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おじいちゃん、家族が出来ました

【ジャングル】

ラフィグローブ国内で手紙や荷物を送るのに必要不可欠な機関。及びその配達人達。

自らの脚で国中を駆け回り、様々な品を届ける。職業柄国の地理には精通しており、また体力自慢が多い。

ボッズはここの一員である。

 この数日というもの、赤目のアニマとの戦いを何度も経験して、僕自身恐怖にも慣れてきたような気がしていた。しかしやはり、怖いものは怖い。


 金属の大扉を開けた先で僕達を出迎えたのは、包丁を持った強面の大男だった。年頃は三十代半ばを過ぎた辺りか。ヴァンよりも大柄な体格でのっしのっしと歩いている様は、まるで昔話に出てくる鬼のようだ。扉が開いて僕達が入って来たことに気づいたその男は、ゆっくりと顔をこちらに向けた。僕の背筋は、凍りついた。


「あらぁ、お帰りなさい! ちゃんと手洗うのよぉ〜! 」

「うん。ただいま、オカン」

「……へ? 」


 大男はにへらっと笑い、目尻を下げた。よく見ると、腰には可愛らしいリボンのついた前掛けを垂らしている。左手のガラスのボウルには、花の形にくり抜かれた色とりどりの野菜が入っていた。突然の膨大な情報量に驚いた僕は、一瞬考える事をやめた。背筋の氷は、どこかへ行った。


「まあ〜っ! あなた、可愛いわね」

「はっ、はい! いえ! 」


 大男は屈んで、僕に目線を合わせて来た。


「オカン、こいつはレイ。ステラ使えるから、連れて来ちゃった。レイ、この人はロドリゲス。あたし達の……そうね。平たくいえば、お母さん」

「ちょっとサキちゃん、それは可愛くないからやめてって言ってるじゃないの。今の名前は、ロディよ! 」


 きゃるんっ、と効果音が聞こえそうな、迫力満点のぶりっ子ポーズを決めるロディ。ポーズに合わせて腕の筋肉が青筋を立てて隆起した事は、多分本人に言わない方が良いのだろう。


「えっと、お母さんって……」

「分かってる、分かってるわぁ〜。男なのにママなんておかしい、ヘンだって思うんでしょう? ヘン上等よ! お母さんは女の人しか出来ないなんておかしいわ! オカマがお母さんやったっていいじゃない! 」


 真っ直ぐに僕の目を見つめて話すロディの迫力はやはり凄かったが、もう怖くはなかった。この人の瞳は、とても澄んでいる。


「親が居ない俺たちにとって、飯作ってくれたり、叱ってくれたり、悩みを聞いてくれたり……そういう事してくれる人他に居なかったんすよね。だから実質、この人はうちのオカンなんすよ」

「ヴァンちゃん……」


 ヴァンは鼻の頭を掻きながら、ボソッと呟いた。顔のあたりに、うっすらと霧がかかった。


「大事なのは見た目じゃなくて、心っすよね」

「あなた……いいオトコになったわねぇぇぇぉぉぉ〜〜」


 ロディは手に持った包丁とボウルを放り投げ、大粒の涙を噴き出しながらヴァンに抱き着いた。ギュムッと力強い音を立てて、腕がヴァンへと巻きつく。


「あなたの事ちゃんと育てて来て……えぐっよがっだわぁ〜〜〜〜立派な事言っちゃって〜〜」

「オカ……絞まって……ギブギブギブ……死ぬ……」

「どう、賑やかでしょ? 赤い牙」


 青くなっていくヴァンを気にも止めず、左手で包丁を、右足でボウルを受け止めたサキはこちらに振り向いた。僕は乾いた笑いをあげながら頷くだけだった。


「あらっ、ごめんなさいヴァンちゃん。ちょっと感動しちゃって。それで、レイちゃんも、今日から家族なのね? 」


 ヴァンが白目を剥く寸前で手を離したロディは、鼻をすすりながら僕へと向き直った。破天荒な"家族"だが、ここの空気は暖かかった。


「はい。僕も親がいなくておじいちゃんに育てられたので、正直お母さんとかよく分かってなくて……。でもなんだか、絵本で読んだ家族と似てる気がします。だから、おかしくないと思います。これからよろしくお願いします、お母さん! 」

「……ッ、レイちゃぁぁぁんおんおん」


 この日、僕は生まれて初めて白目を剥いた。


 --------------------


「ああサキちゃん! お料理はコーディちゃんとやるから、あなたはノノちゃんとこ行ってきてちょうだい! あの子早めに呼ばないと来ないんだもの。ヴァンちゃんはユーコちゃん探してくれると助かるわ。あの子最近かくれんぼが好きで、見つかるまでずーっとやってるのよ……ホント困ったさんなんだから! 」


 食卓が見えるように、壁が取り払われたキッチンでロディがテキパキと指示を出す。ジュウジュウと音がして、なんともお腹を刺激する良い香りが漂い始めた。


 赤い牙のアジトは何ブロックにも分かれていて、それぞれが通路や坑道を通じて繋がっている。メンバーは思い思いの場所で過ごす事も多いが、食事の時はこうして一斉に集まるらしい。


「かーちゃん、肉焼けるよ」

「あら〜上手になったわね。……サキちゃんにも今度もう一度チャレンジしてもらいましょ」


 ロディの横で皿を引っ張り出しながら肉を焼いているのはコーディだ。目が合うと、ぎこちなく会釈をしてくれた。初めて会った時と比べれば、僕達の距離は少しだけ縮まったと言えるだろう。


「ああそうねえ、レイちゃん? ちょっといいかしら」

「あ、はい。なんですか? 」


 ロディがちょいちょいと手招きをした。


「んもう、他人行儀ね。ちょっとずつでいいからフランクになってねん。それでね、ちょっと頼みたいんだけど」

「はい、いや、うん」

「ザジちゃんがきっとトレーニング中だから、呼んできて欲しいのよ。そこの奥の扉を開けて坑道を突き当たりまで行ってちょうだい。そしたら左に向かって真っ直ぐ行けば多分いるはずよ。ご飯よ〜って言ってきて」

「突き当たりを左……わかりま、んっ。わかったよ」


 話し方はすぐに慣れるだろう。僕はロディに手を振り、扉のアルマ石に手を触れた。

 うちにあった湯沸かしや、ここの洗濯機と原理は同じようだ。二、三回試行錯誤の末、僕は扉を開ける事が出来た。


「火を起こす時と似てるなあ、少し違うけど」


 何かのパイプがいくつも壁面に沿っている通路を歩いていく。カツンカツンと音がよく響く。いくつも曲がり道があって、まるで迷路のようだ。不用意に出歩くとたちまち迷子になってしまいそうだ。


 人工的な通路が終わり、坑道へと出た。仄かな明かりだけが点いている。その明かりを頼りに、僕は言われた通り進んで行った。


「突き当たりを……左」


 目印がないので、どれくらいの距離を進んだか分からないまま歩みを進める。ほどなくして、段々と進む先が青白く見え始めた。坑道の終わりだ。先ほどから、何だか冷える気がする。地下だからだろうか。


「ザジ……確かサキが言ってたっけ」


 ラフィグローブの力試しで圧勝したサキ。しかしザジはそのサキより強いという。一体どんな人なんだろう。ロディやヴァンのような大男か、それとも……。


 そんな事を考えているうちに坑道が終わり、開けた場所に出た。地下空洞だ。そこはラフィグローブとは思えない程冷え込んでいた。ぽっかりと空いた巨大な空洞。天井が崩れ、中には青白い月明かりが射し込んでいる。地面はうっすらと水をたたえ、月光を揺ら揺らと反射して幻想的な空間を作り出している。


 そして、その青白い光の中心に彼は居た。細身ではあるが、研ぎ澄まされた刃物のように引き締まった身体。張り詰めた空気に、一瞬呼吸を忘れてしまう。


 彼の周りには人の背丈程の氷の柱がいくつも立っている。彼は僅かに構え、白刃を抜き放ちーーー


「……ッ! 」


 斬った。反りのある刀を振り抜くと、一瞬遅れて全ての氷の柱が砕け散る。きらきらと輝く氷の粒が舞う中、彼は刀を斜めに振り払い、ゆっくりと左腰の鞘に収めた。一瞬の出来事だった。瞬きしなかった自分を褒めてあげたい。


「誰だ」


 彼はこちらを見ないまま言った。静かだが、不思議とよく通る声だ。僕はハッと我に返って、彼の元へ駆け寄った。


「はじめまして。僕はレイです。今日から赤い牙でお世話になります。あなたが、ザジさんですか? 」


 僕が近くに立って呼びかけると、彼はこちらを向いた。身長は僕より高いが、ヴァンよりは低い。歳も少し上、二十は超えているように見える。髪は男性にしては長めで、月明かりのせいか、元々そういう色なのか、黒にも濃い青にも見えた。


「……そうだ」


 ザジが切れ長の目で、じっとこちらを見つめる。表情一つ変えない彼の視線に射抜かれて、つい身構えてしまう。


「あの、ロディさんが、ご飯って」

「レイと言ったな。誰に誘われた」

「え? えと、サキです」

「何故来た」


 視線を外さずに、静かに問い掛けてくるザジ。その視線が余りに鋭くて、僕は何かを見透かされているのではないかと思ってしまう。


「なんでって……ステラを使いこなせるようになって、村のみんなを赤目のアニマから守れるようになる為です」

「それが、お前の願いか」

「えっ……はい。そうです」


 なんでそんな事聞くんだろう。そう思った直後、ザジは目を逸らした。そしてそのまま視線を戻す事なく、僕の横を通り過ぎていった。冬の風が吹きぬけるように、素っ気なく、冷淡に。


「あ、あのう……」

「お前にステラは扱えない。去れ」


 これが僕とザジとの、出会いだった。

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