初等部編 ジンスside6
アリアの様子がおかしくなったのは、前世のことを忘れ始めたと話したことが原因なんだろう。もう少し慎重に話せば良かったと後悔をした。
本当はこの場でもう少し話を聞いた方が良いのだろうが、さすがに夜更けに女の子を部屋に入れたらまずい。また明日詳しく聞くことを約束して、部屋まで送り届ける。その間、アリアは俺のシャツの裾を握って離さなかった。手を握ってしまいたかったが、ここはスコルピウス家の廊下だ。無謀なことはできない。
もし、そんな姿を誰かにみられて公爵様の耳にでも入ったら一発でアウトだ。即刻アリアから引き離されるだろう。
やっと自分の気持ちと向き合う決心がついたのに、離れられるわけがない。それに、こんな不安定な状態のアリアから離れるなんてあってはならない。
一先ず、自分の気持ちには蓋をした方が良いんだろうな。そんなことをぼんやりと考えていれば、くいっと裾を強く引かれた。
「ジンスは、私のそばにいてくれる?」
うっかり男を勘違いさせてしまいそうな言葉と上目遣いに、蓋をしたはずの気持ちが溢れそうになる。しかし、ここは今までのアリアの恋愛クオリティーを思い出し、理性を総動員して素早く蓋を閉め直す。
こいつは子供。何にも知らない子供…………いや、妹だ。
うん、妹。妹、妹、妹…………。
素晴らしいマインドコントロールのお陰か、どうにか平静を取り戻す。
「当たり前だろ」
むしろ、誰にもお前のそばを譲る気なんてないけどな。と心の中でだけ付け加える。
俺の言葉を聞いてアリアは安心したのか花がほころぶように笑みを溢した。
その笑みに思わず見とれてしまうが、すぐに気を取り直す。こんなことじゃ、閉まった筈の気持ちが抑えられなくなるのも時間の問題だ。
アリアにバレないように小さく息を吐き、その後はどうにか気持ちを乱すことなく部屋まで送り届けた。
「俺は何があってもお前の側から離れない。約束する。だから、安心しろ」
そう言ってアリアの手に口づけた。これだけ我慢したんだからこれくらいは許されるだろう。ここは寝る前の子供におやすみのキスを当たり前のようにする世界なのだから。
しかし、アリアが一瞬息をのんだ気配を感じた後、すぐに手を引っ込められてしまう。
「夜遅くにごめんね。ありがとう。おやすみ」
それだけを早口で捲し立てられ、俺の方を全く見ることもなく部屋へと入っていってしまった。
「…………やっちまった」
暗くて表情は見えなかったが、どうやらやり過ぎてしまったらしい。昼間の瞼へのキスに対して何も言われなかったし、拒絶もされなかったから、これくらいは平気だと思ったのだが、読み間違えたようだ。
俺のやったことって、セクハラか!?
嫌がる相手にやってしまったなんて、前世なら裁判沙汰である。
フラフラと覚束ない足取りでスコルピウス家に用意してもらった自室へとたどり着く。
頭を抱えて叫びたい衝動に駆られるが、あくまでここは他所の家である。そんなことをすれば、ヤバイ人扱いを受ける可能性が大きい。
アリアが何であんな態度を取ったかを理解できなかった俺は自分の失態を嘆きながら眠れない夜を過ごすのであった。
一方その頃、キスされた手を潤んだ瞳で見詰め、躊躇いながらもアリアは同じ箇所にそっと唇を落としていた。
その後は、恥ずかしさが極まったのか広いベッドの上にダイブをし、左右に何度も転がって背中から落ちていたのは安定のアリアクオリティーであろう。
翌朝、背中の痛みに悩まされながらも、こっそり間接キスをしたことを思い出し、アリアは恥ずかしさと後ろめたさのあまり、ジンスと視線が合わせられなかった。
その行動がジンスの勘違いを加速させ、本人達にとっては何となく気まずい雰囲気を作ってしまったのであった。