初等部編 レオナルドside3
「理由を聞いても?」
眉間に皺を寄せてジンスは言った。その顔を見て、何となく嬉しい気持ちになる僕はどこかおかしいのかもしれない。
今までも僕のことを心配してくれる人はたくさんいた。フランやプリオス、レーンはいつだって僕のことを考えてくれている。だけど、いつも心のどこかで思ってしまうんだ。僕が王子だから大切にしてくれる、心配してくれるんじゃないかって。
分かってる。それは、僕の心が歪んでしまっているからだって。でも、大切な友人なのにその気持ちはいつでも僕に付きまとって離れないんだ。
だから、僕を特別扱いしないジンスは僕にとって何もかもが新しくて、僕にとっての特別だった。羨ましくもあり、妬ましくもあり、憧れでもある存在。
商人になるためなのか、ご機嫌とりをするようなこともある。息をするかのように学園での子息や令嬢に媚を売ることも。
だけど、僕には一切そんなことしなかった。他の貴族達が僕に愛想笑いを浮かべようが媚を売ろうが、特に興味無さそうにそれを眺め、あまりにも相手がしつこいと助け船を出してくれていた。今では難なく自分で切り抜けられるようになったからそんなことも無くなったけど。思い返してみると、僕の成長を見守ってくれていたような気がする。
同い年なのに不思議と兄のような存在だった。そんな彼にだからこそ話せる本音。唯一の政治とは縁遠く、心の底から心配してくれる友人。だからこそ気兼ねなく言える。
「うん。聞いて欲しい。本当はずっと誰かに聞いて欲しかったんだ。まさか、その望みが叶う日がくるなんて思いもしなかったけどね」
そう、思いもしなかった。僕の初恋はジンスに破れたけれど、変わりにかけがえのない友を手に入れた。
今となっては思うんだ。アリアは王妃という枠にはめてはならない存在だった。王妃として生きるより、自由奔放に生きられた方が彼女は生き生きとするだろう。それを無理にでも押し込めてしまえば、壊してしまったかもしれない。だから、アリアがジンスを選んでくれて良かった……なんて負け惜しみかもしれないけど。
そう思えるようになったからなのか、僕の視界が広くなった。まさか、失恋から学ぶことがあるなんてね。
そして、気付いてしまった。僕の好き嫌いで王妃を選ぶのが危険だと言うことを。
「イザベラ嬢のことは好きだよ。友人としてだけど、心許せる数少ない人だ。アリアに振られた後、彼女が王妃になるかもしれないと考えたこともある。そうなれば、恋はできないかもしれないけど、心穏やかに一緒に生きていけるかもしれないと思った」
だけど、果たしてそれで良いのだろうか。その疑問がどんどん大きくなり、僕のなかで一つの答えが出た。
「もし、僕が王子でなかったら。もし、国王にならないのであれば。それでも良かったんだと思う。でも、僕は王子でこの国の未来を背負っていかなくてはならない。そんな僕の隣に立つのは、酷い言い方だけど、国にとって有益な相手でなくてはならないんだ」
そう言い切ると、ジンスはどこか悲しそうに笑った。
「レオナルド、その意思は立派だ。そんなお前だからこそ、皆が慕い、国の未来に希望が持てる。……だけど、それで良いのか?」
優しい声に、瞳に、叫びたくなった。怖い、辛い、逃げ出したいと。けれど、それは許されない。そんな自分にはなりたくない。
だから、僕は笑みを作る。気付かれないよう、悟られないように。
「良いんだよ。僕はこの国が好きなんだ。こんな僕を慕ってくれる人達を大切にしたいんだ。守りたいんだ。そのためなら、僕はいつでも前を向いていられる。愛のない結婚でも、相手と向き合っていける」
もう、守ってもらわなくても大丈夫。心配しないで。
そんな気持ちを込めてジンスを見る。強い眼差しに視線を反らしたくなるが、見つめ返した。どのくらいその状態だったのだろうか。やがて、ジンスが折れた。
「分かった。このことに関しては、もう俺からは言わない。だけど……いつでも話は聞くから。まぁ、聞いたところで、俺は政治には無関係だから何の役にも立たないけどな」
最後は冗談っぽく苦笑しながらジンスは言った。その何時もの雰囲気に僕もホッと息を吐く。
そろそろパーティーの始まる時間かと会場へ続く扉に視線を向ける、こちらの様子を窺っているアリアが見えた。
「ほら、愛しのアリアがお待ちだ。早く戻ってあげないと」
言いながら、ジンスの背中を押す。
ジンスが扉に向かって歩きだすと、それに気が付いたアリアが小さく手を振った。そんな二人を見て羨ましくは思うものの、随分と胸は痛まなくなった。
直に胸の痛みも消えてなくなるだろうと確信に似た予感がした。それを寂しく思いつつも、二人のこれからの幸せが願える自分がどこか誇らしかった。
次回よりカトリーナの婚約披露宴です。




