始まる中学生生活(後編)(狂子)
教室に戻ったあたし達(新入生)は先生に指示される事無く、式の前に座っていた席へと戻る。
「改めて皆、入学おめでとう」
「「ありがとうございます」」
先生の言葉に、まばらに数人の生徒が言葉を返す。
「ではとりあえず、自己紹介をしてもらおうか、もう一度……僕は担任の橋中渡といいます。卒業まで三年間よろしくお願いします……では、窓際最前列の君から」
担任に指差された生徒が「はい!」と軽く気合を入れた表情で立ち上がり……緊張で言葉を噛みながらも、自己紹介を終え座りながら『次、お前な』と言いたげな表情で座ると……バトンを渡された次の生徒が、無言で立ち上がり「はじめまして」と自己紹介を始めた。
そして……千世にバトンが渡されると……彼女は目を閉じ、静かに立ち上がった。
「暗木千世、です……その……」
窓から入る、そよ風にすら掻き消されそうな程、弱く小さな声で自己紹介を始めた彼女に、あたしは(ガンバレ)と心で声援をおくった。
その時!
「帰れ~!」
どこからともなく罵声と紙くずが、千世の横顔に当たる!
「おい! 今、紙くず投げたやつ出てこい!」
机を平手で叩き、椅子が倒れるほどの勢いで、狂子が立ち上がった!
言うまでもないが彼女は、なぎなた道場の一人娘。
その腕前は、天神市の市民であれば誰もが知る強者だが、彼女の真価は素手の格闘にあり……正にそのすがた『鬼の如く』としか言い表せない程。
そんな彼女が放つ、異常なまでの剣幕に、クラス中の視線がいっせいに注がれる中……ただ教室中ほどの生徒、一人だけが視線を反らしている……それに彼女が気付かない訳がなく、すぐさま生徒を睨み付け……声を上げ警告する!
「お前か! 顔、覚えたからな……今度やってみろ! 授業中だろうが、あたしが相手してやる!」
あたしは、俯き涙をこらえ、立ち尽くす千世の肩にそっと手をのせ
「泣かずに、よく頑張ったね……後は任せて」
と囁き、彼女を優しくなだめ、座らせると……。
念のためと、また怒った顔で教室中の生徒達を睨み……一呼吸。
「彼女は見ての通り、とてもおとなしい子で、あたしの親友だ……あそこに見える山寺(中二寺)に住んでる……けどまぁ、聞くところによると幕末、影の暗殺集団の隠れ家で、その生き残りだとか色々、中二病全開、バカ丸出しな噂が有るみたいだけど、あたしはそんなの信じないし、聞きたくもない……だから今後、あたし達の前でそんな事を言ったり、さっきの奴みたく彼女をいじめたりしてみろ! ……女子だろうが、教師だろうが、容赦しないから忘れないで、ね……で、気持ちを切り替えて、今度は、あたしの自己紹介」
(よし……スイッチ切り替え)
「あたしの名前は鬼道狂子……アニメ、ゲーム、ネットサーフィンの好きな……オタクなぎなた少女! 皆よろしくね!」
『さっきまでの剣幕はどこへ行った』と思える、なんとも爽やかな笑顔で自己紹介を終え、着席する、と教室中……そのギャップについていけず皆、唖然とした表情で、あたし達を眺めている。
あたしは、静まりかえる教室と、少々思考停止気味に唖然としている担任を見て。(わがまま通せるチャンス)とばかり真顔で、担任に一つ提案をする。
「先生……あたしと暗木さんの席を、卒業までずっと今のまま(窓際後方席)にしたいんですが、良いですか? まあさっきの事で理由はお分かりですよね? でないと何故か、近いうち半数以上の生徒が入院して、学級閉鎖……なんて、あたしも嫌だから」
言葉と比例し増して行く圧迫感と迫力は、提案というよりむしろ脅迫、命令であり……哀れ、担任は「うん」と肯定する他なかった。
これにより、あたしと千世は希望する安全な席を確保する事が出来た。
「きょうちゃん」千世があたしの背中を軽く叩き「いろいろありがとう……改めて三年間よろしくお願いします」
座ったままだけど、丁寧にお辞儀をする千世に、あたしは照れながらら彼女の肩に手をそえ、にこっり微笑み返事をした。
「こちらこそ、よろしく!」
数秒後……あたしは、前に居る生徒の肩を叩くと、彼はぴんと立ち上がるなりしゃべり出した。
そして、波乱の自己紹介が終わると、担任は安堵のため息で教卓に手をつき
「本日は昼までなので、最後に年間行事の説明と、プリント配布で終わりとします……そこ、そんな疲れた顔をするな頑張れ!」
もう少しと言うわりに話は半時間もつづき……クラス全体に疲れた表情が蔓延し始めたところで終わり、あげく彼の説明した内容がそのまま載っている各種プリントが配布され、それに気付いた生徒は((今までの時間はいったい))と、かわいた笑いを浮かべる
そんな複雑な空気漂う教室内に一人、一仕事終えたと明るい表情の教師が
「では、本日はこれにて終わりにします、起立、礼、みな始めての下校、気を付けるように、さようなら~!」
出席簿を閉じ、颯爽と教室を出る担任、その心労にふらつく背中を、無言で見送る生徒達………。
なんともいえぬシュールな構図であった…………そして放課後……。