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水の国ワダツミ

 僕たちは今、森の中の道を歩いている。獣道とは違う、踏み固められた歩きやすい道だ。この道が普段からよく人が通ると言うことだ。実際、何組かの商人とすれ違ったが、疲れ切った様子もなく皆元気そうだった。


「港町テンティルねえ、あたしは行ったことないわ。こっちで合ってるの? 」

「ああ。この道は街道に続いている。氷漬けにされた魚を運ぶ商人を見ただろう」


 僕たちがラフィグローブを出て、丸三日が経っていた。心地よい追い風と暖かい日差しは、まるで僕らの背中を後押ししているようだった。


 ぴょんぴょんと跳ねる小さな霊獣(アニマ)が、僕の前を横切る。ここ数日で何度も見ている種類だ。小さく愛らしい霊獣(アニマ)が多くいる地域は、それだけ平和である事が多い。事実、この三日間赤目から襲われる事は無かった。


「俺も行ったことないっすね! いやぁ、しかし楽しみだなあ! "水の国"ワダツミ! 俺めっちゃ行きたかったんすよ! なんであそこはザジ兄さんばっかり行くんすか」

「報酬より賠償金の方が高くつくからだ」

「それは姉さんだって」

「あたしは赤目が街に入る前に倒せんのよ」


 僕らが目指しているのは、"水の国"ワダツミ。輝きの剣の欠片を保有していると目される国だ。僕達はその国に赴き、欠片の存在を確認、あわよくば借り受ける事が目的だ。姫からの親書も受け取った。


 世界のどこにあるかも分からない欠片が多い中で、ある程度所在がハッキリしている物は珍しい。まずは確実なところから、というわけだ。


「それにしても、海に浮かんでいる国ってとても珍しいね。その港町から船で行くの? 」


 道中みんなからワダツミについての話は聞いていた。世界で唯一と言っても良い海上都市、潤沢な水を保有する国家で、工芸品や水産物、それとある"儀式"をメインに交易を行なっているらしい。


「船は必要ない。……実際に見た方が早い」

「そうねー、あれは凄いわよ」

「姉さんがフラジールぶっ壊してなければ見れない光景でしたからね! いやーあざっす! いてっ」


 ヴァンが肩をどつかれる。フラジールとは、サキが乗っていた空飛ぶ小さな舟だ。赤い牙の倉庫に眠っていたジャンクパーツをノノが一年がかりで作り直した一品物らしい。今はまだホムル村の外れに放置されているだろう。


「どうせ四人も乗れないでしょ! 」

「そしたら二人とかで行くだけっすよ! 絶対その方が楽だったし。あっ、そろそろっすかね」


 ヴァンが鼻をひくつかせてにおいを嗅ぐ。僕もそれに習った。鼻の奥を僅かに突く、少し生臭いようなにおい。嫌な香りではないが、山育ちの僕には慣れないもので少しむせる。これが潮の香りなのだろうか。


 木々がまばらになり、僕達の向かって来た方に反り始めた。潮風が僕の顔を撫でる。この木々はこの風を受けて曲がっているんだな。曲がった木々の隙間を、様々な霊獣(アニマ)が行き交う。白くぼやけていながらも、動物と同じように飛び、跳ね、転がる様が可愛らしい。


「"間に合った"みたいだな」


 森を抜けても、歩いていたその道はうねりながら続いている。そしてその先には、町が広がっていた。あれが、港町テンティルだ。


 --------------------


「い、いただきます」


 この地域は木組みで作られた家が多い。僕たちが今居るここ、テンティルの大衆食堂も例に漏れず木で出来ていた。周りでは漁師風の男達が丼から飯をかき込んでいる。


 僕の目の前にあるのは、生の魚を切り身にしたものを炊きたての飯の上に乗せたもの。"海鮮丼"と言うらしい。お米は何度か食べた事があるが、生の魚は初めてだ。ラフィグローブは肉料理が多いからだ。


「ワダツミではみーんな米を食うんだってよ。魚がおかずで米が主食なんだ」


 タオルを頭に巻いた、恐らく店主であろう男性が、他の客に料理を出すついでに声をかけて来た。


「あんたら見たところ旅の人だろ? 中でも……おにいさんは、ここは始めてだな? 」

「えっ、なんで分かるんですか? 」

「一度でもここかワダツミに来たことがあれば、丼が見えた直後に飛びつくもんだ! ほら、こっちのデカイにいさんみたいにな」

「うめ! うまいっす〜! あ、俺も初めてっすけどね! 」


 ヴァンの豪快な食べっぷりに店主は機嫌を良くして、追加の刺身を持ってきた。


 店主曰く、テンティルでは元々魚はよく取れる。ワダツミの真似をして試しに売り出してみたら、これが飛ぶように売れたらしい。以来海鮮丼はこの港町の名物にもなりつつある。


「お肉は生はダメだよね……魚はいいのかな? 」

「あら、いらないなら貰うわよ」

「食べるよぉ」


 テーブルの上の容器から、サラサラとした専用のソースを垂らす。茶色とも黒ともつかない液体が、赤と白のコントラストを大胆に横切っていく。よだれの出る香りだ、ラフィグローブの料理に使われる塩胡椒とハーブとはまた違った良い香りがする。箸とスプーンが用意されているが、今日の僕は箸の気分だった。


 恐る恐る、赤い身を慣れない箸でつまんで口に運ぶ。今朝獲れたという魚は、活きがいいのか、それとも僕の箸使いが下手なだけなのか、まるで生きているかのようにぷるぷると震えた。


「! 」


 美味しい。肉にはないあっさりとした食べ応え。それでいて飽きの来ない旨味。とろけるような舌触り。ヴァンや周りの男達に倣って飯をかきこむ。ええい、お行儀はギリギリ良いはずだ。しょうゆの味がするご飯は無限に食べられる気がする。白い切り身はコリコリとした歯触りがまた楽しい。ボソボソとした携帯食料がメインだったこの三日間は、僕の食欲を増進させるには充分な期間だった。


「本当に美味しい……! 」

「いやー、美味いっすね! 生魚はないだろと思ってたんすけど、いけますね! 」

「思ってたんだ……あんなに勢いよく食べ始めたのに」


 だが、一つ気になることがある。この町に入ってからの違和感だ。活気のある町だが、店が半分近く閉まっている。皆しきりに空を見上げ、海を眺めては


「そろそろか? 」

「待ちきれない」


 などと話している。


 僕たちの周りにいた漁師達も、勘定をちょっと多めに放り出して、急いで出ていった。


「本場ワダツミの飯も凄いぞー! 俺に教えてくれた師匠がいるんだが、顔くらいあるニカツギをドーンと丸ごと……おっといけねえ、おにいさんたちも早く食っちまってくれ。もう閉めちまうからよ」


 店主も思い出したかのように、客が残した皿を急いで片付け始める。


「みんなどうしたんだろ? 」

「もうじき時間だ。……俺は別に良いんだが」


 ザジはチラッとヴァンを見た。


「俺はぜっっったい見ますからね! 」

「あたしもこの前みれなかったし、行きたいな。あ、今日はどの子か教えなさいよ」

「知ってどうする」

「からかう」

「……ただの依頼主だ」


 ついていけない僕に気づいて、ヴァンが口を出す。


「ああ、レイくん。今日はワダツミが主催する、歌巫女の儀式の日なんすよ。いやあちょうどよかった、レイくんも参加しましょう! きっと感動すると思いますよ! 」

「儀式? 」


 僕が箸を止めると、それに気付いたサキがフォローする。


「ああ、堅苦しかったり怪しかったりするわけじゃないの。昔からの名残でそう呼んでるだけで、実際はお祭りみたいなものよ。ラフィグローブの祭りとはだいぶ違うけどね」

「お祭りかぁ。それなら見てみたいな。じゃあ急いで行かなくちゃね」

「いやそれが、行くんじゃないんすよ! 」


 ヴァンがおかわりを受け取りながら訂正する。そのまま飯をかきこみ始めた彼に代わって、ザジが付け足す。


「……来るんだよ」

「ん……? 」



 --------------------


「おおおおおっーーーーーっっっ⁉︎ 」


 僕があげた大声は、それ以上の周りの歓声でかき消された。港町の住民全員が、この入江状の港に集結している。いや、旅人や観光客風の人を含めると人数はそれを大きく超える。


 何故僕が大声をあげたかというと、海に見えた大きな島が徐々に近づいていたからだ。島にしては木に覆われていないと思ったが、あるところで気付いた。あれは街並みだ。あれは国だと。


 波をかき分け、静かにゆっくりと、その国は近づいて来る。至る所に水が流れるさまで、これが水の国なのだと直感した。確かにすごい迫力だ。山が迫ってくる感覚。威圧感ではなく、雄大な自然のような迫力があった。


 冒険記の中で、主人公が滝を目の当たりにした場面があった。今僕はまさにそのような心持ちだ。言葉を失い、歓声とも呻きとも取れる声が漏れ出すだけだ。


 だが、ワダツミが目前にまで迫ってきても人々の歓声は鳴り止まない。それどころかこれ以上の何かを期待するような、今か今かという雰囲気すら感じ取れる。


 きょろきょろとあたりを見回していると、興奮気味の隣の男性から、木で編まれたカゴが回ってきた。中には箸やナイフより少し長い程度の長さの棒が入っている。上半分は……アルマ石?


「これは? 」

「一本取って回しなよ、ほら、始まっちまうから」


 言われるがままにそれを握る。男性も同じものを握りしめている。カゴはそのままサキへ、ヴァンへと回っていった。


「えっと……? 」

「あっ、ほら始まるわよ! 」


 "それ"は唐突に始まった。ワダツミから噴水のように水が何柱も吹き出し、軽快な音楽が流れ始める。噴水は音楽に合わせて水勢を変え、その度にワアッと群衆が沸き立ち、手に手に配られている棒を振る。すると、先端の石がポゥッと明かりをつけ始めた。照明用のものとは違う、色とりどりの光るアルマ石の棒。僕も皆に合わせて棒を振る。僕のは淡い黄色に光った。


「みんなーーーーっっ!!! 今日は集まってくれて、ありがとうーーーっっっ!!!!!! いっぱい楽しんでくれると、嬉しいなっ? 」


 オオオオオーーーッと大歓声が上がる。皆の視線を辿ると、いつのまにかワダツミからせり出してきた足場に一人の少女が立っている。


 ヒラヒラとした見慣れない服に、大きな帯をリボンのように結んでいる。二つ結びにした髪はとても明るいピンク色。どうやら今の声はその少女のものらしい。かなり遠いにも関わらず、すぐ隣で呼び掛けられたようにクリアに聞こえた。


「じゃ、盛り上がって、いっくよーーーっっ!!! 」


 リズミカルな音楽に合わせて、少女が歌い出す。左右にステップを踏みながら、甘い声で口ずさむ。彼女がジャンプする度に、光るアルマ石の棒の海がうねる。舞台から左右に噴き出す水は霧のカーテンのようになり、そこに彼女の姿が様々に角度を変えて映し出された。


 階段を駆け上がるようなメロディから、盛り上がりは最高潮に達した。辛い事も悲しい事も、笑顔に変えてしまおうという歌詞だった。僕は村のお祭りの歌や子守唄くらいしか聴いたことがなかったが、楽しくなってくるいい歌だと思った。


 港町の人々は皆、顔を上げている。その顔はどれも晴れやかで、楽しんでいる。自然と身体が動いて、手に握ったアルマ石の輝きも強まっていく。


「それじゃ、最後にみんなでいぇーいって言って欲しいなあーっ? せーーーのっ!!! 」


 いぇぇぇぇぇい!!! わけも分からないまま、僕は周りと一緒に叫んでしまった。熱気が渦を巻いて皆から立ち昇っていく。皆の汗が蒸発しているだけではない。


 これはアルマだ。様々な感情が浮き上がって、皆から離れていく。楽しい、嬉しいというポジティブな感情に釣られてネガティブな感情もみんなから離れていくのか? 皆の握る石は様々な色に明滅していた。


 興奮冷めやらぬまま、ピンクの髪の少女がはけていく。帰り際に飛ばした投げキッスで、群衆の何人かが倒れた。


「ザジ、あの子? 」

「違う」

「ま、そうよね」


 その時、雰囲気が変わった。ほわほわと上気した空気が、凛と張り詰める。その後ほどなくして、ゆったりと落ち着いた曲が流れ始めた。


「この子かしら? 」

「ああ」


 観衆の前に、先の少女よりも歳上の若い女性が現れた。長い黒髪が風になびき、優雅に揺れる。


 彼女は目を開け、歌い始めた。

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