幼少期10
随分と簡素な内容になってしまったが、6歳だと思えば上出来だろう。
お母様も後ろでうんうんと頷いている。
「それじゃあ、このお手紙は急いで出してきてもらいましょう。ミモル、お願いできるかしら」
「もちろんです、奥様」
朝からずっと扉の側に控えていたミモルは手紙を受け取り出ていった。
令嬢というのは窮屈なもので朝起きてから夜寝るまで人払いをしない限り誰かしらが傍にいる。私の場合、そのほとんどが私付きのミモルであることが多い。
記憶が戻ってからは常に見られているようで落ち着かなかったが、数日で慣れた。6年間そういう生活を送ってたためかすぐに順応できて良かった。
ぼんやりとそんなことを考えていると、
「さて、そろそろお昼にしましょうか。アリアちゃんもお片付けしたら食堂までいらっしゃいね」
とお母様は言い残し先に食堂へと向かって行った。
ミモルと母が先に部屋を出ていったため、珍しく部屋に一人となり、静まり返った部屋で便箋やペンを片付けながらお茶会のことを思い憂鬱になった。
…………はぁ。
何で私がレオナルドに手紙を書いたり、お茶会に参加しなければならないのよ…。
そもそも、お茶会は先日まで企画されていなかった。本来であれば初等部に入学するまではレオナルドと会うこともなかったのだ。
悪役令嬢に転生することといい、自分の運がないとしか思えない。
ことの発端は1週間ほど前、私が熱を出していた日に遡る。
あの日、私は前世の記憶を思い出した後あまりの衝撃で寝込んでしまっていた。ちょうどその日にお父様がお城に行かなければならない用事があったらしいのだが「アリアが寝込んでるのに城なんか行ってられるか」とお仕事を休んでしまった。
お母様や使用人たちがいるのだから、熱のある娘を一人置いて仕事に行くわけじゃない。私の面倒を見てくれる人はたくさんいたのだ。それなのに、いい年した大人が娘の熱を理由に仕事を休んだと聞いたとき、それはもう何とも言えない脱力感に見舞われた。
公爵として大丈夫なのかとも心配したが平気だったようで、我が家の優秀な執事が見事にお父様の代わりを勤めて来たそうだ。それでいいのか…とは思うが、そこは私の口出しするところではないだろう。
その際に私が寝込んでいると知った王妃様。
すぐにお母様へ私の体調を気遣った手紙を下さった。
もともと王妃様はお母様と学生時代からのご友人で、結婚してからはなかなか会えないものの手紙のやり取りをしていたと知り、悲鳴をあげそうになった。
どうにか悲鳴を飲み込んだ自分を誉めてあげたい。
『私とノアの人生、詰んだ…』とも思ったが、仲が良いからこそ身分の垣根を越えて断れるかもしれない!!と気持ちを切り替えたのは、たった数日前だが良い思い出だ。
それで、もともと仲良しの王妃様に『娘が楽しみにしていたお誕生日会が延期になってしまい、落ち込むのではないか』と心配したお母様が相談したことがきっかけで、王妃様が私を励まそうと急遽お茶会を開いて下さる運びとなったのだ。
レオナルドが私に招待状を書いたのも、王妃様に憧れている私が(未来の婚約者になるかもしれない)王太子様から手紙が来たら喜ぶだろう…という優しさじゃないかと思っている。ただ、私はもう王妃様に憧れてはいないし、レオナルドの婚約者候補は願い下げだから困っているのだけれど…。
たくさんの人の優しさによって開催が決まったお茶会に私の拒否権はもちろんない。例え拒否権があったとしても、好意がわかっていて断れるほど私もろくでなしじゃない。
腹をくくるしかない。
いや、今後に活かせるお茶会にしてみせる!!と意気込み、食堂へと向かう。
悩むのはいつだってできる。まずは戦闘服(お茶会のドレス)を仕立てるためにも腹ごしらえをしよう。