初等部編67
「ジンス……」
小声で呼びながらジンスの方を向くと険しい表情で一点を見ていた。それは、先程まで私が見ていた人物、レーン様だった。
「アリアも気付いたか?」
レーン様から視線は外さないまま耳元で囁かれる。
そんな些細なことにドキドキしてしまうが、懸命に押さえ込む。
今じゃない、今じゃない、今じゃない……。
そう、今はドキドキしている場合ではないのだ。どうにか平静を取り戻し、小声で会話を続ける。
「二人を見る目が異様に感じるんだけど」
「あぁ、あれはやばいな。正式にカトリーナ嬢も婚約したわけだし、今更どうにもできないとは思うが……。どうする?王子にも相談するか?」
「……それよりも、スクラート様に伝えた方が良いんじゃないかな」
そう提案するとジンスは小さく首を振り、レオナルドへと視線を移した。それに釣られるように私もレオくんを見る。
「スクラート・シュツェはとっくに気が付いてるだろ。それより、王子に相談するかだ。どう思う?」
「どうって?」
「あいつもレーン・リェーフのこと気が付いてると思うか?」
意図していることが分からず首を傾げていると、ジンスは困ったように私を見た。
「王子とリェーフは友人だろ。こんな話されるのは嫌なんじゃないか?」
「……確かに。だけど、友達だからこそ何も知らない方が後から知った時に辛いと思う」
ジンスと頷き合い、レオくんに声をかけようとしたその時ーーー
「待て」
リカルド様がジンスの肩を掴んだ。どういうことか視線で促すと小さく首を振った。
「シュタインボックス嬢を見てみろ。多分、ことが大きくなることを望んでない」
「でも……」
「それに、兄上も気付いてるはずだ。誰よりもそういう負の感情を察知するのが早いからな」
リカルド様の言葉に何も返せなくなる。彼の背負ってきたものは私には想像もできない程、重くて大きいものなのだろう。
私が黙っていれば、リカルド様が珍しく眉を寄せ困った表情で笑った。
「そんな顔をするな。壇上を見てみろ、シュタインボックス嬢が心配してるぞ」
ハッとしてカトリーナを見れば視線が交わった。そして、小さく頷かれる。
あぁ、カトリーナも気が付いてしまったんだ。そして、自分のことよりも私のことを心配している。何て優しくて、何て強い……。
私はカトリーナに向かって、頷き返した。そして、安心してもらえるよう笑みを深める。そんな私を見てカトリーナは不敵に笑った。
何だろう。カトリーナってやっぱり、誰よりも男らしい。頼もしい笑みを見れば、私も心の底から笑っていた。
うん、カトリーナのことだから大丈夫だろう。それに、今の彼女にはスクラート様が付いている。勿論、私達も。
スクラート様のことは乙女ゲームのこともあるからやっぱり注意は必要だけど、今の彼はゲームの中の彼とは違い、すっかりカトリーナのことが愛しくて仕方がないのが見てる側にも伝わってくる。
大丈夫、大丈夫……。一抹の不安を抱えながらも、きっと全てが上手く行く。そう思えた。




