1.プロローグ
それはボロアパートの自室での出来事だった。
時刻は深夜。
この日も机にしがみつく勢いで猛勉強していた。
今年で40歳の大台をまたぐってのに、ブラック企業でこき使われている。
このまま俺の人生を奪われてたまるか。
そんな俺は行政書士の資格取得を目指している。
この資格さえ取れば、独立開業でき、先生って呼ばれるんだ!
そんなに甘くねぇって、ネットとかに書き込みされているが、社畜である現状より大きくリードできる。そして一生懸命頑張り、俺の人生を取り戻すことができる。
だけど。
すぐに集中が切れて、気付いたらネットを見てしまう。
行政書士の試験に受かって成功したという体験談のページを、未来の俺と重ねて淡い妄想にふけってちまうのだ。
そして年収は夢の……
おっと、いけねえ。
妄想ワールドから離脱せねば。
試験は明日だってのに、まだまだ全然過去問でスコアが取れていない。
くそったれ!
『貴様、クソを垂らしたいのか?』
突如、どこともなく声が聞こえてきた。
お隣さんか?
いや、俺の心の声に同調できる訳がない。
『貴様。ここはどこだ?』
まただ。
また奇妙な声が聞こえてきた。
「誰だ? どこにいる?」
『質問を質問で返すとは……。まぁよかろう。どうやら貴様は我の居城となる者のようだからな』
きょじょう??
『我が名は邪神ダルクシュネイケン。エルファラーゼの遥か地底、煉獄より転生し、貴様に宿った』
???
な、に?
じゃしん?
俺に宿った??
『貴様の質問に回答したぞ。今度は貴様の番だ。ここはどこだ? そして貴様は誰だ?』
「ここは俺の部屋だ」
『……それくらいは察しが付く。……どうやら予の質問の仕方が悪かったか。もっと大きな単位で説明してくれぬか』
大きな単位って……
どこかに隠しマイクとか仕掛けられているのではないかと思い、カーテンを閉め、引き出しを空けて確認した。
『そうか、予の存在を信じられぬということだな。まぁ、当然のことだろう。予は貴様の体を操ることができる』
同時に俺の腕が前方に上がり、手のひらがパット開いた。
『貴様は魔力ゼロのようだな。仕方ない。聖霊の力を借りるか……』
「お、おい。何をする気だ!?」
『壁を破壊する。そうすれば予の力を信じることができるだろう』
「いや、待て待て。なんだよ、お前。勝手に俺の部屋を壊すなよ!」
『案ずるな。破壊した後、生成術で現状復帰させてやる』
「いや、いいって!」
『遠慮するな。もっとゴージャスでエレガントな壁にしてやる。さぁ、いでよ! 呪われし闇の聖霊……』
「ん? どうした??」
『この世界に宿る聖霊が識別できぬ……。時間をかけて研究する必要があるみたいだ。すまぬ。折角家ごと全焼させ、魔城にしてやるつもりが、期待だけさせてしまったな』
期待してねぇし。
俺は椅子に座りなおし、足を組むと、頭をボリボリかいた。
大きな単位で説明しろって言ってたよな。
エルファなんとかの住人に、ここの場所を説明しても分かるのかな?
「俺は井上純一。そしてここは太陽系第三惑星、地球の日本だ」
『そうか、イノウエよ。ここが日本か』
「あんた? 分かるの? 日本」
『知らぬ名だ。全知全能の邪神である予が知らぬということは、要するにここは異世界ということだな』
あんたから見ればな。
つーか、今の俺に無駄な時間を費やしている余裕なんてない。
勉強を再開しようと問題集を開く。
『何をしておる? これから出かけるぞ』
は?
『予は邪神なり。使命はこの世界を不幸のどん底に落とすこと。予に暇などないのだ』
おいおい、待て待て。絶対に行かないぞ。
『何故だ! 何故、イノウエは抵抗するのだ。もしやイノウエは勇者なのか?』
「なんだよ、それ? 俺はただの役職なしの社畜だ。だからこの人生を挽回するために、明日、試験に挑戦するんだよ! 人生を賭けた大勝負だ。頼むから邪魔しないでくれる?」
『そ、そうか。それはすまなかった。イノウエは我が居城。共に暗黒の世を築くために分かりあう必要がある。まずはイノウエの大勝負とやらに付き合ってやるか』
……いいよ。
なんか、あんた、物騒だし。
『いいよ、か……。つまりイノウエは快諾したのだな。ククク。よかろう、契約成立だな』
いえ、遠慮って意味ですが……
『どうして遠慮するのだ? イノウエには色々と働いてもらう必要があるから、これくらい容易いことよ。まずはイノウエの持つ脳みそをステータスを確認させてもらうぞ』
そう、これが俺と邪神との最初の出会いだった。
井上純一
レベル:1
HP:12
MP:0
目標:目指せ! 行政書士
邪神ダルクシュネイケン
レベル:99億
HP9999億
MP9999億
目標:暗黒の世を築き、人々を不幸のどん底に落とすこと