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シンラ  作者: 三村恒久
第2話「初めてのおしごと」
9/14

シンラ第2話part.1

1話のあらすじ

 新資源シンラの試験運用を担う都市、琉戸市に暗雲が押し寄せる。

 謎の怪物を相手に、警備部隊I.G.I.Sは対抗するも苦戦を強いられてしまう。

 残された唯一の手段、それは大空壱斗と言う名の新入社員だった。

 夜道を高速で走り抜ける鉄塊は、街灯を反射し妖艶な光沢を放つ。行き交う人や車も無い中で、その輝きは正に一人舞台。

 一直線に排気音を高鳴らせながら、目の前に佇む不夜城を目指して突き進んで行く。

 車内では静けさの中に、不穏な緊張感が漂う。これから起きること、起きるかもしれないこと、片や長年に渡り費やした真価を問われる時。片や与えられた使命に応える時。

 互いが互いの運命と対峙するまでの寸暇。その表情はどこか強張っていた。

 状況は二転三転と悪化する。スピーカーから流れる戦況の報告と、発信元である管制室の慌ただしさが聴覚を刺激し、不安を一掃駆り立てる。

 俺は何とかして平穏を装うと、窓の外を見据える。

 目線の先では、眩い光が絶え間なく発して、遠くからでも聞こえる程の爆発音に近い轟音が響く。もはや逃げ場など無かった。どこに居ても地獄は地獄。こんな不安、今まで知りもしなかった。

「怖いか?」

 不意に月山が声を掛ける。どこか優しさが有り、落ち着いた雰囲気の声色。

「分からないんです。だから怖くて」

 思考を張り巡らす余裕など無い。ありとあらゆる恐怖に囚われてもぬけの殻も同然。

「壱斗君、不安なら不安で良いじゃないか」

「えっ?」

 予想外の言葉だった。

「大事なのは自分が、不安に負けそうになっている事を自覚するんだ。不安になると言うことは今と向き合ってる証拠なんだ。でも先に起こるであろう不慮の出来事を考えると気持ちが負けてしまう。

だから不安になる」

 何もかも的確に見抜かれた様だった。思考では考えついても、言語化出来ないもどかしさを体現してくれて、気持ちが僅かに軽くなる。

 眼を瞑り、今の感情を明確に呼び起こす。不安、恐怖、重圧、責任、考えれば考える程、気分が余計に沈んでくる。

「思考しながら更に深呼吸するんだ。吐く息に意識を傾けて、吐く息と共に不安を吐き出していく。そうすれば自ずと道が見えてくる」

 思考と同時に深呼吸を行う。鼻から大きく吸い込み、口から吐き出す。曇っていた脳内は次第に軽やかになり、晴れた空が広がって行く。

 何が怖い?敵の姿が分からないから。

 何が怖い?闘いで死ぬかもしれない。

 何が怖い?明日は生きているのだろうか?

 ならばどうする?分からないものに怯えても仕方ない。向き合え。

 ならばどうする?相手を圧倒する力で対抗すれば良い。気力で負けるな。

 ならばどうする?俺は明日を生きたい。生きていたい。

 解の見えぬ問に気後れしない様、意地でも答えを出し己を鼓舞する。

 分からないものは分からない。けれども抗う手段は有る。

 目の前には道が見える。何処に辿り着くのか分からない。

 けれど、この道を進まない限り、明日はやって来ないのだから。

「ありがとうございます。やれるだけやってみます」

 気づいたら自然と笑みがこぼれて、漲る思いに溢れていた。

「あぁ、君なら出来る」

 対する月山も笑顔を見せた。

 よどんでいた車内は一変して、これからの順序についての打ち合わせが始まった。

 始まっても無いことにはどうしても恐れが付き物だ。だからこそ変えていく。

 未来に完全など無いのだから。

 ・・・・・

 敵に気付かれない様、回り道をして本社に到着。今朝とは違い、正門とは反対側の裏口へ回る。

 車はタイヤを擦り付けて、勢いよくドリフトして入口手前で乱雑に駐車。

「よし着いたぞ! 降りるんだ!」

「は、ハイ…」

 突然の超絶テクニック披露に動揺が隠せないが、すぐさま車から飛び出す。

「あ! 壱斗君! 待!」

 裏口は簡素な造りだが、自動ドアを目掛けて全速で駆ける。

 この扉が開けば、後は段取りを忠実に遂行するのみ。僅かな不安を押し殺して、扉をくぐれば!

「ヘブ?!」

 ガツンッとドアに激突。その扉は、ロックされていたーー。

「だから待てと…、セキュリティを解除しないと開かないんだ」

 呆れた顔をして月山は、認証端末に右手をかざすとドアが開いた。

「それをはやく…」

 さっきまでの気迫が途絶えかけたが、気を取り直して進む。

 入口を抜けて、通路を一直線に走り出す。宮殿の様な果てまで続きそうな廊下は、人の気配など無く、白色光の照明だけが照らされた奇妙な空間を作り出す。

 建屋内で働いてる人がいるのが嘘の様な静けさが、床を駆ける足音を一層に響かせる。

 それなりに高速で走っているのだが、間隔を開けずに並走する月山には目を見張る勢いが有った。

「もう少ししたら、通行用の扉が見えてくる。中に入れば、今朝通った通路と繋がっているからね」

 こっちだ、と月山は右手方向の壁沿いに設けられた特に記載が無い、ただの扉の前に着いた。何処に繋がるか見ただけでは分からない。分かる人にしか通れないただの扉だった。

「この扉はね、隊員の人しか通ることの出来ないダミー扉なんだよ。何気なくそこにあるだけだから、誰も気付かないのさ」

「入るのって、誰かに見られたりしません?」

 月山が扉の認証端末に、右手をかざす寸前で止まる。

「かもね」

 ハハ、と笑いかわしながら再度認証端末に右手をかざすと、扉は開かれ薄暗い通路が現れた。

「行こうか」

 通路は足元を照らすだけの、照明のみが設置された怪しげな雰囲気を醸し出している。開かれた扉の隙間から零れる外界の光が閉ざされると、そこは先の見えない地獄への道の様に思えてしまう。

 今朝もこの場にいた事を考えると、この通路は反対側の社員出入口と繋がっているのだろうか?

 何も見えないが、周りを見渡しながら歩いてると人肌を感じる物にぶつかった。

「アタッ」

「おっと、急に止まって悪かったね」

 ぶつかったのは、先を歩いてた月山のようだった。けれど何故?

「壱斗君、私の隣で立ち止まってくれるかな」

「え? ハイ」

 言われるがままに月山の横で立ち止まると、突如ガコンと音が鳴った。そのままゆっくりと下に降りる感覚を覚え、次第に目線が足元の照明まで下がると、これはエレベーターであることを知った。

「このエレベーターはちょっと特殊でね、今に分かるよ」

 地下に降りると、四角いタイルの隙間から薄明りが差し込む。光度が増すと隙間風が頬を伝わり、未知の景色が開けた。

 そこは、秘密基地だった。

 フロア一角は白色一色で統一。床や壁には、枝分かれしながらも直線で配置された電気回路の様な装飾が施され、その内部に青味を帯びた粒子が伝っている。

 地下であるのにも関わらず、数十人の社員であろう者達が慌ただしく行き交う。まるで、宇宙基地の中に転送された様な異質な光景が広がっていた。

「社長!」

 近くにいた社員が挨拶をすると、周りにいた社員達も続けざまに月山に身体を向けて挨拶をする。

「みんな、ご苦労」

 行くよ、と小さな声で言われ、そのまま真っ直ぐ進む。

 道中ではすれ違う度、1人ずつ会釈で返す姿に社長の威厳を感じた。ついさっきまで、2人で何気なく話していたばかりに何処か鈍っていたようだ。

 しかしながら、地下にも地上と同等のオフィスが存在していることが、何よりの驚きだ。

 事前の案内では”特殊”職場に配属してもらうと、入社しても無い高校の時に伝えられて以降、他に言及される事は無く謎のまま今に至った。

 そして今日、今此処でその全貌を知る事となり、緊張とよく分からない喜びが押し寄せて、全身に鳥肌が走る感覚を覚えた。他の人には出来ない特殊な仕事。その言葉だけで何故だか使命感が芽生え、原動力として駆り立てる意志を与えてくれたのだ。

 同時に、会話と会う機会の少なかった父親が、アプローチを繰り返す様になった真相を知ることが出来る。最も、今は問い質す暇など無い切羽詰まった状況であるのは忘れてはない。

 だからこそ、仕事を果たして本当の意味を聞くんだ。何故ーー。

「着いたよ。この先だ」

 真っ直ぐ進んだ突き当りで月山が立ち止まる。目線の先には扉。周りの扉とは明らかに違う厳重な認証設備と頑丈な造りのシャッター。横には達筆なのか殴り書きなのか分からないが筆文字で「IGIS総合管制室」と書かれた表札が飾られており、十中八九そこが指揮を執る管制室だと理解した。

「入るよ」

 月山が手形認証と同時に、目の前のカメラに顔を向けると認証が始まる。

「認証。通行を許可します」

 上手く認証したのか、電子音声のアナウンスと共に扉の枠が緑色に光り、三重にもなるシャッターが開いて先の光景が露わになる。

「バイタル低下! 活動時間5分持ちません!」

「5分あれば充分だ! そこはアイツに任せとけ!」

「アクターが武器の使用許可を求めてます!」

「それって許可が必要なんじゃなかったの?!」

「話は後よ! 今は整備状況の報告が優先でしょうが!!」

 行き交う怒号と入り乱れる隊員。正面のスクリーンには、戦闘中のライブ映像が生々しく映し出される。そこは現場指揮を担う唯一の場所。字の如くの管制室だった。

 カオス。今此処で何が起きてるのかは見て取れる。分かるからこそ、渦中に身を置いてしまった重圧が押し寄せる。

「スゴイーー」

「隊長」

 月山が、目の前の人物に声をかける。それは腕を組み仁王立ちで雄々しく佇むも、どこか女性的な美脚とプロポーションを備えている。

「あぁ?」

 振り向くと鋭い視線でこちらを睨み、何故か俺だけをじりじりと見定める。

「お前がかーー、やっぱり見た通りの身体してんなぁ」

 やっぱりとは?これが初対面なのだが?

「壱斗君、彼女こそ対非徒部隊I.G.I.Sの部隊長の檜室杏果ひむろきょうかだ」

「ヘイヘイどぉも」

 檜室杏果ひむろきょうか、ショートカットの髪型が印象的な、この女性こそ部隊を指揮する隊長、番長だ。

 ーー個人的にはとても苦手な性格だが。

「そんなことよりさぁ、早く行った方が良いんじゃないの? こちとら時間稼ぎも大変なんよーー」

「あぁそうだな。壱斗君、先を急ぐぞ」

「そ、そうですねーー」

 事を急ぐとは言え、月山は動かない。

「行かないんですか?」

 恐る恐る月山に声をかけるも、微動だにしない。それどころか、こちらを振り向いてはフフッと微笑むのだから不気味。

 突然に、ガコンッと音が鳴り床が下がり出す。不意に来るものだから思わず身体が震える。

「壱斗君、君が本当に見たかったものは真下にあるんだ。管制室と直結していた方が移動も楽でしょ?」

 またしても的を得た返し。相手の心情を読み取り、絶妙な間で期待に応える月山の会話術は、彼を社長たらしめる武器なのかもしれないと思った。

 降下して1分もしない内に視界が開けた。そこは様々な機械が置かれた工場の様な場所だった。目線の先にはカプセル状の筐体が並べられ、複数の作業員達が作業していた。

 慌ただしく動く作業員、鳴り止むことの無い機械の動作音。その光景で、此処が何処なのか完全に理解した。衝動を駆り立てる鼓動が震え、胸の高鳴る思いがした。

「ようこそ、此処がアルバの眠る場所。整備棟だよ」

 続

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