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曇りのち、流星

行き場のない願いは枷となる。


枷は己を縛り、やがて棘を持ち苦痛となる。そして願いすら捨て、干からびた何かだけが残る。


だが、その枷を解くのもまた、願いなのだ。

「山に? 」

「ええ……」

「そうか……」


 男は腰に手をやりため息をつき、村長はふーっと長く息を吐いた。しかし、それ以降男達はこれといった行動を起こす事はなかった。


「えっ……あの、そのタンジーっていうのは……」

「この村のわんぱく坊主さ。あれほど山に入ってはいけないと言ったのに……」


 既に立ち上がっていた僕は、居ても立っても居られずに出口へ振り向いた。


「やめろ、もう助からない。君まで死ぬ事になる」


 そういう村長の声に覇気は無く、僕を気遣っての言葉でない事はすぐ分かった。僕は村長に向かって、はっきりと告げる。脳裏には、あの拙い文字が浮かんでいた。


「彼は、きっと助けを求めています。なら、僕は行かなきゃいけないんです。彼もこの村も、絶対に僕が助けます! 」


 僕は駆け出した。確証なんてない。でも、僕の口をついて出たのは"絶対"という言葉だった。


 バタン。勢いよくドアが開いて、部屋の中には外れかけた蝶番が立てるギシギシという音だけが響いた。


「やっぱあいつ……! よおし、俺らも行くぞ! 」


 バンと机を叩き立ち上がったアーレスは、一歩踏み出したところでよろけ、片膝をついた。


「っててて、コケちまったよワハハ」

「あんたは来るな、座ってろ」


 自分の頭をパシッと叩き笑うアーレスを背にザジは歩き出した。


「いや、俺も行くって! 」

「……」


 ザジが黙ってアーレスの腹を指す。薄っすらと、血が滲んでいた。


「あ……、チクショいつ開きやがった」

「怪我人は邪魔だ」


 有無を言わせぬザジの口調に、アーレスはどかっと腰を下ろした。この調子だと刀を抜いてでも止めかねない。


「ちぇーっ。あいつのステラを見たいってのもあったのによぉ」

「じゃあ窓辺にいろよ」


 ザジは扉の前で一瞬立ち止まり、ボソッと付け加えた。


「ここからでも、きっと見える」


 --------------------


 川の痕跡を辿って、僕とザジは山に入った。人の手が殆ど入っていない事も相まって、山道は険しく、辛い道のりになった。


 何よりも先が見えない。枯れそうな背の高い木々の周りに、これまたくすんだ色の背の低い木が密集していて、全く見通しが効かない。川沿いを進んでいるという事が分かるだけで、今ここがどの辺りなのか、源流に向かっているのかなどは見当もつかなかった。


 コツン。何かにつまづく。足元を見ると、黄ばんだ白い棒がいくつか散らばっていることに気づいた。独特の形状、質感。これは骨だ。人のものか動物のものかも分からない、骨。


 不気味な鳥の声がこだまする。ガサガサと音が聞こえる。目が霞む。


 タンジーは、生きているのか? 生きていたとしても、間に合わないんじゃないのか。タンジーが助からなかったって報告を、どんな顔ですればいいんだろう。水なんてどこにもない。この村は助からない。


 僕は足を止めた。止めるしかなかった。


「……い。レイ。レイ! 」


 鋭い語気に驚いて、僕は我に帰った。いつの間にかザジが僕の前に回っている。


「あ、ああ。ザジ。どうかした? 」

「こっちのセリフだ」


 ザジは僕に水筒を手渡した。促されるままに一口含み、飲み込む。


「手を見ろ」

「手……? 」


 ザジの言う通りに手を見ると、手首のあたりに何か細い糸のようなものがくっついている。手を大きく動かして払うと、それはどこかへ消えた。


「この村は、アルマに満ちている。あまり好ましくないアルマにな」

「そういえば、なんだか村に入ってから身体が重かったような……」


 僕はハッとした。村長も、部屋に入って来た人も、虚ろな目をしていた。ひょっとして、今の僕と同じような感覚に陥っていたのではないか。


「諦めや怠惰は自らを縛る。そういったアルマを退ける為には……」

「為には? 」


 ザジは少しだけ間を置いた。彼が何を考えているかは分からない。だが、彼が僕にこういった話をする時、必ず何かを考えている事は分かる。


「願いを見失うな。自分だけの強い願いがあればいい」

「……うん! 」


 力強く頷いた僕を見て、ザジは刀の位置を直した。心なしか、身体が軽くなった気がした。


「この骨も、風化具合からして昨日今日のものとは考えにくい」

「じゃあ、タンジーはまだ生きてる……! 」

「信じろ。子供の足だ、きっと追いつける」


 僕の願い、目の前の人の為に出来ることをする事。彼の願いが僕の元に届いたということは、僕がそれを叶えられるという事だ。


 弱気な足を奮い立たせ、目一杯地面を踏みしめる。腕を力強く振って、真っ直ぐ前だけを見つめる。不気味な森も、怖くなくなった。


 一歩ずつ進む。それが願いへと続く道のりなら。


 --------------------


「そんな……これじゃとても……」


 やっと木々が視界を覆うのをやめ、開けた土地に出た。そこには小さな湖があった。しかしそこに蓄えられた水はほんの僅かで、川へと流れていきそうもない。


「本当に枯れていたなんて……これじゃあ村の水は……いや」

 

 パンパンと頬を叩き、気持ちを入れ直す。弱気になると、さっきのようにすぐにアルマに囚われる。僕は僕のなす事をする。


 辺りには木々が茂っている。どれもこれも、本来の葉の色を忘れたような灰色で、生きているのか死んでいるのか分からないような木々達だった。


「ん? 」


 いや、違う。一箇所だけ、葉が瑞々しく生い茂っている部分がある。水が豊かでなくては、こうはならない。


 緑色ですぐに気づきそうなものを、最初は枯れかけた湖に気を取られて気づかなかった。


「ザジ! 」

「ああ」


 きっと下を向いたままでは気づかなかっただろう。村の人達も、きっと色々なことに気づけなかったんだろうな。


 僕とザジは木々を除けて、その道へと踏み込んでいった。



 希望は、足取りを軽くする。スタスタと歩き続けて行くと、一つ目の希望が見つかった。


「だっ、大丈夫!? 」

「いや、これは寝てるだけだ」


 道半ば、木の幹に寄りかかり、目を閉じている少年がいた。あちこち擦り傷切り傷だらけだが、大きな怪我はないようだ。


「ん……? わっ! 」


 小さな少年は目を開けると、目の前の僕たちに驚いて飛び退いた。無理もない。慣れない山道に疲れ眠りこけていたところを、見知らぬ二人組に起こされたのだから。


「タンジーくん、大丈夫! 安心して、僕たちが助けに来た! 」

「助けに……? 」


 首をかしげたタンジーの顔が、パァっと明るくなっていく。


「じゃ、じゃあ、お願いごとが叶ったんだ! やった! 」

「いや、まだだ」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねるタンジーの横で、ザジが刀を抜いた。


「こいつをなんとかしないとな」


 ザジの視線を追うと、僕らの前方の木の上に、何かがいる。木々の陰に紛れて、黒い塊がもぞもぞと蠢いている。ギロッと、血のような赤い目がこちらを向いた。


「赤目の、アニマ……! 」


 僕は右手を掲げた。薄暗い森の中に、光が集まっていく。それは渦を巻いて僕の右手を包んだ。


「行くぞ! 」


 ドン! 輝きと共に、僕の右手に剣が握られた。空へと伸びた光の柱が、今はこの手にある。僕は剣を構え、赤目のアニマに向けて走り出した。


 --------------------

 ナナユウ村の窓から眺める空は、どんよりとした鈍色をしていた。分厚い雲が垂れ込め、村を押し潰そうとしているかのようだった。


「それにしても、どえらい曇り空だなぁ……おっ! 」


 その曇り空に向けて、一本の光の柱が伸びた。


「なるほどなぁ……」


 アーレスは、村長の家の窓から山の方を眺めていた。村からでも、光の柱ははっきりと見えていた。


「やっぱり、似てんなぁ」


 それを見たアーレスは、頬杖をついて呟く。笑い顔とも困り顔とも思える、複雑な表情だった。


「なあ、あんたらは一体なんなんだ……」


 特に何をするわけでもなく、ただ腰掛けている村長をアーレスは強引に窓際に引っ張って来た。


「な、何を……」

「見ろよ村長さん。綺麗だろ? 」


 空へと伸びた光の柱は、徐々にその根元へと収束していった。


「……」

「俺らは、ステラ使いさ」


 村長はピクリと身体を震わせた。が、特に逃げるわけでもなく、罵るわけでもなかった。


「ステラ使いである以前に、お人好しなのさ。お人好しの、ただの人間なんだよ」

「ステラ使いは、好きじゃない」

「知ってるさ。それでも何か変わるかなって、もがいてんだ俺は」


 アーレスは遠くの空を眺めて呟いた。


「誰かさんのが、移っちまったからな」


 --------------------


「速い……なっ! 」

「落ち着け。よく見ろ」


 赤目は木の下には降りて来ず、木の間を移動し続けていた。そして時折、僕らに何かを吐きかけてくる。何かはわからないが、当たらないに越したことはない。


 木に登ろうにも、足を止めたらやられる。こちらの手を出せない距離を保って、一方的に攻撃される状況が続いていた。


「お、お兄ちゃん達、頑張れ! 」

「任せて! 必ずなんとかするから! 」


 僕は必死に上を見て、赤目の攻撃を避け続けた。ザジはタンジーの前に立ち、正面に来た攻撃を斬り捨てていた。


(もう少しだけ、レイに任せてやるか)


 ラチが明かない。こうなったらなんとかして同じ場所に行くしかない。右の背の低い木を蹴って、頭上の枝を掴めばいけるはずだ。


「よし、いち……にの……! 」


 背の低い木に向かって踏み切った足が、グニャリと何かに取られた。足に何かが絡みつく。


「糸……? 」


 赤目が吐きかけていたのは、ネバネバする糸だった。気付いた時には、赤目が僕に狙いを定めていた。


「ぐっ……! 」


 避けようとしたが、足が離れず間に合わない。僕は腕と身体を纏めて、糸でグルグルに巻かれてしまった。


 重たい、動けない。息が苦しい。どうやったら抜け出せる? 抜け出せなくても、いい?


 くだらない考えが頭を支配しようとする。抜けようともがけばもがくほど、その拘束は強くなる。


「限界か……まあ、上出来な方だ」


 ザジは刀を振り払い、駆け出そうとする。その時、大きな声が響いた。



「がんばれーーーっ!!! 」



 タンジーが叫んだ。ザジの後ろから、精一杯の声で励ましたのだ。


 ザジは踏みとどまった。彼の声が、僕に力をくれた。


「うぁぁぁぁぁ!!! 」


 僕を縛っていた糸が、焼き切れていく。腕が、足が、動く。


「てぇぇぇぇいっ!! 」


 僕は木の幹を蹴って、上へ跳んだ。自分でも信じられないくらいの跳躍で赤目へと迫る。


 届く!


「はあっ! 」


 光の剣は木の枝ごと、赤目の足を斬り飛ばした。ビタンと音を立てて地面に落ちた赤目は、残りの七本の足をガサゴソ言わせて一目散に逃げ出した。


「行け。俺もこいつを連れていく」


 ザジが静かに、だが強い口調で言い放った。


「お前がケリをつけろ」


 僕は力強く頷き、赤目の背を追った。


 --------------------


「もう、逃げられないぞ……! 」


 赤目を追い続けると、また木々の開けた場所に出た。今度は、とてつもなく広い空間だ。そして、その中心には巨大な糸の網目が張られていた。


 そして、辿って来た水の枯れた川はその開けた空間の中心、網目の下を突っ切るような軌道を描いている。


 枯れた川と網目との間には、巨大な木々が何本も何本も折り重なっていた。それが糸でグルグルと巻かれている。その上から糸が幾何学模様を描いて、そこをさっきの赤目が這っていた。


「っ……⁉︎ 」


 僕が剣を構えるよりも早く、赤目が仕掛けて来た。高くジャンプし、糸を吐く。だが、もう当たらない。右に走り躱すと、赤目は今度は糸の網目の方に向かって跳んだ。


 これでは手が出せない。あの糸は足を搦めとる。一回引っかかれば、負けだ。


 その間に赤目はもう一度こちらに向かって糸を吐く。ザジのように、剣で斬り払う。上手くいった。糸はスパッと切れ、奥の木にべちゃりと張り付いた。


 赤目もこちらを倒そうと策を練ったのか、タイミングをずらして糸を二連射して来た。躱した方向に二射目が飛んできた為、バランスを崩しながらも斬り払って凌いだ。


 無理な体勢で剣を振ったので、誤って自分の腰にぶら下がった水筒の紐を切ってしまった。水筒がコロコロと、網目の方へ転がっていく。


 水筒は網目を形作る糸の上に乗ってもしばらく転がり続け、そして落ちた。ポチャンという音がした。


「ん……? もしかして……」


 考えている時間は無い。相手が撃てば撃つほど、こちらに当たる確率は上がる。一発でも当たろうものなら、非常にまずい事になる。さっきのように何度も解けるとは限らない。


 僕は意を決して、張り巡らされた網目へと足を踏み出した。両足を揃えた広さより、少しだけ幅のある糸は弾力があり、ベタつく事は無かった。そうか、この赤目は粘り気のある糸と、無い糸を使い分けていたのだ。


「そりゃ、そうだよね。君もくっついちゃうもんな……! 」


 跳び上がった赤目のように、僕も反動をつけてジャンプした。これなら条件は同じだ。剣が届くなら、負けない。負けるもんか。


 跳んで逃げる赤目を、僕も跳んで追う。


 向こうが反撃しようと振り向きながら跳んだ。浅い。これなら届く。


「てぇあ! 」


 飛び上がった勢いを利用して、思い切り斬り上げた。右手に確かな手応えがあり、赤目の足が二本、吹き飛んでいった。バランスを崩し落ちる赤目。黒い塊はボチャンと音を立てて網目の隙間に落ちていった。


「この音、やっぱりこれ……湖だ! 」


 糸の網目が張り巡らされて初めは分からなかったが、これは湖だ。広大な湖を、この赤目のアニマが糸で覆っていたのだ。


 そして、あの木々と糸が折り重なったものが堰となって、この水を堰き止めていたのだ。


「ギャァァァァァァ! 」


 赤目が叫んだ。いつの間にか糸を伝い、木々を纏めた巣に陣取っている。


「どいて! その水は、村の人達に必要なんだ! 」


 僕も叫んだ。帰ってくるのは、耳障りな悲鳴のような金切り声だった。


「どかないのなら……! 」


 僕は力一杯跳び上がった。タンジーの想いを、僕の想いを、村のみんな全ての想いを乗せて剣を振りかぶる。赤目が吐き出した糸を受けながらも、その剣は血のような目を正面から捉えた。


「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!!! 」


 勢いに任せ、剣を一気に振り抜く。赤目を、糸の巣を、そして大木を斬り裂く、光の剣が走った。


 --------------------


「わはははは! よくやったな、おめえら! 」


 その晩、水を取り戻したナナユウ村では盛大な宴が行われた。


 盛大と言っても、この村は貧しい。はたから見れば、日々の夕食よりも貧相な食事かもしれない。飾りも、歌も、質素でボロだ。だが、こういうものは気持ちが大切なのだ。


 どこからか、鳥の歌声に似た声が聞こえる。村人たちに混ざって、小さな獣のアニマ達が踊っている。昼間はただの一匹も見かけなかったアニマが、宴に集まっていた。


 村人達は皆、笑っていた。そして泣いてもいた。笑って泣いて、次々と僕らにお礼を言いに来た。


「あんたがたは命の恩人だ! 」

「いやいやそんな、はは」


 はにかむ僕を、アーレスがつつく。


「いやしかし、水が流れて来た時は驚いたもんだが、お前さんが一緒に流れて来た時はもっとびっくりしたぜ!」

「僕も驚きましたよ」


 そう。高ぶる感情のままに赤目のアニマを両断した僕は、同時に堰になっていた大木の巣も斬り裂いた。どうなるか少し考えれば分かりそうなものだが、僕は少しも考えなかった。


 結果、僕は文字通り堰を切って溢れ出した湖の水に飲まれ、村まで猛スピードで流されていったというわけだ。


「ザジよお、レイはどうだったよ」

「危なっかしくて見てられん。帰ったら覚悟しておけ。今の倍はしごいてやる」

「ひぇ、そんなにっ!? 」


 カピカピの干し肉を噛みながらそんな事を話していると、また一人の男が僕たちの元を訪れた。村長だ。


「あんたら……」


 村長はじっと僕たちを見た後、深々と頭を下げた。


「ありがとう……! この村を救ってくれて、ありがとう……! 」


 ずずっと鼻をすする音がした。顔を上げた村長の目からは、涙が溢れていた。


「そんな、いいんですよ」

「いや、私はあんたがたにひどい事をした。信用せず、投げやりな態度をとった……。済まなかった……」


 そういって村長はもう一度頭を下げる。


「分かってくれれば、いいんです。みんな喜んでくれて、良かった」

「なんだか、生まれ変わった気分だよ。水が止まってからの日々は、そりゃつまらなかった。生きているのか死んでいるのか分からないような状態だった。重くて苦しくて……だが今は違う。あんたがたのおかげだ」


 村長の目には光が宿っていた。もう虚ろな目では無い。他の村人たちの目もまた、希望に溢れるいい目をしていた。


「お兄ちゃん! 」


 そこにタンジーが駆け込んで来た。手には、キラキラと光る金属の小さな板を握っている。


「これあげる! ちっちゃい時拾った、おれの宝物! 」

「えっ、そんな大切なもの、もらえないよ」


 タンジーは無理やり僕の手を開かせ、それを押し込んだ。


「大切だからあげるんだ! お兄ちゃん達は頑張ったから、ありがとうの印! 」

「貰ってやれよ」


 ザジがボソッと口を出す。


「そっか、それなら貰おうかな。ありがとうね」

「おれも、ありがとう! お兄ちゃんはこの村の"えいゆう"だ! 」


 村長はアーレスにボロの木のジョッキを差し出した。


「あいにく、水しかないのだが……」

「構いやしねえ! んじゃ、ナナユウ村と、この美味え水に……」

『乾杯!!! 』


 周りの村人たちも音頭に合わせてジョッキをぶつけ合う。ゴクゴクと、まるでそれが至高の美酒であるかのように音を立てて飲み干していく。


「おーい! 流すぞ〜! 書いてない奴は早く書け! 」


 村の中心部から声が聞こえる。


「そうだ、お兄ちゃん達もやろう! サッサの葉に願いを書いて、川に流すんだ! 」


 中心部に行くと、直ぐに緑色の長方形の形をした葉が配られた。みな簡素な台で、ペンを使いまわし、思い思いの願い事を書いている。


 僕達もそれに混ざり、願い事を書いていった。驚いたのが、願い事を書き終えると、みるみるうちに葉の色が変わっていく事だ。僕のは淡い黄色になった。


 星明かりの照らす夜に映える、色とりどりの葉を手に手に、村人たちは川べりに集まった。川は澄み渡っていて、夜空の星を映していた。まるで星の川が現れたようだった。


「では、お願いします! 」


 誰ともなく掛け声がかかり、皆の葉が舞った。川の流れに乗って、散りばめられた星の中に色とりどりの葉が流れていく。なんとも美しい、素敵な光景だった。


 僕は隣にいたザジに声をかけた。


「ザジはなんて書いたの? 」

「教えん」

「なんだよケチ」

「お前は? 」

「えっと、僕はね」


 珍しくザジが話を広げて来た。ふふっと僕は笑って答えた。


「みんなが今日みたいに、笑顔でいられますように。ってね」

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