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消えた光

【赤い牙のアジト】

アーレスと交友の深いラフィグローブの長が、特別に貸し与えたもの。国内外問わず殆どの者には坑道の危険区域としか伝えられていない。誰一人として扱えなかった謎の機構を、研究家ノノが一人で解読し作動させている。しかしそれでもまだ、全体の一割も解読出来ていない。

「えっ……どういうこと、ですか」


 僕は突然突きつけられた言葉にうろたえながら、何とか問いを絞り出した。


「言った通りだ。俺は入団を認めない」


 ザジは振り向かずに答えた。冷たい言葉が空洞内を反響し、こだまのように響く。ツカツカと真っ直ぐに出口へ歩き続けている。胸の鼓動が激しくなる。こんなにも静かな言葉なのに、有無を言わせない威圧感がある。僕は固まる足を無理やり動かし、ザジの前に回り込んだ。


「そ、そんな。僕、今まで何回も危ない目に遭って、その度にステラを使いました! ちゃんと剣の形になって、赤目のアニマとも戦ったんです! 今はまだ下手かもしれないけど、それは教えてもらって! サキとかヴァンみたいにすごい技だって……! 」


 必死に訴える僕を遮り、ザジは僕の足元を指差した。


「小石」

「え……」


 足元を見ると、小さな小石がいくつか、水たまりから少しだけ浮いていた。


「浮ついた奴の足元は分かりやすい」

「そんな、浮ついてなんて! 」


 僕は慌てて足元の小石を払った。僕が浮ついた気持ちでいる? まさか。何度も危機をステラでくぐり抜けて来たと言った事を指摘されているのか? いや、これはれっきとした自信のはずだ。


 ぐるぐると考えが頭を巡る。僕は何も間違った事は言っていないはずだ。落ち着け、落ち着いて話を聞いてみよう。頭の中を整理して話しかけようとした時、先にザジが仕掛けた。


「なら見せてみろ、お前のステラを」


 ザジが向き直った。ヒリヒリと空気が凍りつくような感覚に襲われる。この人の前では逃げる事も、偽る事も出来ないと僕は直感した。


「わ、分かりましたよ」


 好機だ。僕のステラを示せば、この人も僕の事を認めてくれるだろう。僕はここで修行をして、強くなって村を守るんだ。


 僕は右手を掲げた。ステラは強い願い。僕の願いはこの力を使いこなして、村のみんなを守る事。


 右手に光が集まり、暖かくなって行く。そしてその光は輝く剣となる。なるはずだった。しかし右手に集まった光は収束する事はなく、ふわふわと漂うだけだった。


「あ、あれ? なんで……! 」


 必死に願いを込めるが、努力も虚しく光は霧散して消えた。


「そういう事だ」


 ザジは短くため息をつき、また歩き始めた。


「ま、待って! 確かにこの前は出来たんです! 僕、ステラを使えるようにならないといけないんです! 何がダメなんですか! 」

「……」


 半泣きで纏わりつく僕を、ザジは鬱陶しそうに見下ろす。しかし僕も納得がいかないので、引き下がらない。


「村のみんなを守るって願いが間違ってるって言うんですか!? そんな、そんな事……! 」

「そうじゃない」

「だって……僕はステラが使えたんだ……村のみんなを守る為に強くなるって、約束したんだ……」


 折角ここまで来たのに、否定されて悔しくて、サキやヴァンは認めてくれたのになんでこの人は認めてくれないんだろうと悲しくて、感情がぐちゃぐちゃになって、僕の視界はぼやけた。最後は言葉にならずに、嗚咽にしかならなかった。


 ザジはうずくまった僕を暫く黙って見ていた。永遠とも思える数秒が経過した後、ザジは舌打ちをしてもう一度口を開いた。


「……だったらなんだ」

「なんだ、って……」

「ステラにもならん願いを抱いて、何ができるんだと聞いている」

「それでも……王国だってステラで守ったんだ。僕の願いは嘘じゃない」


 本当の事を言っているだけなのに、負け惜しみのように聞こえてしまうのは何故だろう。その時の気持ちを思い出そうとしてみたが、もはや僕の手は光ることは無かった。


 ザジは無愛想な表情を崩す事なく僕を見ていた。そして、一言だけ言い残して去っていった。


「三日待つ。三日でお前の願いを見つけろ」


 --------------------


「いやいやいや! 遅いと思ったら、いきなり何してんすか! 三日って……」


 僕は赤い牙の食堂に戻り、サキやヴァン、そしてその場の他のメンバーにも事の経緯を説明した。


「ちょっとザジちゃん! ダメじゃない新入りの子いじめちゃ! 」


 ロドリゲスがぷんぷんと音を立ててザジに詰め寄ったが、ザジは知らん顔だ。


「あはは、クビだクビー」

「こらユーコ! 今は真面目な話をしてるんだぞ! 」


 コーディが走り回る女の子を嗜める。正直今の僕には、他のメンバーを覚える気力が無い。どうしようという感情で頭がいっぱいだ。


「何かの間違いじゃない? あたし、自信を持ってスカウトしたんだけど」

「そうっすよ! それにいくら何でも厳しすぎっす! 連れてきておいて、今度は帰れだなんて流石に……」


 サキとヴァンもザジに反論したが、ザジは真っ直ぐに言い返した。


「おだて過ぎだ。今のこいつには、なんの力もない」

「そんな、まだステラも使い立ての初心者っすよ! 」

「今のこいつが入るなら、俺は出て行く」

「そんな、無茶苦茶な……」


 ザジはヴァンの訴えを一蹴すると、席に着いた。


「はーい。空腹時の議論は時間の無駄だと思いまーす」


 作業着を着崩した少女がどこからか現れて、そしてそのまま席に着いた。


「そうね……とりあえずご飯にしましょ。って、ちょっとノノちゃん! 手洗ったの!? 」

「洗ったよー五時間前」

「今洗ってきなさい! 」


 バラバラと席に着き始めた面々をよそに、ヴァンは僕の元に歩み寄って来た。


「すみませんレイくん。ザジ兄さんはめちゃくちゃストイックで……悪い人じゃないんすけど」

「うん、分かるよ。僕がステラが使えなくなっちゃったのは事実だしね……ありがとう」

「俺も協力しますから、頑張りましょう! 」


 正直落ち込んでいたが、ヴァンの言葉でいくらか救われた。サキはザジに声を掛けている。


「あとで、詳しく聞かせて」

「ああ」


 間も無く夕食が振る舞われた。ロディの腕前は確かで、分厚いステーキも炒めた野菜もどれもこれも美味しかったが、あいにく僕の心に味わっている余裕は無かった。左前のザジは相変わらずの仏頂面で黙々と手を動かしている。


『お前の願いを見つけろ』


 頭の中でザジの言葉が繰り返される。村のみんなを守る為に力を上手く使いたいというのは、願いではないのか。僕の願いとは、何なのだろう。自問自答を繰り返しながら、僕は一切れのステーキを噛み締めた。



 --------------------


 食事が終わり、皆思い思いの過ごし方をしている。レイは、教えた空き部屋に向かったみたい。あたしはこうして、厨房でオカンと皿洗い中。


「ちょっとちょっと、サキちゃん。レイちゃんてば、ずっと浮かない顔してたわよね。お口に合わなかったかしら……味付けが濃すぎた? 」


 オカンが洗い終えた皿を渡しながら話しかける。あたしはよく皿を割るので、しばらくは拭く担当。


「いや、いつも通り美味しかったよ。あいつはなんていうか……真っ直ぐな奴だから。きっとザジに言われた事をずっと考えてたのよ」

「そうねえ……。明日はもっと元気が出るように、工夫してみるわ。とってもいい子だって目を見れば分かるのに、まったくザジちゃんと来たら! 」

「中途半端な奴を巻き込んで、危ない目に合わせたくないのはあたしだって同じよ。でも……」


 でも、レイは違う。あのレイの光は本物だった。だからこそ、道を踏み外して欲しくない。力の扱いを知らないって、とても怖い事だから。


「……サキちゃんはレイちゃんのステラ見たのよね? 」

「うん。ザジだってあれを見ればきっと分かる」

「随分入れ込むのね、レイちゃんに」

「そりゃあ、あたしが見込んで誘ったし。……ちょっと、何笑ってるの」

「別に、なぁんにも」


 普段ならまず仲間に勧誘なんてしない。でも、レイの光とあの泣き顔を見た時、なぜか助けてあげたいって思った。


 あたしが助けないと。あたしがもっと強くなって、みんな傷付かないように。もっと強くならないとダメ……!


「ちょっとちょっとサキちゃん。あなたまで思い詰めた顔しないでちょうだいな。そんなんじゃ家中が湿っぽくなっちゃうわ」

「えっ、あたしそんな顔してた? 」

「ええ。おブス顔だったわ〜、女は度胸と愛嬌よ! 」


 オカンは、本当によく見ているなあ。


「分かった。……じゃああたし、ちょっと用事思い出したから」

「あら、そう。行ってらっしゃい。私もこれも終わったらちょっと出掛けるわ。あの人、どうせまた何処かで潰れてるだろうし」


 オカンに見送られ、あたしは食堂を出た。食堂からは左右に道が伸びている。ひんやりとした左の通路はザジの部屋に続いている。右の薄暗い通路の先にあるのは、空き部屋。でも今日からはあいつがいる。


「ザジは……まだシャワー浴びてるわよね、きっと」


 言い訳のように呟いたあたしは、照明のアルマ石の切れかけた右の通路に進んだ。

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