枯れた村
【アルマ障壁発生器】
暗く青い石の埋め込まれた石を核に、幾つかの機械を取り付けたもの。手のひら大の球体で、起動させると拒絶と抑制のアルマが働き結界を形成する。一つ一つに番号が振られており、起動されると赤い牙本部で警報とその数字がモニカによって点灯されるようになっている。
携帯性、誰でも扱える利便性から、団員は任務の際にこれを所持、必要に応じて依頼者や保護対象に貸し与える事が多い。
赤い牙の隠れ家の一室に少数保管されていた物をノノが改良し使用可能にしたもの。本来の用途は謎に包まれている。
「ナナユウ村のみんなを、たすけてください」
一枚だけ色の違う葉には、拙い文字が綴られていた。
「なにこれ、差出人も内容も、全然分からないじゃない」
サキが訝しげに葉をつまみ、クルクルと回して観察する。不思議な色の葉だ。サキの近くの照明アルマ石の光が弱まった。その葉には文面と合わせて、不安のアルマがこもっているように見える。
「どうしようか? 」
誰ともなく発したその言葉に、僕は考える前に返事をした。
「行こう! 助けてって書いてある! 」
「でも、何をすればいいか分かるの? 」
コーディが困り顔で尋ねる。幼い割に、彼はよく考えて意見を出す。歳の近いユーコが思った事をすぐ言ってしまうので、尚更その傾向が目立つ。
「それは……行ってから考えるよ。それに、この葉っぱは願いを届ける為のおまじないなんだよね? 」
右手が熱くなる。僕の想いに反応しているのか。それに応えるように、サッサの葉も仄かに光っているように見えた。
「それが僕達のところに届いたのって、意味があると思うんだ。だから僕は行く! 」
「くっくく……がはははは!!! 」
堪え切れなくなったように、アーレスが笑い出した。
「レイ、お前は本当に……いいな! ノノ、ナナユウ村までどのくらいかかる!? 」
「歩きでも半日かかりませーん」
「よし、決定だ! 」
その時、ザジが静かに立ち上がった。ザジはいつだって感情を表に出さない。冗談に対しても、真面目な話に対しても、無愛想な表情で、同じ声の調子で返す。しかし今回は、少し食い気味に返答を被せたような気がした。
「まだレイは未熟だ。早すぎる」
「なら、おめえも行くぞ! ザジ! フォローしてやれ」
「……そういう問題ではないだろ」
「ほら、レイの目見てみろよ」
ザジが僕を見る。僕の目は、どう映っているのだろうか。
僕もザジを見返す。ザジの目は暗くて、青くて、深くて……夜の湖に似ていた。その奥の意思までは、見抜けなかった。
「……」
「決まりだな、食い終わったら三番ゲートに集合だ。遅れるなよ! 」
アーレスは食器を片付けながら言った。そして食堂から出て行く際に、振り向いて一言付け加えた。
「俺も行くからよ! 」
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急いで朝食を済ませた僕は、部屋に戻って準備を整え、三番ゲートに向かって小走りで向かった。手にはサッサの葉を握りしめ、背中には小さなバッグを背負った。
自室から出て通路を進み、曲がり角を曲がろうとしたところで、声が聞こえて来た。この声は、ロディとアーレスだ。僕はつい、足を止めてしまった。
「何もあなたが行かなくても良いんじゃない? 」
「心配すんなって、何もしねえよ」
「この前だってそう言って、お腹に穴空けて帰って来たじゃないの」
「ありゃたまたまだ。今回はマジで二人に任せるって。それにあいつ……レイがどんな奴か、この目で見たくなってな」
「んもう……」
「じゃ、よろしく頼むわ」
ダッダッダと、駆けていく音がする。その音が過ぎ去ってから、僕は曲がり角を曲がった。
「あら、レイちゃん。今の聞いてた? 」
「すみません。立ち聞きするつもりでは無かったんですけど……」
なんとなくバツが悪い。ロディは小さくため息をついて話し始めた。
「あの人ね、昔っからああなのよ。私は赤い牙が出来た頃、今から七、八年ほど前からの付き合いなんだけどね。一度言い出したら聞かなくって、すぐ無茶するのよぉ」
「そうだったんですか……」
「でも私が言っても全然聞かないのよね……レイちゃん。今回はあの人が無理しないように、見張っててくれるかしら? 」
「分かりました、そのぶん僕が頑張って来ます! 」
駆け出した僕を見送ったロディは、うーんと唸った。
「あらやだ、レイちゃんも似たようなタイプだったかしら……ザジちゃんがいるなら大丈夫よね、きっと」
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蒸すような暑さの林道を、僕たちは歩いていた。ラフィグローブのジリジリと照りつけるような暑さとはまた違う。歩いて二時間も経っていないのにこうも気候が違うのは、アルマの影響が大きいらしい。
暑さ寒さはもちろん、年中風が吹き荒れる土地や、地震の絶えない土地も世界にはあるが、それも全てアルマが関係していると言われている。
ジージーと虫が鳴いている。ムッとするような草の香りが鼻をつく。滲み出るような汗を拭きながら、僕はひたすら歩を進めていた。
「んでよ、その酒屋がやたら酒を勧めて来やがるんだ。そいつの目が笑ってなかったから、あっ、こりゃ俺を潰そうとしてやがるなって気づいたんだよ」
アーレスは相変わらずの調子で喋りながら歩いている。僕は相槌を打っていたが、ザジは特にリアクションをしなかった。
「だからよ、俺はそいつの酒蔵が空っぽになるまで飲み続けてやったのさ! マジで笑ったぜあれは! わははは! 」
「あの……」
「あん? 」
僕は気になっている事があった。丁度いい機会なので、尋ねてみる。
「よく笑いますね 」
「そりゃあな! 笑ってた方が楽しいからな! 」
「でも、今は辛くないんですか? 」
「しーっ! おいおい、それは内緒にしてくれよ! 」
アーレスが指を口に当てて僕を咎めてくる。彼がチラッとザジの方を見ると、ザジはやれやれと腰から刀を外し、道端にある大きな石の上に腰を下ろした。
「腹の傷。サキやヴァンはともかく、俺が分からないとでも? 」
「え、なんで分かるんだよ」
「笑った後よく腹をさすっている。歩く時に右肩が少し下がっているのは、傷を庇っている証拠だ」
「おいおい、まいったな」
アーレスはどっこいしょと地べたに腰を下ろした。腰に下げた水筒の水をゴクゴクと飲み、僕も休憩するように促した。
「あんな、確かに今はめっちゃ痛え! でも、一家の主ってのは、どんな時も元気で明るく笑ってなくちゃならねえと思うんだよな。俺が辛そうだと、みんなも辛くなっちまうだろ」
ニカッと笑うアーレス。確かにそうだ。そうだけれども……。
「でも、心配してる人もいます! 」
ザジが、フンと鼻を鳴らした。口を出すつもりは無いらしいが、どうやらザジも心配していた一人なのかもしれない。
「僕もその笑顔、素敵だと思います。でも、無理はしないでください」
「無理、か」
くくくと髪をかきあげ、またアーレスは笑った。
「昔のダチが、全く同じ事を言ってやがったよ。そうか、俺はそんなに無理をしてるように見えるか」
「無理というか、なんというか……」
「分かってる。今後は気をつけるさ。ありがとうな」
ガハハと笑わずに、真剣な眼差しでアーレスは言った。この人はどんな意思を背負っているのだろう。僕はただ、頷くだけだった。
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「着いた……! 」
「ひでえな、前はこんなだったか? 」
林道を抜けて、小さな丘を越えた先にナナユウ村はあった。その村を一言で言い表すと、「枯れた村」だと思う。
大地はひび割れ、茶色の萎びた草がそこそこに生えている。屋根は穴だらけで、井戸は崩れている。村の中央を隔て、山の方へと続く大きな溝は水路だったようだが、今は見る影もない。人の姿が無ければ、廃村と言われても信じていただろう。
そして、空気が重い。淀んでいるというか、まとわりつくというか、とにかくどんよりとした空気が漂っている村だった。
その中で唯一、青々と茂った背の高い植物が、村の中央付近に生えている事が印象的だった。
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「そんな事を頼んだ覚えはないよ」
村長は、何も知らぬと首を振った。僕がサッサの葉に書かれた文字を見せると、村長はため息をついた。
「まだこんな事をしてる奴が居たのか。どうせ村一番のチビのタンジーだろう」
「まだ? 」
ザジが鋭く聞き返した。怒っているわけではないのだろうが、初対面の人からするとやはりトゲのある話し方だ。
「この葉に願いを込める風習があると聞いたが」
「昔の話だ。願いなんて叶わないって、みんな気付いたのさ。今じゃ誰もそんなもの書いてない。その願いを流す川も無いしな。……何かあんたに関係があるのか? 」
案の定、村長はぶっきらぼうな返しをしてきた。気を悪くするのは無理もない。僕ですら、彼はこの調子が普通だとやっと分かり始めたのだから。
「あの……何があったんですか? 」
僕が尋ねると、村長は諦め顔で答えた。
「うちの村は、そりゃ賑やかだったものさ。水が豊富な事が自慢でね。山からの湧き水が下ってきてな、そりゃあ綺麗で美味かったもんだ。田舎だけどみんな笑ってる、明るい村だったよ」
村長は続ける。僕は真剣に聞いていた。
「その湧き水が、数年前からピタッと止まった。作物も育たなくなって、生活はどんどん苦しくなっていった。最後に笑ったのはいつだったかな」
「水のアルマ石は無かったのか? 」
アーレスが尋ねたのを、村長は鼻で笑った。
「水が豊かなうちには、必要無かったのさ。そして今買ってみたら、使い物にならない。すぐ濁っちまうのさ」
「ラタリアと同じ……」
「そんで今は、商人の売りつける高い水を買って細々と生活してるのさ。最近じゃ、赤い目のアニマが現れ始めた。次奴が来たら、この村も終わりだ。ははは、は……。……あんたらに出来る事は何もないし、金の持ち合わせもない。すまないが帰ってくれ」
そう言い切る村長はどこか投げやりで、諦めに支配されているように感じた。解決を望んでいないような、虚ろな目で僕達を見る。
ハッとして、僕はアーレスとザジを見る。ザジは小さく頷き、アーレスは村長に向かって身を乗り出した。
「だったら村長さんよ。そいつぁ俺たちの専門分野だぜ」
「いいから帰ってくれ。騎士でもないのに、一体何が出来るっていうんだ」
「その赤目を、僕がやっつけます! 」
僕は勢いよく立ち上がって言った。怪訝な顔で僕を見上げた村長は、すぐに鼻で笑って肩をすくめた。言葉がなくても分かる。この人は僕のことを信じていない。
アーレスは僕と村長に交互にまあまあと言いながら話を続けた。
「まあまあ! 赤目はともかくとしてよ、水はあの山から来ているんだよな? じゃあ原因はあの山に……」
「水を取り戻そうと、何人も山に入ったさ。誰も帰って来なかった。赤目が現れるようになって分かった、あれは奴の仕業なんだってな。……今更そんな事、どうでもいいが」
あまりにも空気が重苦しく、なんだか肩が凝る。取りつく島もない村長に困惑する僕らの背後で、蝶番の外れかけたボロのドアが開いた。
「村長! 」
「取り込み中だ」
「それが……」
入って来た中年の男性がバツの悪そうに口を開いた。この人の目も、虚ろで諦めに満ちている。
「タンジーの姿が朝から見えなく、どうやら山に入っていったようで……」




