初等部編62
あっという間に月日は経ち、今日はカトリーナの婚約披露パーティーだ。場所はシュツェ侯爵家の王都でのお屋敷である。
自領でなくても十二星座の名を持つ貴族達は王都にも広大な屋敷を持っており、前世の感覚で物を言うならば無駄が多いとしか思えない。けれど、そんな無駄も経済的に豊かである象徴であり、貴族にとっては政的にも大きな意味を持つ。
パーティー会場となるダンスホールはボルドーとゴールドの華やかだけれど派手すぎない上品な装飾を多く取り入れており、屋外には2階建てよりも高い巨大なツリーのオーナメントが日の光を浴びてキラキラと輝いている。
「すごい気合いの入りよう……」
「そうだね。だけど、家格から言えばもっと派手でもおかしくはなかったと思うよ」
ツリーを見上げながら呆然と呟けば返事があった。しかし、それは愛しの弟の声なので全く驚くことはない。
「スコルピウス家にも来年からこれくらいのツリーを置こうか?」
クスクスと楽しげに笑いながらノアは私の隣に立つ。その目はやはりツリーに釘付けだ。
「可愛い弟が喜ぶなら置く価値は十二分にあるわね!!」
胸を張り堂々と言い切ればノアは困ったように笑う。
「姉さん、僕ももう4年生だよ。女の子じゃないんだし、綺麗だとは思うけど流石にそこまで喜ばないよ」
「もうじゃなくて、まだ4年生でしょう?それに、いくつになってもノアは可愛い弟よ」
そう言いきるとノアは不満げに見てくる。そんなところがまだまだ可愛いのだと思っていれば、思いもよらない反撃が待っていた。
「最近では、僕の方が姉さんよりしっかりしてるって言われてるの知ってるでしょ?それに、この間も学園で大声出してはしゃいでたって聞いたよ」
「だって、梅干しが……」
「だって……じゃないでしょ?無邪気なのは姉さんの可愛いところだけれど、外ではもう少し落ち着いてくれないと僕も心配だよ」
「ううぅ…………」
じわじわと身長差が縮まると共にノアは私に対して辛口になって言った。それもこれも私がご令嬢として至らない点が多すぎるからなのだけれど。
まだまだお説教が続きそうな気配に小さく肩を落とす。ついこの間まで「姉様!!」ってキラキラした目で私のことを見てくれていたのに…………。
ちょっぴり私がいじけ始めた時ーーー
「そのくらいにしておいてやれよ」
ぽんっと頭の上に手が置かれる。そんな小さなことにキュンッと胸が音をたてたが平静を必死で装う。
「髪型が崩れるから頭に触らないでくれる?」
嬉しさを隠そうとしたら、思ったよりもきつい言い方になってしまった。そのことに内心落ち込むが必死で表情筋をキープする。
「わりーわりー」
悪ぶれもなく、ヘラっと笑うジンスに一安心しながらもじろりと睨んでしまう。
うぅ……。こんなの絶対可愛くないの分かってるのに…………。
そう。自分の気持ちを自覚してから徐々に恥ずかしさが勝ってしまい、いつの間にかこんな反応ばかりしてしまうようになったのだ。そんな私をジンスが気にしてなさそうなのがせめてもの救いだ。
自己嫌悪で顔をあげてられなくて、自分の爪先を見ていると、ひょいっとジンスに覗き込まれた。黒い瞳は視線が合うと楽しそうに細められる。
「今日も綺麗だな。そのドレス、よく似合ってる」
「あっ…………ありが……と…………」
顔に熱が集まっていくのを感じる。先程までとは別の理由で顔をあげられなくなり、私は黙って爪先を見つめ続けるしかなかった。
少し落ち着いてきた頃、ジンスがこんな風に褒めるのは私だけじゃないのだと気がついた。だって、私達の関係は一年生の頃から何一つ変わらない。
内々ではレオナルド王子との婚約者候補の解消が決定したという小さな進展はあったものの、政治的なこともあり正式発表されていない。そのため、私は未だに世間的にはレオナルド王子の婚約者候補第一位なのだ。
婚約候補の解消は極秘事項のため、当事者達と極一部の国の中枢の人しか知らず、イザベラやカトリーナなど仲の良い友人達にも伝えてはいない。勿論ジンスにも。だから、ジンスに想いが告げられていないのだ。
「はぁ…………」
知らず知らずのうちに溜め息をつけば、背中をポンポンと優しく叩かれる。
「目出度い日なんだから背筋伸ばせよ。それに……そんなに綺麗なんだから丸まってたら勿体ねーぞ」
その言葉を嬉しく思いながら、そっと背筋を伸ばす。今日は親友の大事な日なのだ。ジンスの言うとおり丸まってたら駄目だ。
「ありがと。カトリーナのお祝いだもんね。あまり話す時間はなくても全力で祝福しないとね!!」
その言葉にジンスとノアは笑顔でうなずいた。




