初等部編44
「申し遅れました。私、ジンス・フォックスと申します。あなた様はエラ・ヴィダー様でしょうか?噂通りの可愛らしい方ですね。婚約者候補を次々と変えてご子息方を弄んでらっしゃるのも納得ですね。顔に似合わずやることがエグいと一部では有名ですよ。
それにしても、今度は十二星座の方をターゲットになさったんですね。いい加減、そろそら自重なさいませんと痛い目を見ることになりますよ。……あぁ、全く相手にされてないところをみると、既に痛い目にあったんですかね」
息継ぎをしていないんじゃないかと思うほどジンスは一気に喋った。エラの顔はみるみるうちに怒りで赤く染まっていく。
「あなたねぇ!!」
エラが言い返そうとした時、レーンはエラの腕を引き剥がすことに成功した。
「やった!!剥がれた」
直ぐにエラは腕を再び掴もうとしたが、レーンはするりと避けた。油断さえしていなければ、武道家のレーンが捕まるわけもない。
「ヴィダーさん、僕は心の底から愛している人がいるんだ。彼女以外と結婚するくらいなら家なんか継がなくていい。どんなに君が権力を使おうが、僕の父を懐柔しようが、僕が君と一緒になることはこの先絶対にないよ」
強い眼差しでレーンはエラを見た。けれど、エラは我が儘を言う子どもを諭すかのような目で見返した。
「レーン、結婚と言うのはねー、家と家の結び付きを強くするためにするのよー。だからあなたが誰を愛していようと私には関係がないわー。それにー……」
エラはカトリーナを見て不敵に笑った。何だろう。嫌な予感がする。カトリーナも勘づいたのか慌てて続きの言葉を止めようとした。しかし止まるはずもなく、エラは勝ち誇ったように話を続けた。
「それに、カトリーナさんはもう既に他の婚約者候補が決まったのよー。お相手はシュツェ侯爵家のご子息のスクラート様ー。シュツェ家は学問に秀でた家系だものー。お勉強が得意なカトリーナさんには、ぴったりなお相手よねー」
一瞬の静寂。
レーンはカトリーナを見詰めたまま呆然と立ち尽くしている。その隙にエラは再び腕にしがみついたが、それすらも気が付いていないように見える。
「あの……レーン様…………。これには理由がーーー」
言い淀みながらもどうにか言葉を紡ぐが、カトリーナの声は少しずつ小さくなっていく。そんな二人を取り成すように一人の少年が動いた。
「レーンにだって婚約者候補ができたのだからカトリーナ嬢にいたって何もおかしくはないだろう。間違っても責めるような真似はするなよ」
呆然とするレーンからエラを引き剥がしながらフランチェスコは諭すように言った。
「ほら、今なら二人きりで話せるだろう。こっちのことは私たちに任せて話し合っておいで」
レーンの背中をカトリーナの方へと軽く押し、しっしっと手で合図を送る姿は正しくゲームの中のフランチェスコのよう。
しかし、「でも、郊外学習の時間だし……」と真面目な優等生のカトリーナは躊躇っている。だが、次はいつ二人になれるのかなんて分からない、折角のチャンスだ。私とイザベラもそっとカトリーナの背を押した。
「良いから話し合ってきなよ」
「そうよ。調べるのならいつでもできるわ。それよりも大切なことがあるのではなくて?」
カトリーナの瞳は不安げに揺れていた。でも、ここで話し合わなければ二人の間に溝ができてしまうだろう。
「ちょっと勝手に決めないでー。レーンは私といるのよー。お邪魔虫は引っ込んでなさいー」
フランチェスコに取り押さえられているエラはカトリーナのことを睨み付けた。しかし、その声に反応する者はいない。
「カトリーナ行こう。僕と来てくれる?」
そう言ってカトリーナへと差し出した手は震えていた。
次回はカトリーナsideです。




