お土産
歌巫女
ワダツミの象徴的存在で、伝統ある職業。歌と踊りで人々を癒す「歌巫女の儀」を執り行う。
人々の邪な心を洗い流し、清める為に日々修練を積んでおり、舞台に立てるのはほんの一握りしかいない。
暖かい陽射しの中、僕はいつものように人助けを終え家に帰っていた。おじいちゃんは、何の料理を作ってくれているかな。
ホムル村は、いい村だなあ。村人のみんなは優しいし、おじいちゃんの料理は美味しいし、空気は綺麗だ。もちろん君と話すのも楽しい。
何か音がする。なんだろう、コツコツという音が繰り返される。鳥が木をつつく音かな。
この前は森の中で綺麗な花を見つけた話をしたね。今日はどんな話が出来るかな。楽しみだ。
音は大きくなった。ドンドンという音が耳障りだ。なんだよう、邪魔しないで欲しいな。
「レェェェェイィィィちゃぁぁぁん!!! 」
「うわぁぁぁぁぁぁ⁉︎ 」
大地を割るような轟音に、僕は跳び上がった。それから数秒して、轟音の主はロディで、僕はあてがわれた自室のベッドから逆さまに落ちていることを認識した。ここはホムル村ではなく、赤い牙の隠れ家だ。
「ご飯冷めちゃうから早く来なさいって、何回も言ってるじゃないのよぉ! 」
「あ、あれ。もう朝? ごめんなさい、今行くから! 」
ロディが腕組みをして鼻息を荒くする。こと食事に関して、ロディは怒らせると怖い。
僕は寝間着のまま、寝癖もそのままに部屋を飛び出して食堂へと向かった。
「随分お疲れね……。よほど頑張ったのかしらね。ふふん。……あら、これは? 」
僕の寝相の悪さに少しズレたベットの下から、一冊の本が顔を覗かせた。
「『夏を先取り! 今をときめく歌巫女画集・水着編! 』あら、あらあらまあまあ」
ロディはその本をつまみ上げ、パラパラとめくり始めた。
「まあっ、ダイタンねー最近の若いコは! 時代かしらね、私の若い頃の歌巫女はもっとこう、透き通った海のように清楚な……そうそうこの子みたいな子が人気だったのよねえ。あらっ、この子が一番人気なの? やっぱりねえ〜」
ふむふむと大真面目な顔で本を眺めるロディ。最後のページを読み終えると、それを丁寧に閉じてベッドの下に戻した。
「レイちゃんも男の子だものね、一冊や二冊持ってなきゃダメよ。お母さん安心したわ! うんうん! 」
一人で勝手に納得して、ロディは部屋を出て行く。これはボッズから半ば強引に渡されたものなのだが、ロディはそんな事は知らない。勿論僕も、今ロディが何をどう納得したのかは知る由もない。
今回は、戦う者たちの、束の間の休日の話。
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「なんか、すっごく疲れてるなあ」
ナナユウ村での仕事を終え、ラフィグローブに戻って来た僕達。今日は何も依頼が無いようなので、皆思い思いの過ごし方をしていた。
僕はというと、ザジと共にいつもの地下空洞に居た。勿論、修行の為だ。
「疲れるのは当たり前だ」
ザジの見ている横で、僕はひたすら剣の素振りを繰り返していた。縦斬り、横薙ぎ、斬り上げ、回転斬り。基礎の型を数パターン、何度も何度も繰り返す。ザジ曰く、考えるより先に身体が動くようにならないとダメだという。
「本気で笑った時、本気で怒った時、実際の運動量以上に疲労感を感じた事があるだろう」
「ある……かも」
「感情を放出するには、体力を使う。アルマやステラのように、形を成す強い想いならばなおの事だ。……ぶれているぞ」
少し前までしっかりと剣の形をしていた僕のステラは、今はふにゃふにゃと流れに揺らぐ水草のようだ。気を抜くとすぐにステラは使えなくなってしまう。
「おーい、ザジ兄さーん! そういやお土産ってどこにしまったんすか? あの、ワダツミの」
「ああ……そんなものもあったな」
修行場を訪れたヴァンが呼びかけると、ザジは、あっと本当に失念していた様子で顔を向け、手を挙げた。
「今行く。レイ、今日はこれで終わりだ」
「う、うん。わかった……」
ちょうど疲れてヘトヘトになっていたところだ。この申し出はありがたい。
「あと200振りずつしたらな」
「ええ……」
ザジは自分にも他人にも、厳しい。
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ザジのワダツミ土産に、食堂はいつにないほどの盛り上がりを見せていた。見たこともない異国の品々が、卓上に所狭しと並べられているとあれば、テンションも上がるというものだ。
「これなに! これなにー! 」
「あ、こら! テーブルの上に乗るなよ! 」
特に赤い牙の大半は、本来なら年端もいかない子供達なのだ。土産物を無邪気に喜び、はしゃぎ回るのは正しい姿と言える。
「水……まんじゅう? 」
「具の周りのこれ、はむ、むん。ああ、水だ。なんで丸い形になってるんだろ」
「知らん」
ザジは腕を組んで椅子に腰掛けている。コーディと目が合い、遠慮するなと顎で促した。
コーディは頷き、透明な半球状の物を手に取る。青い紋様が描かれていて、ひらひらとした飾りが中から垂れている。
「これは何? 」
「吊るして、風が吹くと音が鳴る飾りだ。フーリン、だったか」
紐を摘んだコーディに向けて、ノノが指を振る。ふっ、と風が吹き、涼しげな透き通った音が響いた。
「ああ、いい音〜」
「なんか涼しくなった気がする。あ、これは? 」
棒の先に花のような紙細工のついたおもちゃ。ノノが説明を受ける前に指を振ると、
紙細工は風を受けて回り出した。
「きゃー! 楽しい! 」
「走っても回るぞ」
ザジがもう一つ同じものをユーコに投げ渡すと、ユーコは嬉々としてそれを掲げ走り回った。
「飽きるまではいたずらも収まるだろう」
ガシャガシャーン! ユーコが走り去った奥の部屋で何かが崩れ落ちる音がする。
「はしゃぎ過ぎて、あんまり変わらないんじゃないかしら……」
「言うな」
眉間を押さえたザジは、ヴァンに向かって何かを投げた。
「欲しいものと違っていたら許せ、俺にはよく分からん」
「なんすか、あ! あああ!!! これ、歌巫女のアルマレコード! しかもこれ、まだ発売してない奴じゃないっすか!!! どこで手に入れたんすか!!! 」
「貰っただけだ、そんなに良いものだったか」
アルマレコードとは、アルマ石を埋め込んだ円盤に歌や音楽を込めたものだ。専用の機械にセットする事で、歌が流れ始める。
「なるほどー、歌とアルマの性質が酷似しているから、アルマ石に歌を込める事が出来るのか。よく思いつくなあ」
ジロジロと顔がくっつくような近さで円盤を眺めるノノから隠すように、ヴァンはケースの蓋を閉めて抱きかかえた。
「こら、唾とか付いたらどうすんだよっ。いや兄さん、良いも何も、お宝中のお宝っすよ!!! シホちゃんの新曲、あざとそう〜、でも聴き入っちゃうんすよね。えっ! アイナさんも新曲を! 」
「ヴァン、声でかい」
ノノが顔をしかめしっしっと手を払う。ヴァンはそれを意に介さず色々な角度からレコードのジャケットを眺め回した。
「ホント、マジでありがとうごさいます! こうしちゃいられねえ、ちょっと俺聴いて来るっす!!! 」
嬉々として走り去っていくヴァン。
ガシャガシャーン! ドカーン! 走り去っていった方の部屋で何かが崩れ落ちた音、そして爆発音がした。
「もぉーっ、暴れないでちょうだいっ! 」
「あのバカ……」
赤い牙は、基本賑やか。
「こんなに一杯持ってきて、大変だったでしょ」
「別に。色々と押し付けられただけだ」
ザジはクールな表情を崩さない。
「ワダツミは海上国家だ。そこから徒歩で帰る方がよほど手間だった」
「えっ、徒歩? 」
「定期船を待つより早いからな。海を凍らせて歩いてきた」
食堂でドッと笑いが起きた。ザジ本人は至って真面目な話をしているつもりだったようだが、側から見ればシュール過ぎる光景に皆は腹を抱えた。
「はー、はーっ。ふふふ、あー、おかしい。あ、そういえば、サキは? 」
今日はサキの姿を見ていない。真っ先に興味を示しそうなものだが……。
「サキちゃんなら仕事だーって朝早く出ていったわよ。依頼なんか入ってたかしらね」
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「や、やあ……よく来てくれたね」
ギィ……と扉を開けて部屋に入って来たのはサキだ。
部屋は散らかっており、部屋の隅には壊れた椅子や割れた花瓶が雑に置き捨てられている。人が住まなくなって、暫くの時間が経った家だ。
そしてその部屋の中心に、一つの机と二つの椅子が置かれている。古びてはいるものの、ついさっき掃除をしたように埃一つ付いていない。そしてその椅子の一つに座っているのは、情報屋・ネロだった。
「呼んでくれれば王国まで行ったのに。いいの? こんなとこで」
「たまたま、近くに来たから。ここはラフィグローブの中でも特に人通りが少ない地区の空き家だから、だ、誰も来ない」
「よく知ってるのね」
「僕は情報屋、だよ? 」
それを聞いてサキはクスクスと笑い、ネロもぎこちなく頬を引きつらせながらも笑顔を見せた。
「それで、ただお喋りの為に呼んだわけじゃないんでしょ? 」
「うん、王国の巨大アニマ発生事件の時の取引を、覚えているかい? 」
「もちろん。王国近くの森の中に、人が暮らしていた形跡があるって」
レイが王国を守る戦いを繰り広げたその日、サキは王国の外に出ていた。
「行ってみたけど、手掛かりゼロ。そもそも、噂話にしては知ってる人が少ないし……。本当にいるのかしら。森の民なんて」
「火のないところに、煙は立たないから……。それで、僕の見立てだと、彼らはもっと大人数だ。きっとこの前見つけたのは、その中の一派の形跡。大多数はもっと人里離れた場所に住んでいるはず」
それでね、とネロは続けた。
「新しく見つけた、彼らの手掛かりと思われるものだよ。今日はこれを渡しに来たんだ」
ネロはポケットから、キラキラ光る小さな金属の板を取り出した。
「何それ」
「彼らの生活跡と思われる場所に残されていたんだ。なんだか、異質なんだよ。不自然なんだ、自然の中で暮らしてるだろうに。僕の見立てでは、これは彼らの持ち物、装飾品、あるいはシンボルの一部か……」
サキはそれを受け取って眺めるが、どこから見てもただの金属の板にしか見えない。
「こんなものがねえ」
「これをノノに見せてみてほしい。きっと何か分かる」
「情報屋なのに、知らない事あるのね」
「適材適所、だよ」
やり取りのあと、サキは少しだけ顔を曇らせた。
「出来るだけ、みんなには知られたくないな。迷惑かけちゃうかもしれないし。特にこれはあたしの問題だしね」
「……」
言葉に詰まったネロは、逆のポケットから髪留めを取り出した。花びらがあしらわれていて、今のサキがつけているものと色違いだ。
「これには、僕のステラが篭っている話は、前にしたよね」
サキは差し出された髪留めを受け取り、付け替えた。
「君の正体が、ルーツがなんであれ、君は、その……僕の……」
勝手にしどろもどろするネロを見て、サキは少し笑って自分の頬をぺちぺちと叩いた。
「あたしもネロの事大事な仲間だって思ってるよ。っし、一歩前進かな。ありがとう、ノノにはさりげなーく聞いてみる」
サキは立ち上がって、笑って帰って行った。その背中を見送るネロの顔は、笑っているような、悲しんでいるような、複雑な表情だった。ギィ……と扉が開き、そして閉じた。




