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シンラ  作者: 三村恒久
第1話「社会人はじめました」
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シンラ第1話part.6

 まどろみの中から音が鳴る。同じリズムで、止まること無くいつまでもいつまでも。

 夢の中にいるのだろうか、でも不思議だ。なんだか引き戻される感覚がする。身体中の神経が意識を戻し、思考が開く。それでも音は鳴り止まない。

「るっさい」

 眼を開けると真っ暗で、長い時間寝ていたことにようやっと思い出す。頭が回らない。寝落ちとは起きてからが辛い。ぼんやりと携帯を手に取り、画面を覗く。

「ヤバ」

 思考が一瞬にして冴える。社長からの着信だった。

 何故、社長の連絡先を持ってるのかと問われたら、話が長くなるので要約すると、今日よりも前から持たされていたのだ。

 慌てて通話を開く。何だか、寝坊した時みたいだ。

「もしもしもし、すみませんでした!本当にすみません!」

『夜分遅くにすまないね。疲れてたのだろうとは思ってたよ』

 お見通しである。流石、人生経験の厚みが違う。

『壱斗君、突然で申し訳ないが仕事だ』

「分かりました」

 その一言で全てを理解した。

 何故此処にいるのか。

 何故呼ばれたのか。この為に来たんだ。

 手の届く筈の無い、最果ての人から託された仕事。今動かずに、いつ動くのかと自らを奮い立たせ、椅子から立ち上がる。

『あぁそうだ。私は真下の駐車場にいる。外に出たら分かるよ』

 最低限の荷造りをして、瞬時に外へ出る。と言っても、鞄を持ちスーツを着たままの日中と変わらない姿だが。

 廊下のフェンスから真下を見やると、駐車場が見える。その場所に、ひと際目立つ車の傍に高身長の男性が手を振っていた。

 見るだけで分かる存在感に、あぁこの人は天性のカリスマ性が有ると感じた。

『いつでも待ってる。準備が出来たら降りて来なさい』

 通話を切り、姿勢を楽にする。

「イア、ごめん。仕事が入った」

「―そうみたいですね」

 互いに目を合わせず伝える。まるでこれが最後みたいな言い方に、寂しさが込み上げる。

「でもご主人様なら出来ます!この完璧AIが言うのですから間違いありません!」

 えっへんと胸を張って、イアは背中を押してくれる。一体、その自信は何処から来るのやら。

「行ってきます」

「いってらっしゃい!」

 扉を閉めて、フロントへ向かい走り出す。

 不意に涙が出そうになった。もしかしたら、本当に帰ってこれないのではないか考えてしまう。考えれば考える程に、寂しさがこみ上げてくるから歯を食いしばって、ひたすらに走る。エレベーターなど使わず、階段を全速で下る。何故だか今は身体を動かしたい気分だ。

「準備はいいかい」

 社長と合流すると、息が上がって己の体力の無さを痛感する。

「いつでも行けます」

「乗りたまえ」

 

 ・・・・・


 社長の車は、今時の物と比べて一回りも大きく、何だか排気の悪そうな前時代的だった。けれど、気品ある黒光りを放つ車体からは優雅さや余裕ある風格を醸し出している。

「行くぞ」

 エンジンの高鳴る音と共に、マフラーから唸りを上げる。ほとんど静音で音の少ない、現行車とは真逆の始動音。如何にも環境に悪そうな性能は、余程の物好きでないと乗らないであろう年季の入った車種なのだろう。

「まさか今日に出動要請がかかるとは思わなかったよ。帰宅しようとしたら突然にだ」

「私も驚いてます」

 そっかと社長は笑う。驚いてたのは社長も同じだった。内心、緊張や不安で手一杯なのだ。何とか平然を装って振る舞っている。

「状況はハッキリ言ってピンチだ。待機してた隊員が持ち堪えてる」

「隊員?」

 聞いてない情報だ。

「あぁ言ってなかったね。空君って言ってね、壱斗君より三年上の先輩で。理由あって隊員として実動隊にいるんだ」

 知らない人の名だ。けれど、隊員として戦線に立つという事は、選ばれた人であるに違いない。

「基地に付けば、直ぐに現場に行くことになる」

「はい」

「もう一度聞くけど、覚悟は決まってるかな?」

 僅かに沈黙が走る。不思議だ。覚悟は出来ていた筈なのに、揺れている。脚は震え、悪寒がする。今乗ってる車すらも、牢獄に連れ込まれてる様な気分だ。

 社長は返事を待つばかりで、反応が無い。

 ふと窓越しから、街を眺める。加速と共に流れる夜光の一線。どこまでも続く程に、ビル群は際限なく輝きを放つ。美しいこの街を守る。その一心で働く決意を決めていた。

 けれど、それは決意であり、覚悟ではない。心は完全に準備出来ていなかったのだ。

 綺麗だから。

 守りたいから。

 使命だから。

 それだけの理由で決意した。けれど代わりはいる。そう思うと、特別感など消え失せ、決意が後悔にすら転じてしまう。

『緊急です! アクターが完全に押されてます! そちらの到着はまだですか!』

 スピーカーから通信音声が鳴る。酷く焦り、事態の深刻さを物語る程の戦慄した声。

『グゥッ! ッッァアアアア!!!』

 痛みで悶え苦しむ声、ドンッドンッと打撃音の中から悲痛な叫びがする。

『アクターのバイタルどうなってんの!』

『ダメです! センサーが損傷して送られてません!』

『あぁもううっさい!』

 多数の人員が各々で声を荒げる様子に、緊迫した状況である事は分かる。

 何故だろう、現場の姿を想像をすると恐怖が押し寄せ、身体に震えが走り、絶望で押しつぶされそうになる。

 プウウウウッ!!!

 突然のクラクションで、場が静まり返る。さっきまでの、焦りも一瞬で冷めた。

「冷静になりなさい。何を騒いでいる」

『ハ、ハイ、スミマセン』

 社長が静かに怒る。怒りにすら思えないくらいの口調が怖い。

「到着がなんだと?既に隣に座っている。この戦況を打破出来る人材だ」

 それは俺のことか?隣の人物なぞ俺一人しかいない。

「壱斗君、どうなんだい」

 通信には、聞こえない声量で問い掛ける。逃げられない。イエスかノーかのみ許さない二択。戦うのか、ならば後戻りできない。過酷な現実が待っている。

 逃げれば戻れるが、大事なものを失う。挑めば戻れぬが、期待には応えられる。何が正解なのか分からない。だから迷走に暮れる。

 誰も保障出来ない、自分自身に課せられた試練。俺は―。

 続

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