)
あわい期待を胸に、ゆっくり視線を向けると……あたしから見て、両サイドに居るパパとママが、顔を見合わせ……正面に居るお爺ちゃんに視線を送ると……彼は頷くと、あたしの顔をじっといて口を開く……。
「狂子……他の世界を見て、見聞を広めたいのであれば……入学祝としても、ちょうど良い物があるから……後で道場へ取りに来なさい」
いつになく真剣な表情で言うお爺ちゃんに、あたしは一瞬動揺し、つばを飲みながら「うん……」と、深く頷いた。
そして食事を終え……台所にママと二人。
食器洗いの手伝いをしながら、先の不安をぬぐいきれないあたしは、リビングでテレビを見てる、お爺ちゃんとパパに聞かれないよう、小さな声でママに尋ねる。
「さっきのお爺ちゃん。真剣な顔してた……道場でって」
「心配しなくても大丈夫……狂子も、もう中学生になったのよね」
「でも、あんな顔で話されたら……」
「ふふ、そうね。でも大丈夫だから……そうだ、念のためお風呂で体を清めて、動きやすい服装で、道場に来なさい」
不安がらせなうように、優しい声でママが、あたしの頭を撫でる。
「うん」
『心配いらない』と言ってる反面……物を受け取るだけ、なのに……体を清めたうえ、動きやすい服装を着る指示に、なおさら不安になってママを見る。
「大丈夫だから」
そして深呼吸したあたしは、とにかくママ母の指示どおり……風呂に入りシャワーを浴び……ふと一人呟きだす。
「古今東西、道場で受け取るモノ。定番と言えば……まさか、一子相伝の必殺技とか……ははは」
立ち上がり、適当に構えて目を閉じ……
「それは、貧乏の苦しみと悲しみを超えた者だけが会得できる奥義! その腕は何者より早く特売品を手にし……その足さばきは、ワゴンセールの人波を難なく超える……その奥義の名は! 『考え中です!』」
(心配したって仕方ない……貰える物は貰っておこう)
正に貧乏人の格言……と、風呂場を出るなり。
赤に白いラインが入ったジャージ着姿で、道場の扉の前に立ち、息を整える。
「よし、大丈夫」
扉を開け道場に入り、扉を閉め……回れ右をし、目に飛び込んできた光景に、思わず一歩後ずさりをした。
あたしの目に飛び込んできた光景。それは……
電気をつけていない薄暗い道場の中心で……時代劇に出てきそうな背の高い灯篭が一本……その灯に浮かび上がる道着姿の三人(お爺ちゃん、パパ、ママ)……その前には、小さい木の台座(三方)に置かれた……あれは、アームガード(片腕)とペンダント?
「狂子、入り口で突っ立ってないで、早くこっちに来なさい」
目の前の状況に戸惑っていると……さとすように声でママが手招きをする。
「はい……でも、そんな真剣な顔して、どうしたの? プレゼントくれるんだよね? あたし何か悪い事した? それにそのアームガードと、ペンダントは?」
「うん……混乱する気持ちはわかる、まあ説明するから、とにかくここに座りなさい」
「うん」
パパの言葉に頷いたあたしは、座布団に正座して、早速
「もしかして、これがプレゼント?」
「そうだ……このアームガードとペンダントは……『異世界』で使う、魔法の使えない『マジックアイテムだ』」
『質実剛健』純和風を絵にかいた様な、お爺ちゃんの口から出た……なんともファンタジックな言葉に、思わず体勢が崩れた。それに……
「なに、その意味の無いアイテム……て言うか異世界って……お爺ちゃん、キャラ変わってない、大丈夫⁈」
「まじめに話をしてるのに笑わない! ……この後、狂子にも行ってもらうから」
「行くってどこに?」
「もちろん、異世界よ」
「はは……ママまで」
真剣な声で叱るママに、どうすれば良いか分からず肩を落とすあたしに、パパが解決策を提示する
「兎に角、アームガードは右腕に……ペンダントもかけてみなさい」
うながされるまま、あたしは疑心暗鬼の表情で、アームガードとペンダントを装着した。
ドクン!
鼓動に体が揺れた……次の瞬間!
気持ち悪い違和感と、コエ(声)におそわれ、あたしは口をおさえる。
『この独特なアストラル(魔力)の波形は……お久しぶりですね、わが主……は~しかし、これで何度目か……私の破損を防ぐためにも、アーマーの上に装着せずその中、そう、その豊かな胸の谷間で私をつつみ、守るように……て……むっ貴様は誰だ!』
「うっ、気持ち悪い、はきそう」
これって、アニメ等でお馴染み『脳や心に話しかけてくるアイテムの声』だろうけど……あまりの違和感に吐き気、呼吸が整わず……あたしは、口をおさえたまま動けない。
『私の、質問に答えろ!』
(頭の中で怒鳴らないでよ)
「き、鬼道狂子」
『狂子……主のお嬢さんか、失礼した。しかし開口一番、気持ち悪いとは……もしかして、私のような物を着けるの初めてなのか?』
「うん」
『それは申し訳ないが、慣れていただく他ない……しかし、このような平和な世界であってもプロテクターを身に着けておられるとは』
「プロテクターじゃないし」
違和感にも慣れ始め。すねるあたしに、気づくことなく言葉はつづく
『おっと、私としたことが自己紹介を忘れていた……私はナビ……世界に二つしかない『アストラル・デバイス』であり名前どおり、あなたがたが異世界と言っている場所での、水先案内人と考えてほしい……分からない事があったら話しかけてくれると幸いだ』
「デバイス……って事は、本体はどっちなの? 腕輪、ペンダント?」
『ペンダントが本体で……腕輪はアストラルの増幅や、各記録などを蓄積することが出来……つまりペンダントを破壊されると』
「なるほど……パソコンで例えると『OSがペンダント』『ハードやメモリーが腕輪』ということね……さて、ハンマーはどこかしら?」
『お待ち下さい……何か失言を吐いたのであれば善処します』
「別にいい。もう慣れてるから……それよりあたしの事、主の娘って言ってたよね? ……それって」
『お察しのとおり、目の前におられる鬼道静江様こそ、私の先代主』
「うそ!」
そうナビと問答していると、ママが割って入った
「嘘じゃないわよ……ナビの言うとおり私も、母さん(狂子のおばあちゃん)も、昔は魔法少女だったの」
「え……もしかしてナビ(この)の声が聞こえるの?」
「ええ。まだ聞こえるわよ」
「へえ~」(でも魔法少女って……)
『おっしゃる通りです……先代主は今や魔法少女というより、魔法じゅ』
「ねえ狂子……ママにそのペンダント、貸してくれないかな?」
と、ナビの台詞を、ママがさえぎった。
「え……ママ。いいけど、どうするつもり?」
「そりゃあもう……こう!」
左手の平を、右手で殴り……道場に心地よい打撃音が
『口が過ぎました先代主……あなたこそ…………美人魔法使いです』
「良いでしょう……それより狂子。その腕輪は、異世界に行く時も、戻ってくる時も、その世界の位置、時間、その世界での肉体状態を覚えてるから、ほとんど時差なく行き来出来るから心配しないで」
「だったら……」あたしの言いたいことを予想していのか、ママが
「『異世界なんて行った事無いから、そこでの肉体はまさか赤子からかも』て思ってるでしょ、心配しないで……ペンダントが初めて認識した肉体年齢で行けるから」
『そのとおり、だから残念ながらそのプロテクターみたいな胸もそのまま、ということに……』
「ご都合主義な、それとナビ一言多い……ママ、他にアドバイスは?」
「経験から学びなさい」
「そんなアバウトな」
「あっ、思い出した……暗木さんところの千世ちゃんも、今晩異世界デビューする予定だから、異世界で会ったら仲良くするのよ」
「ちいちちゃんも異世界に行くの! なんで?」
「暗木さんところにも、これと似た、小手と首輪があるからよ」
親友と一緒に異世界探索、そんなネットゲームみたい……笑みがこぼれ、期待に目をかがやかせる。
「どうやら、心は決まったようじゃな……では、異世界への入り口は、あそこじゃ」
と、お爺ちゃんが指し示す扉を見たあたしは、驚き……引きつった笑顔を祖父に向ける。
「お爺ちゃん、あそこトイレ(汲み取り式)」
思考混乱中のあたしなど、お構いなしといわんばかり……三人はごく自然な表情と口調で事を進めていく。
「そうじゃな」
「僕は異世界に行った事ないけど……腕輪とペンダントを着けて、和式大便器の穴に飛び込むだけ……簡単でいいんじゃないか?」
「無理! ……冗談言わないで」
声を上げ拒絶するあたしに、言う事を聞かせる秘策ありとママが、にこりと笑い提案してきた。
「もし行けなかったら、最新ゲーム機と、大型テレビ買ってあげる、て言ったら」
「やらせていただきます……ママ、今の言葉。絶対に、忘れないでよ」
(大好きなゲームのためなら『たとえ火の中』)
あたしは勇んで立ち上がって、トイレの前に立つなり……ドアを開けた!
しかし、いざ便器の前に立つと、その決意すらかき消すほどの刺激臭に足がすくみ戸惑う。
(今からあたし『さあ、新たな世界にレッツゴー』なんて、ワクワクした表情で、この穴に飛び込むのよね?)
その常軌を逸した自分の姿を考えるだけで……ため息と嘲笑が漏れる。
そんなあたしの背後には、未だ遅しと見守る三人が……(もう逃げられない)
「ふふ……便器見て笑ってるなんて、相変わらずおかしな子ね」
(ママ、なぜ困った顔して笑ってるの?)
「多分……向こうで千世ちゃんが待ってるぞ……何を戸惑ってるんだ」
(パパ、もし失敗したら向こうで待ってるのは汚物よ)
「だって今からあたし、この中に飛び込まなきゃいけない」
と弱気になるあたしに、お爺ちゃんがカツを入れる。
「道場の娘たるもの、何を恐れるか! ……失敗したとて、汚物まみれになるだけじゃ……それに便所の汲み取り業者なら今朝……」
「来てくれたの」(それなら被害は最小限)
「いや……今朝電話して。明日、来るそうだ」
「え?」(だめじゃん)
『新しき、わが主、便器の中に飛び込む、ではなく、異世界に行く準備は出来ましたか?』
「いやまだ……とりあえず押さないでよ」
それは古今東西、お約束展開への魔法の言葉である。
「ふ……ちとボケたわしでも分かるぞ……その言葉は、押せという合図じゃな……えい!」
……哀れあたしは、決心も固められぬまま、大きく開いた和式大便器の闇へと消えていった…………。
本日も、読んでいただき。
ありがとうございます。
『オタク系女子中学生が異世界転移⁈ 狂子のお気楽ファンタジー』
第四部『始まりはいつも急展開 (狂子の場合)』
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by.鬼道静江(狂子の母)