シンラ第1話part.4
通路を歩くと「新入社員控え室」と表記されている部屋を見つけた。やっと目的地に辿り着く。
「では、時間まで此処で待機していてくれ」
部屋に入るや否や、おはようございますと訓練されたかの様な挨拶。ざっと見て、三人しかいない新入社員の皆さんに圧倒される。
「おはようございます」
挨拶をして自席に着く。とは言え、この場所で会うのが初対面だから皆の名前が分からない。
「高卒で入った、大空さんですか?」
隣の人からだ。丸眼鏡を掛けて、どこか主張の強い顔立ちは、優等生の様な雰囲気。
「はい。大空壱斗です。宜しくお願いします」
何度目の自己紹介だろうか。これも仕来りとは言え、面倒にすら感じる。
「私、国広宗介と言います。 宜 しくお願い致します」
「武藤栄治です」
「小林晃です」
各々が一同に名を名乗る。尋ねても無いのに、呼吸を合わせて揃う姿に違和感を覚えるが、これが社会なのかと自答する。
話を聞くに、同期の三人は大学卒であるそうだ。その中で唯一の高校卒である俺は、珍しいケースなのだとか。
とは言え、そんな身分も分け隔てなく一人の社会人として、受け入れる姿勢に壁とは無かったのだ。
今までは同い年、或いは先生と言った身の周りの範囲内でのみ、補完されていた事を考えると、歳は違えど同じ一年生の同期という存在は、味わった事のない新しい友達の様に思えた。
束の間の時間も終わり、係りの人が案内に来る。
「時間になりましたので、ご同行願います」
ハイと立ち上がり、退出する。
長い廊下を歩く。これから社会人として最初の仕事。入社式が始まる。
皆の足取りは重く、不安と重圧に負けそうにも見えるが、覚悟を決めたその面構えには、恐怖に屈しない強い覚悟が現れていた。
この先の扉が開かれたその時から、俺の長く、険しい旅路が始まるんだ。
・・・・・
「で、アイツがそうなの? 一番後ろにいるひょろいの」
「その言い方は良くないよ~それでも適合者として選んだ人なんだから」
「そうじゃねぇんだよ。あんなのに任せて良いのかってんだよ。親バカにも程があんだろ」
モニターに映る入社式の光景を見ては、グチグチと会話する。
人気の無く、モニターの照明が唯一の灯りの中で女性が二人いる。
一人は作業に没頭しながら、相方の愚痴に構う。
愚痴をこぼす者は、眉間に皺を寄せて感情が表情に出ている。
相反する二人だが、その会話の中には慣れた様な雰囲気がある。
「それはそうと仕上がってんでしょうね? いつ来てもおかしくないって状況だし」
「全て淳哉さんが把握しているから問題ないよ。問題なのは此処が機能するのかどうかじゃない? 隊長さん?」
「るっさいわね、言われんでも分かっとらぁ。だから作業してんでしょうが」
人知れず、徹底的なまでに陰の存在として居座る。それが抑止の身としての義務であり美学。
ソレを任された者としての使命を背負い、胎動を繰り返す。だから続けて来られた。だから耐えられた。
他の誰にも出来ない、唯一無二の仕事。我々のみに許された、絶対的な権限がこの場にあるのだから。
「カッコいいぞ、壱斗クン」
一人呟く声は、苛立つ女性には聞こえなかった。
・・・・・
入社式が終わり、控室に戻る。
式の後は、会食や有難いお言葉を聞いてばかりの、何とも前時代的な内容であった。
相変わらず、催し物は厳粛な空気に馴染めず変に疲れる。とは言え、慣れないのは昔からの事だから今更、というわけでは無い。
「お疲れ様です。窮屈そうでしたね」
「いや、慣れないですよ」
仕草を隠そうとはしたが、見られてたか。
国広さんと言ったか、真面目でいて気遣いを忘れない細やかさには、大人の余裕を感じた。
「所で、大空さんは希望する部署ってあります?」
前の席の武藤さんからだ。
この場に及んで、答えにくい質問と来た。有ると言えば有るのだが、如何せん守秘義務を突き付けられている。ここは―
「げ、現場職ですかねぇ―」
ハハハと苦笑いしては、それなりの回答で誤魔化す。それでも、現場職であるのは間違いでは無いはず。噓は付いてない。
「まぁ高卒であればそうなりますよね」
何様だ。
とは言え、この場での会話というのは横文字が多くて、理解不能だ。これが社会かと不安を覚えてしまう。
“君にしか出来ない”と言われたあの日は人をその気にさせるだけの、口説き文句だったのだろうか。
勝手に不安になっては、ネガティブになる。嗚呼、また悪い癖だ。
「そうだ、折角だしこの同期でグループ作りましょうよ」
小林さんが、息をするようにSNSの友達申請をしてくる。
我先に、便乗する様に友達登録の嵐が始まる。
普段は、二人同士での登録しか行わなかったから、こう言った合コンの様な雰囲気が慣れずにいた。
最後になって、何故か国広さんとだけ友達登録をし、そこから同期のグループに入る。
正直なところ乗り気ではなかった。これからを考えると、会話をする機会など無いだろうし、話す事などあるかと疑問が湧く。
取り敢えず、入るだけ入って後でシレっと退会すれば良いか。なんて悪巧み。
自由時間も過ぎて、時刻は定時の五時に迫っていた。
コンコンとノックが鳴り、扉が開くと音の主は社長だった。
全員がバサッと、乱れてた姿勢を正し目を向ける。
「ハハハ、楽にしていいよ」
偉い人が来ると、直ぐにかしこまるは誰も皆同じなのだろう。なんて思うと笑えてくる。
「長丁場ご苦労様でした。今日のところは帰宅して、また明日からもよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。ためらわずに皆も瞬時にお辞儀し、息ピッタリにお疲れ様でしたと挨拶。ここら辺は、学生時代に訓練されているのだろうかと、疑う位にシンクロする。
それではと、社長が退室した所で帰宅の途に着く。
思えば今日一日は、妙に疲れがたまる。ずっと話を聞くだけの日などあまりない。やはり身体を動かさないと、体が鈍くなってしまう。
そう言った意味でも、現場職は俺にとって適材適所ではないかと思ったり。
通用口を抜けて外に出る。
火照った身体に、澄んだ潮風が身に沁みる。
この風と共に、空を駆けたらどれ程に気持ちの良いものか。広大なビル群を俯瞰しながら、羽ばたく偶像に何度も憧れていた。
夢は夢のままで時が経ち、こうして街を眺めながら河川敷を歩んでいる。
夕陽に照らされ、反射する街の色彩に美しいと感じながらも、どこか切なさを覚える。
「 何 を 待 っ て ん だ か 俺 は 」
ぽっかりと空いた穴を、何でなら満たされるのか考えても答えは見つからない。ため息ばかりの帰り道。
「ただいまぁ―」
「お! ご主人! おかえり!」
家に着くと、疲れでジャケットとネクタイを放り投げて、布団に吸い込まれる。
「ちょっとご主人だらしがないですぞ」
「イア、少し寝かせてよ」
ムスッと頬を膨らますAIに聞く耳持たず、そのまま泥のように眠る。
そうだ。ネガティブな感覚は、疲れているのが原因なんだ。だったら睡眠こそ最短の解決策。
「お疲れ様です。ご主人様」
続