7.ブラック企業
勤務先の工場に到着すると、更衣室で作業服に着替えた。
俺の今の仕事は、ネジや機械のパーツに傷がないかどうかチェックするだけの単純作業。
俺の職歴はこういった工場内軽作業かライン工ばかりだ。
コンビニは面接時で顔が悪いから接客に不向きと言われた。名誉棄損で訴えようかと思ったが、今後の就職活動が不利なるかもしれねぇからやめておいた。
さて、さぼっていたら上司に怒られるから、とっとと始めるか。
俺に与えられた作業デスクの隅に、今日やる分量の段ボールを運んだ。
開くと大量のネジが顔を見せた。
嫌になるくらい、めちゃくちゃある。
ミスがあるとデタラメに怒られて、場合によっては減給されちまう。
月の給与は俺にとって生命線。
契約社員だからボーナスがないとかいうクソのよう就業規則の会社だからだ。
他に行きたいが、こんな俺を採用してくれたのはここだけだった。
まぁ、見てろよ。
もうちょっとしたら、行政書士の先生になって見返してやるのだから。
おっと。
雑念が入っていら、良い仕事ができない。
集中、集中……
俺はネジを手に取り、丁寧に調べていく。
『イノウエよ』
なんだよ!
集中しているんだから、黙ってくれよ。
『楽しいのか、その作業?』
楽しくないわ。
仕事だから仕方ないだろ。
『うむ。仕事は、時に、心を鬼にしても遂行することもあるだろう。皆が嫌がることをやることだってある。それが煉獄のトップたる者の所業。イノウエの意見をすべてまで否定はせぬ』
そうかよ。
ありがと。
『だがな、予は共に世界を暗黒の世に陥しめる同士として忠告しておきたい』
勝手に同士枠に入れるなよ。
『仕事とは生活の糧でもあり、己を高める為の道なり。茨の道もあれば邪の道だってある。だが目標となる最終地点を目指し、今、通っている道が果たして正しい道だったのか否か、常に検証していく必要がある。貴様の仕事への姿勢はいくつか弱点がある』
言わんでも分かっている。
今の俺には弱点しかないわ。
『まぁ聞け。イノウエはまだ39年しか生きていない。予の1万分の1以下の経験値しか持たぬのだ』
あんた、39万歳か?
『まぁ、ざっと計算したらな。だから予の経験を共有することは、イノウエにとって大いなる財産になる。長きにわたる暗黒の歴史そのものを知ることができるのだからな』
なんか、壮大だな。
暗黒は余計だけど。
だけどあんたが言いたいことは大体分かるぜ。
ここだといくら頑張っても給料が上がらない。
そんでもって、スキルも身につかない。
だからこんなところに長居すれば、人生そのものを奪われちまう。
俺はもう39歳。人生の多くの時間を無駄に使っちまった。だからここから挽回するために行政書士を目指していたんだよ!
『……悪いが、イノウエよ。おそらくその考え方をスタンダードとして身に付けているようでは、ダーク法律ソルジャーにクラスチェンジしても、あまり良い結果が出せぬぞ。むしろ大きなダメージすら受けるやもしれぬ』
なんだよ。
行政書士を勝手にダークサイドにしないでくれよ。
それになんだよ。
俺の考え方が間違っているのか?
俺は今の現実を打破するために、頑張って挑戦しているんだぞ。
『全否定はせぬ。だが、本当にそうか? もしかして現状から逃げようとしているだけはないのか?』
現状?
このブラック企業のこと?
ここで俺はどうしろと?
『簡単よ。
その前に、まず、予の編み出した究極の考え方--邪神三原則を教えておいてやる。
ひとつ、どんな嫌なことがあっても目を反らせてはならない。
ふたつ、辛い時こそ刮目のチャンスと知れ。
みっつ、すべての経験は必ず己の糧となる。
これをキチンと遂行すれば、イノウエは圧倒的な存在になれる』
なんか、綺麗な言葉でまとめてきたね。
だけど、こんな未来の無い会社でいくら頑張ったって先が見ているよ。
頑張っても上になれないだろうし。
『やり方はいくらでもあるだろう。例えばこの会社を支配して恐怖のどん底に陥れ、イノウエの従順たる奴隷にするのよ』
は?
つーか、あんた。
犯罪チックなことを考えているだろ?
俺は人殺しとかしないぞ。
『安心しろ。貴様に憑依したのが学習中のあのタイミングで良かった。予はイノウエと共に、この世界のルールをかじることに成功した』
えーと、この邪悪な方も、
殺人 = 犯罪 = いけないことって理解できたのかしら。
『ククク。
今のイノウエはレベル1。
もし犯罪に手を染め、憲兵がやってきても返り討ちにすることは無論、逃走することも難しいだろう。仮に殺傷事を行うにしても、もう少し成長してからの方が良い。
安心しろ。そのようなことをせずとも、支配することはできる』
どうやって?
それに、ここ、多分、そのうち倒産するよ。
評判良くないし。
『だから貴様が乗っ取るのだ。このブラック企業とやらをな! ここの社長まで昇格しろ。倒産寸前ということは、まさしくチャンス。邪神三原則、ふたつ目、辛い時こそ刮目のチャンスと知れ、よ。そして暗黒なる邪法を持ちい、実力のある会社に仕上げていくのだ。そして奴隷としてこき使え。まずはそこからだ。ククク。アハハハア!』
お、おい。
邪神さーん??