初等部編51
翌朝、ギクシャクした雰囲気のまま、今日の放課後にジンスと昨夜のことを学園のサロンで話す約束をした。乙女ゲームの内容と記憶の確認、それから私が不安に思っていることを聞きたいって言ってくれた。
相変わらず、面倒見が良くて優しい。こんなに中身がイケメンなんだもん。惚れない方がおかしいよね。
…………あれ?
ジンスって攻略対象キャラに比べれば地味だけど、よくよく見れば整った顔してるし、中身がイケメンでフレンドリー、しかも彼が関わる商品はいつも大ヒットの将来有望株……。もしかして、モテるんじゃ!?
私が知らないだけでお付き合いしている人がいるかも……。
その可能性に気がついたら、居ても立っても居られなくなり、いつもならジンスとノアと私の3人で学園まで向かうのに、今日は私だけ先に馬車で送ってもらう。そして、いつも学園の図書館で朝の読書をしている親友のもとへと向かった。
「カトリーナーーーー!!」
小声だが明らかに半泣きな私を見て、カトリーナは素早く本を閉じ、私の腕を引いて人気のない図書館の非常階段まで移動した。
「一体、何があったの?」
困惑した表情で気遣うように尋ねられれば、ポロリと一粒の涙がこぼれた。
「ジンスって彼女いると思う?」
突拍子もない質問に目を丸くしながらも、カトリーナは階段に腰をかけ、その隣に皺一つないハンカチを敷き、私に座るよう促した。
普段は絶対に階段に座るなんて令嬢らしくないことはしないのに、自分は直接階段に座り、私が汚れないようにとハンカチを敷いてくれた。その優しさと気遣いに堰を切ったかのように次から次へと涙が溢れる。
カトリーナは私が落ち着くまでの間、何も言わずに背中を擦ってくれていた。
何だか、昨日から取り乱して泣いてばかりだ。迷惑をかけて申し訳なく思いカトリーナを見れば「私で良ければいくらでも聞くわよ」と優しく頭を撫でてくれた。その言葉に勇気付けられる。
「あの……ね……、私、ジンスが好き……なんだ…………」
耳をすまさなければ聞こえないような震える声でどうにかそれだけ言葉を紡ぐ。
私はこの国の第一王子であるレオナルドの婚約者候補筆頭で、想いも告げられている。それに友人であるイザベラはレオのことが好きだ。そのこと知っているカトリーナは私のこの告白をどう思ったのだろうか。
恐る恐るカトリーナを見れば不思議そうに首をかしげている。
「もしかして、今まで自覚がなかったの?」
「…………自覚がなかっ……た……?あれ?私っていつからジンスのことが好きだったの?」
そんな私を見ながら、カトリーナは「なるほどね」と一人納得している。
「一年生の夏休み前には好きそうに見えたわよ?」
「へっ!?…………そんなに前から?」
「だって、明らかジンスさんとレオナルド様への反応が違ってたじゃない。まぁ、確信を得たのは郊外学習で王都の図書館に行った時かしらね」
「王都……の図書館?……あの時って確か…………」
「私がレーン様と二人で話し合ったわね」
…………私って最悪じゃん。親友が大変だった時に恋してたってこと?
自分の無神経さに呆然としていると
「でも、それに気が付いたのはレーン様とエラさんと接触する前よ」
とすかさずフォローを入れてくれる。
「まぁ、随分と時間がかかったとは思うけど、気が付けて良かったじゃない」
「そうかな?」
「そうよ。だって、あなたレオナルド様の婚約者候補筆頭よ。このまま気が付かずにいたら、どんどんその座を辞することが難しくなってたわ。幸いまだ私達は初等部よ。中等部に上がる前には辞退しておいた方がいいわね」
確かに……。ジンスと付き合えるどうかはさておき、レオに返事をしなくては。こんな状態のままなんて良くない。
「そうだね。遅くなっちゃったけど、まずはレオにきちんと私の気持ちを伝えることにする」
例えジンスと結ばれなくても、レオとは婚約できないもの。
「ご両親にもきちんとお伝えするのよ。婚約者候補を正式に辞退するには公爵様からお断りして貰わないといけないんだから」
カトリーナの言葉に頷く。
「あと、最初のジンスさんに彼女がいるかって質問だけど、いないんじゃないかしら?少なくとも私にはアリアより親しい女の子はいないように見えたわよ」
その言葉に心が浮き立つ。すっかり浮かれた私はジンスと気まずかったことも一人先に学園に来たことも忘れ、意気揚々とカトリーナと教室へと向かったのだった。