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傷付けるだけの力じゃない

「俺だって、戦えるんだ」


コーディが小さな右手を挙げた。気丈にこそ見えるものの、その声の震えは隠せなかった。何より、机の上で握り締めようとした左手の指先に薄氷が張り付いている事に、僕は気づいてしまった。


「コーディ、いいのよ。あんたの気持ちは嬉しいけど、夜の平原は……」


サキがコーディを制する。サキの脳裏には、赤目の霊獣(アニマ)の大群が浮かんでいるのだろう。僕は大群と直接対面していないが、それは恐ろしいものに決まっている。僕が戦った一体だけの個体でさえ、あれほど恐ろしかったのだから。


「確かに案内役は欲しかった、けどさぁ」


ザジが言っていた。恐怖は己を凍りつかせる、と。コーディは今、怖がっている。僕がホムル村で、初めて赤目と向き合った時のように。


「コーディ、無理しないで……」

「無理じゃない! 」


僕が言い終える前に、コーディは弾かれたように立ち上がった。


「俺だって、(ステラ)い使いなんだ! 」


バチッと、僕の手を何かが弾いた。


「今行かなかったら、俺はずっとただの乱暴者なんだ! 」


僕はコーディと出会った時の事を思い出した。ステラの暴発で、友人を傷つけてしまったこと。恐らく一度や二度ではないのだろう。絞り出すような叫びからは、彼の想いが痛々しいほど伝わってきた。






「俺の力は、傷付けるだけの力じゃ、ないんでしょ⁉︎ 」






「よし! 」


ヴァンがコーディの肩を力強く抱いた。言葉を選んでいるのか、彼がバンバンと強く肩を叩くたび、コーディの氷が砕けて消えていく。


「頼むぞ! 」

「……っ、うん! 」


ヴァンは起爆剤のような人だ。言葉で、体で、皆を動かしてくれる。彼の熱は、勇気をくれる。


僕は、場の想いに流されやすいみたいだ。さっきは不安に囚われかけていたのに、今はなんとかなる気がしてきた。それが良いか悪いかは分からない。ただ、今はこの気持ちに身を任せたい。


「よし、行こう! 」

「ええ、出来るだけ早く帰るわよ」


サキが拳で掌を打った。サキもいくらか顔付きが和らいだように見える。


ノノが顎に手を当てながら呟く。


「歩きじゃ帰りが間に合わない。もっと速い移動手段が必要だ。出来るだけ速い手段が……」


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「いや、無理じゃよ!!!!!! 」

「お願いします! このままだと、お母さんが! 」


ぼうっと明かりの灯るラフィグローブから、土煙を巻き上げて飛び出す物体があった。二対の輪貝を脇に備え、一つの大きな巻貝を背負い、粘膜状の皮膚は街の明かりで輝きを放つ。デンデンだ。


僕たちには、心当たりがこれしか思いつかなかった。当然、最初デンゾウはこれを断った。


当たり前だ。デンゾウとデン子ちゃんは本来荷運びを仕事にしている。人を運ぶのは例外なのだ。


そして何より、夜の平原を突っ切ろうというのだ。デンゾウはステラなど使えない一般人であるし、デンデンも騎士の馬などではないのだ。僕たちの頼みはデンゾウ側からすれば、迷惑千万と言うほかない。それは僕たちも分かっていた。


「デンゾウさん、あの、すみません……」

「謝られても、どうにもならんじゃろう! 」


しかしデンゾウは、僕たちの必死さと、事態の深刻さに免じて渋々承諾してくれた。これがどれほどの勇気だっただろうか。


デンゾウの商売はデンデンが居てこそだ。かけがえのないパートナーとも言える存在を今、危険に晒そうとしている。それも、他人の為に。


「もう出ちまったんじゃから! ありがとうじゃろ! 絶対守れよ! 」

「はい! ありがとうございます! 」


デンデンは、グングンと速度を上げていく。ラフィグローブの土と岩の土壌は、すぐに草原へと変わった。王国へ向かうのとは、別の方角。コーディがいるおかげで、道のりに迷う事はない。


荷物を積んでいないデンデンは、驚くほどスピードが出る。僕は手すりを握り締め、前を見据えた。


「おいでなすったな……!!! 」


ラフィグローブを出て暫く後、デンゾウが叫んだ。よく目を凝らすと、暗闇の向こうに無数の赤い光が見える。ハッキリと分かる、あれは目だ。赤い目が増えたり減ったりを繰り返している。


そしてその大群に近づくにつれ、その黒い体のシルエットがハッキリと見えてきた。それは異様な、陳腐な言葉を使えば、地獄の様な光景だった。


「赤目の霊獣(アニマ)が、食い合ってる……!? 」


赤目は、次々と地面から湧き上がる様に生まれ、近くの赤目に手当たり次第食らいついていた。血で出来た絨毯が波打っているような草原は、まるで海だ。憎しみの渦巻く、荒海。


狂っている、本能でそう感じた。迂回しようにも、どこまでこの群れが続いているか分からない。


「おじさん! スピードを緩めないで! 」


ノノが僕の後ろから叫んだ。ノノの指示で、デンデンの左舷には僕とノノ。右舷にはサキとコーディが控えている。


「このままじゃぶつかるぞ! 」

「任せて! 転ばない様にだけ気をつけて! 」


ノノはずいとレイの前に出た。作業着の袖を捲り上げ、人差し指を立てた右腕を前方にまっすぐ向ける。


「いや、違うな……狭すぎるか」


ブツブツと何かを呟いたノノは、僕の方を振り返った。


「ちょっと、私を押さえてて」

「え? 」


ノノは前方に手を伸ばしたまま、もう片方の手で後ろに来いとジェスチャーをした。


言われるがままに、ノノの背に立つ。彼女はその歳を勘定に入れても小柄な方だ。僕は少し屈んで、背中に手を当てた。


「こう? 」

「私が飛んでいってもいいならね? 反動に耐えられないんだ」


ちゃんと掴まえておけ、ノノはそう言っている。僕は片膝をつくようにして、腰に両腕を回した。足を突っ張って、ノノの言う反動に備える。まるで家の柱を支える梁の気分だ。


「よし。みんな、掴まっててよ!!! 」


満足げに頷いたノノは、突き出した指を、二本、三本と増やしていく。ピンと伸びた五本の指が、赤目へと向けられた。左手を右肘の下に当て、支えとする。


ゴォと唸りを上げて、空気が彼女の指先に集まっていく。バサバサと灰色の髪が風になびく。きっとこれが、彼女のステラなんだ。


集まった風は、僕の光のように剣の形にはならなかった。留まることを知らず、固まる事もなく、渦を巻き続ける。


もう赤目は目の前だ。まだ僕たちには気付いていない。同じ赤い目の獣たちを食い続けている。


「君達は、まとめて"バラ"してあげよう……!!! 」


巻き起こった暴風が、一瞬で速度を上げて放たれる。叫びのような激しい音を立て、草と土を巻き上げながら突進した暴風に、幾匹かの赤目が振り向いた。そして、バラバラに引き千切られて吹き飛んでいく。憎しみの海が、割れた。


「うあ、おおおおおっ⁉︎ 」


ノノが風を放った瞬間、僕の腕と首と足と身体と……とにかく全身を物凄い衝撃が襲った。飛んでいってしまいそうなノノの軽い身体を必死に繋ぎ止め、倒れこむような形で凌いだ。


「行っけぇ!!!!!! 」

「おおおああああ!!!!!! 」


誰ともなく叫びを上げ、五人と一匹は風のように突き進む。

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