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商鼬  作者: 灯宮義流
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一品目・『切剣』その3


 俺は、目的を果たす前のトイレの中にいた。もう、その場で大笑いしたい気分だった。

 素晴らしい、こんなものがまさか手に入るとは、俺は何回もその切剣を眺めては掲げて、その力に酔いしれていた、それだけでもう満足しそうな勢いだ。


 早起きした俺は、職場にいく道中で、俺は他にもあれからいろいろ試して見た。誰それと構わず、片っ端から縁を切っていった。

 誰に対しても、この剣は効果覿面。俺が切る人切る人、みんな他人になって顔を見合わせたあと、大きく揉めるのだからとても気分が良い。

 俺は切る度にツバを一回転させ、関係を修復していたが、もしかしたらこれは一次的な効果であって、本当は鞘など関係ないのではないか、とそういう疑念が浮かび始めた。

 浮かんだ疑問を晴らすには実践するしかない。俺は一番手っ取り早く効果が分かる、親子連れを探した。そして俺は早速見つけた。

 朝っぱらだというのに、疲れて寝てしまったのか、父親の背中の上で静かに寝ている子どもがいた。妻らしき女が横で、幸せそうに微笑んでいる。

 これは正に絶好のチャンスであると、俺は刀剣に念を集中させ、子どもの間に垂れている夫婦の縁を切り取った。

 すると、父親の背中にいた子どもが消滅した。おまけに、丁度縁のある頃に妻が彼に対して肩を寄り合わせていたために、二人は辺りも気にしないほどの大喧嘩を始めたではないか。

 これは好都合、この調子でいけば、揉め事がこじれているうちに五分が経つ。そして本当に戻せないかどうか、そもそも効果がきれないかどうか、これでわかる。

 しばらくその揉め事を眺めていると、後ろからチョイチョイと肩を叩かれた。ビクッとして俺は後ろへと振り返る。そこには、小麦色をした鼬の化け物が、にっこり笑顔を作ってそこに立っていた。

「しーっ。驚かんで」

「まさか……あの時の商人?」

 よく見ると、商人の背中には巨大なソロバンが背負われていた。あれは間違いなく、あの時の商人の持っていた巨大ソロバンだ。人相ではなくソロバンでわかってしのうというのも、変な話だが。

「商人……じゃぁなぁで。ワシゃぁ商鼬じゃ」

「まだ三日経ってないじゃないですか」

「いえいえ。アフターサービスっちゅう奴じゃ。お気に召さなけりゃぁ、すぐにでも引き取ろうゆぅて思うとりまして」

 と、商鼬は手を揉みながら俺に愛想笑いを浮かべてきた。お気に召さないなんてとんでもない、こうして今効果を実感しようとしているところです、と伝えると、相手は嬉しそうな声で答えた。

「そりゃぁそりゃあ……えかったんじゃ。まあ、気が変わるっちゅうこともありましょう。縁を完全に切らんにゃぁいっつも返品でけるけぇ、よろしゅうお願いするんよ」

「えっ。あ、しまった……」

 迂闊だった、返品するつもりは今のところないが、万が一ということもある。俺は急いで切剣のツバを戻そうとした。

 だが、その前に妙な空気を感じて、商鼬が元いたところを俺は見返してみた。

 そこらはもう、鼬の姿はなく、ただただ薄暗い一本道のビル間の通路が広がっているだけだった。間に横道はなく、一体どこへ消えてしまったのか……。

 奇妙に思っていて、俺はうっかりツバを戻すのを失念していた。慌てて俺は戻して見たが、目の前の光景は一切変わらなかった。

「あ……あ……」

 二人の男女が終いには取っ組み合いの喧嘩になり、互いの顔を引っかきあい、髪を引っ張り合い、服を破りあう。なんとも醜い争いだった。

 さっきまで、あんな仲良さそうにしていた夫婦が……あんなことにまでなるなんて。縁が切れるというのは、正にこういうことなのだろう。

 おまけに、俺は一人の子どもの存在を抹消してしまったのだ。いわば、人を一人、この世から消してしまった……。なんと恐ろしいことか。

 俺は身震いしたが、同時にこれの効果を十二分に実感することが出来た。罪悪感がまったくないわけではないが、これのおかげで俺の人生は薔薇色に開ける可能性が増えてくるのだ。

 ケラケラと笑いながらも、俺はそろそろ出社することにした。ちゃんと切剣を風呂敷に包み、バレないよう、鞄につめた。


 そして、俺はトイレから出てきた。いよいよ、俺が幸せを掴み取るまでの第一歩へと進む時がきた。

 迷いなど一切ない。俺は、存在を消したとはいえ、人を一人消してしまった恐ろしい男だ。それ相応にその存在を無駄にしないだめの努力をしなければならない。

 俺は、そう自分の中で大義を掲げると、急いでトイレから出て、二人のことを探した。

 剣を振るには、一振りできるだけの広いスペースがある場所があって、なおかつ隠れられるという条件つきでなくてはいけない。

 何はともあれ俺は、あの二人のことを探し出して、機会を伺う準備をしなくてはならないのだ。

 俺は、風呂敷の中に包んだ切剣に思いを馳せながら、意気揚々と廊下を走り始めた。


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