表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
55/57

優しい祈り

「この先に、パトリシア様がお待ちです。くれぐれも失礼のないように」


 一人の位の高そうな騎士が、僕達に進むように促す。僕達を乗せて上昇して来た光る足場は、僕達が降りると薄れて消えた。


 僕達は今、王国の塔の中にいる。どれほど上ったのか、想像もつかない高さの階だ。塔の中は吹き抜けになっていて、壁面から橋のように発着所が伸びている。いくつもの橋を飛び越えて、僕らは姫の元に向かった。


 王国の姫から突然届いた手紙。その内容は、僕達赤い牙と話がしたい。そして、折り入って頼みがあるといったものだった。


 世界で最も栄えていると言っても過言ではない王国の王族が、いち民間団体に、ましてやステラ使いに直筆の手紙を寄越すなど前代未聞の事らしい。


 理由は会って話すつもりなのだろうが、二つ返事で向かうわけにもいかなかった。ただでさえ騎士団と折り合いの悪い僕達だ。着いて早々牢屋に入れられるかも分からない。


 なので今回は、ステラに加えて、身体能力に優れたメンバーが行く事になった。リーダーのアーレス、ザジ、サキ、ヴァン。そして僕、レイだ。


 万一の時の事を考えての選抜だ。赤い牙の一員になって間もないのに評価してもらえた事は、素直に嬉しい。


 ただあの手紙からは、花のように暖かくいい香りがした。たったそれだけの事なのだが、僕は彼女が信頼に足ると思えた。


「目がチカチカするっす」


 壁も床も真っ白な回廊を進んで行くと、大きな扉が僕らの前に姿を現した。騎士は一呼吸を置いてノックをする。


「失礼します。赤い牙の者を連れて参りました」

「どうぞ、お通ししてください」


 声と共に、扉が音も無くひとりでに開く。アーレスがずいと踏み出して行くので、僕達もそれに倣う。


 扉の先は想像以上に広かった。まるで天井が無いかのような開放感のある部屋だ。八本の大きな柱に囲まれた広々とした空間には、八枚の色の付いたガラスから光が差し込む。白い壁や床に、色とりどりの光が反射して、まるで花畑のようだった。


 そしてその中央には、一人の少女が立っていた。長いブロンドの髪と、ドレスのような騎士装束。一度アクシディアで見かけた、お姫様その人であった。


「よくぞいらっしゃいました。わたくしがソル・スティアール王国姫、ならびに王国騎士長のパトリシアですわ」

「お招きいただき光栄です。私が赤い牙の長のアーレス。右からサキ、レイ、ヴァン、ザジ」


 アーレスが丁寧な言葉遣いをしているのは初めて見た。挨拶を交わすと、パトリシアはひとりひとりの目を見て微笑んだ。


「楽にお掛けになってくださいな」


 そう言って彼女は、大きなフカフカの椅子に座った。豪華な装飾のあるテーブルを挟んだ向かい側に、僕達用のソファが用意されている。これもフカフカで大きくて、これがベッドだと言われたら恐らく信じてしまうだろう。


 それぞれが席に着くと、すぐに使用人がティーカップを運んで来た。


「ミレオードで良いかしら? それともリコッセの方がお好みですか? 」

「ミレオードで。あれは香りが良い」

「まあ、趣味が合いますのね」


 一瞬固まる僕らの横で、アーレスが流れるように返事をする。お茶の銘柄について聞かれていると僕が認識したのは、しばらく経ってからだった。


 すぐに出されたお茶をゆっくり啜ると、ほのかな甘い香りが花の奥に広がっていく。僕はあまり気にした事は無かったが、お茶にこだわる人の気持ちが少しわかった気がする。


「美味しい……」

「ええ、そうですわよね」

「あっ、はい……」


 綺麗な瞳で見つめられると、なんだか緊張してしまう。そんな僕を尻目に、ザジが口を開いた。


「無駄話をしに呼んだわけじゃないんだろう」

「あっ、兄さん、またそんな言い方を」


 ザジは至って真面目な顔で尋ねる。パトリシアは棘のある物言いに機嫌を損ねる事もなく、笑顔で返す。


「いいえ、無駄ではありませんわ。わたくし、皆さんのことを知りたいのです」

「知りたい? 」

「ええ。わたくし、生まれて始めてステラ使いとお会いしたので。皆さん、思っていたよりも普通の人なのですね。安心しました」


 両手を合わせて微笑むパトリシアは、極めて純粋な気持ちからそう言ったのだろう。普通じゃないわけないだろう、僕達も同じ人間だ!などというのはこの際無しだ。


「ですが、呼びつけておきながら本命の理由を話さないのは失礼ですわね。人払いを」


 パトリシアが告げると、控えていた使用人が即座に立ち去った。扉の前に立っていた騎士も離れ、この大きな部屋には僕達とパトリシアしか居なくなった。


「まず、先日我が王国が赤目の霊獣(アニマ)によって未曾有の危機に晒された事はご存知ですわね? 」

「ええ、もちろん」

「天使長クライスがそれを討ったものの、街にも被害が出ました。その被害を食い止めた騎士が居たそうです。その騎士は仲間や民の賞賛を一身に受け、今も活躍しています。しかしもう一人、街を守る為に戦った者が居たようなのです。光を纏い、王国を駆け巡る様は流星のようだったと。」

「光……それって……! 」


 ヴァンが振り向く。皆も、パトリシアもそれに倣う。


「金の髪に蒼碧の眼、そして噂通りの優しいアルマを感じますわ。我が王国を救ってくれたのは、貴方ではなくて? 」

「……っそんな、救っただなんて」

「やはり貴方なのですね。ソルの民を代表して、お礼をさせてください。ありがとう」


 彼女が頭を下げた時、僕の胸に陽が差し込んだように感じた。この人は、心から感謝をしている。この体の温かさが、それを何より物語っている。


「身体が、その……勝手に動いてしまっただけです」

「まあ、なんと勇敢なのでしょう。恥ずかしながらわたくしが事態を把握した時には、クライスが既に向かっていたのです」


 パトリシアはお茶を一口飲み、更に続けた。


「レイさんをはじめ、皆さん勇敢な方とお見受け致します。皆さんの勇気を見込んで、頼みがあるのです。まずは説明をお願いしますわ。……お願いしますわ! 」


 パトリシアが少し大きく声を上げると、扉の一つがゆっくりと開き、そこから一人の男性がのそりと入ってきた。


「あ、出番ですか……」


 装飾の着いた白い服を着た男は、顔の高さまで積んだ厚い本を抱えてフラフラと机まで歩み寄ると、そのままドサリと空いている椅子に座った。王国の上層レガリアに居るのだから、それなりに位が高いだろうに、猫背の彼からは全くその気品を感じない。本を机に置くと、その奥から現れたのはボサボサの髪、無精髭、ぼんやりとした表情。


「シュラウルさん!? 」

「……あれ、レイ君か? みんなお揃いで……。あ、アーレスさん、お久しぶりです」

「おう! お前、ここで働いてたのか? 」

「いや……街の図書館で働いてたんですけど、引き抜かれたというか……」


 ボリボリと頭を掻くシュラウル。パトリシアはそんなやり取りに目を輝かせる。


「まあ! お知り合いなのね! なら話が早いですわね。……"輝きの剣"については、ご存知ですこと? 」

「いや……」


 赤い牙一同が首を傾げるのを見て、パトリシアはシュラウルに促す。シュラウルは分厚い本の山から一つを手に取り、開いた。中には見た事も無いような文字が羅列されている。


「ええと……ゴホン」






 輝きの剣の章


 天使が授けた三つの祝福


 その一つは、

『輝きの剣』であった。


 輝きの剣は人々に巣食う黒い蛇を退ける力となり、人々の希望となった。


 しかし、黒い蛇は決して滅ぶ事はない。


 輝きの剣に集う光が強くなるにつれ、黒い蛇もまた濃く、長くなった。


 そして遂に黒い蛇は、人々から輝きの剣を奪い取った。


 黒い蛇の赤い瞳に睨まれた剣は八つに砕け、世界に散らばった。その欠片は、まるで涙の雫のようであった。


 一つは、偉大なる光柱の根元に。


 一つは、世界を跨ぐ大河の淵に。


 一つは、世界樹の洞に。


 一つは、黒い蛇の腹中に。


 残る欠片の行方、何者も知る事叶わず。


 輝きの剣が砕けた後、その鞘は底なし闇となり、誰も知らぬもの達を飲み込み続けた。






「ふぅ……わかったかな」

「いや全然わかんねっすよ! 」


 シュラウルの読み上げた文は、言葉の意味は分かったが、話の意味は分からなかった。


「では私から」


 パトリシアが話し始める。


「王国に伝わる伝説です。長らくおとぎ話の類と思われていましたが、彼が文献を見つけ出してくれました」

「それで、輝きの剣というのは? 」

「ええ。遥か昔に天使が授けた物があると言います。そのうちの一つが輝きの剣なのです。砕け散ったと言われていますが、その欠片を集めた者が、蔓延った闇を払うと言われています」


 真剣な面持ちで話すパトリシア。


「アーレスさんはご存知でしょう。かつて戦神と呼ばれたという貴方ならば」

「二十年前のアレか……」


 二十年前といえば、ヴァンから聞いた闇との大戦の時だ。アーレスは世界を旅した英雄一行の一員だったという。


「ええ。勇者アイエルは世界を巡って欠片を手に入れ、闇の者達を打ち払いました。そして、今闇が再び動き出そうとしている。赤目の増加、死神の暗躍……皆さんも、闇を感じているのではないですか? 」


 思い当たる節があった。ホムル村に現れた巨大な赤目、王国の赤目、そして僕達の前に現れたサーペントと名乗る女。


「アイツ……! 」


 ギリッと歯ぎしりをするサキ。きっと沼地での戦いを思い出しているのだろう。


「お前ら、会ったのか。奴らに」

「うん、強かった……」

「そして闇が動き出した今、再びその欠片を集める必要があると考えています。皆さんには各国を巡って、その在処の手掛かりだけでも掴んできて欲しいのです」

「騎士団は動かないの? 」


 サキが初めて口を開いた。


「国同士の関係は複雑なのです。武装した我が騎士団が領土に踏み入っては、無用な混乱を生む可能性があります」


 パトリシアの顔が、真剣な顔から曇っていく。


「都合の良い話であると分かっています。自らは安全な場所に居ながら、客人に危険を冒せなどと……。ですが、これも互いの国の為を想っての事なのです。騎士団も一枚岩とは言い切れず、これは私の一存に近いのです」


 しかし、パトリシアの顔は再び真剣な顔に戻った。真っ直ぐな瞳とは、こういう人のものを言うのだろう。アーレスや皆が口を開く前に、僕の口は動いていた。


「困っている人を、僕は放っておけません! 僕に出来る事なら……あっ、ごめん勝手に……」

「なんすか、遠慮して。いいんじゃないすか? ねえ、オヤジ」

「ああ、実は俺も手掛かりを探していたんだ。丁度良い機会だろ」


 パトリシアの表情が、花が咲いたよう明るくなる。花畑ような光の中で、彼女の笑顔は一際輝いた。


「皆さん……! ありがとうございます! もちろん、私からお願いするだけでは筋が通りません。もちろん褒賞は惜しみませんわ。その上で、皆さんから私に何か求めるものはありますか? 」


 パトリシアは僕達に尋ねた。そんな事を言われても、急には思いつかない。皆もまた、咄嗟には出てこないようだった。


「お姫様、ラタリアには行った事ある? 」


 最初に口を開いたのはサキだった。


「いえ、警備や車の問題でまだ……」

「あそこは酷いところよ。食べ物に困って、一日に何人も死んでる」

「そんな……ここは王国ですわよ? いくら下層といえど、そんなことは……」

「一回その目で見て欲しいの。今まで上の人間は何もしてくれないと思ってた。でもあなたは知らないだけだと思う。だから知って欲しい」


 パトリシアの願いと同じくらい、サキの願いも真剣なものだった。そしてそれは、パトリシアにも通じたようだ。


「……分かりましたわ。わたくしの目で必ず確かめます。そして、その環境を改善する事を約束致しましょう。王家の名誉にかけて」


 しっかりと頷くパトリシア。一呼吸置いて、サキが頭を掻いた。


「みんなごめんね、勝手に言っちゃって」

「全く、勝手に言う奴しかいないのか? うちには」

「慣れたさ」


 緊張がほぐれ、いつものように笑いが起きた。パトリシアはも、シュラウルも笑う。光の花畑が、風にそよぐように揺らぐ。パラパラと本がひとりでに捲れて、あるページが開いた。光の中に向かっていく、人々の絵のページだ。


「王家の加護を授けましょう。あなた方に幸運が訪れますように」


 パトリシアが両手を広げると、暖かな光と花の香りが僕達を包んだ。そこで僕は、周りに実際に花が咲いていることに気づく。


「これは、ステラ……? 」

「いいえ、実体はありませんもの。ですがこれは、皆さんの無事を願う私の祈り。受け取ってください」


 身体に力が漲ってくる。なんでもやれそうな、そんな気になってくる。何より、僕達の力を認めて、必要としてくれる事が嬉しかった。


 ガラスから差した色とりどりの光が、僕らそれぞれに当たる。そして、花畑の中に光の道が出来た。


「世界の行く末は、あなた方に懸かっています。どうか、お願いします」

「よし、行こう! 」


 僕は困った人を助けたい。僕がこの力に目覚めたのは、きっと誰かを助ける為なんだよね、おじいちゃん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ