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無理しちゃってさ

【機械】

機械と呼ばれるものが普及し始めたのは、十年ほど前からだ。世界各地の遺跡から掘り出されたそれらは、ワンド技術により使用可能になった。かつてはアルマを用いずに使われていた形跡があるが、方法は誰も解明できていない。


かの闇の者との戦争が終結したのは、勇者アイエルがこのワンド技術を発明したことによる功績が大きい。

 花柄の寝間着のまま走ってきたロディは、男の惨状を見て野太い悲鳴を上げた。


「ま"あ! ちょっと、酷い怪我じゃない! 」

「大丈夫ですか! 」


 僕は赤く染まった腹部を押さえて血を止めようとするが、一向に止まる気配はない。男の呼吸は浅くなっていく一方だ。


「レイちゃんどいて、私がやるわ」


 ロディが僕に代わり、腹部に右手を当てた。すぅ、と息を吸い込み、左手を添える。暗い通路で、ロディの右手が淡い青色に光った。


「これは……ステラ……」

「待って、ママ! 」


 バコッという音とともに天井の通気口の網が外れ、そこから逆さまに顔が飛び出した。ノノだ。


「まだ治しちゃうダメ! ここからだとラボが近いから、とりあえずそこへ! 」

「え、ええ……」


 ロディは倒れた大男を抱き上げようとし、一瞬だけ悩んだ後肩に担いだ。


「はしたない、なんて言ってられないわ」

「レイ、暇なんだから傷押さえて血を少しでも止めて! 」

「う、うん! 」


 僕達は血塗れになりながら、真夜中の暗い通路を、ノノの光る携帯アルマ石を頼りに下っていく。


 --------------------


 階段を二つ降りた先、入り組んだ通路を突っ切った先にその部屋はあった。こじんまりとした入り口をくぐると、他の部屋とは違った雰囲気が僕らを出迎えた。よく分からない機材や工具があちらこちらに並び、或いは放り出されている。有り体に言えば散らかった作業部屋と言った感じだ。壁には何かの文字列が浮かび上がる板がいくつも設置されている。


 ノノは部屋の奥から、車輪のひしゃげた台を引っ張り出し、布を敷いて即席のベッドにした。


「ママ、合図したら水をお願い! 」

「ええ」

「レイは足元にある奴全部壁に寄せて! 」



 男を寝かせると、ノノは人差し指を立てた。ヒュルヒュルと風が集まり指を覆う。


 ぴーぷー、と間の抜けた音がどこからか響いた。壁の透明な板が黄色く明滅し、いくつもの線が走る。


「大丈夫だよモニカ。パパはこんなんじゃ死なないさ」


 ぴるる、と音を立て、明滅は止み静かになった。


「さ、チクっとしますよっ……と」


 ノノは赤く染まった衣服を指でなぞり切り裂き、腹部へと指を突き入れた。


「よし、内臓はギリセーフかな……」


 血が飛び散るのに物怖じせず、指をゆっくりと動かして傷口を切り開いていく。


「熱ッ……何これ、黒い……炎? 」


 僕はあまりに痛々しくて中々直視出来なかったものの、確かに傷口から黒い何かが揺らめいたような気がした。


「ママ! 」

「わかったわ! 」


 ノノの横で右手を構えていたロディは、手を傷口に当てた。掌から澄んだ水がちょろちょろと流れ傷口を覆っていく。


「もっと強く! 」

「えっ! 大丈夫なのぉ⁉︎ 」

「思いっきり流さないとマズそう! 」


 ノノの声を受け、ロディは掌からの水流を強めた。ジャバジャバと飛沫を立てて水が流れる。澄んだ色をしていた水は血に染まり、そして床の排水溝へと流れていく。


「この黒いのね? 」

「そう! 全部流して! レイはそこの棚から五角形の箱取って! 」


 ノノが指をさした先に棚があった。但しそれは天井にまで届くほど高く、膨大な数に分かれていた。


「二十七番! 」


 狼狽える僕を見てノノが番号を付け加える。二十七番の棚……あった。取っ手のついた木製の箱を取ると、一人でに蓋が開いた。


「ちょっと持っといてね! 」

「ノノちゃん! 出てきたわよ! 」

「そのまま流しきって! 」


 傷口から流れ出る水の色が血の赤からドス黒く変わる。それは数秒間流れ続けた後、綺麗になくなった。


「ママストップ! 箱ちょーだい! 」

「う、うん」


 ロディが水を流すのをやめると、ノノは僕が手に持った箱から緑色の糸と小さな針を取り出し、ブスりと器用に、そして少し大胆に傷口を縫い始めた。数分も経つと、とりあえず出血は止まりはしたようだ。


「ふぃ〜、何とかなったかな。起きててよかった。ママはしばらく水出しておいてくれる? 」

「任せてちょうだい。ノノちゃんありがとうねぇ、この人ったら、しばらく帰らないと思ったら、こんなになって……もう! 」


 プリプリと怒りながら、ロディは水で傷を覆った。


「この人は……」

「ああ、レイは会ったことないよね。この人はアーレス。赤い牙のパパだよ」


 --------------------


「ステラの水には癒しの力があってさ、ちょっとの切り傷くらいならいっつもママが治しちゃうんだよね」


 アーレスの容態が安定したようなので、僕達三人は木箱に座りお茶を飲んでいた。目盛り付きのガラスの実験器具で沸かすお茶も、たまにはいい。


「そうなんだ、知らなかったよ」

「今回は念の為縫っておいたけど、凄い人は千切れた腕もくっつけちゃうらしいね。ママ出来る? 」

「そんなのやった事ないわよぉ〜。第一、ステラを使うのってすっごい疲れるんですからね! 五歳は老けるわ」


 ズズッとお茶を啜るロディ。決して小さくないカップなのに、ロディが持つとミニチュアのように見える。


「それでこの……アーレスさんはどうしたんだろ」

「それがねえ、私も詳しい事は知らないのよ。ただ暫く留守にするーなんて言って、まったく。起きたらお説教ね」


 本人は可愛らしく怒ったようなポーズをとったようだが、誰がどう見てもファイティングポーズだ。これを見たら赤目も逃げ出すに違いない。


 ぽぴーぽ。また間の抜けた音がした。ノノはラボの奥へ向かって、また返事をした。


「うんうん、パパが助かってよかったね」

「ねえ、さっきから誰と話してるの? 」

「あ、丁度いいや。紹介するよ」


 そう言うとノノはカップを置いて立ち上がり、スタスタと一人でラボ内を進み始めた。


「あ、ちょっと待ってよ。あいてっ」


 ノノは簡単に歩いていくが、僕は一歩踏み出しただけでヘンテコな金属の装置に躓いた。改めてこの部屋を見渡すと、壁や机だけでなく床までも様々な機械で溢れている。


 全く動いていないものもあれば、蒸気を上げて動いているものもある。いずれも、ホムル村では見たこともないものだ。そもそも何をする為のものか見当もつかない。


「この部屋……凄いね」

「ホントよ! ノノちゃあん! ちゃんとお掃除しなきゃダメじゃない! 」


 ロディは大きな体を屈めて進みながらノノにお説教をしたが、ノノは知らん顔だ。


「いや、散らかってるって意味じゃなくて……これは、機械っていうんだよね? こんなもの、絵本でしか見たことないよ。それもこんなに沢山……」

「この地下の施設は、至る所がアルマと連動した機械仕掛けになってるみたいなんだ。私も最初に見たときは驚いたよ、王国でもここまでのものは見たことないねー」


 ノノは入り組んだ配管を滑り込むようにしてくぐり抜けスイスイと進んでいく。僕とロディがやっと追いついたのは、真っ暗な小部屋の前だった。


「毎回思うけど、この狭さはどうにかならないのォ!? 」

「遅いよ」

「ごめんよ、初めてだから」

「レイは真面目だなあ」


 ノノはそう言って小部屋に踏み込む。するとひとりでに灯りが点き、部屋の全貌が明らかになった。


 その部屋の中心には、一つの台があった。僕の胸ほどの高さの台の上には、一つの機械が乗せられていた。歪な球状、と表現するのが最も分かりやすいだろうか。所々ひしゃげて、凹んで、にも関わらず滑らかな質感をしていて、ラボに転がっている物たちと明らかに違うと一目でわかった。


「ぽぴーぽ」

「うん、この人はレイ」

「え? ……えっ? 」


 先ほどの妙な音が、その機械から発せられた。そしてノノは、台の上に乗った機械に向かって話しかけていた。


「レイに紹介しよう、この子はモニカ。大事な家族の一員さ」

「ぷぃー」

「え、えと……よろしくお願いします。……どういう事? 機械? 生きてる? 」


 頭の中で疑問がぐるぐると生まれたが、そういう時に限って断片的な言葉しか出てこないものだ。本当はもっと詳しく聞きたいのに。


「モニカは、機械……だと思う。でも生きてるとも思うんだよね。ほら、見て」


 ノノが指差した場所、モニカの中央部には、埋め込まれたアルマ石が顔を出している。石は透明感のある白色をしていたが、僕が近づくと青色に変わった。


「ぽるる」

「仲良くしたいのかな? はは、私もよく分かってないんだけどさ。なんとなく伝わってくるような気がするんだよね」

「確かに……」


 確かに、モニカからはアルマのようなものを感じる。アルマ石が埋め込まれているからか? アルマ石はそもそもアルマがなければ反応しないのでは? 理屈は分からないが、僕は違和感なく話しかける事が出来た。


「僕はレイ。モニカ、よろしくね」

「てぃりり」


 青、黄、緑と様々な色に石を点滅させ、気の抜けるような音を発するモニカ。なんだか可愛らしくて、つい微笑んでしまう。


「可愛いわよねえ。モニカちゃんは、ノノちゃんが拾って来たのよ。私も最初はね、お世話の仕方が分からないんだから、元いた所に返して来なさい! って言ったんだけどねえ」

「いや、野良機械って何? ともかく、モニカを接続したおかげでこの施設の機能も幾らか復元出来たし、ホントに助かってるんだ。寝過ぎてると起こしてくれるしね」


 ポンポンとモニカを撫でるノノ。モニカはアルマ石を発光させて応えた。


 --------------------


 僕達は、アーレスの元へと戻った。夜も更けてきた。緊張感で張り詰めていた糸も緩み、段々と瞼が仲良くなり始めていた。


「あら、そろそろ寝ないとね。私はここにいるから、レイちゃんはお部屋で寝なさい」

「分かりました……ふわぁ、夜ふかしは得意じゃなくって」

「ママもお部屋で寝なよ。私いるし」

「でも、ノノちゃんも寝ないと」

「寝るよ。何かあったらモニカが起こしてくれる。それより気になるのが……」


 ノノはアーレスの方を振り向いた。灰色の柔らかい髪の奥に、不安と好奇心の入り混じった目が覗く。


「そんじょそこらの赤目程度なら、パパがやられるわけないんだよな。一体何があったんだろ」


 そういえばヴァンが言っていた。アーレスは昔の戦争で勇者アイエルと共に戦った英雄だと。当然相当に強いのだろう。


「それにあの黒い奴……炎みたいに熱い何かだった。あれはなんだったんだろう、詳しく知りたいな……」

「起きたら聞いてみましょう。でもこの人、あんまりそういうの言いたがらないからねえ」


 僕達の視線の先で、アーレスは静かに眠り続けていた。


 --------------------


 翌朝、いつもよりも重い瞼を擦りながら、何とか僕は食堂へと降りていった。が、その瞼は直ぐにパッチリと開く事になる。


「おう! おはようお前たち! 今日もいい朝だな! 」


 目の覚めるような大きな声が鳴り響く。アルマで開く扉も心なしか勢いよく音を立て開き、赤髪を逆立てた大男が食堂へと入ってきた。アーレスだ


「オヤジ! 帰ってたんすか! 」

「おうよ! 」

「おかえりーー!!! 」

「おう! 良い子にしてたか? 」

「……暑苦しい」

「ザァジィ! ワダツミはどうだった! ちゃんと向こうさんに挨拶してきたか! 」


 ワハハハ! と大きな口を開けて笑うアーレス。血を流し倒れていた人物とはとても思えない。昨日の惨状は、本当は夢だったのではないかと思わせるほどに、アーレスは豪快で快活な男だった。


 しかしロディとノノが困ったような顔で笑っているのを見ると、昨日の出来事が夢ではなく、しかも何度か起きている事なのだと直感した。


「無理しちゃってさ」


 ノノが口を尖らせて、声にならないような大きさで呟いたのが、僕には聞こえた。


「よーし! それじゃあ今日も一日、元気に笑顔で頑張ろう! いただきま……」


 食堂に集まった全員を見渡したアーレスと、僕の目があった。アーレスは席から立ち上がり、僕の目の前まで来た。そしてじっと、真剣な眼差しで僕の事を見る。


「あ、あの、僕は」

「いや……すまねえ。人違いだった。……ゴホン。よぉし! お前、新入りか! 」

「は、はい! レイと言います! これからよろしくお願いします! アーレスさん! 」


 僕の挨拶を聞いたアーレスは、少しだけじっと僕の目を見たあと、太陽のように明るく笑った。


「元気でよろしい! みんなも仲良くするんだぞ! いいな! 」


 アーレスが加わった食卓は、いつもよりも更に暖かい。自然と会話も増え、パンはより美味しくなる。


「ぽーぴぴ」


 そんな赤い牙の元に、一通の便りが舞い込んで来た。食堂の壁の一箇所が点滅し、そこに空いた穴から何かがポトリと落ちてきた。


 仕事の依頼は主に手紙が多い。普通の家は玄関にポストがある事が多い。しかしこの家は玄関という概念がないので、手紙は地上の投入口からパイプを伝い、この食堂に届くのだ。なので本来落ちてくるのは手紙のはずなのだが……。


「おっ、依頼かな」

「手紙……じゃない? なにこれ、草? 」


 郵便受けの中身を確認したサキの手には、濃い緑色をした植物が握られていた。長方形の葉が何枚かついている。


「あ、それサッサだ。いくつかの国では、サッサの葉に願いを込めて星に届けるっていう風習があるんだよ」

「さっさかさー! 」


 ノノがその植物を見て呟き、ユーコが椅子から飛び降りて走り回る。


「サキ姉ちゃん、葉っぱに文字が書いてない? 」

「ほんとだ、なんか書いてある。どれどれ? 」


 サキがその葉のうち、色の違う一枚を取り出す。淡い水色の葉をつまんだサキは、皆に聞こえる声で、読み上げた。


「ナナユウ村のみんなを、たすけてください」

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