開業:陰口
怪社が公開できなくなったので、キャラクターを流用・転換した作品として即掲載しました。一応原作(?)のストックの試作品としていろいろ書いていきたいなと。
マントコートを羽織り、目深にハット被った男がいた。何故か男はコートの袖に手を通してはいない。
男は、一人の幸薄そうなスーツ姿の青年と話しながら、何やら物を薦めているようだった。
しばらく粘りに粘った末、男は青年に何かを手渡し、その見返りに札束を何枚か受け取ると、ヘコヘコと何回か礼をして去っていった。
取り残された青年は、不思議そうにその手渡されたものを眺める。
「……陰口?」
そうつぶやいて、なおも青年は首を傾げて、その“陰口”の説明書きを見た。
『中に入ってる棒を取り出してください。先端が黒い棒です。それをマッチのようにして、箱に書いてある赤い線で摩ると、効果が現れます』
書かれている通りに、男はその道具を使った。すると、黒い部分からぼんやりと煙があがる。すると、煙から何か奇妙な音が聞こえてきたではないか。
それが何かの会話に聞こえた青年は、そっと煙に向かって耳を近づける。
「橋崎さん、いつも思ってたけど根暗」
「しょーがないんじゃない? 浮気した奥さんにそのまま逃げられたって聞くし、子どもだって向こうに取られたんでしょ? 入社した時から暗かったけど、最近はそれが駄目の方向に磨きがかかったというか」
「そのうち辞めちゃうんじゃない?」
「かもねー。まあ、その代わりに誰かイケメン入ってくれるなら、私はいつでも歓迎だけど」
ぼっ。という音とともに、会話は消えた。青年は腕を震わせて、今は煙の消えた棒を、指で折っていた。その表情は非常に険しい。
「アイツラ、許さない。仕事が俺よりも遅い癖に、チクショウ、チクショウ」
そして、そのままどこかへと走って消えていった。
「商鼬様、おかえりなさいませ」
「御勤め、ご苦労様で〜す」
川原に、双子らしく動作の整った二人の子どもが、マントコートの男に駆け寄ってきた。男はそれに返事をすると、シーッと口に手をやってから、川原の近くにある茂みに身を潜めた。
身を潜めた後、商鼬と呼ばれた男は、マントコートを鬱陶しそうに脱ぎ捨てた。
男は人の格好をしていなかった。長く、長細いサボテンのようにスラッと伸びた体格、鋭い目付きと牙。そして丸い耳、その格好は本物の鼬が二本足で歩いているみたいだった。
しかし、彼の背中には、何故か巨大なソロバンが縄で括られていた。果たして何のために使うかはわからない。
「どうですか。商品は売れましたか?」
駆け寄ってきた子ども達も、体系が人間に似ていただけで、よく見ると人ではなかった。書生服と袴姿をした仔狐が二匹、二本足で飛び跳ねているのだ。
「売れたよ。しかも、あの陰口がね」
「あれが売れたんですかっ!」
「なんか、自分がどう思われとるか聞きたいっちゅう方がいてのぉ。売れ残ったけぇ捨てようゆぅて思うとったのに、儲け儲け。キキキキキ」
双子の仔狐は、その笑い声を一生懸命真似ようとした。しかし結局はケケケとクククにしかならなかった。
「それじゃあ、儲かった金で妖怪ラーメンでも行くんか?」
「本当ですかぁ!」
「わーい、今日の商鼬さんは気持ち悪いくらいに太っ腹だー!」
その一言に、商鼬は少し顔をしかめたが、咳払いをして持ち直すと、二匹を連れて茂みを掻き分けていった。すぐに二人も後を追った。
そして気づけば、この奇妙な三人組は、茂みの中から一瞬にして姿を消していた。