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シンラ  作者: 三村恒久
第1話「社会人はじめました」
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1話ープロローグ

 月夜たゆたう川原。

 風が吹けば、草木が揺れる穏やかな地で字の如くの、殺し合いが起きていた。

 両者は決闘とも言うべき、凄まじい攻防の最中である。

 片方は、人の身でありながら、人非ざる姿に朽ち果てた者「 非徒ひと 」月光に照らされた禍々しい漆黒の体表は、もはや怪物の域に近い。

 対するは、人の身に鎧を纏い怪物に立ち向かう者「アルバグリフ」月光に照らされた、聖なる白銀の輝きは人々の未来を担う、戦士の域に近い。

 双方の戦いは、人智を優に超す嵐の如く乱舞が繰り広げられる。静かな夜空の中で、ぶつかり合いながら鳴り響く重厚な打撃音。

 月に照らされ、体表が眩しい位に光沢を放つ様は正に宝石。

 張り詰めた死線の中で入り乱れ、舞い、刺し、衝突する命懸けの演舞。

 生死が表裏一体する争いだからか、此処で起きる全ての動作はどれも美しく、魅了されてしまう。

 非徒は、人としての尊厳など捨て純粋に標的を殺害することだけを意識した、荒々しい攻撃の雨を降らし続ける。

 その姿は狂戦士そのもの。自らの生命などつゆ知らず、ありったけの殺意を標的にぶつける。

 最大の特徴は奇形化した四肢からの猛攻。膝丈まで伸びた腕は鞭の様に細く、前腕部は、上腕の倍をも上回る長さに発達している。

 俊敏且つしなやかに流れる腕捌きは、華麗に舞う白鳥の様だ。だがその細身からは似つかわしくない程に、アルバの装甲へ豪快な打撃を与える。

 対しての脚部は、逆関節型の野性味溢れる形状に変貌を遂げる。

 足首が後方に位置することにより、脚力が爆発的に向上。飛び掛かれば刹那、眼前に接近し抱えんだ膝を腹部目掛けて、ありったけの力で押し込む。

 アルバは咄嗟に腹部を腕で抑え込むことにより、直撃は免れたが衝撃で後方へ勢いよく吹き飛ばされる。

 風圧で大地は抉れ、剝き出しの地面が道を作る。空中で身動きの取れないアルバを追撃する形で、非徒が正面から襲い来る。左腕を掴まれてしまい、そのまま身体を我が身に寄せ、投げの姿勢に入る危機。

「させない!」

 アルバは寄せられた身を逆手に取り、勢いよく下半身を持ち上げ、両脚の太ももを非徒の首に挟み、全霊で身体をねじ込み地面に叩き付ける。

「とおおおりゃああああ! 」

 非徒を叩き付けた衝撃で大地は揺れ動き、爆発音を高鳴らせながら衝突面を起点にクレーターが発生する。

 節々の痛みに耐えながら姿勢を立て直すアルバだが、非徒は直撃が嘘の様にすぐさま立ち上がる。もはや痛覚など存在しない。

 狂的なまでに戦闘に特化した非徒と比較して、アルバは人でありながら人智を超えた身体能力を可能にした、戦闘外骨格を身に纏う戦士である。

 それを可能にしたのは、内部に搭載された人工知能の恩恵が存在する。

 メインカメラから得た視覚情報を元に、演算機が算出した最適解をインターフェースを介し、鎧が順応する形で出力を担う仕組みだ。

 この時、装着者は矯正を掛けられた様になるがままに、動作を実行するだけの言わば操り人形へと消化される。

 では、人が器になる以上は装着者はロボットに代用すれば、犠牲が出ずに済むのではないか?との極論に至る。

 それは否だ。演算機には肉体を有する存在が必要不可欠となるからだ。

  装着者を内部に取り込むことで、演算機に自信が人であると疑似信号を付与させ、システムが構築される。

 人という器に演算機という中身が満たされる事で、アルバグリフは真価を発揮する。

 だが、人であれば誰でも良いとは限らない。莫大な質量を持つ中身には、それ相応の容量を持つ器が必要だ。でないと中身は零れてしまい。損害が発生してしまうのだから。

 その最適な器を有する者こそが、装着者である基山空きやまそらだ。

 基山空、彼には特筆すべき能力が無いのだ。受動的であり言われるが事を素直に受け入れ、支持された通りに動くだけの機械的な青年。

 その空っぽな性格から、環境に馴染むことが出来ずに流れ流され、会社の放浪者と化した空が行き着いたのがこの操り人形の素体という仕事であった。

 受け皿としての容量が大きい空にとって、アルバは何よりの適材適所。幸いにも、人並みをやや上回る身体能力を有してることから、適任者として選任された。

 彼に与えられた仕事は、目標の駆除又は撃退。高性能の支援装置を用いた装備を使用しての仕事であることから、本人曰く余裕と分析していた。

 けれど現実はことごとくを否定する。

 敵が想定を凌駕する程に強大で、その全てが規格外であった。人工知能は、想定していた戦闘技量を大きく勝る現実に短絡寸前。

 学習と実行を繰り返す毎に精度が上がる仕様を有していたとしても、際限無く続く猛攻の嵐にもはや故障を起こすのも時間の問題。

 このような事態は空にとっても前例の無い出来事で、恐怖と死の可能性に晒され戦意が折れかかっている。

 それでも空は抵抗の意思を剝き出しに今も尚、非徒に抗い続ける。

 運良くも迷い犬の面倒を見てくれた慈悲。此処で成果を果たさずに、何処で果たすのか。自らを昂らせ恐怖と対峙しながら使命と向き合う。

 アルバの戦い方は実に理知的。攻撃をいなしつつ、僅かな隙を狙い反撃を放つ。その攻撃も敵の急所を解析した上で、効果的な部位を的確に狙い定め撃つ。

 無数に降りかかる拳の雨を払いのけると、すかさず胸部に右の正拳突き。さらに追い打ちをかけ左拳を入れると、非徒は僅かだかふらつき、締めの蹴りを立て続けに胸元へ当てると非徒は後方へ退く。

 威力も凄まじく、蹴りから放たれる風圧で川辺の鉄製の防護柵が唸りを上げる。

 互いに一歩距離を置いた所で寸暇が訪れるも、非徒は止まる事を知らずに再び攻め入る。

 一方的なまでの絶え間ない強襲が続く。狙いを定める思考など消え失せ、有効範囲ならどの部位も問わず力の限りをぶつける。

 しなやかで、岩の如く破壊力を誇る剛腕での攻撃を主とした猛攻は、アルバを徹底的に叩き潰す。

 アルバは防ぐことで精一杯。勢いに身体が押され、脚が地割れと共に地面に埋め込まれてしまう。

 それでも尚屈しないアルバは、動きを許された上半身を前に折り曲げ、右拳を思いの丈地面にぶつけて塞がれた足元の土塊を破壊し復帰。低姿勢のまま反撃を仕掛けるも、非徒には通用せず攻防一体にせめぎ合う。

 何がアルバを不意に立たされるのか、理由は明確。圧倒的なまでの実力の差にある。

 非徒は目標物の殺害。ただそれだけを遂行する為に人体を調整、改造された言わば生体兵器。人でありながら人非ざる者、非徒。

 そこに迷いなど無く、冷酷残酷なまでに牙を向ける様は、並の人間なら確実に死地へ追いやられる。

 鋼鉄の身体は破格の硬度を有しながらも、滑らかに稼働する人本来の柔らかさも持つ身体構造は、解明不能な領域外の生物を思わせる。

 その体表に弾丸は通らない。

 その体表に爆発は通用しない。

 その体表を破壊出来る術はない。

 驚くべきは再生力にある。アルバが左腕を逆方向へ折ると、無造作に揺れていた腕は途端に元の位置に戻り、ゴリゴリと音を立てながら再生を果たした。集中的な胸部への攻撃に体表が砕け落ちるも、瞬時に細胞分裂を引き起こし零れていた黒い血は止血され、空いた孔が塞がれて行く。

 正に無敵。完璧がこの世にあるなら、非徒の生態のことを指してるに違いない。

 命が尽きるまで、破壊と殺害の限りを尽くす難攻不落の絶対要塞。勝ち目など有る筈が無い。

 否、有る。アルバなら。

 だが今は非徒に対抗出来うる実力を持ち合わせていない。

 ならば、一人で出来ないことは誰かの力を頼れば良い。

 それは勝つ為の戦略。

 それは生きる為の知恵。

 それは無力な自分への罪滅ぼし。

 生きろ、生きていれば勝機は必ず訪れる。此処で死んでしまっては全てが水の泡になる。

 だから、だからこそ今は何としてでも持ち堪えねばならない。

 救世主は、いつも遅れてやって来るのだから。


 続く


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