僕に出来ること
彼、口数が少ないからね。あまり何考えてるのかわかんないよ。うーんまぁ興味はあるね。彼の中に燻ってる何か。でも見せたくないみたいだし、今はあの新人君を調べるとするよ。さて、そろそろ寝ようかな。え?歯なら磨いたよ、朝起きたときに。
んじゃ、おやすみ〜。
「入るわよ」
「どうぞ」
壁に埋め込まれたアルマ石に手を置くと、金属の扉がスーッと横滑りして開く。ガランとした暗い部屋で、レイがポツンとベッドに腰掛けていた。
「明かりくらい点けなさいよ」
「上手くいかなくて」
扉が閉まり更に暗くなる前に、私は机の上のアルマ石が埋め込まれた照明器具を見つけた。明かりをつける時は、何か楽しい事を思い浮かべると上手くいく。今晩の夕食の事を考えながらアルマを使うと、ポウっとゆっくり部屋が明るくなった。
改めて部屋を見渡すと、部屋にはベッドと小さな机が一つあるだけで、天井の大きな光るアルマ石があるべき場所は、ぽっかり穴が空いている。そういえば幾つか調子が悪くて、替えを探しているとか言っていたっけ。
「なんか、ごめんね」
「なによ、いきなり」
レイに先に口を開かれ、ついつっけんどんな返しをしてしまった。レイは力なく笑う。
「ステラって強い願いなんでしょ? 僕の願いって、そんなものだったって事なのかな」
「そうじゃないわよ、きっと」
そう、そうじゃない。あの時見た光はまぐれでも偽物でもない。
「きっと、ちょっとだけ見失ってるだけ。本当の願いって、心のどこかにあるはずだから」
「前は、見えてたのかな」
「あんたの想いは本物だった。あたしが保証するわ」
レイが何を想って、どんな願いを抱いていたかはあたしには分からない。
「だといいなあ」
なんだか見てられない。あたしはレイの隣に腰掛けて、背中を強めに叩いた。
「いてっ」
「胸張ってないと、見えるもんも見えないわよ」
あたしが自信ない時、親父がこうしてくれたっけ。それから親父は抱きしめてくれて……。
「……サキ? 」
「なんでもない! とにかくレイ、あんたなら出来るわ」
そう言ってあたしは立ち上がった。親父のようには、流石にちょっと恥ずかしいから出来ない。抱きしめる代わりに、キョトンとするレイのおでこを指で一度つついた。
「ちょっと、さっきからなんだよお」
「元気のアルマ、送ってんの」
「それなら、ちょっと効いたかも」
レイが笑う。部屋の明かりは、最初よりも随分明るくなった。
「じゃ、あたし帰るね」
「うん。サキ」
レイが扉を開けたあたしを呼び止めた。振り向くと、レイは真っ直ぐにこちらを見ていた。その目はもう弱々しくはない。
「ありがとう。必ず、見つけてみせるよ」
「……ん、おやすみ」
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「さて……」
随分とひんやりとしている通路の突き当たりに、その部屋はあった。人のあまり来ない、人気のないこの区画に彼は好んで部屋を構えている。
「遅かったな」
あたしが部屋に入ろうとすると、まるでそれを見越したようにひとりでに扉がスライドする。目の前にはザジがいた。彼が内側から開けたのだろう。
「ちょうどよく開くのね」
「お前のステラは良く見えるからな」
ザジは無愛想な顔を崩さずに、椅子に腰掛けた。不機嫌なわけじゃない。ザジは誰に対しても基本こうなのだ。
それにしても質素な部屋だ。ここに入ってきたばかりのレイの部屋と大差ない。
「それで? 」
「レイの事よ」
あたしは簡潔に、今までの経緯と、レイの人柄についてザジに説明した。ザジは黙って、それを聞いていた。
「いくらなんでも、強引すぎない? 」
ザジは目を伏せる。
「レイのステラは本物よ。使いこなせないままにしておくのは、レイの為にならないし、何より危ないわ」
「ああ」
「だったら……! 」
「知ってるさ」
ザジはあたしの言葉を遮った。
「お前が親父に確認も取らずに連れて来るような奴は、そうは居ない」
「それならなんで、あんな事言うのよ」
「入団しても、結果は同じだからだ」
ザジは少しだけ表情を変えた。ほんの少し、眉間にシワが寄った。
「お前が引き込んだあいつと、今のあいつは、同じか? 同じ目をしていたか? 」
「それは……」
ザジの問いは、時々答えづらい。あたしは、部屋に入った時のレイの目と、部屋を出る時のレイの目を思い浮かべた。
「奴はステラを手段として考えている。これではいつまで経ってもステラなど使えない」
「手段……? 」
「行き場を失った願いは燻り、やがて身を滅ぼす。ステラは……理屈じゃないんだ」
ザジの語気が一瞬強まる。それに合わせ、机の上に置かれたペンが歪み、割れた。中に入ったインクが、床に落ちて湯気を立てる。
「ザジ……」
「……この三日で、見極めるつもりだ」
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翌日。
「うーーーーーん」
昨日サキに大見得を切って見せたが、ちっとも本当の願いなんて思い浮かばない。でも、僕のために協力してくれると言ってくれたサキやヴァンの為にも、頑張らないと。
僕はブツブツと独り言を言いながら通路を歩いていた。今日は朝食を摂り、食器を洗い、洗濯物を干した。僕は当番ではないが、なんとなく手伝ってしまった。おかげでお母さんには随分気に入られたようだった。
ステラの事について相談してみようと、僕はサキの部屋に向かっていた。向かっていたはずなのだが、ふと顔を上げてみると、いつの間にか知らない区画の通路にまで来ている事に気がついた。壁には何かの番号と記号が記してあるが、これが何を意味するか僕にはサッパリ分からない。赤い牙の家は広大で、おまけに入り組んでいて、まるで迷路だ。
「右行って一階上がって左行って、おかしいな。聞いた通りのはず……あたっ」
コツンと頭に何かが当たった。拾い上げてみると、それは小さな何かのネジだった。
「暇そうだね、新入りー」
「いや、僕は暇じゃ……」
女の子の声がした。僕は周りを見回して声の主を探す。前にはいない。後ろにもいない。
「こっちこっち」
いた、上だ。その人物は通路の天井のパネルを外し、そこから顔を逆さに出していた。小さな顔とは不釣り合いに大きく、角ばったゴーグルを着用している。灰色の髪がフワリと垂れ下がって、まるで綿毛のようだ。
彼女が皮のグローブをはめた手を差し伸べる。何かと思いこちらも手を出そうとすると、フッと風が吹いて僕の手からネジを巻き上げた。彼女は飛んできたネジをキャッチすると、すっと天井裏に引っ込んだ。
「あざーす」
「あ、今のは……」
「これどこにハマってたかな、暗くてわけわかんないなー」
天井裏は真っ暗なようだ。通路からは彼女の輪郭もよく分からない。
「明かりなら……」
僕は殆ど無意識に右手を掲げた。もしかしたらこれをきっかけに以前のような剣が出せるかも、という淡い期待もあったのかも知れない。しかし手先が少し暖かくなる感覚はあったものの、手の周りが僅かに光を放っただけだった。その光も程なくして消えた。
「……むぇ」
「ああ、ここか。ナイス新入り。よく見えたよ」
ちょっとむくれて少し落ち込む僕をよそに、ご機嫌顔で天井裏から這い出てくる少女。えっちらおっちら、少々危なっかしく着地を決めると、着けていたゴーグルを下ろして首にかけた。ラフに着崩した作業着……昨日手を洗えとロディに怒られていた子だ。
「レイって呼んで欲しいな」
「レイ、君のステラ……確かにショボいね〜」
「あ、ちょっと……」
少女はグイと顔を僕の右手に近付けた。ジロジロと角度を変えながら腕へ、体へ、そして顔へ視線を移す。背伸びをしたが、僕の顔に自らの顔を突き付けるにはかなり足りなかった。
「ハッキリ言われると傷つくな……君も昨日、聞いてたんだよね? 」
「ノノ。猶予が三日だっけ? がんばー。あっそうだ! 人手は使える時に使おう」
ノノと名乗った少女は、一度去りかけた後クルリと反転する。腰の工具ポーチからペンを取り出し、胸のポケットからクシャクシャの紙切れを取り出して何かを書き始めた。
「?? 」
「照明用のアルマ石切らしちゃってさ、携帯用と設置用を適当に幾つか買ってきてよ。お金はママに頼めば出てくるよ」
「えっ、ちょっと、僕この国の事はまだ……」
「お店も地図も大体書いといたから」
渡された紙を見たが、線は歪みインクは滲み、何を書いてあるかサッパリ分からなかった。
「……ひとつ聞いていい? 」
「んー? 」
この子も赤い牙のメンバーという事は、ステラを使えるはずだ。僕は今、なんでもいいからヒントが欲しい。
「君の願いって、本当の願いって何? 」
僕の真剣な問いに、彼女はニヤリと笑い返した。
「そんなの、昔っから決まってるよ」
彼女の周りにそよ風が吹く。風は集まり、渦を巻く。室内の密閉空間だというのに、晴れ渡った草原にいるかのような感覚に陥る。確かに、木々の隙間を吹き抜ける風の匂いがした。
「全部知りたい、って事。それが私、ノノがノノである証拠。一番の願いだよ、きっとね」
そう言ったノノは僕の方を向いていた。しかし、その瞳に映っているのはきっと僕ではない。彼女の目は、僕には想像もつかない、もっと大きなものを見据えているように思えた。
「知りたい、か……。僕にもきっと、あるはずだよな……ぶっ」
右手を見つめ、感慨にふけっていた僕の顔に風が吹きつける。顔を上げると、クルクルと右手で工具を回しながら、ノノが去っていく。
「三日で居なくなるのは勘弁。君の事色々知るのに三日は足りないから」
「そのつもりさ、ありがとう」
掴み所のない彼女だったが、それでも一歩前進したような気がする。僕は読めないメモを片手に、反対方向へと走り出した。
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「あ、ノノ! レイ見てない? 」
「ああ、見たよー」
通路で出会ったサキとノノ。サキの呼びかけに、へらっと笑ってノノが振り向く。
「見たし、借りたよ。今頃は石買ってるんじゃないかな」
「ちょっと、また人使って! たまには自分で外出なさいよ! あたしも用事あったのに……」
「暑いもん〜。それよりさ、フラジールどこ? 調整したいんだよね」
「げっ」
フラジールとは、赤い牙の隠れ家の中で発掘された小型の飛行艇の事である。風のアルマ石の力を使って空を飛ぶ。そして今は、墜落し無残な姿で森に打ち捨てられている。
「あれ一隻しかないし、一から作るのは難しいからさ。そのぶん慎重に調整しないと……どしたの? 」
「ごめんノノ。実は……」
ノノの悲鳴が、通路に虚しく響いた。
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「ここをまっすぐで、三番目の角で曲がる……はい、ありがとうございました! 」
ぐちゃぐちゃの地図と街の人を頼りに、僕はアルマ石を売っている市場へとたどり着いた。流石鉱山を抱えているだけある。端まで見渡せないほど広く、様々な石が並べられている。看板を見て、光る奴を探さないと……。
「バカヤロウこの野郎! 」
「怒るなってんだよこの野郎! 」
男性二人が揉めている。どうやら価格が高いと言い争っているようだ。周りは笑いながら止めている。
「高すぎるだろうよ、こないだの倍するじゃねえか! 」
「数揃わなかったんだよ、だから怒るなって! 危ねえ! 危ねえ! 」
掴みあった男がバランスを崩し、赤い石が並べられている棚に突っ込んだ。赤い石はたちまち熱くなり、幾つかは火をつけた。その炎はたちまち男を焦がす。
「アチチチ! 」
ワハハと周りの男達が笑いながら水を探す。するとムッツリとした中年の女性がツカツカとやって来て、青い石を男に向けた。
石から水が噴き出し、男はたちまち消火された。髪の毛が少し焦げていて、申し訳ないが少し笑ってしまった。周りの男達も笑った。
「石の集まってるところで感情剥き出しにしたら、アルマが出ちまうに決まってるだろがよお! 」
「うるせえ! 仕方ねえだろぶふぉ」
言い返す男に、女性がまた水をかける。
「頭冷やしな! 」
僕も気をつけよう。どんな石があるか分からない。自然と笑みが溢れる。喧嘩が起こっても、周りが笑ってとりなせるこの国の雰囲気は好きだ。
「あ、光る石はここですか」
「見りゃ分かるだろうよ」
看板を頼りにたどり着いた場所で尋ねると、目の前の石がぼんやりぼんやりと光り始めた。
「ボウズ、なんかいい事有ったのかい」
「ちょっと、楽しくって」
お金を出して幾つかの石を買ってバッグに詰め込んだ。アルマ石って、結構するんだなあ。担当のおじさんが気に入って、小さな石を一つおまけでつけてくれた。ノノに渡したら、喜ぶかな。少し軽くなった足取りで、僕は市場を後にする。
「参ったなオイ! どうすっかな! ハハ! 」
帰り道、落ち込んでいるのか盛り上がっているのかよく分からない人物を見かけた。あのドレッドヘアは、ボッズだ。
「どうしたんですか? 」
「おう! レイか! 実はよう、配達するはずのアルマ石を落としちまったみたいでよ! 市場に買いに行こうにも持ち合わせが足りねえし、家に帰ったら配達に間に合わねえし、どうしようもなくて踊ってたところよ! 」
この国の中でも、群を抜いているであろうハイテンションに押されながら、僕はおずおずとバッグからアルマ石を取り出した。
「これ、種類は……」
「光る奴だよ! え、もしかしてくれんの⁉︎ 」
ボッズが踊りながら僕の周りを回る。
「貰い物だから……」
「フゥーッ! お前気前がいい奴だな! アーレスの旦那みてえだ! あ、じゃあ代わりにこれやんよ! 」
ボッズは腰に下げたバッグの底から、一枚の本を取り出した。その本には、水着姿の女性のイラストが何ページにも渡り描かれていた。
「これワダツミの歌巫女特集だぜ! お気に入りだったんだけど、やるよ! お前の男気に免じてだ! 」
「あ、はあ……」
「じゃあ、あばよ! いい夢見ろよ! 」
そう言ってボッズは走り去っていった。
「さよならー……ん? 」
「ママァー! どこー! 」
声の方を向くと、泣き叫ぶ迷子の姿が目に入った。僕は迷わずその子の元へ駆け寄った。
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僕を出迎えたのは、サキとロディだった。
「遅くまで帰ってこないと思ったら、なに? その大荷物」
「いやあ、ハハ……」
夕方、僕はヘロヘロになって赤い牙の隠れ家へと帰ってきた。背中のバッグはパンパンになり、両手には色んなカゴや袋がぶら下がっている。
「ボッズを手助けしたら他の人にも頼まれて、そしたらいつの間にかこんな時間に……あ、お母さん。これゴードンさんがくれて」
「あらぁ! こんないいお肉、貰っちゃっていいの⁉︎ 」
「お礼だからみんなで食べろって」
その他にも、果物屋が倒してしまった籠を坂を走って追いかけたり、迷ったおばあさんと一緒に道を探したり、今日は色々な人を手伝った。疲れたけど、この充実感は久しぶりだ。ホムル村に居た時のようだ。指の先までポカポカと暖かい。
「ごめんサキ、今日ステラの事で相談しようと思ったんだけど」
「ふふ、いや良いわ。なんか良い顔してるよ、あんた」
「そうかな」
笑ったサキを見て、僕も自然と笑顔になる。
「そうだオカン。結局親父は見つかったの? 」
「いやそれがねぇ、まーた面倒ごとに首突っ込んでるみたいなのよぉ。ホント、すぐ安請け合いするんだからあの人」
そういってロディは、僕の方を見た。
「誰かさんとそっくりね、うふふ」
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それからの二日は、あっという間だった。赤い牙の中で生活していると、やる事が沢山ある。家事はもちろん、みんなの仕事を手伝いにも行った。仕事と言っても赤目の霊獣を倒すのではなく、ラフィグローブ内の何でも屋のように働く。この国の人は、赤い牙の面々が良い人であると知っている人が多いから、ステラ使いと分かっていても仕事を頼んでくれるのだ。
そして空いた時間は空いている坑道を使って、ステラの特訓だ。心の奥底にある、本当の願いを見つける。特別何かを意識したわけではないが、明らかにザジと話した時よりも調子はいい。剣の形にこそならないものの、手先の感覚は暖かい。サキとヴァンも時間を見つけてアドバイスをくれた。
「余計な事は考えない方がいいっす。自然体で、力を抜いて」
「気負いすぎはよくないわ、休憩しましょ」
疲れもあり夜は死んだように眠った。そして起き、働き特訓しまた眠る。
そしてついに、三日間が過ぎた。
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「願いは、見つかったか」
朝食後、僕はザジに呼び出された。サキとヴァンも行こうとしたようだが、ザジに止められていた。場所はあの時と同じ、水の張った地下空洞。
「よく、分かりません」
「……」
「村を守る為に強くなりたいって思ってる事に変わりはありません。でも、こうやってここで生活してて、色んな事を手伝ったり特訓していて、思った事が……いや、思い出した事があります」
ぴくりとザジの眉が上がった。
「僕、村を出る時おじいちゃんに言ったんです。『本当に僕に力があるのなら、みんなの為に使いたいんだ』って。今の僕はステラなんて使ってないただの人だけど、僕が誰かを助けて誰かが笑ってくれる。目の前の人の為に何かしたいって、改めて思ったんです。だから……!!! 」
僕は一気に右手を突き上げた。
「これが僕の願いです!!! 」
ドン! と地鳴りがしたような感覚が響く。手先がどんどん熱くなる。右手が輝き始め、光の粒が渦を巻く。
「はあああああああああ!!!!!! 」
水しぶきがあちらこちらで上がる。まばゆい光が空洞中のあちらこちらで瞬き、右手の先に集まってくる。凄まじい衝撃を受け止めるように、僕は左手で右手の手首を掴んだ。
「これは……」
「来ォい!!!!!!!!! 」
目の前が真っ白になった。僕の周りで水柱が上がり、雨のように降り注ぐ。光の奔流のなか目を開けると、右手には輝く剣が握られていた。




