初等部編61
イザベラと温室を出ると約束通りカトリーナが待っていた。
一瞬、出会ったお茶会でのことを聞こうかとも思ったけど、やめた。あれは、私と出会う前の話だ。仲良くなる前から自分の立場よりも話したこともない他人を庇える人はあまりいないだろう。私だって同じ状況ならイザベラ達に従っていたと思う。
「お待たせー!!」
笑顔で声をかければいつもの穏やかな笑みをこちらに向けてくれる。
「仲直りしたみたいね」
「お陰様で。プリオス様は?」
「折角二人きりになったのだから、女性関係についてひたすら問い掛けていたら何処かに行ってしまったわ」
困ったように眉を寄せて話してはいるものの目は全く笑っていない。その姿に仕方がなかったとは言え、二人きりにしたのはまずかったのだと痛感した。
「お兄様のあれは仕方がないのよ。害はないから許してあげてちょうだい」
「そのようね。あまり褒められたことではないし、理解もできないけれど、もう口出しも詮索もしないわ」
「感謝するわ。本人も好きでやってるわけでは…………あら?……好きでやってるのかしら?」
「さぁ?少なくとも心の底から女の人は美しくて可愛いと思っているみたいだったわよ」
二人の会話はどんどん進んでいくが、全く意味が分からない。分かるのはプリオスが女性好きが本当だという内容だけ。
私にも分かるように説明してもらおうかと悩んでいると急に話題が変わった。
「二人には早めに伝えておきたかったのだけど、スクラート様との婚約の日が正式に決まったわ」
「「いつになったの(かしら)?」」
「12月25日よ。クリスマスパーティーも兼ねてやることになったわ。パーティーへの招待状も近々送る予定になると思うから宜しくね。……それより二人とも、お祝いの言葉の一つも言えないの?」
その言葉に私とイザベラは顔を見合わせた。
元々、本人が望んだ相手ではない婚約だ。いくらカトリーナ自身が割りきれているとは言え、レーン様とのことを知っているだけあってお祝いの言葉を言っても良いものか悩ましい。だが、本人が望むのだったらいくらでも言おう。
これからの二人の関係が素晴らしいものになることを祈って。……どうか、ゲームのようにスクラート・シュツェに裏切られることがないようにと願いを込めて。
「「おめでとう」」
私とイザベラが言えば、カトリーナは嬉しそうに笑う。その笑みはとても偽りには見えない。しかし、次の言葉に私とイザベラは凍りつくことになるーーー
「ありがとう。これ以上ない最良の相手よ」
そう言い切ったカトリーナはやはり嬉しそうで、聞き間違えたのかと錯覚するほどだ。
「…………カトリーナ、その……間違いだったらごめんなさい。最良の相手っておっしゃった?」
「ええ!!自信を持って最良の相手だと言えるわ」
「最高……じゃなく?」
「最良よ!!」
「「………………」」
うん、分かってはいた。愛のない婚約だということは。でも、もう少し言い方というか、オブラートに包んで欲しいと言うか……。
「あら?二人とも変な顔をしてるわよ」
「いや……だって、ねぇ……」
「そんな顔をすることはないわよ。私はこの婚約を正解だったと思っているもの。確かに私からスクラート様への愛は今のところないわ。
だけどね、これから家族としての愛情を育んでいきたいと思っているの。親愛ってやつかしらね。その相手として尊敬できるスクラート様は、やっぱり最良の婚約者になるわ」
そう言い切ったカトリーナは自信に満ちている。
「幸せなんだよね?」
レーン様のことを聞けないからそう問えば、カトリーナは大きく頷いた。
「当たり前でしょう。スクラート様ったら、最近は私に他所の虫がつかないか心配だって言うのよ。一日でも早く、婚約したいのですって」
その表情は恋する乙女にも見える。だけど、彼女はそれを頑なに否定するだろう。心はレーン様にあげたのだと……。