あたたかく、そしてあつい1
「起きて、ほら、レイ。このねぼすけ。」
早起きな方だと自覚があったレイだが、今日はサキに起こされる形となった。あたりはまだ仄暗く、光を放っていた花もその花を閉じようとしていた。今は日の出の少し前だろうか。
「ああ…おはよう。随分早いんだね」
「早いって言ったでしょ」
水で口をゆすいで、ぺっと吐き出したサキは既にテキパキと荷物をまとめていた。サキは行動が早い。
「昼前に抜けられたらいいんだけど」
「今日中に行けるのかな? 」
「そんな気がする。アタシのカンはよーく当たるのよ」
そんなやりとりをして、花畑の寝室を後にした2人はまた歩き始めた。木漏れ日の中、延々と続く山道を一歩一歩進んでいく。通りやすいひらけた道もあれば、獣道や道無き道も進んだ。幸いレイは日頃から動き続ける生活を送っていたので体力には問題がなかったが、涼しい顔をして進んでいくサキには敵わないと感じた。こまめな休憩を取り、太陽の方角を確認しながらサキの感覚を信じて進み続ける。
レイの腹が準備運動を始め、そろそろぐうぐうと演奏会でも始めようかという頃、代わり映えのしなかった景色が急に姿を変えた。生い茂っていた森が終わり、視界が開ける。森を抜けたのだ。
「どんぴしゃ! どうよ、アタシのセンス」
日差しの強さに一瞬視界が白く染まる。目が降り注ぐ日光の明るさに慣れてくると、ここが山の中腹だということ、この先は木々もまばらな見通しの良い斜面になっていることが分かった。
そして、このまま行けば麓まで続いていくであろうと思われる斜面から、麓を確認することは出来なかった。その途中に、巨大な街並みが広がっていたからである。その大地はまるで、巨大な卵を突き破り天に飛び立つ竜のように山からせり出し、山脈の中に一つの大陸を作り上げてるかのようであった。
街並みには巨大な煙突がいくつも空へと伸び、大きな建物も散見できる。大通りには人が大勢居るように見え、レイの立って居る場所にも活気が伝わってくるようだ。
「わぁ……! ここが? 」
「そう! アタシ達の国、ラフィグローブ! 」
2人は心なしか足早に、国境の門へたどり着いた。目的地が見えているのといないのではモチベーションは大違いだ。重厚な木造りの門は既に開かれており、手前には列が形成され、幾人かの役人が何人もの人々をさばいている。恐らく入国審査だろうか。サキはその間をするりと抜け門へと向かう。
「ちょっと、並ばなくていいの? 」
「こんなの顔パスよ、顔パス」
そういってレイを連れて門番の元へ来た。
「おお、サキちゃんお帰り‼︎仕事帰りかい? 」
「ただいまー、まあそんなところ。あ、こいつも新顔ってことでお願い。申請は後でしておくから」
「あ、レイです。どうもこんにちは」
「はいこんにちは! ああ、サキちゃん一応出入国管理証持ってるかだけ見せて? なにせ今日は入国者が多いから上が厳しくてね」
「パスできなかったね」
「いつもは通るの!……あ」
ポケットに手を突っ込みサキが取り出した紙はしわくちゃのヨレヨレで、インクは滲んでいた。鼻紙の方がまだ見れる形状をしている。
「あー、ごめん。洗っちったみたい」
洗ったのはレイだ。ポケットの中身を確認するのを忘れた事に気付いたレイは青ざめた。もしかして僕のせいで入国出来ない?
「ワハハ! サキちゃん前も燃えたとかいって炭渡して来たじゃない! はい、受理しました! 入った入った! 」
そんな事はなかった。
「ご苦労様。今日やっぱりあの日でしょ? 時間作って来たほうがいいわよ! 」
「そのつもりだよ!あ、肉屋のゴードンさんに、僕の分も残るようにいっぱい作っておいてって伝えてねー! 」
「早く来ないとアタシが全部食べちゃうからー! 」
後ろ向きに歩きながら手を振って、遠ざかっていく門番と会話し終わったサキはくるりと向き直った。
「さ、レイ。今日は楽しくなるわよー! 」
「う、うん? 」
説明よりも行動が先行する。段々レイはサキのパターンが分かって来た。これから何が始まるのかは、さっぱり分からなかった。