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Struggle for you

ガチャリ。ドアが開き、部屋に光が射し込んでくる。暗い部屋に入ってきた女性は小さな灯りを点けると、ベッドに向かって歩み寄った。


「待たせてごめん、もう大丈夫だからね」


大きなベッドに半ば包まれるようにして寝ている少年は、彼女の言葉に反応して薄っすら目を開けた。


「リンデル……? 」


少年の声は掠れており、頬はほんのりと赤い。


「そうだよ。ほら、お口開けて」


ベッドの少年は言われるままに口を開いた。リンデルは明里草を刻んでペースト状にしたものをスプーンで食べさせ、水を飲ませる。


「おいしくない」

「よく飲めたね、えらい」


微笑ましいようで、いまいち噛み合っていないやり取りを繰り広げると、リンデルは優しく彼の赤い髪を撫でた。


少年は安心したように目を閉じると、すやすやと寝息を立て始める。リンデルは満足げに頷くと、静かに部屋を出た。


ガチャリ。扉を閉めるやいなや、リンデルは少し離れて壁にもたれかかる。


「さてと……我等、闇中を歩むものなり」


緩んだ顔が引き締め呟くと、フッとロウソクを吹き消すように息を吐く。廊下を照らすアルマ石の輝きが、一瞬で吹き消された。


そしてリンデルは、頭の後ろで手を組んで闇の中に呼びかけた。


「あー、お待たせしやしたー」

「いいえ、想定していた時間よりも早かったですね」


横目で見る視線の先には、つい先程まで居なかった人物が立っている。黒いフードに隠れて顔は見えないが、女性の声だ。


「しかし、普通感冒……俗に言う風邪は、充分な栄養と休養を摂れば治るものでしょう。頭痛と発熱程度で明里草を服用するなどとというのは、非合理的です」

「やだなぁウサギさん。人は風邪で死ぬかもしれないんだよ? 彼が死ぬなんて耐えられないじゃない? 病は気からだ」


至極真面目な顔で答えるリンデルに対し、女性は短く息をついた。


「時間がもったいないので、簡潔に終わらせましょう。計画の進捗はどうですか」

「進み具合も何も、いつでも大丈夫さ。下っ端なんて、ホントは要らないのに」


淡々と話す女性と、興味なさげに喋るリンデル。この報告を早く終わらせたい気持ちは、動機は異なれど二人とも同じなようだ。


「結構です。ただ勝ち、滅ぼすだけでは意味がありません。少なくとも私はそう考えています。あなたの考えは知る由もありませんが、我々は組織として動いている事をお忘れなく」

「あいあい。さ、もういいよね」


リンデルは追い払うように手を振ると、女性はそれを全く意に介さず、自分のペースでツカツカと歩いていく。


「近いうちに貴女にも動いてもらいますよ、サーペント。貴女の願い、見ものですね」

「……べーっ、だ」



僅かに振り向いて告げ消える女性に、リンデルは舌を出して応える。


「私の考え? 願い? そんなのずっと決まってるよ」


彼女とは逆方向に歩きながら独白するリンデル。病人を起こさぬような小さな声で呟きながら、両手を頬に当てる。その肌は、床に伏せていた彼とは違う理由で、ほんのりと赤く染まっていた。


ふふ、と笑う彼女の指の間から、泥がびしゃ、びしゃ、と垂れていく。


「あなたの為に生きる事が私の全て……。大好きだよ、アルヴィン。ふふ、ふふふふふ」


--------------------


ラタリアのバー「隠れ家」では、一人の壮年の男がいつものように酒を呑んでいた。


店内にはグラスを磨いているマスターのネロのみ。しかしその男は、ネロではなく部屋の隅の暗がりに語りかける。


「なにぃ!? 話せなかった!? シャイかお前は! 」


ワハハハと豪快に笑った男は、テーブルの上に置かれた小皿から、つまみの干し肉を暗がりに放った。安物の、干したというより干からびたような肉だ。


「ああ、そうか奴は居なかったのか。ふむ、へえ……でもそんなら、丁度いいところだったじゃねえか」

「シグさん、僕はいいけど、人が居るところでそれは、やらない方が、いいんじゃないかな……」


部屋の隅に話し掛けるシグに、ネロは声を掛けたが、シグは気にしない。


「イカれて見えるか? ラタリアにはよく居るぞ、逆に自然だわな」

「そうかなぁ……」


ネロは磨いたグラスに氷を生み出して入れ、ボトルから明るい色の酒を少し入れた。そしてそれを部屋の隅の暗がりのテーブルに置く。


「口に合うと、いいけど……」


影の中にグラスが飲み込まれ、消えた。


「そういや、シュラウルの奴は最近あまり顔を出さねえな? 」

「ああ、それはね……」

「おう」

「……」

「……」

「……」

「……なんだよ! 」

「お金、取るよ。僕、情報屋だもん」


--------------------


『かんぱぁ〜〜い!!!』


赤い牙の食堂では、ちょっとした宴会が開かれていた。アーレスは酒を飲み、皆は思い思いの肉やスープやサラダやなんやかんやを頬張る。


普段、料理は主にロディがするのだが、病み上がりだからとみんなで手伝った。結果、出来上がった料理はちょっぴり焦げ気味だったり、形が不揃いだったりしたが、却ってそれが暖かい。


「うめぇーー、うめえ! 」

「さっきからそればっかりだね」

「美味いんすもん! あ、食べないなら貰っちゃいますよ」

「だーめーだーよ! 」


ヴァンが本気で人の分まで取ろうとしているわけじゃない事は分かっていたが、僕は乗ってあげた。みんな、明るくなる事を望んでいる、そんな気がしたからだ。


「コーディちゃん、がんばっだのよねぇ! 」

「俺、何も出来なかった……もぐもぐ」

「ぞんなごどないわ! ママ、感動よ! 」


鼻水を垂らしながらコーディの頭をわしゃりわしゃりと撫で回すロディ。頭をブンブンに揺さぶられ、口では落ち込みながらも、表情は明るくなりつつ、決してフォークを手放さないコーディ。テーブルの下に入ろうとするユーコ。


喧騒の中、プシューっと音が鳴り、駆動音と共に扉が開いた。スッと一人が何食わぬ顔で入ってきて、そして困惑して立ち止まった。


「……なんだ、昼間から……」

「あ、ザジ! 」


無表情な事が多いザジも、こればかりは驚いた事だろう。一人任務を終え、事情を知らぬまま帰ってきたのだから無理もない。


「おお帰ったか! まあ食いながら聞けや! おら、座れ座れ! 」

「……」


ザジはアーレスの言葉を聞きながらも、席にはつかずに卓を通り過ぎていく。アーレスは少し不満げに頬を膨らませる。


「なんだよ、食わねえのか」

「いや。手、洗ってくる」


元の無表情に戻ってスタスタと洗面台に向かうザジ。


「アイツ……こういうとこ真面目だよな」


いつも仏頂面で、ぶっきらぼうで、ちょっと物言いがキツくて、おまけに強いザジ。そんな彼が一生懸命手を石鹸で洗う様を想像して(もちろん衛生上はこの上なく正しい行動なのだが)僕は噴き出してしまった。みんなも笑った。





そんな中、僕も気づかないところで、一つのやり取りがあった。アーレスがサキに皿を差し出す。太い骨が付いたままの、香ばしい香りのする肉だ。


「ほら、食えよ。良い時も、悪い時も、いつだって腹は減る。腹減ってたら、なーんも出来ねえぞ! 」


笑い声の中で、みんなにはこのやり取りは聞こえていない。サキはそれを受け取り、しばらく考えて、豪快にかぶりついた。


「美味いよな! 」

「……うん、美味しい! 」


迷いは消えない、悩みも無くなることはない。だが、彼女の感じていた重苦しさは、この時確かに和らいだ。


燃えるような赤い髪のアーレス。彼の髪は赤い木の実を使い染められた色である。彼が髪を染め始めたのは、丁度サキが赤い牙に拾われた頃からだ。


「かっけーだろ? 赤い牙だしな。赤くしてみたぜ」


などと彼は言うが、もしかしたらこの髪に引け目を感じている自分の為なのでは、とサキは考えている。


赤い髪には特別な意味がある。その意味を皆が皆知っているわけではないが、それは決して世間では歓迎されるものではない。


大切なもののためなら、そんな苦労を背負う事も厭わない。アーレスはそういう男だった。


--------------------


宴もたけなわを過ぎ、皆が豪華な食事に腹を膨らませている頃、電子音が鳴った。


「ぴぴぽー」


モニカが何かを知らせている。警報や照明の明滅がないところをみると、緊急性は低いようだ。


「なんだろ」

「さぁ」


答えはすぐに分かった。食堂へ一通の手紙が舞い込んできたからだ。依頼はタイミングを選ばない。よくある事だ、一休みしたら動き出すことになるだろう。困っている人の力になりたい気持ちは大変あるのだが、今は正直とても疲れている……。


「凄い良い紙使ってるなぁ、どこのどなた様からだ? 」


そんな僕の葛藤をよそに、ノノがそよ風を起こして手元に封筒を引き寄せた。皆が見ているので、遠慮なく開けようとする。


そして封を見て、ノノが一瞬固まる。


「どうしたの? 」

「いや、これは驚いたな……」


羽根のデザインがあしらわれた、蝋のようなもので出来た封にノノが手をかざすと、その封はひとりでに裂けた。その現象には見覚えがあった。僕に限らず、世界の誰もが。


「アルマ反応……? 」

「アルマ石を砕いて作った封だ、こんなのを使うって事は、これを出してきたのは……」


封筒から手紙を取り出し、ノノが読み上げようとする。何かを探していて右へ左へ動いていた目が、止まった。


「差出人……ソル・スティアール王国姫並びに王国騎士長。……パトリシア」

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