想う時、見えるもの
僕の手に握られた輝く剣はずっしりとした感触があり、それでいて羽根のように軽かった。
「で、出来た……」
剣は穏やかな輝きを保ちながら、地下の空洞を明るく照らす。その暖かさが心地よくて、両手で柄を握り締めた。じんわりと体の芯まで沁み渡るような暖かさだ。これが僕のステラ、心の底からの願い事か……。
「レイ」
「はい? わっ! 」
キィン! と澄んだ音が響き渡った。気がつくと、眼前にはザジの刀の切っ先があった。斬りつけて来る事に気付かなかった僕は、無意識のうちにそれを剣で受けていたのだ。
「何を⁉︎ はっ……」
「……なるほど」
スッとザジは刀を引く。突然の事なので、当然驚いた。しかし僕は彼を非難する気にはならなかった。彼の刀と、その目の冷たさの奥に隠れている何かを微かに、だが確かに感じたからだ。
「その剣の暖かさ、忘れるなよ」
「えっ、あっ、はい! 」
「俺には無い物だ……」
ザジは刀を払い、鞘に収める。その静かな口調に、僕には返す言葉が無かった。
「レイくん! やりましたね! おめでとうっす! 」
ツカツカと肩を揺らしてヴァンが岩陰から出て来た。一緒にサキも付いて来る。
「ヴァン! サキ! 見てたの? 」
「レイくんの事、ほっとける訳ないっすよ! てか兄さん! いきなり斬りかかるなんて、どういう事っすか! そもそも姉さんも、なんであの時止めたんすか! もしレイくんが反応出来なかったら今頃は! 」
「ヴァン、大丈夫。ザジには元々そんな気無いわよ」
サキがヴァンを制する。
「レイの想いが本物って、ちゃんと証明されたってわけね 」
「証明? なんの話っすか? 」
「試してたのよ、ザジは」
ザジはああ、と頷いた。ヴァンは数秒ぽかんとして、それからあぁーっと大きく口を開けて指をさした。
「なーーんだそういう事っすか! 兄さん人が悪いっすよもう! こないだの言い方といい、これはレイくんに謝るべきっす! 」
「本当の想いを知る為だ。そして……」
ザジはこちらへと正対した。あの仏頂面も、こう見るとなんだか違う表情に見えてくる。
「レイ、お前のステラを認めよう。今日からお前も赤い牙だ」
「……っ、よろしくお願いします! 」
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僕は無事に赤い牙の一員となる事が出来た。こうして、新しい家族の中での生活が始まった。それから数日後……。
「集中」
「う、うん! 」
僕はあの空洞で、ザジの修行にくっついて、ステラを操る練習をしていた。ザジは黙々と刀を振っている。ジッと静止して、一閃。振り下ろし、切り上げ、刀を納め、そして時折僕の方を少しだけ見て、指摘をするのだ。
ステラの剣を保ち続ける事、これが結構難しい。心の底にある願い事が力の源だという事はよく分かったが、それを言葉にしたり、思い浮かべて念じたりだという単純なものでは無いのだ。
僕は座り込んで、かれこれ二時間近く経つ。自分の気持ちに正直になるようなイメージとは、サキの談だ。こうして余計な事を考えていると、ほら。このようにすぐに剣は揺らいでしまう。今のところ剣が形を保ち続けられる限界は、十五分ほどだった。なにより精神力だけでなく体力も消耗する事が一番キツく、僕はもうヘトヘトだった。
「ユーコの方がまだマシだな」
いつの間にか隣に立っていたザジが、ボソリと呟いて革の水筒から水を飲む。
「よんだーーー!? 」
「うわっ! 」
大きな声と共に、彼女は現れた。明るい色の髪を一つに結んだ少女はまだ幼い子供で、背丈も座った僕と大差なかった。
「呼んでない」
「なーーんだ、つまんないの」
くりっとした丸い目で僕の顔を覗き込む。そして唐突に鼻を平手で叩いてきた。
「ひっかかったー! 」
「いてて、びっくりするじゃないか」
「ここさむいなあ。ペテ、今度はあっち探検しよ! 」
「……」
少女は後ろに控えていた同じくらいの年頃の少年の手を引いて、洞窟へと駆け出していった。帽子を目深に被ったその少年はコクリと頷いて、流されるがままについていった。
「ユーコちゃんと、ペテくん、でしたっけ。元気だなあ」
「ほら、ステラ」
「あっ」
鼻を叩かれてびっくりした時に集中力が切れたのか、僕の手の中の剣は跡形もなく消えていた。
「戦っている時に、驚いて剣が出ませんでは話にならんだろう」
「そうですよね」
まだステラの修行を始めたばかりとはいえ、ザジは手厳しい。言葉は厳しく、ヴァンやサキに聞けという事も多いが、なんだかんだで僕の面倒も見てくれている。見た目ほど冷たい人ではなさそうだと、僕はここ数日で感じた。この辺りで思い切って色々と聞いてみよう。僕は不意にそう思い立った。これから家族として暮らしていくのだし、コミュニケーションは大事だ。
「ザジさん」
「ザジでいい。敬語もやめろ」
「じゃあ……ザジ」
ザジが僅かにこちらを向く。
「ザジのステラは……願いって、何なの? 」
ザジの雰囲気が少し変わった。なんというか、壁が出来たような威圧感を感じる。
「さあな……」
それだけ言ってザジは部屋へと戻っていった。
「怒らせちゃった、かな……? 」
ただ、彼の背中から感じたものは怒りではなかった。この時の背中を、僕は忘れないだろう。
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その日の夜。僕は夜中に目が覚めた。照明のアルマ石は消えているので、携帯用の小さなものを握りしめる。元々石を扱うのは得意な方だったので、すぐに明かりが点いた。
夜中に起きると、何故だかトイレに行きたくなるものだ。僕は扉を開け、迷路のような赤い牙の隠れ家の廊下を歩いた。明かりが点いているあちらのブロックは、恐らくノノの部屋に続く道だろう。昨日もノノはクマを作って、ロディに
「夜更かしは美容の大敵よっ! 若くて可愛いからってケアを怠ってると、す〜〜ぐにおブスになっちゃうんですからね! 」
と怒られていた。ロディのおブスにやたらと力が入っていたのを思い出して、クスリと笑ってしまう。
「反省しないなあ、ノノ」
手持ちの石で先を照らしながら僕は歩く。確かこの道を曲がって下に降りればいいんだったな。少しずつ慣れて来た自分の足取りに満足感を覚えながら通路を曲がると、手すりを掴んだ左手に何かが着くのを感じた。生温かい、ヌルッとした何かだ。右手に持ったアルマ石で左手を照らすと、その液体が真っ赤な事が分かった。
「こ、これって……」
血だ。それも生温かい。明かりで床を照らすとポタポタと血痕がいくつも垂れていて、そしてその先には
「ぐ……なんだ、俺は夢でも見てんのか? 居ねえはずの奴のステラを感じらぁ……」
人が倒れていた。赤い髪の、大柄で筋肉質な男の人だ。脇腹から今も血が流れ出ている。
「だっ、だいじょ……」
僕が駆け寄ろうとするとその人はシッと指を口に当ててニカッと笑った。脂汗を浮かべながらも、暗闇の中だとしても、その笑顔は気持ちのよい笑顔だった。
「おっきい声出したら、みんな起きちまうだろう。ロディだけ……呼んできてくれや。今日のは結構やべえ」
荒い呼吸をなんとか整えながら、男は僕の手をポンと叩いた。
「お前と行くにはまだ早いからな……死なねえぞ、俺はァ……」
「何を……喋らないで下さい! あっ、傷が……すぐに呼んできますから」
意識が朦朧としている男を寝かせ、僕は急いでロディの寝室へと向かった。




