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翌日、いつも通りに家を出たものの、考え事をしていたせいか学校に着いたのは遅刻ギリギリだった。
普段のように授業を受け、昼休みになれば食堂へと向かっていた雅人の目に一人の女性が飛び込んできた。
「―――な、なあ、あの人…って……」
カレーライスを頬張っている友達の袖の裾を、くいっと引っ張りながら質問する。
「ん、あれ?お前知らないの?」
知っているのが至極当然であり、知らない方がおかしいというような言い方に少し疑問を覚えたが続いた彼の言葉にそれは知らなくて当然だと思い知らされた。
「あの人は、俺らよりも一学年上、つまり二年生の北条霞先輩。クウォーターであのルックスなのに男の気配どころか、友達と仲良くしてるところを見た人は誰もいないらしい」
「北条…霞…」
噛みしめるようにその名前を口する。その隣で「何で知らないんだよ」と口にする友達をよそに雅人は席を立った。
「お、おい!何処行くんだよ」
その言葉に返事をせず、ただ一人の元へと赴いた。北条霞の元へと。
「あの、北条先輩」
食堂より少し離れたところを歩いていた彼女は、昨日と同じように振り返る。
「あなた昨日の。この学校の生徒だったのね」
昨日と同じように発される言葉に抑揚はほとんどない。
「はい…昨日はすみませんでした。僕、源雅人といいます」
「それで今度は何かしら?」
雅人達の周りは少しばかり騒ついていた。
「えーっと、お昼一緒にどうですか…?」
とっさに出た手としては、悪手だったかもしれないと、雅人が謝ろうとすると
「―――!別に構わないわよ」
その後、二人が向かったのは一階から一番かけ離れた屋上だった。
「あなた、日頃ちゃんと運動してる?こんな階段ごときでそんなに息を切らして」
「はあ、はあ…いや、貴女がおかしいんですよ…はあ、はあ」
霞は三つある内の一つのベンチに腰を下ろし、手に下げていた巾着からラップに包まれた成人男性の握りこぶしほどのおにぎりを取り出し、食事を始めた。
「はふあは、ふぁひゃふひはひほ」
「すみません、飲み込んでからお願いします」
口に入ったお米を飲み込ませ、さっきの台詞をもう一度聞く。
「あなた、早くしないとお昼休みなくなっちゃうわよ」
そして再び、おにぎりを口に進める。
雅人は腕につけた腕時計を見やる。時刻は十二時半。
「えっ!もうこんな時間なの?…あれ?僕のお昼は…あれ?あれ?」
昼食を探しているうちにポケットに入ったレシートに気づく。
「あっ!そうか…こんな事予想にもしてなかったから食堂に全部忘れてきちゃったんだ…」
「あなた……」
雅人は落ち込み、霞は絶句していた。
「はぁ、これでも食べなさいよ」
霞は巾着から再びおにぎりを取り出し、雅人に差し出す。
「良いんですか…?」
「私が困ってる人を野放しにする人に見えるのかしら」
「階段を登りきった時に僕を罵った人とは思えませんね…でも良いんですか?僕が貰っちゃったら霞先輩のお昼が」
「あなた色々凄いわね。ほぼ初対面の人を名前で呼ぶって」
表情は驚きではなく、少し引き気味に満ちていた。
「あ、すいません。北条先輩って呼ぶより、霞先輩って呼んだ方が文字数少ないですし」
「人の名前を呼ぶのが面倒くさいって初めて聞いたわ」
ため息交じりそういった霞は、おにぎりを食べ終えていた霞は水分で喉を潤していた。
雅人は霞と同じベンチに腰をかけ、おにぎりを受け取り、食べ進めた。一分ほどでおにぎりを食べ終えた雅人は手を合わせて霞と食材に「ごちそうさまでした」と言った。
「ねえ、源くん」
隣からかかった声に「何ですか?」と返事をする。
「あなた、怖くないの…?」
「?怖い?怖いって何がですか?」
「私よ。私に誰も近寄ってこないのは、みんな私を怖がってからなのよ」
雅人はその言葉を何度飲み込もうと理解できなかった。
「霞先輩、別に怖くないですよ?あっ、別に先輩としての威厳がないとかそんなんじゃないですよ!」
慌てて、自分の言葉に補足をする。
「怖いって、みんなは一体何を怖がってるんですか?」
雅人は気づいた。この質問が何よりの失言だということに。
「目よ」
そんな事は気にしていないのか霞は言葉を続けた。
「みんな、私の目が怖いって言うのよ」
「目?」
雅人は霞の目を覗き込むようにして見つめた。
「ちょっと!あなた」
少し頬を紅潮させ、雅人の肩を両手で押す。ズドンと。
女性とは思えない力で押され、二メートルほど後ろに飛んだ雅人は呆気にとられた。
「ごめんなさい」
霞は直ぐに雅人へ手を差し伸べる。
キーンコーンカーンコーン。
「うわ、チャイム鳴っちゃったよ。行きましょう。先輩!」
霞の手を取り立ち上がった雅人は霞の手首を握り急かす。
「あなた―――」
屋上を後にし、小走りで雅人は一人で下っていた。そう、一人で。
「あの人…やりやがったな。やってくれたなぁぁぁあ!」
放課後、五時間目に遅れた雅人は罰として教室で反省文を書かされていた。
「よし!出来たっ!」
いつもより少し遅れたが、陽が沈むのはまだ少し先。つまり雅人がすべき事は一つ。
「奴を探しに行くぞ」
職員室に謝罪とともに反省文を提出し、昇降口で靴を履き替えていると
「あら、遅かったわね」
この声には聞き覚えがあった。四時間ほど前に雅人を置いて、凄まじい速さで一人で階段を駆け下りた人物だ。
「霞先輩…その身体能力無かったら同じだったと思いますよ。っていうかどうしたんですか?」
ローファーに履き替えた雅人は帰路を霞と肩を並べていた。グラウンドで部活をしている人達が奇異の目で彼らを凝視していた。
雅人はそれに耐えることができず下を向いているのと、対照的に霞は気にする様子も無く昼休み歩いていたように歩く。
校門を抜け、生徒の目が届かなくなると同時に雅人は深いため息をついた。
「はあーーー。あんなに見るもんかね」
愚痴もこぼした。
「あなたも大変ね」
横目で霞を見ながら『貴女の所為でね』と突っ込む。
「さっきの話ですけど、何か僕に用ですか?」
「あら、用が無いと話しかけてはいけないのかしら」
「いや、別にそういうわけじゃ無いですけど…ちょっと僕にはやる事が…」
徐々にボリュームが下がっていった。
「なに?またあのフードの人を探してるの…?」
―――!
「え!な、何で分かったんですか!」
「良いわよ、手伝ってあげる」
「何が良いのか、さっぱりなんですけど…」
唐突すぎる展開に頭がついていかなかった。しかし、奴を見つけられるなら人員は多いほうがいいという考えに思い至った。
「じゃ、じゃあ、お願いします…」
パッとしないまま返事をする。
雅人は街へと赴き、霞は昨日の住宅街へと姿を消した。
雅人は公の場ではなく、ビルの狭間など人気の少ない所をくまなく探したが、一向にフードを被った影すら見なかった。結局二時間程、経った時一通のメールが送られてきた。
差出人 : 北条霞
宛先 : 源雅人
件名 : 提案
もう日も暮れてきた事だし、今日はもう終わりにしましょう
――あれ?なんであの人僕のメールアドレス知ってるんだ?
そんな事を不思議に思っていると、再び霞からメールが届いた。
差出人 : 北条霞
宛先 : 源雅人
件名 : 提示
どうせ、あなたのことだから『あれ?なんであの人僕のメールアドレス知ってるだ?』と思っているでしょうから教えてあげる。源くん、あなた、お尻のポケットに携帯入れているでしょう?
今日の昼休みにあなたとベンチに座った時、落としてたわよ。それをたまたま見つけたから、ついでに登録もしておいたの。
そして下校の際、あなたが他の人の眼圧にやられている時にあなたのお尻に戻してあげたのよ?
感謝なさい。
「なる…ほど……」
雅人は察した。下校時、注目が集まっていたのは雅人が霞と一緒に下校しているからではなく。霞が雅人のお尻を触っているかのように見られ、あたかも二人がそういう、いやらしい関係なのかと勘違いの眼差しだったことに。
「お前の……お前の所為かああああああぁぁぁぁぁぁ!」
丁度、会社から帰宅している人達も多くなる時間帯。しかし、そんな事など御構いなしに、雅人は声を荒げた。
翌日、いつも通りに朝六時半に起床し、携帯に一通のメールが届いていることに気づく。
友達という考えもあったが、友達とはスパイダーというアプリで連絡をとっているため、メールでは送って来ないと思い至り。
「……じゃあ、このメールは…」
予想的中だった。
差出人 : 北条霞
宛先 : 源雅人
件名 : 提案
おはよう、源くん。
突然で申し訳ないのだけれど、今週末、付き合ってもらえないかしら?
隣街に新しいデパートが建てられたでしょう?
まさか先輩からのデートの誘いを断ったりしないわよね?ね?ネ?




