夢から覚めて2
「ちょ、ちょっと待ってよ。幾ら何でも話が急過ぎる。そんなこと言われても困るよ!」
レイは急な話の展開に混乱しながらも言い返した。
「大体、昨日の霊獣はなんなんだよ。いきなり襲いかかってきて……」
「本当に見たことないの? 赤目の霊獣」
まるで信じられないというようにサキが目を丸くする。ないものはないのだから仕方がない。レイは黙って首を横に振った。
「正直アタシ達もよく分かってはいないんだけど……人に危害を加えようとする霊獣の総称よ。ちょっかいを出す程度じゃ済まないわ、奴らは殺しにくる。」
殺すという単語に、レイは身構えた。
「一昔前は結構居たらしいのよね。ここ十数年はめっきり数を減らしたみたいだけど、ここ最近かなり増えたみたい。おかげで大忙しよ」
サキは歩き回りながら続ける。
「そんで、生まれ持った"普通じゃない力"を使って、その危険な霊獣を、依頼を受けて退治しちゃおうってのがアタシ達『赤い牙』ってわけ」
サキは服の胸元を掴んで、ペンダントを引っ張り出して見せた。赤い牙の形をした石だ。アルマ石だろうか?
「それで、なんで僕がそこに行くことになるんだ。無茶苦茶だよ」
「力は使い方を誤ると危険なのよ。暴発したら最悪自分が死ぬか誰かを殺すわ。それに……」
サキはチラッと村長に目をやり、さらに続ける。
「アタシが帰って、また赤目の霊獣が現れたら、みんな死ぬわよ」
「そ、そんな……。サキが、居てくれればいいじゃないか」
「ずっとここに? アタシにも家族……仲間達と仕事があるの。……悪いけどムリ」
突き放すというには、冷たさの足りない言い方で彼女は言い放った。
「赤目が現れなくても、あんたがみんなを殺す可能性だってあるのよ」
「そんなこと、するわけない! 」
「いたのよ。そういう奴が」
目を伏せるサキに、レイは二の句が継げなかった。
「どうでもいいと思ってたら、こんな事言わない。あんたには恩がある。ほっといて最悪の事態になるのはイヤなの」
「でも……僕たちがいない間に赤目が現れたら……」
「保険は一応あるわ、一応ね……」
サキはポケットから石を取り出した。昨日見せたうちの、見慣れぬ装置が取り付けられているものだ。
「拒絶と抑制のアルマが封じられた石よ。小型の赤目くらいなら、これの作る結界で足止めできる。起動してから3日はもつはずよ。これを置いていく。本部に親機があるから、使われたら分かるわ。3日あれば駆けつけられるでしょ」
「大型の霊獣は……?」
「無いよりはマシよ。でも……止められるって保証は出来ない。普通は、最初に大型から出てくるなんてまず無いはずなのよ……。今回は例外だった、そう祈るしかないわ」
「そんな……」
2人のやりとりを、村長は黙って聞いていた。静寂の後、ゆっくりと口を開く。
「サキさんや。レイが一人前になるまで、どれくらいかかるのかの」
「おじいちゃん⁉︎ 僕は」
「待ちなさい。どうなんじゃ」
「……早くて、1年」
「そうか……少し時間をくれんか」
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レイはベッドに腰掛け、村長と向かい合っていた。
「おじいちゃん……僕わけわかんないよ。あんな霊獣なんて初めて見たし、僕には彼女と同じ力があるだなんて急に言われたって……」
「うむ。わしも初めて見た。しかし、現に奴は村に来て被害を出した」
「うん……おじいちゃん……僕どうしたらいいんだ」
「迷っているのか」
「そりゃあ迷うよ! こんな急に言われて、困ってるんだ」
「行きたい気持ちがあるのじゃな? 」
う、とレイはたじろいだ。
「言ってみい」
「……行きたいというか……、悔しかったんだ。突然わけのわからない事に巻き込まれて、何も出来ない自分が情けなくて……。そりゃあ僕には関係のない、力の及ばない事だって思ったけど。それでもみんなが傷つくのなんて見てられなかったし、僕がもし彼女みたいに強かったのなら彼女も怪我をしなかったかもしれない」
村長は黙ってレイの話に耳を傾けた。
「……それに、みんなの為に僕ができる事があるのなら、やらなくちゃいけない。そんな気がするんだ。僕が彼女みたいに強くなったら、今日みたいな事があっても村のみんなを守る事ができる。あんなのが他の人々も苦しめているのだとしたら、見過ごす事なんて出来ない。力があるなんて全然実感がないけど、もし本当に僕に力があるのなら、みんなの為に使いたいんだ」
「なんじゃ、随分行く気に傾いているではないか」
村長に指摘されレイはハッとした。確かにまとまりのないまま喋っていたが、これではまるで自分がこの村を離れたいと言ってるようではないか。
「お前の正義感は知っておる。お人好しさもな。おおかた自分が居なくなったら村の皆が困るだとか、ワシの心配でもしているのだろう」
図星だ。レイはよく分かりやすいと言われるが、特に村長には隠し事は出来なかった。
「心配するな。わしも皆も上手くやる。お前一人居なくなって立ちいかなくなる程、皆怠け者ではないよ」
ホッホと短く声をあげ笑ったあと、村長はこう付け足した。
「何も今生の別れというわけではないだろう。離れていても、居なくなるわけではない。心が繋がっていればな。お前は、どうしたいのだ」
「僕は……」
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「じゃあ、お世話になりました。色々壊しちゃってすみません」
サキは村の出口に立っていた。村の皆に昨晩の赤目の霊獣の事を根掘り葉堀り聞かれたが、あの怪物はもう出てこない、安心してくれと、根拠のない説明をして済ませる他なかった。またいつ来るかもわからないと言ったら、パニックは避けられない。拒絶のアルマ石は村長に託した。説明するかは村長次第だ。
「こちらこそ、お嬢さんが居なかったらどうなっていた事か。ありがとう」
「あんたがレイとこの村を守ってくれたんだな! ありがとう! 」
「昨日は怪我してたのに質問攻めにして悪かった……あんなの見たのは初めてだったからよ。気が動転してたんだ」
「でも本当に助かったわ! 」
口々に感謝を述べる村長と村人たち。サキは心苦しかった。
「レイは? 」
「考えると言ってそれっきりじゃ。……すまんの」
「いや、アタシの方こそ急にごめんなさい!……そろそろ行きますね。アイツなにか言ってました? 」
「自分に出来る事なら見過ごしておけないと言っとったよ。出来ないことも放っておけない奴だがの……ほっほっ」
「待って! 」
話していた村長は誰よりも早く気づき振り返った。心なしか口角は上がっている。そしてその視線の先には、息を切らして走ってきたレイの姿があった。
「ハアッ、ハアッ……っ、おじいちゃん、みんな……、サキ。僕行くよ。みんなは僕が守る。きっとすぐ戻ってくるから」
「そうか……分かった。だが、一人前になるまで帰って来るんじゃあないぞ」
えっ、小さくレイは声をあげた。
「なんだ、腹を括ったのではないのか。お前の事だ、みんなが心配だの言って帰って来ては話にならんからの。それともなんじゃ? しごきに耐えきれない時に、じじいが恋しいと泣きながら帰って来る場所が欲しいか? 」
村長はレイにそう言った後、サキに目配せをした。サキは無言で、小さく頷いた。
「おじいちゃん!なんだよその言い方! ……もういい分かった! 強くなるまで帰ってこない! 」
「そうじゃレイ。それでいい……これを持って行きなさい」
そう言って村長が手渡したのは、銀細工の小さな羽根の首飾り。手の込んだ一品だと一目見て分かる。
「これは……? 」
「このホムル村に昔から伝わる、親しき者の幸運と安全を願うお守りじゃ。レイ、お前に幸あれ」
『幸あれー! 』
こみ上げるものをぐっと噛み締め、レイは手を挙げ、そして振り返り歩き始めた。
「行って、来ます」
遠ざかるレイとサキへ、皆は手を振り続けた。いつまでもいつまでも、振り続けた。