初等部編 ジンスside1
入学式の日、学園に頼めば校門まで馬車を用意してもらえた。王都に住んでいる遠縁の親戚に頼めば両親の代わりに来てもらえただろう。それでもそうしなかったのには大きな打算があったから。講堂まで歩いていれば、お人好しな貴族が馬車に乗せてくれるかもしれないと。
入学式ならば各地の当主や城へ勤めている地位のある貴族が多く来る。将来商人として成功するためにもある程度地位があり、まともな感覚を持つ人に顔だけでも覚えてもらえる方法はないだろうか。
入学式に目立つのではなく誰かの目に止まる方法、しかもこちらから声をかけるのではなく相手から善意による接触が望ましい。地位はあってもそれを笠にきるような人では困る。
そうして思い付いたのが校門からかなり距離のある講堂まで歩くということだった。勝算はかなり低いことは分かっていた。
それでも、これをやるメリットは大きかった。
講堂までの長い道を歩く人はいないので、俺は非常に目立った。馬車の窓から俺が歩いているのを見た時の様子と紋章を覚えておけば、今後学園生活で関わる価値があるのかが分かる。
心配そうにみてくる場合は徐々に関係性を築き、見下してきたり嫌悪感を示す人とは距離を置く。相手の様子を観察するだけでこれからの接し方を見極められるのだから歩くのなんて苦にならない。
そもそも俺の住むフォックス領は良く言えば自然が多い長閑な場所だがようは田舎だ。あまり裕福ではないし領地も決して大きくはない。けれど、領民と当主でもある父や俺達家族とも距離が近く、田植えや稲刈りなんかは領民総出で行っている。その中にはもちろん俺達もいる。父はよく「領民は俺の家族だ!」と言っており、領地内をあちこち見て回っていた。俺も一緒に馬に乗ったり歩いたりしながら行っていたし、町で同世代の子達ともよく木登りや川遊びをしていたので体力には自信がある。
だから、性格が良い人が声をかけてくれたらラッキーくらいの気持ちで歩いていた。
歩き始めて5分も経たないうちに王家の紋章が入った馬車が通りすぎた。その時に中にいる少年と目が合ったが、その目には侮蔑も嘲笑も哀れみもない。俺に対する興味も全くなさそうだった。ただ馬車に乗っていたら歩いている俺が視界に入っただけだろう。
雲の上の存在でもある王族に商人として関われることはなさそうなので、俺もすぐに興味をなくした。しかし、その馬車は俺の前に止まり従者が一人降りてきた。
講堂まで歩くようなら乗っていくか聞いてくれたが、丁重にお断りした。従者が戻って行ったのを見ているとなんと王子が馬車から降りてきた時には本当に驚いた。まさか、王子本人が馬車から降りて来るなんて普通は思わないだろ?
「初めまして。僕はレオナルド・シュテルンビルド。……どうして、乗っていかないの?」
「お初にお目にかかります。私はジンス・フォックスと申します。お気持ちは大変嬉しいのですが、私のような者がレオナルド様とご一緒させて頂くわけには参りませんので、このまま歩いて向かいたく思います」
頭を下げて片膝を地面について礼をとったまま答えると困ったような声が聞こえる。
「表面上の答えはいらないよ。何か考えがあるのでしょう?僕に教えてくれない?」
そうは言われても「未来の上客を探しています」なんて答えられるわけがない。なんて答えるべきか悩んでいるとすぐに次の質問が来た。
「ジンスは確かフォックス領の四男だったよね。長男ですら地方の学園に通っているのに何故四男の君がここに通っているの?フォックス領を継ぐのは君なのかな?」
「いえ、領地を継ぐのは長兄のローランドでございます」
間が空けば疑われるかもしれないので即座に答える。
名乗っただけ四男であることが分かるってことは貴族全員の名前と家族構成を覚えているのだろうか。兄達が地方の学園に通っていることも知っているようだし、レオナルド王子は聡明だという噂は本当らしい。
「それじゃあ、なぜ四男の君だけがここに通っているの?」
地方出身の貴族は長男のみを今後の社交界での人脈作りのために王都の学園に入れることが多い。たまに子供が王家の血縁と同学年の場合はコネが作れるかも……と王都へ入学させて長兄を地方に通わせる野心家もいる。その場合は王都の学園に通った子が次期当主になるパターンが多いので、俺が領地を継ぐと思われてもおかしくない。
だから、
「私が王都に来たのは商人になった時の伝手を作ることが目的です」
と正直に答えた。
そうしたら、興味深そうに俺を見て
「それじゃ、君が乗りたいのは王家の馬車じゃないね。良い家が声かけてくれるといいね」
と言ってあっさり自身の馬車に乗って講堂へと向かっていったのだった。
今日は用事があったので夜遅くの更新になりました。明日もそうなると思います<(_ _*)>




