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目喰い

作者: 賀州貴

「お母さん、お団子、買って来てよ!」

小学2年生の七橋咲弥は、ふくれっ面になりながら、母親の真由美に団子を買ってくるように迫る。

「今日は、お月見の日でしょ!お団子が無くちゃ、話にならないでしょ!」

台所で、夕飯の支度を始めた真由美の後を追いながら、咲弥は、まくし立てる。

「こんな雨じゃ、お月見なんて無理でしょ、それに、お店にも行けないし」

真由美は、気にせず支度をする。

「雨なんて、もう止んじゃうよ。それからじゃ、お店閉まってるし!」

腹を立て、ダイニングの椅子に座る咲弥。

「何を騒いでるんだい?さーちゃん」

そこへ祖母の冨佐がやって来て、テーブルを真ん中に反対側へ座る。

「おばあちゃん、お茶入れますね」

真由美は、湯のみを用意する。

「どうしたんだい?」

冨佐が、ふくれっ面の咲弥に聞く。

「お母さんが、お団子買って来てくれないの!」

そう言って、そっぽを向く咲弥。

「さっきから、ずっとこうなんですよ」

そう言いながら、冨佐の前にお茶を出す真由美。

「この雨じゃ、お団子買いに行けないねえ。お母さん、ずぶ濡れになっちゃうよ」

冨佐は、優しく咲弥に話しかける。

「傘差して行けばいいでしょ!」

なかなか機嫌が良くならない咲弥である。

「ねえ、さーちゃん。こんな話を知ってるかい?」

冨佐が身を乗り出して、咲弥に問いかける。

「何よ・・・」

横を向いたまま、聞こうとする。

「おばあちゃんが、子供の頃なんだけどね。今のさーちゃんみたいに、駄々をこねていたら、おばあちゃんのお母さんが、こんな話をしたの・・・」

冨佐が表情を変えて、話し出すと、咲弥も少し興味を持ち出し、前を向いて聞きだした。

・・・昔、雨の日に、村の子供が、お月見の団子が無いと駄々をこね、納屋で一人で泣いていたんだと。そこへ、傘を被った男が現れ、子供に聞いた。

「何を泣いているんだい?」

子供は、答えた。

「お団子が食べたいのに、買って来てくれないんだ」

泣きながら親への不満を言った。

「じゃあ、お前の目をくれ」

子供は、ドキッとしたが、男に尋ねた。

「どうして目が欲しいの?」

泣き止んでいた子供は、そう答えた。

「お団子にするんだ」

男は、そう答えた。

「お団子に!?」

子供は、その言葉に、胸を躍らせた。

「そう、お団子さ。二つ作れるよ」

男は、指を二本立てた。

「一つくれるならいいよ!」

子供は、そう言ってしまった。

「一つ上げよう」

そう言って、男は、腰を下ろして、子供の両肩を掴んだ。

「きゃあああああっ!」

男に両目を食べられてしまった子供は、雨の中、納屋を出て、目が見えないまま歩いて行き、川に落ちて、溺れ死んでしまったそうだ・・・。

「その男は、妖怪、目喰いって名前で呼ばれていたそうだよ。こんな雨の日に、気を付けないといけないね」

冨佐は、そう言って、お茶を飲み始めた。

「おかあさん。今度、天気のいい日に、お団子買ってね」

咲弥が、真由美に言った。

「はいはい」

真由美は、支度を続けた。


15年後・・・。

「じゃあ、お先に失礼します」

咲弥は、局長に挨拶をして、郵便局を出た。

「少し早いから、戸田屋さんに寄って行こう」

咲弥は、短大卒業後に、田舎町の郵便局に就職し、少し離れたところにある、田舎には、数少ないアパートに住み、自転車で通勤していた。戸田屋とは、この町に一軒しかない和菓子屋だ。

自転車で集落の通りを二つ走り、角にある戸田屋の前で自転車を停めた。

「こんにちは」

咲弥は、挨拶をしながら中へ入った。

「ああ、咲弥ちゃん、いらっしゃい!」

戸田屋の女将の陽子が、奥から顔を出した。

「あ、月見団子があるんですね?」

種類が多くないため、すぐに目が行った。

「今日は、十五夜だからね。晴れれば、奇麗な月が見れるわよ」

陽子とは、馴染みになっていた咲弥。その話を聞いて、子供の頃を思い出す。

「じゃあ、月見団子にします」

咲弥は、一人で食べられそうな数だけ注文し、陽子から袋を手渡された。

「あら、雲が・・・」

外へ出て、空を見上げると、黒い雲が町の半分を包んでいた。

「何だか降りそうね。傘を貸そうか?」

陽子も顔を出して、同じように空を見て言った。

「大丈夫です。マイカーで突っ走れば、すぐに着きますから」

笑顔でいい、自転車のサドルをポンと叩く咲弥。

「じゃあ、気を付けてね」

陽子が軽く手を振る。

「はい、ありがとうございました」

咲弥は、団子の入った袋を、前カゴに入れ、自転車を走らせた。


郵便局がある集落を出ると、田畑が広がる。1キロほど先にまた集落があり、そこにアパートがある。

「あ、降って来ちゃった!」

雨が降り出し、ペダルを回す足に力を込めた。

ザーッ。

すぐに雨脚が強くなり、視界も悪くなる。

「最悪!バッグも鞄も濡れちゃう!」

ギーッ、ギーッ。

舗装されている一本道だが、強い雨に、ペダルを回す足も重くなり、なかなか進まなくなる。

「ああ、あそこで、一休みしよう!」

ちょうど集落と集落の真ん中に小川があり、橋を渡ると、一本だけやや大きな木が立っている。

「はあ、つかれちゃった。雨宿りしよう・・・」

咲弥は、木の横に自転車を停め、木の下で、一人雨宿りをした。

ザーッ。

相変わらず、強い雨が降り続く。

「止みそうにないなあ・・・」

空を見上げても、雨で雲も見えない。

ザーッ。

「そうだ、お団子がビショビショになっちゃう!」

咲弥は、少し考えて、辺りを見回してから、ズボンを脱ぎ始める。

「こんな雨なら、誰にも会わないだろうから、これでいいわ」

ブラウスを下ろして、パンティを隠し、ズボンでバッグと団子の袋を包んで、カゴに戻した。

ザーッ。

「さぶっ。仕方がないから、もう行こうかな」

止みそうもない雨に痺れを切らし、自転車を跨ぐ。

「んっ!?」

背中に寒気を感じ、ゾクッとする咲弥。

「誰かいるの?」

辺りを見回す咲弥。

ザーッ。

相変わらず雨の音しか聞こえないが、近くに何かの気配がして、動けない。

「やだ、もう行こう!」

ギッ!

ペダルを踏みこんだが、自転車が動かなかった。

「目をくれ」

いきなり、背後から男の声がした。

「きゃっ!」

ガシャン。

自転車から飛び降り、木の幹に背中をつけて声の主を見る。

ザーッ。

「目をくれ」

帽子を深く被り、黒い合羽を着た男が近づいてくる。

「嫌あああっ!」

子供の頃の話を思い出し、怖くなって動けない咲弥。

「目をくれ」

手を伸ばし、咲弥を捕まえようとする男。

「来ないでええっ!」

何とか足を動かし、木の後ろに回る。

「どこかへ行って、目なんか上げない!」

ザーッ。

雨以外の音が聞こえなくなった。

「・・・」

咲弥は、キョロキョロと見回す。

「いなくなったの?」

そっと反対側を覗き込む。

「夢よ、幻よ。あんなの迷信だもの」

誰もいない。沙也は、自転車の所へ駆け寄り、倒れていた自転車を起こす。

「早く帰ろ、早く・・・」

自転車を跨ぐと、ズボンとバッグと団子の入った袋が、草の上に落ちていた。

「もお、こんな時に・・・」

ザーッ。

自転車を片手で持って、ズボンに巻かれたバッグと団子の入った袋を拾い、前カゴに入れる。

「もう絶対行くんだから」

半べそをかきながら、ペダルを踏む。

ギッ!

「きゃっ!」

ガシャン!

襟首を後ろから掴まれ、自転車が股から抜けて倒れた。

「目をくれ」

帽子を被り、カッパを着た男である。

「嫌ああああ、誰か助けてえええ!」

咲弥は、必死に逃げようとするが、男に腕を掴まれ、木の下へ連れて行かれ、背中から押し付けられた。

「お願いです、返してください!」

怖くて男の顔も見れない。

「目をくれ」

またそんなことを言う。

「無理ですううう、ごめんなさい!助けてください、うっ!」

急に生臭い臭いがした。男の体臭のようだ。

「えっ!」

男の顔が目の前にあった。

ザーッ。

「嫌、嫌、嫌・・・」

咲弥は、帽子のつばの下から見える顔に絶句した。

「あわわわ・・・」

幾つもの目がある顔に、悲鳴も上げられなくなる。そしてその中にある分厚い唇が開き、男の舌が現れる。

「や、や、や・・・」

両肩を押さえられた上、恐怖で身動き出来ない。

「目をくれ」

長くて薄い舌が伸び、咲弥の見開いた目に近づいてくる。

「あへ、へ、へ・・・」

気を失いそうなのに、目が閉じれない。尖った舌の先が、瞳に大きく映った。

「ぎゃあああああっ、あわわ、わわ・・・」

舌が咲弥の右目の中に、刺さるように入り、クルリと回って、目玉をくり抜き、外へ出て来た。

「ゴクン!」

男は、咲弥の目玉を呑み込んだ。

「や、やめ、て・・・」

また舌が伸びてくる。

「ぎゃあああああっ!」

左目もくり抜かれて、男に食べられてしまった。

「やだ、やだ、やだ・・・」

両手を前に出し、ヨロヨロと歩きだす咲弥。

「目を返してえええ・・・」

真っ暗な世界になってしまった自分の行き先。沙也は、真っ赤な血の涙を流しながら歩いた。

「お願い、目を私の目を、返して・・・」

見えない道をよろよろと歩く咲弥。

「目を、目を・・・、きゃあああっ!」

ザッバーン!

橋の上から、大雨で水量の多くなった小川に、咲弥は、落ちてしまった。

「ごほっ、ぐほっ、たす、け・・・」

普段なら軽く足が着く小さな川も、今は、大人の咲弥を簡単に呑み込んでしまう恐ろしい川になっていた。

咲弥の姿は、すぐに水の中に消えて行った・・・。


「川に女性の死体か・・・」

翌日、町の駐在所の巡査加久田から連絡があり、県警の刑事と鑑識がやって来た。

「こっちです。咲弥て言う可愛い子だったんですけどね・・・」

そう言いながら、県警のベテラン刑事砂野大吾と若い女刑事金居二葉が、加久田に導かれ、田畑の間を通る小川の脇道を歩く。

「あそこです」

舗装もされていない道の真ん中に、青いシートが何かを覆っていた。すでに鑑識が数人周りを調べている。

「溺れていたなら、事件性はないだろ」

大吾は、加久田に言う。

「それがですねえ、信じてもらえないかもしれませんが、そのお・・・」

加久田が、何かを戸惑っている。

「早く言え」

大吾は、手袋をしながら、催促する。二葉も大吾を見習って、手袋をしながらついてい行く。

「目が無いんです」

加久田が言った。

「目が無い?何に?お前の好きなものを聞いてるんじゃないぞ」

大吾の言葉に、二葉がクスッと笑う。

「そうじゃなくて、遺体の目玉がくり抜かれているんです」

大吾も二葉も足を止める。

「目玉がくり抜かれてる?目玉焼きにしたのか?冗談はよせ」

冗談を言っているのは、大吾の方である。

「とにかく見てください」

シートの所へやって来た三人。大吾がしゃがんでシートの端を摘まんで持ち上げる。

「足か・・・」

靴下を穿いただけの白い足が見えた。

「何も穿いてないのか?レイプか?」

とりあえずシートを戻し、頭の方へ移動する。

「身元は分かっているんだな、幾つくらいだ?」

大吾が、加久田に聞く。

「は、はい。七橋咲弥ちゃんて言って、郵便局のマドンナみたいな子で、何時も挨拶をしてくれてる明るくて可愛い子だったのに・・・」

言葉に詰まる加久田。

「それで、年齢は?」

大吾は、頭の方のシートの端を摘まみ、そっと開く。

「わっ!目玉がない!」

大吾も思わず、手からシートを離した。

「だから言ったじゃないですか」

加久田が言う。

「冗談かと思った・・・」

今更である。

「年齢は、二十三です。若くて奇麗で、可愛かったのに・・・」

加久田は、涙を流さんばかりの表情だった。

「砂野さん、死因は、やはり溺れたようです」

周りを調べていた鑑識の一人、八馬田が大吾に言った。

「レイプは?」

大吾は、パンティだけの遺体に、直感でレイプの後溺れさせられたと思ったのだ。

「それはないです。ズボンを穿いていたみたいですが、昨日は大雨で、帰宅途中に脱いだのかもしれません」

八馬田が言う。

「何でそんなことがわかる?」

大吾の勘では、レイプである。

「一キロほど上流の木の下に、女性の自転車が倒れていて、そこにバッグと袋を巻いていたズボンがありました。そこで、何者かに襲われ、目をくり抜かれ、目が見えないまま川に落ちて、ここまで流されたと思われます」

鑑識の現場検証は、優秀である。

「そうか・・・。二葉君、君も見るか」

勘が外れて、二葉にシートの前に来させる。

「え、いえ、さっき、少し見ました」

シートの前で、戸惑う二葉。

「ほら見ろ!」

大吾がシートを開く。

「きゃっ!」

二葉は、尻もちをつく。

「何ねん刑事をやってるんだ。遺体を見ただけで、腰を抜かしてたら、犯人なんて捕まえられないぞ」

意地悪な大吾である。

「砂野さん、昨日の雨で、足跡なども全く残っていないので、手掛かりは皆無ですよ」

八馬田が淋しいことを言う。

「じゃあ、二葉君、聞き込みに行こう」

大吾は、二葉を従えて、目撃者がいないか聞き込みに向かった。


「随分田舎ですね。こんなところで殺人事件が起こるなんて、信じられません」

二葉は、歩きながら言う。

「田舎でも事件は起こるが、目をくり抜くなんて言うのは珍しい」

ベテラン刑事でも、初めての経験である。

「じゃあ、びっくりしました?」

二葉が聞く。

「びっくりしたのは、お前だろ。俺は、何度も遺体を見ているから、驚きはしないよ」

実際には、驚いていた。

「私は、オシッコ漏らしそうでしたよ」

二葉は、そう言いながら笑う。

「まだまだだな。あの店に寄って見よう」

集落に入っても人に会うこともなく、二人は、和菓子の戸田屋に入った。

「すみません!」

二葉が先に入って、人を呼んだ。

「はい・・・」

奥から元気のない陽子が出て来た。

「何になさいますか?」

二人を客だと思って聞いた。

「いえ、買うのではなく、お話を聞きたくて」

二葉が言う。

「警察なんですが、川で女性の遺体が発見された件です」

大吾が補足する。

「あ、そうなんですか!じゃあ、咲弥ちゃんのことですね」

和菓子屋の女将も、被害者を知っているんだと、二人は思った。

「その女性ですが・・・」

二葉が聞こうとすると、すぐに陽子が話し出した。

「あんないい子を誰が・・・。絶対に犯人を捕まえてくださいね!咲弥ちゃんは、昨日、お団子を買って行ってくれたんです。それなのに、きっと、帰る途中で襲われたんです。誰かが待ち伏せしたんですよ!きっとそうです!」

陽子は、勝手に興奮している。

「この辺りで、怪しい人なんかを見たり、聞いたりしたことはありませんか?」

二葉が聞く。

「この町に、咲弥ちゃんを殺したりするような人はいません!若い人は、外へ出てるし、お年寄りや子供があんな酷いこと、め、目をくり抜くなんて・・・。咲弥ちゃんみたいに優しくて、可愛くて、まじめな子なんですよ!その子をあんな酷い目に遭わせるなんて、この町にはいませんよ、絶対!」

また興奮する陽子。

「その子は、何時ごろここへ寄ったんですか?」

今度は、大吾が聞いた。

「はあ、夕方ですけど、そうだ、丁度雨が降り始めたころ、店を出ました。その後だと思います、殺されたのは、駐在さんの話では、団子を入れた袋が、ズボンに巻かれていたそうで、うちの団子をそんなに大事に持って帰ろうとしたのに、雨の中あんな酷い目に・・・」

また話が長くなりそうなので、大吾が話を切った。

「必ず、犯人を摘ままえますから。また何か気づいたことがあったら、駐在に言ってください。では・・・」

そう言って、二葉を引っ張って出て行く。

「他所から来た、異常者の犯行ですかね」

二葉の見解である。

「ズボンを穿いていない女の子をレイプするでもなく、バッグをそのままにして、首を絞めることもなく、目玉だけをくり抜いて行くなんて、どんな異常者だ?」

大吾を悩ませるのは、今までに経験したことのない、犯行の内容である。

「あんたら、警察の人かい?」

通りを歩いていると、腰の曲がった老婆が、二人に声を掛けて来た。

「そうですが?」

二葉が返事をする。

「あの子は、目喰いに殺されたんじゃよ」

老婆がそう言った。

「目喰い?」

二葉も大吾も、頭の中に疑問符が現れた。

「目喰いじゃよ、知らんかい?子供の頃、親から聞いたことないかい?」

老婆の言葉に、二人は首を横に振る。

「妖怪、目喰いじゃよ。十五夜の夜に大雨が降ると、目喰いが現れ、女の目をくり抜いて食べてしまう、昔から言い継がれている、妖怪、目喰いじゃよ」

真剣な顔をして、老婆が話す。

「ああ、その妖怪ですか、わかりました。また今度話を聞きますね。急いでるんで、失礼します」

大吾は、メモを取っている双葉の手を引き、その場から離れて行く。

「砂野さんは、えーと、妖怪、め、目喰いを知ってるんですか?」

先を急ぐ大吾に、速足で移動しながら二葉が聞いた。

「知るわけないだろ。幽霊や妖怪話で、事件が解決するか?あんな話を聞いてても、長くなるだけだ。もう一度現場へ行って、鑑識に話を聞こう」

二人は、集落を出て、田畑の間の道を歩いて行った・・・。


何の進展もなく一年が過ぎた・・・。

「砂野さん、今日は、一人で目喰いの町へ行って来ます!」

二葉は、バッグを肩に掛け、砂野に声を掛けた。

「ああ、済まないな。俺は、投資家殺人事件で忙しいから、目喰いは、お前に頼むよ。まあ巡査に話を聞いて帰って来ればいいから」

二人の間では、目喰いの事件と暗号化されていた・・・?

「あああ、あんなに犯人を捕まえてやるって言ってたのに、何の手掛かりもないと、関心が無くなっちゃうんだから。やっぱり、ちゃんと検挙の見込みがある事件が好みなのね」

二葉は、覆面パトカーを運転してあの町へ向かった。

「女将さん、こんにちは!」

二葉は、戸田屋にやって来た。

「いらっしゃい、二葉ちゃん!今日も捜査に来たの?」

馴染みになっていた二葉を、陽子が笑顔で迎えた。

「捜査なんて、何の手掛かりもないから、新しいチラシを交番へ貼って来ただけです」

二葉は、和菓子を見回して、最中を指さした。

「これ、食べて行きます」

二葉は、小銭を出して支払いを済ませ、店の隅に用意してある、自分専用になっている丸椅子に座った。

「どうぞ」

陽子が、いつものように小さなテーブルにお茶を二つ用意して、向かい合わせで座る。

「ああ、美味しい!」

最中を口にして、満面の笑みを見せる二葉。

「二葉ちゃんも、咲弥ちゃんみたいに、奇麗で、可愛くて、明るくて・・・。警察官にしておくのは、もったいない気がするわ」

二葉の顔を見て、しみじみ思う陽子。

「ええっ、警察官でなければ、何になればいいんですか?」

警察官になるのは、二葉の子供の頃からの夢だった。

「そうねえ、女優か、うちの看板娘かな」

陽子の一方的な思いだった。

「考えておきます。そうだ、砂野さんたちにお土産買って行きます」

そう言って、和菓子を幾つか見繕って、箱詰めしてもらった。

「じゃあ、仕事じゃなくても、遊びに来てね」

そう言って、車に乗った二葉を見送る陽子。

「あ、雨だ!」

急に黒い雲が空を覆い、雨が降り出した。

「あ、傘を持ってく?」

陽子が言う。

「私、車ですよ。ごちそうさまでした」

そう言って、二葉は、車を走らせた。


「ちょっと、あそこへ寄って見よう」

集落を出た二葉は、帰りの道ではなく、咲弥が襲われた場所であろう、田畑の真ん中にある、あの木の所へ向かった。

キイイイッ!

あの老婆が急に現れ、二葉は、ブレーキを踏んだ。

「雨が降ってますよ、送りましょうか?」

窓を開け、老婆に言う。

「あそこに行くと、お前も死ぬぞ」

そう言っただけで、振り向きもせず、老婆は、歩いて行った。

「犯人が現れるなら、私が捕まえます!」

そう独り言を言って、再び車を走らせた。

「ああ、強くなってきたなあ・・・」

すぐに雨脚が強くなり、視界も悪くなる。

「よおし、着いたぞ」

小川の橋を渡ると、すぐに木があり、その横に車を停めた。

ザーッ。

「やっぱり、傘を借りればよかったな」

二葉は、手提げ袋から、土産の箱ではない、団子の入った小さな袋を取り出した。

「止みそうにないから、行っちゃえ!」

ドアを開けて、木の下に行く。そこには、町の人たちが置いて行った花や人形が置いてあった。二葉は、そこへ団子の入った袋を置いた。

ザーッ。

「咲弥さん、安らかに眠ってください。私が、きっと犯人を捕まえます」

そう言って、雨に濡れながら、手を合わせた二葉。

「さあ、帰ろう!」

立ち上がって、すぐに運転席の方へ回って、車に乗り込んだ。

「あああ、ずぶ濡れだ」

二葉は、シートベルトを締める前に、上着を脱ごうと、肩から降ろし始める。

「目をくれ」

急に、後ろから声がした。

「えっ!?」

上着を両腕の途中まで下ろした状態で、二葉は、後ろを見た。

「きゃああっ、誰ですか!?」

後ろには、帽子と合羽を着た男が座っていた。

「な、何するの!?」

上着を途中まで下ろした、不自由な状態で、後ろから男に両肩を掴まれ、運転席と助手席の間から、後ろに引き込まれた。

「目をくれ」

男がまた言った。

「や、止めなさい!逮捕しますよ!」

そう言いながらも、後部座席の方に身体を半分反らせた状態で、動けない二葉。狭い足元で、両足をバタつかせる。

「止めて!」

刑事の二葉でも、異様な男に恐怖を感じる。

「きゃっ!」

帽子のつばから覗いた男の顔に、二葉は、悲鳴を上げた。

「目をくれ」

恐怖で動けなくなった二葉の顔に、分厚い唇の間から現れた長い舌が、二葉の目に近づいてくる。

「嫌、嫌、止めて!」

ズッ。

「あわわ・・・」

鋭い舌の先が、二葉の右目の眼球と下瞼の間に差し込まれた。

「あがが・・・」

舌が眼底まで回ると、抉るように上を通り、うわ瞼の下から突き出た。

「ぎゃああああっ!」

ニュルっと目玉と一緒に丸まった舌が出て、そのまま口の中へ戻った。

「あああああっ!」

泣き叫ぶ二葉をよそに、男の長い舌は、二葉の左目をくり抜いて口の中へ戻った。

「嫌あああああっ!」

男が手を離し、運転席に戻った二葉は、顔を押さえて泣き叫ぶ。

ガチャッ。

ドアを開けて外へ出た二葉。装着していた拳銃を持つ。

ザーッ。

「あ、あなたが、咲弥さんを、殺した、犯人ね!」

何も見えなくても、目から血を流している状態でも、必死に拳銃を構えて、男を逮捕しようとする二葉。

「見えなくても、わかるんだからね!撃たれたくなかったら、私の前で伏せなさい!」

ザーッ。

あちこちを向いて、耳から情報を得ようとするが、雨の音しか聞こえない。

「撃つわよ!」

二葉は、手当たり次第撃とうと思った。

「あっ!」

拳銃を構えていた右手を掴まれた。

「や、止めなさい!」

二葉が抵抗しようとしても、自分の右手が頭の方へ引かれて行く。

「や、止めて、お願いだから、止めて!」

二葉がそう言っていても、二葉の握った拳銃の先が、二葉のこめかみの所に当たった。

「嫌、嫌ああああああっ!」

パンッ!

強い雨の中でも、銃声が響いた。

「・・・」

二葉は、そのまま道路の上に倒れ、しばらく身体を震えさせていたが、雨に打たれながら動かなくなった。

ザーッ。

男は、雨の中に消え、一人雨の中で横たわる二葉の周りに、真っ赤な血が広がり、それも雨に流されて行った・・・。


「二葉君、犯人を教えてくれないか?俺が死刑台に乗せてやる」

大吾は、二葉の墓の前で、手を合わせて言う。

「済まない、俺が代わりに行っていれば・・・」

後悔ばかりが、口から出てくる。

「お前も、本当に目を喰われてしまったのか?」

四十九日を過ぎても、何の手掛かりもなく、大吾は、途方に暮れるばかりだった。

「本当に、妖怪が、犯人なのか?」

肩を落として、二葉の墓を去る大吾。


妖怪目喰いの犠牲になった二葉と咲弥。

その事実を語る者が、たった一人いた。

あの老婆だった・・・。












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