初等部編25
夕飯時、和やかな食事の後に使用人に炭酸ジュースを持ってきてもらう。
「お父様、お母様、このジュースをもっと改良してシュタインボックス領と提携して商品化したいのですが」
初等部に入ったばかりの子供の急な提案にも関わらず、二人はジュースを飲んでくれた。
「美味いな」
その言葉に心が踊る。
「それじゃあ……」
「だが、駄目だ」
「どう……して…………」
味は悪くないし今までなかったものだからインパクトもある。それなのにどうして!?
「味は上手いが、これをどうやって販売するんだ?生の果実を使ったようだが、どれくらい日持ちする?領内なら未だしも他領へと出荷するならば一週間はもたないと話にならない」
普段は見せない厳しい表情に息を飲んだ。
確かに。味にばかり囚われて移送中のことなんか考えてなかった。レシピを公開してしまえばシュタインボックス領以外でもすぐに模倣品が出てしまう。只でさえ真似しやすいものなのに……。
言葉に詰まっていれば、カトリーナが言い淀みながらも新しい案の提案を始めた。
「……冷凍しますわ。果汁のみ冷凍してお届けして炭酸は各々の家庭で入れて頂けば……」
けれど、その声は自信なさげにどんどんと小さくなっていく。
彼女にも分かっているのだろう。それでは直ぐに商売として成り立たなくなることを。
「それなら各家庭でシェフ達に果汁を搾らせて作っても同じになるのは分かっているのだろう?レシピを個々に売ってしまった方が儲けになるな」
分かっていたことだが突っ込まれてしまえば後はなくなるばかりで、私達の間に沈黙が流れる。
何か、何か良い案はないの!?
「あなた、子供達をいじめるのはそのくらいになさったら?」
それまで黙って成り行きを見守っていたお母様がお父様を困った子供のように注意すれば、お父様は顎に手を当てて少し悩んだもののいつものように穏やかに笑った。
「アリア、イザベラ嬢、カトリーナ嬢、すまなかったな。きみ達がどれくらい本気なのか見たかったんだよ。
商売は簡単にできるものではない。どんなにアイデアが素晴らしくても他者に真似されないような、真似されたとしても一番支持される商品にしなければならない。
カトリーナ嬢の冷凍するというアイデアは良かったが、それでは不十分なのは自分達でも分かっただろう?」
私達は黙って頷いた。
私達は焦りすぎた。もっとよく考えれば分かったものを見落としたのだ。
すぐにでも商品化できるものが欲しかった。だってこれはカトリーナにとっての希望となるものだったのだから。だからこそ、慎重にことを運ばなければならなかったのに……。
悔しさのあまり唇を噛む。
何か良い案を出さなくては、ゼリーならいけるだろうか?冷凍できるだろうし。けれど、また焦っちゃ駄目だ。チャンスは必ずものにしないと。
今度こそ慎重にならなければ……。
「さて、お説教はこれくらいにしよう。実は私達もね君達に食べて欲しいものがあるんだ。
とは言っても、まだ私達も口にしてはいないんだけどね」
お父様が場の雰囲気を明るくするように楽しげに言うと一人の少年が部屋の中へと入ってきた。
「…………ジンス?」
何でジンスがここにいるの!?
そう思ったのは私だけではなかったようで何か言いたげにカトリーナとイザベラは私に視線を送ってくるが私にもさっぱり分からない。
そんな状況に追い付けない私達を置いていくかのように、お父様とジンスは親しそうに話をしている。
「予定が早まってしまい申し訳なかったね。でも君のことだからもう出来上がっていたのだろう?」
その問いかけにジンスはにこりと人好きのする笑みで答えた後、メイド達がやって来て目の前にお皿を置いていく。その上にはクロッシュがかぶせられており中身は見えなくなっていた。
「約束の品でございます。本当はあと一つあるのですがアルコールですので、また後程御賞味頂けたらと思います」
そう言って頭を下げたジンスに両親は満足げに頷き、メイドに合図してクロッシュを開けて貰っていた。
「…………パンケーキ」
クロッシュの中にはふわふわの厚いパンケーキにバニラアイスとベリーのソースと果実がトッピングされたものが入っていた。




