初等部編 カトリーナside1
戸惑いながらもレーン様の手をとった。手を引かれながら歩いている間、頭の中では何と説明すれば良いのかを必死で考えていた。こんな時でも私は自分のことばかり。少しでも嫌われないように、呆れられないように、レーン様のお心がエラさんへといかないように……。
こんなことを考えているにも関わらず、私はシュツェ侯爵家のスクラート様ともお会いするつもりだ。レーン様のことが好きなのに、それでもスクラート様とお会いしなければ後悔するだろう。
正直、レーン様への恋心さえなければ私は二つ返事で婚約者候補となっていたと思う。シュツェ家は私にとっては夢のような環境なのだ。
男女関係なく皆が思い思いのことに没頭して研究をして国を支えている。学園さえ出てしまえば、後は社交をこなす以外は研究をして過ごせる。好きなだけ大手を振って学ぶことができる。例え恋愛感情は無くてもきっとお互いを認めあって穏やかな関係を築けるだろう。
レーン様だって今は私にお心を下さっているけれど、人は心変わりをすることもある。それは私だって。
そんな不確かな感情よりもシュツェ家へと嫁ぐ方が良いに決まっている。決まっているのに……。
「カトリーナ」
静かに私を呼びながら離れていく手を名残惜しく思いながらもレーン様を見る。結局、何て言えば良いのかは思い付かなかった。
「レーン様……」
続く言葉は出なかった。名前を呼ぶだけで息が苦しい。罪悪感で胸が押し潰されそうだ。
「そんな顔しないでよ。僕はカトリーナを責めている訳じゃないんだ。責められる筈がないじゃないか。だって、原因は僕にあるんだもん。ごめんね、カトリーナ。僕がヴィダーさんの婚約者候補にさえならなければこんなことにはならなかったのに」
沈んだ声でレーン様は言った。あぁ、レーン様はご自身のことを責めてるんだ。エラさんが言った通り家同士の事だから、レーン様がどうにかできることではないのに。……そう、今の私たちの力ではどうにもできないこと。どんなに想い合っていたって、そんなことは些末なことなのだ。
「レーン様のせいではありませんわ。私が悪いのです。強い心を持ってあなたを待つと言えない私が。だから、どうか謝らないでください」
ここで終わりにできたらどんなに楽だろうか。冷たい言葉で叶わない関係を切り捨てた方がこの先互いに苦しむことはなくなる筈だ。それでも…………。
「レーン様……お慕い申しております。例え、別の方へと嫁ぐことを決めたとしても、私の心はレーン様のものですわ。これから先、供に歩むことができなくなったとしても私の想いを忘れないで……」
卑怯な言い方なのは分かっている。アリアとイザベラには言わなかったが、私達の恋の行方はもうとっくに決まっていたのだ。エラさんがレーン様の婚約者候補になった日から。……いいえ、リェーフ家とシュタインボックス家に生まれた時から叶うことはなかったのだろう。
そのことを私が認めたくなかっただけ。目をそらし続けてきただけなのだ。
分かってはいる。それでも簡単には割り切れない。諦められないのだ。だからあんなことを言った。いつまでも私を忘れないで欲しいから。少しでも長くレーン様の心の中に居続けたいから。言った言葉の気持ちは本物だけれど、レーン様を縛り付ける呪いになるだろう。
あぁ……、何て滑稽なんでしょう。愚かなのでしょう。こんな私を忘れて欲しいと思う反面、いつまでも囚われていて欲しいと願ってしまう。
「カトリーナ……」
レーン様に抱き締められた。苦しそうに私の名を何度も何度も呼んでいる。レーン様も気付いていたのだろう。「待っていて」と言いながらもエラさんとの婚約を回避する手立てがないことを。
もしかしたら、レーン様も私と同じ気持ちで言っていたのだろうか。言ったことを後悔しながらも、自分を想い続けている私に喜びを感じていたのだろうか。
私達の想いはきっと歪んでしまった。それでも手離せないのはどうしてなのだろう。
私はレーン様の背中へそっと手を回した。少しでも長くこの時間が続くことを祈って。
カトリーナsideはどうしても暗くなりがちですね。次回はアリアsideに戻ります




