白のシルエットと平和
痛覚がないのなら、関節のパーツを壊す。数分前までは霞もそう考えていた。
しかし、今はそんな事など考えもしなかった。あるのはただ一つ。
全損。
現在でも、昔と同様人間は食生活を送る。それと同じようにアンドロイドはバッテリーの充電をしなくてはならない。そしてバッテリが装着されているのが人間の心臓と同じ部分。
霞はバッテリー周りにダメージを一方的に与え続けた。
「何故ダ!何故急にこんナ…!」
そんな事をぼやくと同時にもう何度目かもわからない衝撃が身体中に響き渡る。
「脆いな…」
霞の右手にはパジャッソの左腕があった。
言葉遣いもいつの間にか変化していた。
「お前ェ!俺の腕ぉぉぉおおオ!」
「うるせえよ…雑魚…」
思い切り突っ込んでくるパジャッソの拳を身体を九十度だけ動かして避け、右脚で思い切り蹴り上げる。
「―――ッ!」
衝撃に耐えられ無かったのか苦しそうな声を上げるも上げられないパジャッソ。
上に飛んでいくパジャッソの髪を掴み、壁めがけて投げ飛ばす。
「お前ェェェエエエッ!」
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雅人はもう見ていられなかった。
ボロボロになっていくアンドロイド。
そしてこれから罪を犯しそうな霞。
相手がいくら機械とて、今や人間と共存している。つまりそのデータを消そうものなら、人間だと殺人罪に問われるのと同様に罪に問われてしまう。
「先輩ッ!」
影から身を出し、大声を出す。
二つの視線が雅人へと向く。
「源くん…あなた…何でここに……?」
言葉遣いもいつも通りに戻り、霞が問う。
「先輩……?いひひひひひひひひヒ!」
何かを思いついたと言わんばかりの笑みを浮かべるパジャッソ。追い詰められた犯人がする事は一つ。「逃げなさいッ!源くん!」
その声を掛けるのは遅かった。否。遅すぎた。
雅人はその声が届いた頃には、パジャッソの右腕の中にいた。
「ぐっ…」
もう少し力が加われば、雅人の首は直ぐにでも折れそうな程であった。
「待ちなさいっ!その人は関係ないでしょう!」
「ふヒ。関係ないダ?言ったよナ。殺すのに意味なんて無いってサ!」
「うぐっ……!」
笑い声とともに雅人の首へと徐々に力が入ってくる。
「―――!」
霞はフードを脱ぐ。
――私は今までは目を見せず殺気だけで相手を倒していたけれど、この人いや、こいつ(パジャッソ)なら
金の髪がどこからか吹いてきた風になびき、霞はパジャッソへと目を合わせる。
今にも首をへし折りそうなパジャッソは笑いながら霞の方へ向いている。
―ゾクッ!
何かに怯えるかのように雅人を右腕から落とす。
「なるほど…機械にも恐怖の心はあったようだな……」
雅人は何が何だか分からず恐怖に怯えるパジャッソと再び雰囲気の違う霞を見ていた。
「ああああああああア!」
パジャッソは、子供のように悲鳴を上げ、体の向きを変えビルの上へと逃げ出す。
「ヒヤアアアアアアアアあッ!タタ助ケテ……!」
霞は無言の圧力でパジャッソの後を追う。およそ一秒で。八階建てのビルを昇ってみせた。
「先輩…ッ!」
ビルの間から叫んだ故か、雅人の声はこだました。
「分かっているわよ…安心しなさい」
上から返ってきた声は確かに霞の声であった。
「ヒィッ!ヒィ…ヒィ!」
ビクビクするパジャッソと対峙する霞はフードを今まで以上に深くかぶった。
殺気というのは一度与えてしまえば、二度と拭い去れないものアナフィラキシーショックだと分かっていたからだ。
霞は下から声がする事に気づく。それが雅人の声ではなく、一般人の声である事に。
「さぁ、そろそろ終わりにしましょう…」
その言葉に応じる余裕はパジャッソには無く、すでにエラーを起こしていた。
一歩ずつ歩きながら距離を詰める。パジャッソは磁石のごとく、霞が一歩近づいて来れば一歩後退していた。
「あ!そうでした」
何かに思いつくと霞はパジャッソの目を、比喩では無く目を眼球を抉り取った。
「カメラ映像を解析されると面倒です。あなたは位置情報から犯人として捕まってください」
視力を奪われたパジャッソは何も見えないが、前からにじり寄ってくる殺気は感じ取ることができた。
そして遂には、後退するそこに地面は無く、物理の法則に従って落ちていった。
そして、霞の声が耳に聴こえてきた。
「私が落とすのでは無く、機械自ら落ちる。何ともまあ機械らしい事」
パジャッソの耳にはそれが届くと直ぐに地面と激突し、大きな穴を開けた。
幸いそこに一般人はいなく、怪我人もいなかった。
霞は一瞬躊躇ったものの、謝るべく雅人の元へと向かった。
「源くん。その、ごめんなさい」
これに対して返ってきたのは驚くべき言葉だった。
「やっぱり、先輩がフードの人だったんだ」
「気づいていたの――?」
笑顔で言う雅人に情けない顔をして霞は問う。
「はい、気づいてました。だって僕は機械か人間かも分からず特徴だけ教えたのに、先輩はすぐに『人』って言ってましたからね…」
我ながらと恥じるべきだと思っていると
「ありがとうございました。助けてくれて。あと僕のお願いを聞いてくれて」
と霞の目を見ながら笑みを浮かべる雅人に何とも言えない感情に襲われる。
「―――!」
それを誤魔化すかのように言葉を続けた。
「さあ、デートの続きに行きましょう。あの大男のことは誰かが警察に連絡入れるでしょう」
「え?でも大丈夫何ですか…?色々と」
モール辺りへと戻ると大人数の人で群がっていた。
「良かった…警察に介抱してもらえたんだ」
雅人は胸を撫で下ろした。そして友達に任せっきりになってしまった為、スパイダーでメッセージを送る。
マサト : ごめん。全部任せちゃって。僕は大丈夫だから。
数秒後、既読という文字が表示され、一通のメッセージが返ってきた。
週明けの月曜日。難題であったレポートをデートの後すぐに仕上げた。
【白のシルエットと平和】
というタイトルで。




