初等部編64
「やっと遠慮しないで僕と接してくれたね」
その言葉に何と返せば良いのか分からず、視線を反らす。けれど、それはすぐにレオナルド王子によって防がれた。
「ふぁなしてよ……」
離してと言ったつもりが上手く話せない。そう、あろうことかジェントルマンを絵に描いた王子様が私の頬を両の掌で押し潰しているのだ。
もちろん、力加減はされているため全く痛くはない。しかし、私の顔は口はタコのようになり、お顔のお肉は中央に寄せられているのだ。
物理的には痛くないが、心が痛い!!
レオナルド王子の行動に戸惑い、こんな人目のあるところで王子の手を叩き落としても良いのか悩んでいる私の頬は上下左右へと遠慮なくこねくり回していく。
普段なら……学園でなら、文句も言えるしやり返せるのに!!
先程、足を踏もうとしたことなどなかったことにして恨めしい気持ちでレオナルド王子を見る。悔しさで目が熱くなってきた時、私の頬は解放された。
腰を力強くも優しい手で後ろから抱き抱えるように引かれたのだ。驚いて振り向けば、愛しい人がレオナルド王子を鋭い目で見ていた。
まさかの事態に目を瞬かせれば、ぽろりと一粒の滴が頬に落ちる。
それを素早い動作で指で拭われ、腰にあった手は遠ざかっていった。
「何考えてんだよ」
不敬ととられそうな程、険のある声でジンスはレオナルド王子に詰め寄った。しかし、それはさらりとかわされる。
「いいだろ、これくらい。これで最後になるんだから」
「…………どういう意味だ?」
「言葉通りだよ。今日がアリアが僕の婚約者候補者でいられる最後の公の場なんだ」
そう言ったレオナルド王子は切なげに私を見た。チクリと胸が痛むのと同時にやっと婚約者候補者でなくなることにほっとした。そんな自分の気持ちが見透かされそうで、きちんと目が見れない。
「アリア、待たせてごめんね」
そう言った後、レオナルド王子は静かに目を閉じた。そして、目を開けた時には学友の彼ではなく、この国の王子の顔をしていた。
「ここでは人の目も多い。アリア、ジンス、バルコニーで話しても大丈夫だろうか。心配しなくてもすぐに話は終わる。カトリーナの晴れ姿を見るのには間に合うよ」
そう言われて、私とジンスは移動した。ノアは空気を読んだのか、「リカルドとここに残るよ」と言って席をはずしてくれた。
バルコニーに出ると淡々とレオナルド王子は話始めた。
「中等部に上がるのを期に、アリア・スコルピウスは私の婚約者候補者ではなくなることが決まった。私とスコルピウス公爵家の婚姻の可能性はなくなるが、これからも一貴族として国を支えて欲しい。……ジンス・フォックス、貴男もな」
私とジンスは何も言わず、静かに貴族としての礼をした。
「私の婚約者候補者第一位は暫く空白となる。そのことでアリア、貴女を悪く言うものが出てくるかもしれない。不自然に急接近しようとする者も出てくるであろう。何かあれば、すぐに知らせてくれ。こちらでも対処しよう」
「ありがとうございます。しかし、王子の手を煩わせるわけには……」
その言葉にふっといつものようにレオナルド王子が笑う。
「初恋の君にそれくらいさせてよ。僕だって格好つけたいんだよ」
王子としてのオンオフついていけず、目を白黒させていれば、優しく頬を撫でられる。
「さっきは意地悪してごめんね。泣かせるつもりはなかったんだ。……ただ、気まずいままは嫌だったんだ。アリアが婚約者候補者じゃなくなっても、友人としてありたかったから」




