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「どんなヤバイ時も、出るもんは、出るんすよねぇ」


さっきのように、アニマが湧いて出るかもしれない。一刻も早く戻らなければ。トイレに立ったヴァンは、足早に風呂場へと戻っていた。


そしてその中で、ふとした違和感に気づく。


「なんすか……? 」


小骨が喉に刺さったような、靴の中に小石が入っているような、些細な違和感。しかしステラを操る者としての、そしてスラム暮らしと戦いの日々で培った感覚が告げている。確かめろと。


何らかの想いが、近くに"いる"。悲しみ、喜び、驚き、戸惑い……? だめだ、分からない。塗り潰されたように、感じ取れない。


ヴァンは走り出した。右手に力と想いを込めて、小さく何度も爆発させる。この通路を曲がったところに、"違和感"が居る。


またコムリか、それとも別の仇なす者か。右手は右肩の上に。敵なら、抜き放ち、叩き斬る。


「誰だ! っ……? 」


滑り込むように踏み込んだ曲がり角の先には、誰も、何も、いなかった。照明のアルマ石の不調か、その通路だけが真っ暗だったが、ヴァンが滑り込んでくると直ぐに明るくなる。


隠れるようにスッと引いていく影に、ヴァンは気付かなかった。彼を責めることは出来ない。直ぐ目の前に落ちていた布の包みに気を取られたから。そしてその緩んだ口から覗くものが、今最も必要な物だったから。


「これって……やった! これで!!! 」

「んもぉぉ〜〜!!! ごめんなさいねぇ、私の為に、みんなをこんんっなに危ない目に合わせちゃって!!! 」

『……え?? 』


 帰路の空気は、それはそれは重苦しいものだった。当然だろう。ただ依頼を失敗しただけではない。家族の命を救うための、決死の行軍だったのだから。


 誰も、何も話さなかった。ガラガラとデンデンの輪貝が回転する音だけが響く。朝日が昇り、清々しい朝が来たというのに、伸びの一つもする気にならない。唾を飲み込む事すら、辛い事のように感じられる。


 ラフィグローブに到着した僕達はデンゾウに礼を言うと、トボトボと家へ向かって歩いて行った。


 照明のアルマ石を扱っている露店の前を僕達が通りかかると、店主がよく見えるように並べたそれをサッと奥へと下げた。当然だろう。こんなどんよりとしたアルマを四人分も垂れ流されたら、その石は売り物にならなくなってしまうだろうから。


 そして、家に帰った僕達を出迎えたのは、他でもないロディだった。冒頭のセリフを大きな声で言い放ち、ドシンと膝をついて目線を合わせて来る様は、概ねいつもの調子と言える。


「あの、お母さん? あの……黒い奴は……」


 そうだ。僕達が沼地に向かったのは、ロディの身体を蝕んでいた黒い紋様を治療するためだ。明里草さえあればそれが治るかもしれない。僕らはその希望に賭けたのだ。


「ああ、それならねえ……」


 ロディは後ろを向いて、首に掛けたエプロンの紐を外した。続けて、少々パツパツのシャツを脱ぎ、畳んで置く。


「黒い紋様が……」

「無いじゃないか、全く……! 」


 首筋や二の腕を蝕んでいた黒い紋様は、綺麗さっぱり消えていた。ロディの優しく大らかな性格には似合わない、筋肉が活き活きと隆起している。


「そぉ〜〜なのよぉ! 」


 こちらに振り向くロディ。僕らは直後、それぞれの反応を返す事になる。


「え……!? 」

「あーなるほど、そう言うことか」

「わ……」

「…… 」


 ロディは腰に手を当てて、自らが健在である事をアピールするであろうポーズを取った。


 そしてその仁王立ちしたロディの胸には





 花が咲いていた。








 左右の







 乳首に








 一輪ずつ、美しく白い花が咲いていた。












 咲いていた。





「いやん、あんまりじっくり見ないでちょうだいな」

「自分で見せたんだよ!? 」


 コーディが、反射的に突っ込む。


「おっぱいの花ァ!!ふぅぅぅ〜〜!!! 」


 ユーコが、何処からともなく現れ、ロディの周りを走り回って、また去って行った。


 僕はまだ、状況が飲み込めていなかった。


「ど、どう言うこと? 」

「明里草を経口摂取したんだね、後遺症もなさそうだ……」


 ノノは、ロディの周りをグルグルと回りながら早口で解説を始めた。曰く、明里草は花を摂取すると体内で種になり、それが発芽して負の感情を吸い取り急激に成長するらしい。そして、それを体外に排出するように花を咲かせるのだと。


「しかし乳首から生えるのは珍しそうだ、データが少ないし、メモメモ……機会があれば私も食べて……」

「どうして明里草が? あったの? 」


 ブツブツ言うノノを押しのけて、コーディが尋ねる。そうだ。家にあったなら、僕達は完全に無駄足じゃないか。


「それが、届いたっぽいんすよね」


 おかえりっす、と手を挙げながら、奥からヴァンがやって来た。


「届いた? 誰が? 」

「それが一切分かんないんすよ。ただ音がしたから風呂場の外に出てみたら、ポツンとコレが置いてあって」


 ヴァンは空になった小さな布袋を取り出した。この中に、明里草が入っていたのだという。


「一体誰が、赤い牙しかここは入れないんじゃ? 」

「そのはずなんすけど……でも、お陰でオカンは助かった。それについては、素直に感謝っす」

「ホントよぉ〜、何処のどなたか知らないけど、ありがとうっだわ! 」


 未だに、頭の理解が追いついていないが、身体は徐々に事態を把握し始めたみたいだ。


 ガクッと膝から力が抜け、僕は座り込んだ。走り回っているユーコと、胸から花を咲かせているロディと、見慣れ始めた赤い牙の家の風景とをみていると、なんだか笑えてきて、僕は笑った。


「よ、よかったぁ……助かってよかった……! 」


 力無い笑いは、みんなを巻き込んで大きな笑い声に。ロディが助かったという安堵と、妙な可笑しさが込み上げて来て、なんだか物凄く笑える。みんなも笑っていた。


 ただ、サキだけは今ひとつ笑い切れていなかった。表情こそ幾分和らいだものの、歯を見せて笑うことはなかった。


 今回の件で、一番手痛い被害を受けたのは彼女だ。あのサーペントという女にやられたあと、帰りの道中で意識を取り戻した彼女は、一瞬取り乱した後どうなったかを尋ね、そして黙った。


 服はところどころ破れ、体の至る所に泥の跡が残っている。帰りの道では髪は血に濡れてかところどころ赤かったが、今は乾いたのか赤黒く落ち着いている。恐らく相当こたえたのだろう、笑えなくても無理はない。


 僕がそんなサキを見て少し笑いのトーンを抑えた時、僕の襟がグイッと掴まれた。


「うわっ」

「おいおいおい! 入り口を塞ぐなよお前ら! ほら入った入った!!! 」

「あ、オヤジ! おかえりっす」


 僕を持ち上げたのはアーレスだった。別の依頼で家を空けていたのが、今しがた帰ってきたのだった。



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 僕達は事の顛末を簡潔に話した。黒い紋様が、と言ったところで、アーレスはピクリと眉をひそめた。その事に気付いたのは、僕だけだろうか。


 いつになく真面目な顔だ。僕は身が引き締まる思いがした。服のシワも、今心なしか伸びた気がする。


「なるほど……お前らにも、話さなきゃなんねえな……」


 アーレスは数秒考え込んだ後、ぐっと拳を握って言い放った。


「よし、今日は昼から肉食うぞ!!! ヴァン、ちょっと手ぇ貸せや! ゴードンちで肉買ってくるぞ。デンゾウの爺さんにも頭下げねえとな! 」

「う、うす! 」


 急に明るくなったアーレスは、ヴァンを連れて出て行く。どこか違和感を感じた僕に気付いたのか、こう付け加えた。


「マジメな話になるからな。暗い気分になんねーように、せめて身体とお腹は楽しくなってねーとな」


 自分も行くとせがむユーコや、明里草を観察したがるノノで、再び赤い牙の玄関口は賑やかになる。そんな喧騒から逃れるようにして、サキは奥の扉へと消えて行った。


 それをアーレスは、黙って見送った。


 --------------------


「あたしのアレ、見えてなかったのかしら……レイ達は」


 シャワールームに、サキは居た。擦り切れたジャケットを、破れたシャツを、泥の染み付いたショートパンツを、あまり色気のない下着を脱ぎ捨てカゴに入れる。ドアを開け、いくつかあるアルマ石の一つに手を触れる。


 ジャーっとお湯が上から降り注いでくる。心の平静は保っているはずだ。水系のアルマ石は滞りなく使えている。


 ただ、怖かった。


 自分ではどうにも出来ないような、感情の爆発が起こる事がある。まるでステラが暴走しているような、自分が自分ではなくなるような感覚に襲われる。


 あの瞬間の自分は、化け物だ。まるで赤目の霊獣(アニマ)になったようだ。いくら家族といえど、あの姿を見て今までと同じように接してくれるのか。何より、家族を傷つけたりしないか。


「言えるはずないじゃない……! 」


 シャワーの湯が、血や泥を洗い流して行く。髪の血も落ち、明るい茶髪に戻っていく。血が落ちても、泥が落ちても、彼女は水勢を緩めなかった。


 シャワーに洗い流して欲しかったからかもしれない。


 自分を取り巻いていた、殺気、怒り、色んな感情をごちゃまぜにしたステラを。獣になった時の自分を。汚れと同じように水が洗い流してくれるのを期待したのかもしれない。


 サキは恐る恐る髪留めを外した。茶色い髪のところどころが、徐々に赤く染まっていく。血は洗い流したというのに、髪は再び血を浴びたかのようになっていった。


「うっ……ううっ……」


 鼻をすすりながら髪留めを付け直すと、髪は直ぐに元の茶色へと戻った。涙はシャワーと一緒になって、流れていった。


「あたしがこんなだから、あたしは捨てられたの……? お父さん、お母さん……」


 静かな泣き声は誰にも聞こえない。シャワーがかき消してくれる。


「知りたい……あたしがなんなのか……なんとしても……」


 そんなサキの言葉に応えるように、ジャケットからはみ出した金属板が、キラリと光を反射した。

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